第100回 2002年7月26日

4月21日(日) くつろぎの里「庄や」で大騒ぎ
保育園のうさぎ組の交流会を夕方、下北沢西口の居酒屋で開く。昨年はクラスでの食事会のような催しが一度もなく、みなさんとうちとけるのに時間がかかったので、今年は自ら企画してみたのだ。大人18名、子供13名。雨の中、大勢が出席してくださった。ありがたい。上の子(五歳の長女や小学校一年生の長男)を連れてきている人もいて、うちの娘は最初その大きな子たちに圧倒されていたが、途中から慣れてきてはしゃいでいた。娘はあまり料理を口にしなかったが、枝豆だけはものすごい勢いで食べていた。

4月22日(月) 鏡ダンスと三谷ドラマ
保育園のテラスで体操(簡単なダンスのようなもの)をしたところ、はなは途中から部屋に戻って、鏡を見ながら自分の動きをチェックしていたらしい。2004年のNHK大河ドラマ『新撰組!』の脚本を三谷幸喜さんが書くことになったという。三谷さんは「小学生のころから大河ドラマのファンだった。新選組は一度も大河のメーンになったことがなく、わくわくできる娯楽作品にしたい」とコメントしている。三谷さんは、日本テレビ系で『竜馬におまかせ!』というドラマを過去にやっているが、あれと時代設定はかぶるはずだ。

4月23日(火) ダンシングオールナイト!
仕事をしつつ、保育園の父母の会の資料をまとめる。保育園では避難訓練があり、いつも違うムードだからか、娘はちょっぴり「甘えモード」だったらしい。夜、うちにあるミニキーボードを娘がでたらめに弾きはじめ、僕と妻に「踊って!」とリクエスト。さんざんダンシングタイムが続き、汗だく、へとへとになった。

4月24日(水) あおむしくんって、どんなの? 
恵比寿にある知人のデザイン事務所へ行った帰り、「胡同四合坊」という中華料理店で昼食。その後、渋谷のキンコーズで用を済ませ、帰宅。夕方、Webデザイナーの友人が急死した、という知らせを受けた。とても悲しい。ショックというよりも、なにがなんだかわからない。保育園で人形劇があり、それに登場したあおむしくん(詳細はよくわからない)を娘は恐がっていたそうだ。

4月25日(木) 新橋演舞場の近くまで行きました
午後、銀座の広告代理店で打ち合わせ。帰途、仕事の資料を探し、家に戻るとすぐ仕事にとりかかった。娘は、こいのぼりの形の紙に絵を描いたようだ。子供の日まであと十日か。

4月26日(金) カップ麺でもうまいのものは、うまいんだな

カップ麺のコピーを某広告代理店の方へメールで提出。保育園との連絡ノートによれば、娘はトイレに座っては「出な〜い」、トイレに座っては「出な〜い」を何度も繰り返し、先生に「わかった、いま出ないのね。じゃあ、ごはんの時にもう一度行こうね。約束だよ」と言われ、その十分ほど後に再トライし、ちゃんとトイレでおしっこができたという。よかった、よかった。

4月27日(土) ワニと汽車、男としては、どっちがうれしいか

日中、娘を保育園へ預け、たまっている仕事を精力的にこなす。ふだんの土曜日にくらべても同じクラスの子が少なかったため、はながつまらなそうにしていたので、園長先生がずっと相手をしてくださったという。園長先生と世間話をしたり、お絵描きをしたり、絵本を見たり、事務室で一日中過ごしたようだ。はなちゃん、いっしょに遊べんで、ごめんな。夜、NHKの『未来への教室』という番組で絵本作家ディック・ブルーナさんを取り上げていたので、娘と妻と見る。ブルーナ氏の「どんんなに悲しいことがあっても、人生には続きがある」という言葉に元気づけられた。その後、神戸の運河でワニ発見というニュースを見てから入浴したところ、洗い場で娘が僕の股間を見て「ワニ」と発言。風呂を出て、今度はインターネット上に掲出されていたワニの画像を見せると、「あっ、汽車」と叫ぶ。なんなんだ、いったい。わけがわからん。

第99回 2002年7月19日

4月14日(日) 皐月賞と聞いて、五月みどりを思い出してしまった
正午まで父母の会の役員会。皐月賞、買えば良かった。とれてたのに。って後で言っても仕方ないけど。ノーリーズン(馬番2番)とタイガーカフェ(9番)の馬連2−9で53,090円の大穴。ン簿僕の根拠は、タイガースが強いのはノーリーズン(阪神が、わけもなく強い。阪神がここまで強いのは意味不明)という、いいかげんなものだったけど、いいかげんに買わないと大穴なんて絶対にとれない。思いつき馬券もわるくない、と思う。

4月15日(月) 地震訓練
あることがきっかけで、言葉のこわさについて考えている。ペンは剣よりも強し(だったかな)、という言葉を思い出した。はなは最近、「あっ、地震だ!」と言っては、僕と妻と三人でテーブルの下へ潜ろうとする。日頃から訓練に余念がないのだ。

4月16日(火) 銀座の夜
インターネットの掲示板に書き込んだ発言を、無断で書籍にまとめたのは著作権の侵害だという判決が出た。問題になったのは『光文社 知恵の森文庫 世界極上ホテル術』。著者は、掲示板「サロン・ドゥ・ホテル ジャンキーズ」を運営するホテルジャーナリストの村瀬千文さん。掲示板に書き込んだユーザー11名が起こした訴訟に対し、東京地裁は「投稿の多くは思想や感情を創作的に表現しており、匿名のネット投稿でも著作物性を否定しない」と認定。出版・販売差し止めと著作権使用料約120万円の支払いを命じたという。僕はこの記事をヤフートピックスをクリックして読み、上記のようにまとめているわけだが、フレーズや一文をそのまま引用した場合、出典を明記しないと、このようなWeb上の発表でも著作権の侵害にあたるのだろうか。もしくは出所を明らかにしても、元の記事の著者(記者)から承諾を得ないと、著作権を侵したことになるのだろうか。夜、アサツーDKのTさんに十年ぶりの再会。銀座の二つの店でごちそうになり、ほろ酔いで帰宅。ドアを開けるととっくに娘は眠っていて、少し悲しい気分になる。夜中にはながむくっと起き、「お父ちゃん、どこ行ってたの?」と言われてビックリ。僕が「銀座」と答えたとたん、また娘は寝てしまった。意味は通 じたのかな。

4月17日(水) 先生を誘ってどうするんだ
このところ、スポーツクラブへ行けていない。わおっ、ストレスがたまる。保育園で娘は「先生、はなちゃんち来てもいいよー」と、口癖のように何度も誘っているらしい。

4月18日(木) みんなで歌う様子がかわいいんです
時間をつくって、スポーツクラブへ。このところの、娘のお気に入りの唄「むっくりくまさん」は、こんな歌詞だ。

 むっくりくまさん むっくりくまさん 穴の中
 眠っているよ スースー
 寝言を言って ムニャムニャ
 目を覚ましたら 目を覚ましたら
 食べられちゃうよ
 1 2 3 くまちゃん(このかけ声でくま役が目を覚ます)
 (くま役が)ガオー

インターネットで調べたところによると、スウェーデンの遊び歌のようだ。

4月19日(金) 「9万で貸さんかい、われ」って、脅したらよかった
朝、イサイズの賃貸物件で、「代々木上原徒歩5分、165平米、賃料月額9.3万円」という情報を見つけ、妻に不動産会社に問い合わせてもらったら、「月額93万円」の(先方の)間違いだった。なんちゅう入力ミスをするんだろう。朝、保育園の門のところまでビーグル犬のモモちゃんと並んで歩いたが、モモちゃんがさらに散歩を続けるため、小田急の踏切の向こうへ消えると、はなが「モモちゃん、どこに帰らはったの」と言い、ふきだしてしまった。僕の影響で、ときどき大阪弁が出る。スポーツクラブで汗をかいて、60.3kg。夕方、衛星放送で『流れる』という映画をやっていた。1956年東宝。田中絹代さんと山田五十鈴さんが出演している。田中さんの演じる林芙美子がなんと魅力的なことか。貧しくいやらしいんだけど、見ていて惹かれる。テレビドラマを中心に活動する今の女優さんたちの多くは安っぽくて、あんなに神々しい雰囲気は持ちあわせていない。貧しい女を演じても、品がある。あれは、たぶん演技以前の、人間としての品格だろう。夜、保育園の役員会総会が行われ、居酒屋で飲み会があった。これで、正式に引き継がれ、僕が「父母の会」の会長になってしまった。

4月20日(土) ファイリングは大の苦手で

朝、歯医者へ定期検診に行く。仕事でかかわった制作物をファイルにまとめる。来週、ある人に見せるためだ。

第98回 2002年7月3日

4月7日(日) 東京は雨だった
四時半起床。天気予報通り、雨が降っている。当たるときは当たるんだな。

4月8日(月) リバウンド王 
32分かけて5.2km走り、体重60.5kg。発泡酒の影響なのか、リバウンドしている。軽いショックを受ける。

4月9日(火) がんばれタイガース
午後、某生命保険会社のAさんが、新しい保険の説明に来てくれた。Aさんは印刷会社の営業から数年前に転身し、がんばっている。以前の職場より、今のほうがやりがいがあるという。阪神タイガースの甲子園初戦。そろそろ、連敗街道まっしぐらかと心配していたら、また勝ってしまった。フリースタイルの吉田さんが来てくれたので、少し飲む。娘は最近「イヤッ、イヤッ」と言うことが多くなった。本当にイヤがっているというより、「イヤ」と発声するのが楽しいんじゃないかな。

4月10日(水) ええぞー今岡 
妻が娘を耳鼻科へ連れていってくれた。あと四日、両耳に点耳薬を差すように言われたそうだ。阪神が今岡選手のサヨナラ本塁打で連勝。なんや、やるやんか。

4月11日(木) 独白少女 
スポーツクラブへ行けず。サンフランシスコ・ジャイアンツの新庄選手がホームランを打ち、喜ぶ。日中、娘は保育園の園庭のスロープとフェンスの間に入り込み、何やら独り言をつぶやきながら遊んでいたという。先生いわく「あそこに、はなちゃんの世界があるらしいんですよ」。たっぷり昼寝しているせいか、娘はなかなか眠くならないようで、「牛乳飲む」「○○持ってくる」と何かと理由をつけては布団から出て、リビングへ行きたがっていた。親のほうが先に眠くなってしまう。

4月12日(金) 早起きしたら急に釣りがしたくなった 
五時起床。「あさまづめ」という言葉が突然、脳裏に浮かんだ。釣り用語で、日の出の時間帯を指す。この言葉を覚えたのは、釣り好きの僕の兄から教えてもらったか、昔マンガの『釣りキチ三平』を読んでいるうちに覚えたのか、どっちかだと思う。そういえば、フージョンバンドのカシオペアに『朝焼け』という曲があったっけ(正式表記は「あさやけ」だったかも「ASAYAKE」だったかもしれない)。59.75kgを記録。55kgくらいまで落とせないかなぁ。きょうは雨だったので、保育園から出ず、部屋でままごとやパズルをして遊んだらしい。保育園でも「はなちゃん、○○するの!」と、自分の意思表示がしっかりするようになってきたという。

4月13日(土) マークと酒井 
僕の兄貴の誕生日。といっても、「おめでとう」とメールしただけだけど。僕らが中学生のころ、『13日の金曜日』というホラー映画が流行り、僕の兄も誕生日が金曜日になる年は、友人に「自分の誕生日、不吉な日やな〜」とか言われ、その度に不満顔をしていた。兄の話はこれくらいにしておこう。午前中、ランニングに出た際、三宿のフォーライフレコードの前で、ドレミファ保育室時代に同じクラスだった永井さん親子(お父さんとハルキくん)に遭遇。世田谷公園で折り返し、その帰り道、池尻大橋のオレンジキャットという書店で、村上龍さんの『eメールの達人になる』(集英社新書)を買って帰ってきた。ネットのニュースで知ったが、globeのマーク・パンサーさんが結婚するという。その事実より、本名が「酒井龍一」と知って意表をつかれた。「マーク・パンサー」と「酒井龍一」が同一人物とは、お天道様でも気づくまい。

第97回 2002年6月24日

3月31日(日) OLを超える胃袋 
グラフィックデザイナーの中村光宏さん一家と品川水族館へ。中村家のご長男、隼太郎わが家は初めて行ったのだが、想像していたより狭かったが、水中トンネルのようになっている部分は感動的だった。イルカショーではプールのそばに陣取っていたため、大ジャンプしたイルカが水面 に衝突した際に舞い上げた水しぶきを浴びせられた、隼ちゃんが大泣きしていたのと対照的に、うちのはなはびしょ濡れになってもへっちゃらだった。この違いは、なんなんだ。うちの娘はプールに通 っているからだろうか。ただ、水族館を出てランチタイムになると、隼ちゃんの逞しさに感動。「OLのお弁当」くらいの量 をぺろりとたいらげ、フルーツを食べ、それから、食後のデザートにソフトクリームを胃袋に収納してしまった。君、ほんまに二歳か? と聞き返したくなる隼ちゃんであった。

4月1日(月) うさぎになった子供たち
入園式&進級式の日。ひよこ組だった娘は、うさぎ組になり、クラスメイトも九人から十六人に増えた。朝、二階の教室で殿木さんに会ったら、環七沿いのコジマで昨日テレビを購入したとのこと。僕が教えた情報が役立ったらしい。良かった、良かった。ひさしぶりにスポーツクラブへ行き、5.8km走り、200m泳いだ。サウナに計11分入って、トレーニング後の体重は60.30kg。はなはポカポカのテラスに出て、ノリノリでたくさん体操をしたらしい。

4月2日(火) デザートべつばら、何歳から?
午前中、スポーツクラブで汗を流し、60.45kg。午後、大型プリンタのカタログのコピー修正に追われる。夕食があまり進まなかったはなも、デザートのフルーツはぺろり。おなかが減っていないかのようにみえて、「デザート別 腹」というわけか(まだ二歳なのに)。

4月3日(水) 踊りまくる女 
10km走り、1km泳いで、サウナ11分。59.80kgを記録。保育園に新しく入ってきた子たちがまだ先生になつかず、「ママがいいのー」とぐずっていたため、はなもつられて泣いていたそうだが、テラスに出たとたんケロッと忘れて、得意のダンスを踊りまくっていたという。

4月4日(木) ダイエットの反動
59.95kgを記録。60kgを下回るのはうれしいが、食べたい、呑みたい、という欲求が日増しに強くなっている。

4月5日(金) ニューヨークからの電話

朝、NHK教育『おかあさんといっしょ』の直前にやっていた『ネコのさくせん』という短編アニメーションがとてもおもしろい。作:野村辰寿さん(ジャム・ザ・ハウスネイルの人かなぁ)、音楽:板倉文さん(板倉さんといえば、チャクラやキリンタイムをやっていた人やんか)。きょうは60.45kgに逆戻り。夕方、西新宿で打ち合わせ。新宿駅から西新宿まで歩いている途中、携帯電話が鳴ったので出てみると、ニューヨークにいるはずのデザイナーのSさんからだったのでびっくり。国際電話なのにこんなによく聞こえるのかと思ったら、もう日本に帰ってきていたらしい。少し話し、またいっしょに仕事をしましょうね、と言って電話を切った。保育士さんとの交換ノートによると、きょうは園の近所に散歩に行き、アンパンマン人形のあるパン屋さんへ寄ったり、空き地でタンポポを摘んだそうだ。小さな子供はお金をかけずに楽しむ術を知っていてえらいなあ。大人も見習わなきゃ。夜、フリースタイルの吉田さんがひさしぶりにうちに来た。

4月6日(土) 6倍の道
はなの耳の調子が良くないので、またもやスイミングスクールを欠席。とはいえ、娘は体力を持てあましているので、新代田の図書館へ僕が借りた本を返しにいっしょに行き、その帰途、公園の砂場やすべり台で遊んだ。軽く遊ぶだけのつもりだったのに、自宅に戻れたのは三時間後。代沢五丁目公園ではすべり台や砂遊びをいつまでもやめないし、公園を出たら出たで、はなは自分でベビーカーを押す、と言って聞かない。はなが押すにはベビーカーはまだ大きく、あっちへこっちへ蛇行するからまっすぐ進みやしない。30分で往復できるルートに180分もかかってしまった。もー、くたくたや。

第96回 2002年6月6日

3月24日(日) 小田急沿いの花見
代々木八幡駅そばにある、現代美術作家の松蔭浩之さん宅にいったん集まり、近くの小さな公園で花見。寒かったけど、うまかった。松蔭さんが作ってくれた巻きずしと餃子が、とくに美味だった。メンバーは松蔭さん、松蔭さんの彼女のレイカちゃん、わが家三人、女性アーティストの大谷さん、ディズニーに勤めているという大塚さん。楽しかったのでずっといたかったけど、もう一件、予定が入っていたので途中退散。夜、保育園友達のTさん宅で窓越しの景色を楽しませていただく。眼には向かいの家の夜桜、喉には冷えたビール。もう他に何もいらない、とそのときは本心から思った。

3月25日(月) 簑田選手と豆腐と日大三高

日中、たまたま時間が空いたので世田谷公園を走っていたら、簑田浩二さんとすれちがった。簑田さんといえば、日本プロ野球史上最高の外野手のひとり。全盛期だったら、イチロー選手にひけをとらなかったと思う。帰り、三宿交差点の近くにある鏡屋で豆腐を買った。店主と少し話したところ、日大三高野球部OBだという。安くはないけど、ここの豆腐はわるくない。

3月26日(火) 床屋の悲報
朝方というか夜中から、はなが泣き続け、ほとんど眠れなかった。僕がたいへんというより、もちろん、たいへんな思いをしているのは娘のほうだ。「お耳が痛いの、抱っこして〜」と涙が枯れるほどの号泣。かわいそうだった。朝になって、痛みは少し治まったようだったが、夫婦で娘を耳鼻科と眼科(先週から引き続き、目やにが多く出ている)に連れていった。結局、病院二カ所に昼過ぎまでかかってしまい、保育園はお休みする。娘は耳アカが中で詰まり、こびりついて痛くなっていたらしい。中耳炎の一歩手前だったようだ。耳アカを溶かす薬を出してもらった。二歳の子供の耳そうじなんて危なっかしくてできない(小さな子供はじっとしていないから、耳かきや綿棒で耳そうじするのは無理。動いた拍子に耳かきで鼓膜を破きかねない)ので、たまにこういうことがあるらしい。夕食どき、理髪師のMさんが突然やってきた。何かと思ったら、悲しい報せだった。Mさんが開いていた、下北沢の床屋で以前勤めていたKくんが、二週間ほど前、甲州街道をオートバイで走っていてトラックに衝突し、亡くなったという。Kくんとは下北沢南口の通 りでよくすれちがった。必ずあいさつをしてくれる、感じのいい青年だった。まだ二十代だったろうし、気の毒でならない。

3月27日(水) メルセデスですか 
西新宿のあるビルで、プリンタのカタログの打ち合わせ。早く着いたのでコンビニエンスストアに入ると、雑誌のNAVIに町田康さんが出ていた。町田さんは、メルセデスベンツCクラスに乗っているらしい。価格はよく知らないけど、パンクスらしくない愛車だな、と思った。自動車は、記号としてわかりやすすぎて、ときに困ってしまう。娘は、先生が穴をふたつ開けてくれた長い紙を持ち、「めがね」と言いながら、顔にあてていたそうだ。

3月28日(木) どうしまして
娘はきょう、北沢川緑道の蛙の噴水の前で、蛙の真似をしたらしい。このところ、「ありがとう」と声をかえると、はなは「どうしまして」と返事をする。「どういたしまして」のつもりなのだが、うまく言えないみたいだ。夜、吉田保さんをうちに招いて、少し飲んだ。ひさびさのビールは格別 にうまい。ほんとは発泡酒だけど、そんなことが気にならないくらいおいしかった。

3月29日(金) あの人に払うのはなんとなく嫌だ
「はなちゃんは、うさぎ(組)になるから新しいマーク、りんごだよ」と先生に教えられ、笑顔でトンボのシールが貼られた引っかけ金具から自分のタオルをはずし、りんごシールのフックへ移していたという。はなのものを表すシールは今まではトンボだったけど、四月からうさぎに変わるという。こういう変化に慣れるのに、子どもは時間を要しない。雨の午前中、東北沢駅にほど近い場所に完成間近の、高木プランニングオフィスの賃貸マンションを内見。途中、設計事務所の方だと思しき男性と遭遇し、直後に、内見担当者にきいてみると、「あの方、オーナーさんなんですよ」という返事。僕と同い年くらいじゃないのかな。あの人が施主で、あの人に家賃を払うのか、と思ったとたん、物件に対する興味が萎えた。帰り道、骨董屋を発見して立ち寄ったら、フィットネスクラブのサウナでよく一緒になる高松さんのお店だった。お茶を入れてもらい、小一時間おしゃべり。午後、映画監督のビリー・ワイルダーさんが亡くなったことをヤフーのニュースで知る。年齢の壁には勝てる人はいない。夕方、アーニー出版の北沢杏子さんの本『ムンメル なぜ子どもを生むのか』などを、らぷらすに返却。北沢さんは性教育の本などを出されている女性だが、インターネットで調べてみると『ウルトラQ』の「22話 変身(1966年5月29日放送)」「25話 悪魔っ子(1966年6月19日放送)」の脚本を書かれた方でもある。と記すうちに思い出したけど、劇作家・演出家の太田省吾さんは、名作アニメ『あらいぐまラスカル』の脚本を担当していた。どちらも同姓同名の別 人ではないと思う。

3月30日(土) どうしてそんなに眠るのか
保育園で飼っていた亀が冬眠から覚め、はなが興味深く見ていたそうだ。阪神が井川投手のナイスピッチングと、桧山・アリアス選手の本塁打で12年ぶりの開幕戦勝利を巨人からおさめる。うれしくて、またもやビールを飲んでしまう。にやけてしまう。ジャイアンツファンの妻はおもしろくない夜だったろう。

第95回 2002年5月30日

3月17日(日) ラドニアとガンダーラ
早朝に起き、パソコンの前に座る。ヤフー!のトップページで「架空の国に市民権申請殺到」というトピックスを見つけてクリックすると「インターネット上に構築された、北欧の小国「ラドニア」に市民権取得申請が殺到している」という。読売新聞の記事によると、ラドニアというのは、スウェーデンの美術家ラーシュ・ビルクスさんが1996年に「建国」した架空に国。スウェーデンの南西部に位 置する無人の土地1平方キロメートルを国土と決め、ネット上に、政府の公式ホームページのようなサイトをオープンし、国旗、通 史、閣僚名簿、国民の祝日などを情報を公開していて、ジョークで市民権の申請も受け付けていたとのこと。建国以来の約六年間、スウェーデン国内からを中心に5600人の申請者があったそうだが、先月パキスタンから寄せられた初の市民権申請を受理したのを機に、同国からの申請がいっきに増加。申請者の多くが「ラドニアで働きたい」と記しており、「ラドニアへは、どうやって行けばよいのか」「パキスタンにあるラドニア大使館の住所を教えて」といった問い合わせが相次ぎ、サイト上に「ラドニアでは、労働も居住も不可。査証も発行しません」という警告を発する事態に及んだという。こういうのは笑っていいことなのか、どうなのだろう。ラドニア騒動を読んでいるうちに、ゴダイゴが歌った『ガンダーラ』という国を思い出した。山上路夫氏・奈良橋陽子氏による、同曲の歌詞はこうに始まる。

  そこに行けば
  どんな夢も
  かなうというよ
  誰もみな行きたがるが
  遙るかな世界

  その国の名はガンダーラ
  何処かにあるユートピア
  どうしたら行けるのだろう
  教えて欲しい

※一節目の最後の一行、「遙かな」でなく「遙るかな」としたのは
シングル盤の歌詞カードに従ったため。


一昨日に発見したAll That Jazz Radioという南スペイン発のインターネットラジオ局の放送をイヤホンで聴きながら、しばし仕事。あるカタログのコピーを書いていたのだが、少しも苦痛ではなかった。むしろ、快適だった。音楽の力はすごい。午前十一時に、子供どうしが保育園で同じクラスのEさん一家と落ち合い、北沢川緑道で昼食。途中、またしても出田が自転車で通 りがかった。妻どうしが買ってきてくれた、信濃屋の鶏唐揚げや稲荷ずし、おにぎりなどを食べながら、一番搾り缶 ビールを飲む。ふと前を見ると、中島みゆきさんが自動車に乗り込み、どこかへ出かけていった。その車には、ANZENタクシーという文字が書かれていたが、他社より「安全」なのだろうか。

3月18日(月) はなちゃんもお仕事行きたいの
朝、僕が「きょう打ち合わせがあってなぁ」などと話していると、「はなちゃんもお仕事行きたい」と言いはじめ、おかしかった。ずっとパソコンに向かい続け、昼過ぎ、ようやくカタログの修正コピー案をデザイナーへ送ることができた。疲れた。日中、娘はせせらぎ公園に連れていってもらったようだ。保育園の先生の話では「きょうは小川に魚があまりいなくて、見つからないねーと言っていたら、はなちゃんが『あったー』よ指差すんですよ。で、その方向を見てみたら、小学校の壁面 に魚がいっぱいくっついていたんですよ(レリーフみたいなものかな)」とのこと。子供は大人が気づかない世界をちゃんと見ている。

3月19日(火) ミストーンを指摘する女
娘は「うんちでるよー」と先生に教え、ちゃんとトイレで出したらしい。だんだんできるようになってきたんだなぁ。夜、妻が打ち合わせのため、代官山へ行っているので、娘と留守番。トイピアノで「ミッフィー」のオープニンテーマを、音を探しながら弾いてみたが、ミストーンを出すと、娘が「ちがうよ、ちがうよ」と指摘するのでびっくり。メロディをちゃんとわかっているようだ。

3月20日(水) 編集者と下北沢 
園ではきょう、お誕生会が開かれた。その催しは「泣いた赤おに」というストーリーをもとに進められたそうだが、鬼が登場するとはなは「こわーい」と言って、先生にしゃがみつきながら、しっかり見ていたとのこと。その様子、こっそり見たかったなあ。保育園の父母の会の役員のなかに、大和書房の編集者の方がいらっしゃることが判明。昨年は幻冬舎の営業を勤めておられる方が役員をされていた。下北沢は出版社勤務の方が多いのかなぁ。なんて、二人いたぐらいでそう思うのは早合点か。

3月21日(木) 知らない人と歩くって、なんて楽しいんだろう
春分の日。晴れ。宮沢章夫さん主催の「サーチエンジン・システムクラッシュ」ツアーへ家族三人で参加。宮沢さんの処女小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』の主人公の足取りをたどる、いわばオリエンテーリング企画だ。参加者が百人近くいたので、宮沢さんとスタッフの方が、勝手に班分け。六、七人のグループ単位 で、四谷の土手を起点に、新宿、池袋と移動した。ゴール近く、池袋の「ライブインロサ」というライブハウスの前を通 りかかったとき、サエキケンゾウさんが階段をこちらへ上がってきて登場し、驚いた。ツアーの最中、行動を共にした人たちのなかに、実業之日本社の編集者が二人いらっしゃった。当たり前かもしれないけど、編集者っていろんなタイプの人がいるんだなぁ、と実感。

3月22日(金) あるところに目が痛い家族がいました 
家族みんな目が痛い、という妙な一日だった。昨日、ツアー途中に休憩がてら座って鯛焼きを食べた、豊島公会堂前の公園でものすごい強風が吹き、砂ぼこりをもろにかぶったからかもしれない。まれに見る突風だった。娘は教室で「はなちゃん、お姉ちゃんになるんだ」とうれしそうに話しているらしい。再来週が来れば、ひよこ組でなくうさぎ組だ。一年なんて、ほんとにあっという間だな。

3月23日(土) いつかは潜れる日がくるだろう
妻が仕事で忙しいため、僕が娘をプールへ連れて行った。娘は、ヘルパーを両腕に付け、水に浮かんでバチャバチャ遊ぶことじたいは好きのに、顔を浸けるのはまだ嫌がっている。むずかしいもんだなぁ。

第94回 2002年5月21日

3月10日(日) 会長になるの巻
午前三時半に起床して仕事。Yさんに誘われて、保育園父母の会(ちょっと違うけど、小学校のPTAのようなもの)のミーティングに出席。あれよあれよという間に、僕が次期の会長になってしまった。会議後、近くのどんぐり公園へ高原さん一家と行き、ローソンで買ったおににぎりや焼きそばを食べた。外で食べると、そこそこのものでも意外とおいしい。

3月11日(月) 犬とビールとこんにちは
某家電メーカーへ、あるパンフレットをプレゼンテーション。一時間ほどで終え、一緒に組んだアートディレクター、営業マンの男性と中華料理を食べて解散。保育園のひよこ組のみんなは、代沢五丁目公園まで散歩したようだ。途中、大きな犬に遭遇したらしいが、はなは「こんにちは」と声をかけ、恐がる友達を尻目に積極的に近づいていたらしい。夜、数週間ぶりにビールを飲んだ。うまかった。

3月12日(火) 体重減 
約二週間ぶりにスポーツクラブへ。7.5km走って720m泳ぎ、サウナ11分。体重61.75kg。長いこと行けなかったのに、予想外に体重が減っていて驚く。でも、うれしい。

3月13日(水) 米国の教材のデザインはわるくない
7.5km走って520m泳ぎ、サウナ5分。体重61.45kg。下北沢の駅で同じスポーツクラブに通 うMさんにばったり会う。Mさんは銀座にある出版社に勤務している。午後一時すぎに最寄り駅から電車に乗って出社されるとは、やはりそこの編集部も夜型の勤務態勢なのだろう。夕方、西新宿で行われた打ち合わせに思ったよりも時間がかかり、ほとほと疲れた。妻が取り寄せたので、LAKESHOREという名の学習教材メーカーのカタログがうちにあるのだが、娘はそのカタログをやけに気に入って「読んで、読んで」とせがんでくる。カリフォルニア州カーソンに本社を置く同社の製品はとてもカラフルなので、ページを繰っていると大人でもけっこう楽しい。はなも同じ気分なんだろうな。

3月14日(木) テニスラケットとイチロー 
朝起きたら妻が発熱していた。娘は心配げに「おかあちゃん、だいじょうぶ?」と何度も妻にたずねている。昨日の打ち合わせに対応するため、コピーワークの終始する一日。マリナーズのイチロー選手が、ホワイトソックスと試合で4打数2安打して、オープン戦ながら.419の高打率をキープ。11日も同じシカゴ戦だったが、4打数1安打ながら敵のマニエル監督を「テニスラケットを持って打席に入っているようなものだ」と嘆かせている。

3月15日(金) ワン切れにキレる 
朝、携帯電話が鳴ったので、急いで出ると「このサービスはアダルトの〜」というアナウンスが流れ、通 話料金10円と出てしまった。なんちゅうこと。ワン切れした直後、通話ボタンを押したつもりが、かけ直してしまったようだ。腹が立ってNTTドコモに電話で問い合わせたが、親身とはほど遠い対応をされ、怒り心頭。カッカしながらも、仕事があるので一日中コピーを書いていた。昨日だけで妻の体調が戻って良かった。だれかが病気になるたび、健康であれば他にはもう何もいらない、と本気で思う。

3月16日(土) プールへ行けない土曜
真夜中に戸外が騒がしくて起きてしまい、注意をしに行った。早起きしてがんばったが、急ぎの仕事が片付かず、一緒にプールへ行けなかった。妻と娘だけでスイミングスクールに通 ってもらった。マンガ用のペンとインクをどこかで買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた。今すぐ手元になくてもまったく困らないんだけど、マンガ用のつけペンを購入して何かを描いてみたいなぁと、なぜかここ最近考えている。

第93回 2002年4月28日

3月3日(日) 千と千尋とはなとの符合
フリースタイルの吉田さんと三鷹の森ジブリ美術館へ。お目当てのひとつだった、乗って遊ぶことのできるネコバス。四〜六歳くらいの子供が群がっていて、二歳のわが娘はこわがってしまい、ネコバスにふれることさえ、ほとんどできなかった。館内の展示室に宮崎駿さんによる手書きの「千と千尋の神隠し」の企画書が置いてあったのだが、その日付が1999年11月2日になっていた。その日は偶然にも、はなの生まれた日だったので、なんだかわからないけど一人で感動してしまった。企画書は、横書き200字詰め原稿用紙に鉛筆で書いてあるもので、一、二枚目に、簡単な前置きや企画意図・ターゲットについての記述があり、もう三枚目にはあらすじが書かれているというシンプルな構成。企画書とは本来こういう薄いものでなくちゃ、と思ってしまった。分厚いだけで見る気のしない企画書が、世の中には多すぎる。ジブリ美術館のみで上映しているというオリジナル短編映画『コロの大さんぽ(約14分)』が良かった。色鉛筆を用いた背景画にあたたかみがあり、家並みを描く線がフリーハンドというのが新鮮。美術館を出たあと、隣の公園でお弁当を食べたのだが寒かった。下北沢に戻ってきて、下北沢のTERRAPINというカフェへ入り、三十分ほどおしゃべりして吉田さんと別 れた。ところで、きょうは桃の節句。十年ほど前のことだが、ある知人が、この日に生まれたお子さんに「桃子」という名を付けた。かわいくて素敵な名前だ。ただ、僕と同世代くらいの関西人は、お笑いタレントのハイヒール・モモコさんを思い出すかもしれない。三月三日生まれの桃子さんは、いったい全国に何人いるんだろう。

3月4日(月) 半村良さんと戦国自衛隊
経堂に住むグラフィックデザイナーのKさんからメールをいただいた。この「はなちゃんといっしょ」をいっきに読んでくれたという。めちゃくちゃうれしい。メールのなかに「はなちゃんの、ボタンを練習するとこが良かったです」とあった。午後三時、大江戸線の春日町駅から徒歩五分強の広告会社で、アートディレクターのAさんらと打ち合わせ。午後五時くらいまでかかった。妻がこのあいだ買ってきた『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)のページをめくってみたら、なかなかおもしろそう。時間をつくって、早く読みたい。夜、作家の半村良さんがお亡くなりになったことを知る。角川映画全盛時代、『戦国自衛隊』のマンガ版を見て、映画版を見て、小説版を読んだ。中味ももちろん良かったが、なにしろ題名がいい。僕は戦争好きの人間ではないけど、戦国時代と自衛隊を合体させるという発想はおもしろいと思う。娘が「まーくん、噛んじゃったの」と言うから、「どうしたの?」と聞くと、保育園でパズルの取り合いをして、まさゆきくんの肩のあたりに噛みついてしまったらしい。明日、謝っておこうと思う。

3月5日(火) 連日ガブリ
はなの体に湿しんが出ていたので、妻に宇野皮膚科へ連れていってもらう。仕事で忙しい一日だった。夜、入浴前にMXテレビをつけたら、実写 版の『野球狂の詩』をやっていた。後に竹中直人さんの奥さまになる、木之内みどりさんがとてもかわいい。野村克也さんが実際に所属していた南海ホークスの選手として登場しているし、原作者の水島新司さんも水島先生役で出ている。大らかな時代の心なごむ映画だ。あるシーンに「1977年開幕」と書かれた垂れ幕が映っていたが、もう25年も前のことなのか。入浴後、妻のお母さんから電話があり、しゃべっているうちに佐藤三郎という人の話になった。いま、脱税疑惑で問題になっている自民党元幹事長・加藤紘一衆院議員事務所の元代表のことだ。お母さんは、山形県の根津が関というところの出身なのだが、佐藤さんは中学校の同級生だという。それはとうと、きょうは「ともちゃん、ガブッてしちゃった」らしい。二歳の娘は感情をうまく説明できないから、いらいらして噛みついてしまうことが多い。申しわけない。「食ってかかる」という意味合いじゃなくて、文字通 りの「噛みつく」だから子供はすごい。

3月6日(水) 実父選手もいるのかな

ヤフーのトピックスをクリックし、「<プロ野球>ダイエーの養父ら3選手に新人王の資格(毎日新聞) プロ野球の実行委員会は5日、昨秋のドラフトで入団したダイエーの養父鉄投手(台湾プロ野球・兄弟)、オリックスの藤本博史捕手(米独立リーグ)と余文彬(台湾・文化大)の3選手に新人王の資格を認めることを決めた」という記事を読んだ。最初、「えっ、ダイエーの養父」ってどういう意味? じゃあ、ダイエーの実父、というのもいるの? と思ったけど、福岡ダイエーホークス・オフィシャルサイトの選手名鑑で調べたら「養父鉄(60)投手」とあった。60歳の現役投手じゃないですよ、60は背番号。で、なんて読むのかなと思ったら「ようふてつ」とルビがふってある。なんだ、そのままじゃないか。なんだかわからないけど、養父投手には活躍してもらいたいという気になってきた。夜、はなが歌っていた曲を、妻が真横で口ずさもうとすると「おかあちゃんうたわないの!(お母ちゃんは歌わないで、の意味)」と、ピシャッといわれていた。なかなか厳しい娘だ。保育園では、お気に入りのアンパンマンのパズルをあやのちゃんと順番で使っていたらしい。ちょっと成長したのかな。

3月7日(木) 二歳でもストレス 
しごとシゴト仕事の一日。パソコンに向かい続けているから肩は凝るし、目はしょぼしょぼしてくる。娘は体のブツブツがなかなか治らない。ここ数日忙しくてちゃんと遊び相手をしてあげられていないのでストレスが溜まっているのかもしれない。

3月8日(金) 過ぎたるは及ばざるがごとし 
前日早寝し、午前二時起き。『二時に起きればなんでもできる』(という書名だったかなぁ)という本がわりと売れているみたいだけど、実際に起きてみると五時くらいに眠くなってしまって二度寝してしまい、たいして仕事にならなかった。早起きはいいけど、早過ぎるのも考えものだ。

3月9日(土) 環七のそばの温水プール
新代田のプールへ行き、娘とバシャバシャする。娘はプールに入ること自体は好きなんだけど、顔を水中に浸けることがまだできない。ただ、腕にヘルパーをつけて浮かんでいるととてもご機嫌で、みんなが水から上がっても、うちの娘ひとりだけプールから出ようとしない。夕方、借りていた本を返却しに、北沢タウンホールへ行った。

第92回 2002年4月13日

2月24日(日) 買わない本も隣のカフェで読める三省堂
日中、東京駅へ行き、八重洲側のショッピングゾーンにあるキャラクターショップ「ラスカルと世界名作劇場」を少しのぞいた。妻の仕事の関係で見に行ったのだが、『あらいぐまラスカル』だけでなく『フランダースの犬』『未来少年コナン』『母をたずねて三千里』などのグッズもあって懐かしくなった。その後、大丸百貨店のなかにある三省堂へ寄り、アンパンマンや精進料理の本、絵本を特集した雑誌を購入。戻ってきて夕方、北沢川緑道をぼーっとしながら走っていてこける。痛かった。でもなんとか立ち直って、8.4km走。娘はアンパンマンの飛び方をまねた走り方と、グーにした右手を突き出しアンパーンチ(アンパンマンのパンチ)を、たのまなくても何度もやってくれる何かを見ているうちに『鉄塔武蔵野線』という映画に主演していた、いい目をした男の子が、カロリーメイトのCMの出ていた人だと知る。伊藤淳史(あつし)という俳優さんのこと。

2月25日(月) ポエムの魅力
ひさびさにスポーツクラブへ。5.4km走、500m泳。また、木の実ナナさんをお見かけした。ニュースで文京区千駄 木の日本医科大に入院していた暴力団幹部の人が、病室で頭を撃たれて亡くなったらしい。他の患者さんに影響はなかったのだろうか。体を治すはずの病院で、身の危険にさらされるとは恐ろしい。以前、アーティストの松蔭浩之さんが根津に住んでいたこともあって、何度かその辺りへは遊びに行ったことがあるけど、日本医科大の場所を僕は知らなかった。愛媛県への長期出張から戻られたTさんに、「ポエム」という名の洋菓子をいただいた。おいしくて二、三個続けてパクついてしまった。甘いものに飢えていたのかもしれない。娘は園での昼寝前にオムツにおしっこをし、「気持ちわるいから取り替えて〜」と先生にお願いしていたという。

2月26日(火) 早く起きすぎてもいかん
早起きして仕事をしていたが、そのうちどうしても眠くなって二度寝。朝7時半に「起きるよ!」といいながら、僕の肩をトントンしてくれたのは娘だった。娘を保育園へ預けたあと、スポーツクラブで5.6km走、600m泳、サウナ10分。ようやく63.9kg。64kgを切るのは、なかなかたいへんだった。昨日実物をお見かけした木の実ナナさんが、きょうはテレビに映っている。なんだか不思議だ。保育園の先生いわく、はなは「かえるのうた」を流すと「ゲロ」といいながらジャンプし、「とんぼのめがね」をCDをかけると両手を広げて走りまわっていましたよ。

2月27日(水) あおみかんとある人はいう 

午前4時起床。 8km走って720m泳ぐ。63.5kg。仕事が忙しい。夜、僕も妻もそれぞれの取引先と仕事のやりとりを遅くまでして、娘の就寝が午後11時半にずれこんでしまった。あした保育園で眠いだろうなあ。「いよかん」を食べたのだが、娘はそれを見て「あおみかん」と呼んでいた。

2月28日(木) Are You Ready? 
時間がないので、トレーニング短縮バージョン。33分で5.55km走り、280m泳ぐ。体重は変わらず63.5kg。午後、グラフィックデザイナーのAさんから仕事依頼の電話。フリーランスを十年ほどしていたAさんは、今月のあたまから広告会社にお勤めされていたらしい。知らなかった。夜、コピーライターのOさんから資料をいただくため、新宿へ。小田急の改札を出たところで受け取り、二、三分立ち話して帰ってきた。きょうのはなは、準備をしたとのこと。保育園では室内で絵を描いたり、粘土で遊んだりしようとしたら、「はなちゃんが準備するね」と、テーブルにシートを敷いたり、使う道具を並べたという。えらいと思うけど、片付けもちゃんとやったのだろうか。

3月1日(金) 税理士とは裏側も見てしまう仕事である

あるカタログのコピーを書きまくる一日。スポーツクラブ行けず。夕方、タケちゃんがプレゼントを持って突然来てくれたので感激。くれたのは、なんていえばいいのかな、お弁当や飲み物を入れて持ち運ぶのに便利な、小さなアウトドア用バッグ。ひさしぶりに会ったのに、忙しくて少ししか話せなかった。その後、税理士の藤巻さんが確定申告の件で来てくださった。いろいろと興味深い話を聞いた。

3月2日(土) ザウスがないと、夏に国内で滑れないのか

僕は行ったことがないけど、室内スキー場のザウスが今秋で閉鎖されることになったらしい。ヤフーの記事を読んでいた思い出したが、そうか、あれは三井不動産の施設だったのか。なくなるまでに一度くらい、妻と娘といっしょに訪れてみようかな。きょうは新代田スイミングスクールのベビークラスがお休みだし、仕事も忙しいので、娘を保育園へ預けることにした。ごめんね、はな。日中、妻と二人でカタログのコピーを書きまくる。娘はこのところ、「牛乳もう一枚」「焼きうどん、もう一枚」などという。なんでも単位 が「枚」なのだ。あっ、「一本も」ときどき言うか。「焼きうどん、もう一本」。日中、娘は園庭で園長先生といっしょにたくさん遊んだらしい。

第91回 2002年4月8日

2月17日(日) 初めての20キロ 
午後、妻が娘を見ていてくれるというので、走りに出たら、いつもより体が軽い。世田谷公園を何周もして結局21.6kmも走ることができた。自己最長記録。途中、雨が少し降ってきたけど、それも気にならないくらい体の調子が良かった。夜、娘が妻のパジャマのボタンを留めてあげていた。そんな複雑なことができるようになったのか、とちょっと感激。娘はやるといったらやる性格。妻が自分で前ボタンをしようとすると、「はなちゃんがやったげるよ」と言い、妻の手を制していた。 
 
2月18日(月) 走りすぎは及ばざるがごとし 
スポーツクラブへ行ったが、右膝が少し痛かったので、途中からウォーキングに変え、40分かけて4.3kmをゆっくりゆっくり走り、泳ぎ1km、サウナ計10分。体重64.1kgなり。僕は先に一階のプールへ移動したが、三階のジムフロアに残っていた妻は大物女優のKさんを見かけたという。帰り、ミスタードーナツの前で近藤房之介さんを発見。帰宅すると、コピーライターのピート小林さんから留守電メッセージが入っていた。ひさしぶりに下北沢へ来たので電話してみました、とのこと。すぐピートさんに携帯電話へ連絡してみたが、すでに下北沢を離れれたあとだった。数カ月ぶりにお会いできるチャンスだったのに残念。家で昼食後、妻にバリカンで髪を短く刈ってもらった。気持ちいいけど、寒い。昨夜は、あるポスター制作についてデザイナーの方とのやりとりがあり、深夜二時まで起きていた。このところ早寝早起きを続けていた僕にとって、二時はけっこうきつい。と書きながら、突然思い出したけど、つい最近、うちの近くで俳優の寺島進さんを見かけた。あれって、いつだったっけ? 娘はきょうも園庭で駒まわしに挑戦したらしい。ベイブレードじゃなくて、僕が子供の頃によくまわした、あの懐かしい駒だ。 
 
2月19日(火) LONDON CALLING 
あまり時間が取れず、スポーツクラブでエアロバイクを30分、サウナを5分だけにして体重を計ったら64.75kg。650gだけどリバウンドしていて軽いショックを受ける。減量 に取り組みはじめると、少しでも増えるとがっかりしてしまう。夕方、コーエーの前で水田かおりさんにばったり会った。夕方、早めに保育園から娘を引きとり、中村クリニックで家族揃ってインフルエンザの予防接種。夜、娘を寝かしつけようとしていたら突然電話。ロンドンのある企業からだったのでびっくり。先方の外国人らしき男性が話していたのが英語でなく日本語だったので、余計に驚いた。 
 
2月20日(水) 「償い」ってテレサ・テンの曲でもなかったっけ?  
点検整備のためか何かでスポーツクラブが休みのため、空いた時間に妻と並んでランニング。公園の中を一時間走っていると、普段いかに自動車のおかげでストレスを感じているのかがわかる。公園は子供が遊んでいて通 りにくい場所もあるが、車の危険にくらべればたいしたことはない。公園への行き帰りは比較的車の少ない道を選んでいるのだが、それでもまったく自動車に出会わないというわけではない。角かどで速度を落として、左右の安全確認をして再度ペースをあげる。この繰り返しは、意外に疲れるものだ。車が進入できない公園内やフィットネスクラブのマシンで入っているのが、どれほど楽なのかよくわかった。ヤフーで読んだ毎日新聞の記事によると、昨日、東京地裁で行われた裁判で、山室恵裁判長が被告に向かって「唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」と語りかけたという。「償い」という曲は、交通 事故で男性を死なせた若者が、償いのため男性の妻に少ない給料の中から送金を続け、7年目に妻から「あなたの優しい気持ちはとてもよく分かりました」という手紙を受け取る内容だそうだ。この歌を一度聴いてみたいと思った。銀行員の男性が三軒茶屋駅で暴行を受けて亡くなった事件は、まだ記憶に新しい。僕の住む下北沢からも近いし、ぞっとしたし、気の毒にも感じた。暴行を加えた少年二人は、遺族に謝罪するとともに「一生をかけて償いたい」「私という人間を根本から変えていきたい」などと述べていたようだが、裁判長は「歌詞だけでも読めば、君たちの反省の言葉がなぜ心を打たないか分かるだろう」と述べ、少年はうつむいたまま、裁判長の言葉を聞いたという。やはり、山室さんは、さだまさしさんのファンだろうか。話は変わるけど、娘はトイレでおしっこができる回数が増えてきた。保育園でもあわてて手洗いにかけこむことがあるようで、連絡ノートによれば、間に合わずにもらしてしまうと、「あー、トイレでしようと思ったのに…」とガッカリしているらしい。 
 
2月21日(木) 辞書と寝た女 
朝起きてすぐ、インターネットで次のニュースを発見した。人体への影響がない煙草なんて、ないと思うけど、JTはおもしろいこと言うね。 
 
キャスターマイルド504万本に油混入=今月5日以降購入分回収へ−JT 
 
日本たばこ産業(JT)は20日、同社広島工場(広島市)で製造された紙巻きたばこ「キャスターマイルド」(ソフトパック)504万本に製造過程で使う機械潤滑油が混入したと発表した。今月5日以降に広島、岡山、山口、島根、福岡、佐賀、長崎各県で販売されており、同社は店頭などで商品を回収する。人体への影響はないという。 
(時事通信)[2月20日21時1分更新] 

 
娘を保育園へ預けたあと、妻と二人でウォーキング中にコピーライターの小林秀雄さんご夫妻とばったり会った。ひと言ふた言かわしただけだが、平日の日中に遭遇してしまう夫婦どうしってのもなんだかなぁ。向こうも我々のことを「暇なのかな」と思ったかもしれない。本当はそんなに暇でもないんだけど。夕方、西新宿で打ち合わせ。会議終了後、クライアントの宣伝部の男性Kさんが突然、来月半ばでその職場を辞めて、奥さまの父親が営んでいるボウリングの会社に入ることになりました、とおっしゃったのでびっくり。最初、ボウリング場の話をされているのかと思ったが、聞いているうちに地面 を掘るほうのボウリングだとわかった。義父が山形県天童市で地質調査会社を経営されているという。そのKさんのことを伝えながら帰宅後、ついビールを飲んでしまった。保育園での食事の際、うちの娘は「はなちゃん上手に食べるから、エプロンなくていい」と言い張り、こばさないように気をつけていたそうだが、少しこぼしてしまうと「明日、おかーちゃんにお洗濯!」と言っていたという。食後、妻が娘を寝かしつけてくれたのだが、途中でなかなか寝つかない娘がキッチンへ来て「牛乳、牛乳」というのでミッフィーのコップに入れてあげるといっきに飲み干して、今度は「辞書は、辞書は?」と言い出した。三省堂の『カナ発音現代英和・和英辞典<小型版>』を顔の横に置いて眠るのが、ここ一週間くらいの、娘のお気に入りパターン。なんでなのか、よくわからないけど。昨日の夕食後なんか辞書を1ページずつ読んでいるみたいだった。あの独特の薄紙が好きなのかなぁ。 
 
2月22日(金) 焼いたカレーパンはうまい 
午前四時半起床。僕は買わないけれど、マイクロソフトの家庭用ゲーム機「Xbox」が日本でもきょうから発売。娘を保育園に連れていったあと、妻と散歩。駒場エミナースの前まで行ってUターン。帰り、まだ開店からそんなに経っていないと思われる「レフボン」というパン屋で、揚げずに焼いたカレーパンやセサミのスティックパンなどを買う。その後、池の上の古書店へ寄って、単行本二冊と文庫本三冊を購入して帰宅。テレビで五輪の女子フィギュアスケートを見ながら、仕事を進める。保育園では誕生会があって、「晴(はる)ちゃんにおめでとうするの!」とニコニコしながら張り切っていたらしい。保育園では月に一回、その月に生まれた子供をまとめて、全員で誕生会をすることになっている。 
 
たんたんたんたん 誕生日 
はるちゃんの はるちゃんの 誕生日 
おめでとう 
 
と、名前の部分を変えながら、みんなで歌う。メロディーを伝えられないのが残念。 
 
2月23日(土) 憧れのジャンクション 
ネットサーフィンをしているうちに、藤沢周さんが『箱崎ジャンクション』をいう小説を文學界で連載していることを知る。おお、憧れの箱崎ジャンクション。会社勤めをしていた頃、J-WAVEをよく聴いていて、自然と交通 情報も耳にしていた。そのなかで「箱崎ジャンクション」の名前を刷り込まれるうちに、「ジャンクション」が気になるようになってしまったのだ。ちなみに三省堂の英和・和英辞典でjunctionを引くと、「接合(点)、連接、接着、連絡(駅)、(川)の合流点、連結」などとある。ちなみに箱崎ジャンクションは、いろんな方向から来た車が合流する首都高速道路のジャンクションだ。昼間、新代田のスイミングスクールへ行き、妻と娘がプールに入っているあいだ、見学スペースから眺めていた。夕方、ランニングでもしようと世田谷公園へ行った帰り、北沢川緑道のカフェ「ソープ」の店内から手を振る女性がいた。えっ、僕に? と思いつつウィンドウに近づいたら、写 真家のMOTOKOさんだった。一緒にいた女の人を、ビクターのスドウさん、と紹介してくれた。「ちょっとお茶でも飲まへん?」と言われ、アイスコーヒーを注文して一時間ほどおしゃべりした。MOTOKOさんは、自分の師匠でもある(大阪芸大時代、松蔭さんが撮る写 真のアシスタントをしていたらしい)アーティスト松蔭浩之さんにもっとメジャーになってほしいねん、と熱っぽく語ってくれた。松蔭スター化プロジェクトの具体的なプランを聞かせてくれたが、恋人でもない人間のサポートを頼まれもしないのにしてあげるなんて、MOTOKOさんはほんと、いい人だ。当の松蔭さんは、ちょうどその頃、大阪万博公園そばにあるインターメディウム研究所のイベントで、ゴージャラスのライブをしていたはずだ。

第90回 2002年2月27日

2月10日(日) 日曜日は公園ランニング 
午前中、妻に娘の相手をしてもらっている間に、世田谷公園を5周走って帰ってきた。約70分。僕の計算だと、行って帰って約10.6kmに相当する。夕方、出田が遊びに来てくれた。hachiの中村さんをはじめとする数人と八幡山でフットサルの試合をしてきたらしい。裏の酒屋さんでビールを買ってきて、一週間ぶりにアルコールを口にした。

2月11日(月) 祝日が休日とは限らない
建国記念の日。朝五時起き。家の体重計に乗ると、66.0kgの体脂肪率30.0%。3人でビールの大瓶3本を飲んだら、また体脂肪率30%に逆戻りだ。すごいてきめん。少しでも取り戻そうと世田谷公園まで約11.7km走。夕方、あるカタログに入れこむキャッチコピー案を送る。

2月12日(火) 特別な一日だったのに

早起きして仕事を進める。コピーライティングの合間にソルトレーク五輪をテレビでちらちら見る。スピードスケート500mの清水選手は34.61秒で初日2位 。明日に可能性をつなぐことになった。10・1(10km走・1km泳)で64.25kgになった。うれしい。妻の誕生日で結婚記念日だったのに、ばたばたしていて特別 なことはなにもできなかった。

2月13日(水) 100分の3秒の壁 
早起きしたら、すぐに体重を計るのが日課になってきた。清水選手は二回目にタイムを落とし、二日間トータルでアメリカのフィッツランドルフ選手に0.03秒届かなかった。銀メダル。万全でない体調なのにこの成績は立派。まだまだ、がんばっていただきたい。できれば、次のトリノで再び金メダルを。僕は会ったことがないけれど、妻の実家のある北海道・広尾町に、清水選手のお姉さんが住んでいるらしい。朝食後、妻が切ってくれた果 物や野菜を使って、娘とジュースを作った。おいしかった。日中、インターネットで知ったが、マガジンハウスの『鳩よ!』が休刊になるらしい。文芸誌で公称1万5000部(実売部数はわからないけど)も出てるんだったら、続けてもいいんじゃないかという気がするが、会社としての考えは違うのだろう。一度休刊して復刊する雑誌は少ない。唐突だけど、「なる早(なるはや)」って変な言葉ですね。仕事先の人に「で、いつまでにコピーをアップすればいいですか」と訊くと、「なる早でお願いします」と返ってくることがある。ご想像通 り「なるべく早く」を縮めた言葉だが、あまり好きな言い方ではない。夕方、テレビ局へ打ち合わせに向かう途中、駅の改札で突然声をかけられびっくりして振り返ると、某広告代理店のIさん、Aさんだった。保育園は風邪やインフルエンザで欠席している子が多い。わが娘は「とーこちゃんお休み」「あやのちゃんも…」などとほいく教室で寂しげにつぶやいていたそうだ。娘は妻といっしょに園から戻ると、奥の寝室のトビラ越しに中に向かって「おとうちゃん、出ておいで。いるんでしょ!」と声を張り上げていたらしい。僕はその時間、テレビ局にいたのだが、妻が「お父ちゃんはお仕事で出てるの」と何度説明しても信じようとしなかったという。

2月14日(木) 話せばわかる(ことも多い)  
昨日は行けなかったが、きょうはスポーツクラブへ。10.4km走って520m泳いだが、200g増えていた。減量 を目標にしはじめると、少しの増量でも悲しい気持ちになる。昼間、仕事上でちょっとしたトラブルが発生しかけたが、話し合いによって解決。当然のことだけど、人間関係において「相手の話をしっかり聞き、誠意を持って話すこと」はとても大切だ、と改めて感じた。寝る前に気がついた。きょうはバレンタインデーだったのか。

2月15日(金) きょうもコピーを考えるのであった 

スポーツクラブ行きはやめにして、あるポスターのコピーをひたすら考え、夜ファクス。本当は取引先企業へ打ち合わせに行くはずだったが、先方の担当者が別 件の仕事で会社を出たままなので、行ってもお会いできないので、ファクシミリで案を送信することにした。

2月16日(土) 松蔭浩之さんダブル個展
午前中10.6km走ったあと、妻が広告を作ることになった、渋谷にある料理教室を家族で下見したあと、表参道のミヅマアートギャラリーとアートショップ「ナディッフ」へ。ミヅマには写 真家のMOTOKOさん・若木信吾さんが来ていた。ミヅマとナディッフで同時に、アーティストの松蔭浩之さんによる個展が開かれていたのだが、それぞれの会場での作品がまったく違うのが興味深かった。ミヅマでの公開制作を終えた松蔭さん、映像作家のジャン・ピエール・テンシンさん、TOTO社員の米さんと僕たち家族三人で焼鳥屋「ひごのや」へ。お酒を飲んだのは約一週間ぶり。松蔭さんの話では、昨日、アートディレクターの秋山具義さんにギャラリーへ来てもらい、中目黒へ移動してもつ鍋を食って、いっしょに遅くまで飲んだそうだ。しばらくして、松蔭さんの彼女のレイカさんが登場。僕は生ビールを3杯。帰りの千代田線の車中、向かいに座っていたおばさんにうちのはなのことを「ああ、うるさいわね」といわれ、妻とふたりでキレれしまった。おばさんの言い方も良くなかったけど、こっちにも多少の否はあったと思う。立って抱っこして、背中を軽くトントン叩いてあげるなど、ぐずりはじめた娘をなだめることはできなくなかったかもしれない。いずれにしても、僕はあまり飲まないほうがいいのかもしれない。妻と口論してしまったり、電車で見知らぬ おばさんと喧嘩しそうになったり、このところ飲むといいことが少ない。

第89回 2002年2月28日

2月3日(日) 経堂通 信 
雨の日曜日。午後三時にフリースタイルの吉田さんにわが家に来てもらい、わが家族と計四人で経堂のアペルというギャラリーへ。アートディレクターの服部一成さんの個展を見る。帰り道、出田に教えてもらった台湾茶屋へ入り、その後、北口の鰻屋へ入る。中国茶もおいしかったし、吉田さんおすすめの蒲焼き御飯は絶品。下北沢の野田岩よりうまいかもしれない。なにより、肩の凝らない雰囲気がいい。ひさしぶりにビールを口にしたが、やはりうまい飲みものだ。たくさん飲みたくなってしまう。下北沢に戻ってきて、フリースタイルの事務所で吉田さんの本を見せてもらい、一時間ほど過ごす。帰宅後、染之助・染太郎のお兄さんのほう、染太郎さんが胃ガンのためお亡くなりになった、とインターネットのニュース知る。陽気な芸で世の中を楽しませてくれた人だけに、面 識のなかった僕でさえ悲しい気分になる。合掌。妻が作ってくれたボタン練習キット(二枚の小さな生地の片方にボタンを縫いつけ、もう一方にボタンホールを設けたもの)を娘は気に入ったようで、就寝するまでボタンを留めては外して、留めては外してを繰り返していた。いま突然、思い出したことがある。経堂に引っ越して、『経堂通 信』というフリーペーパー(もちろん、名前の元ネタは共同通信)を出そうとしたことがあるけど、考えたのはタイトルだけで、いつのまにかバカバカしくなってやめてしまった。

2月4日(月) 観劇して感激
五時をまわって目覚める。量はそれほどでもなかったのに、昨夜ひさしぶりにお酒を飲んだからか頭の回転が鈍い。それでもなんとか午前中にコピーをアップさせ、某テレビ局へデザイナーの方との打ち合わせに伺った。ミーティングのあと、「アンパンマンのらくがき教室ミニミニ」という遊具を、娘のみやげに購入。磁石のしくみを利用し、何度も描いたり消したりができるスケッチ板のようなおもちゃ。夕方、保育園で人形劇があり、妻と見に行った。さすがはプロの方だけあって、想像していたよりずっとおもしろかった。お二人だけの人形劇団だとは思えない。「白雪姫と七人のこびとたち」のストーリーをアレンジし、二人だけで操作・演技されるのは見事だった。観劇中の子供たちのかけ声がおかしい。「あぶないよー」とか、「りんご食べちゃだめ!」とか言っている。ひよこ組のあすかちゃんは先生に終始しがみついて「もう、いいよー。もう、いいよー」と叫びながら、ワンワン泣いていた。わるい女王が変身したおばあさんがよっぽど恐かったのだろう。子供たちのかけ声を聞きながら、ドリフの「8時だよ!全員集合」を思い出した。あの番組では、例えば、後ろに幽霊が立っているのに志村けん氏が気づかないといったシーンがくると、客席の子供たちが「後ろ、後ろ」と大声で叫び、危険を志村さんに知らせようとしていた。「8時だよ」が船橋ヘルスセンターから中継されていたことを、僕は記憶している。今は、ららぽーとになっている場所だ。夜、餃子を家族三人で作って食べた。うまかった。娘が両手をグーにして突き出し、タッタッタッと走り出したから何事かと思ったら、アンパンマンのまねだった。頬をふくらませ、口をとがらせ、けっこう似ていておかしかった。

2月5日(火) 日向夏のかおり
早起きしたので、ちょっと眠い。スポーツクラブで36分走って6.11キロ。少し泳いでサウナに10分ほど入って65.80キロ。ふうーっ。午後、近くのセブンイレブンの前で、モデルの水田さんにばったり。宮崎の実家に帰っていたの、大巨人ファンの父とキャンプ地にも行ってきたの、これおみやげ」といって、日向夏(宮崎の夏みかん)を使った石鹸をくださった。袋の裏を見ると、製造元は富山県の会社だった。

きょうはYAHOO!で見た、下記のニュースが気になった。高野連の正式な回答が待たれる。

群馬・太田市長、太田市立商不出場で高野連に意見書

3月25日に甲子園球場で開幕する第74回選抜高校野球大会の出場校に、昨秋の関東大会でベスト4に入った群馬県の太田市立商が選ばれなかったのは納得できないとして、同県太田市の清水聖義市長は4日、日本高校野球連盟(牧野直隆会長)あてに、選考基準の公開を求める意見書を郵送した。

関東地区(出場枠4校)からは、同じ関東大会で優勝した宇都宮工(栃木県)、準優勝の浦和学院(埼玉 県)、4強入りした前橋高(群馬県)。さらに、4強の太田市立商を退けてベスト8だった水戸短大付(茨城県)が先月31日に選ばれた。

意見書では「公平に選抜するとはどういうことなのでしょうか。選抜基準を公開してほしい。同時に、今回のこと(ベスト4の太田市立商が選ばれなかったこと)について説明責任があるのではないか」としている。

清水市長は「抗議ではなく、結果説明を求めている。このままでは生徒たちに納得いく説明ができない」と話している。

日本高校野球連盟事務局は「自治体首長から選考に関し意見が寄せられるのは初めてではないか。関東大会の成績はあくまでも参考資料で、選考委員が判断したこと。(郵送され次第)意見書を読んでから対応したい」と話している。 (読売新聞)[2月5日1時18分更新]


2月6日(水) 目標10・1 

7・7。40分で7.23キロ、水泳720メートル、サウナ10分半くらい。体重65.35キロ。やっと65.5キロを切った。他人から見たら些細なことかもしれないけど、けっこううれしい。7キロ走って、700メートル泳いだから7・7(セブン・セブン)。最終的には10・1(テン・ワン=10キロ走って、1キロ泳ぐ)を目標にしたいけど、僕は泳ぐのがかなり遅いから、10・1をやったら時間がかかりすぎるだろうな。ナチュラルハウスで買ってきたケフィア種菌を使って、こないだからケフィア(ヨーグルトのようなもの)を家でつくっているけど、これが意外においしい。砂糖を入れずに食べているから、ダイエットにもいい。ただ少しくらいの甘みはほしいのでハチミツをかけたら、娘はスプーンを使ってハチミツの周囲だけ平らげてしまった。

2月7日(木) はたらく私   
午前四時すぎに起床。あるカタログの構成を考えたり、コピーを直したり、取引先の方と何度もやりとりしたりの一日。きょうは我ながらよく働いた。眠ったのは午前二時前。

2月8日(金) 5キロ減 
七時起床。洗濯物を干しながらラジオをつけていたら、ロシア語講座をやっていて、これがなかなかおもしろかった。10・5(テン・ファイブ)。10.16キロを58分で走って、520メートル泳ぐ。時間がなくてサウナは5分弱。トレーニング後の体重は65キロちょうど。来週はなんとかして体重65キロの壁を破りたい。スポーツクラブからの帰り道、コピーライターで作詞もたくさんされている日暮真三さんの奥様にばったり会い、日暮さんのお孫さんのこと、うちの娘のことを少し話す。去年のカレンダーにときどきメモっていた体重を見直すと、夏に夕食後70キロ超を記録している。おそらくこれが、僕の過去最高体重。そのころと比べれば5キロの減量 。と考えると、やる気が出てきた。目に見えるかたちで成果が出ないと、人間はへこたれやすい。娘は保育者の先生といっしょにコマ回しを楽しんでいるようだ。僕も混ぜてほしいなぁ。

2月9日(土) やかんとイラスト
娘が鼻水を出しているので新代田のプールはお休みする。夕方、アンパンマンのビデオを返しに出たら、イラストレーターのリリー・フランキーさんとすれ違った。イメージほどは細くなかった。そのすぐあと、ファーストキッチンの前で、僕たち家族が歩く脇をなべやかんさんが通 り過ぎた。やかんさんはポルシェを運転していた。ポルシェ・カレラ2だったと思う。北沢タウンホール十階の「らぷらす」に本を返却。絵はちょっとイラストっぽいけど、なかなか味があり、ストーリーもユニークな絵本『あしにょきにょき』深見春夫作・絵(岩崎書店)と、さまざまな角度からものごとを見ることのおもしろさを教えてくれる『考える練習をしよう』(マリリン・バーンズ著、マーサ・ウェストン絵、左京久代訳、晶文社)。後者は、平野甲賀さんによる日本版ブックデザインも魅力。

 

第88回 2002年2月27日

1月27日(日) 雨後の下北沢 
雨の中、家族三人で外出。北沢タウンホールらぷらすで絵本を借り、博文堂書店で雑誌を買ったあと、ピーコックでカラー粘土と水彩 絵の具サクラマットを購入。妻と交替で娘を抱っこしてたが、はなもほんとに重くなったなぁ。疲れて家に着くと、戻ったとたん、「おえかき(しよう)」といわれ、北口の大丸ピーコックで入手したばかりのサクラマットを出して、いっしょに紙に色塗りをしたら、やっぱり絵の具をすぐにこぼすんだよね。しばらくすると、学研のカラーブロックでつくったオモチャのマイクを持って、娘が「あなたのおなまえは?」と訊くので、「はなちゃんのおとうちゃんです」と答えると、「あら、すてきなおなまえね」ときた。いつのまにおぼえたんや、そんな言い方。「はなちゃんのおとうちゃんです」でなく、「おおくらやすひろです」と正式名を答えると、「ちがうでちょ(でしょ)」というセリフが間髪入れずに返ってくる。午後、大阪国際女子マラソンをちらっと見た。弘山晴美選手、もうちょっと粘れたら勝てたかもしれないのに残念。でも、がんばってはったと思う。夕方、雨があがったので再度外出。無印良品でA4ファイル、グルメシティで紙おむつを買った。途中でまた雨が降ってきたので急ぎ足になりかけたら、すぐに止んでしまった。大雨が降ると人が減り、雨が去ると、人が集まる。それが、土日の下北沢。

1月28日(月) 過去形のWILL

四時に起きるつもりが六時起床。38分走って5.3km。サウナに二度入って、少し泳いだあとシャワーを浴びて体重計に載ったら、66.85kg。夜、家族で餃子を手作りして食べたあと、トラブルアンドティーへ。グラフィックデザイナーの鈴木くんに、先日の広告コンペでかかった材料費等の半分を支払い、青山ブックセンター本店へ寄って、取り置きをお願いしていた雑誌を買って帰宅。途中、表参道でWILL SHOPがなくなっていることに気づいた。もともと、期間限定の予定で建っていたのだろう。あの場所には以前、東高(とうこう)現代美術館があり、新表現主義にくくられることの多いフランチェスコ・クレメンテの大きなキャンバス画を見たことがある。

1月29日(火) 泉麻人がふたり
きょうもスポーツクラブへ。36分で6.03km走って、520m泳いで、サウナに二回で計10分66.45kgなり。夕方、スヌーピーとスノーマンのビデオを返却して、通 りがかった古書店・幻游社で泉麻人さん著『B級ニュース図鑑』(新潮文庫)を購入。そのとき、店内で本を選んでいたのは僕のほかには、写 真家の浅井慎平さんひとりだった。保育園で行われた保護者会に妻とともに出席したあと、娘を連れて三人で帰宅。本棚に『B級ニュース図鑑』がすでにあるのを発見し、ショックを受ける。持っていたけど売った、と思っていたのになぁ。湯船の中で娘が「♪ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデー・ディア・オトウチャン、ハッピバスデートゥーユー、(拍手しながら)オメデトウ」と何度も歌ってくれた。ありがとう、はな。きょう誕生日ちゃうけどな。

1月30日(水) はな駒(こんま)というドラマを思い出してしまった 
38分で6.23km走り、1000m平泳ぎ、サウナ五分。65.85kg。某テレビ局のTさんから電話があった。ある仕事が動き出したら、僕に頼みたいとのこと。もちろん、まかせてください。保育園で娘は、保育士さんといっしょにコマ回しに挑戦しているらしい。ベイブレードじゃなくて、あの、昔からある、紐を巻いて手首のスナップをきかせて飛ばし、くるくる回す駒である。意外と懐かしい遊びをやっているのです。

1月31日(木) のりのりでのり  
忙しくてスポーツクラブにへ行けなかった。ああ、ストレスがたまる。娘は「のり貼り」をしたらしい。保育園との連絡ノートには『「はなちゃん、自分で」とひとりで人差し指にのりを取り、「ぬ りぬり」とやっていました』とあったが、色紙をちぎって画用紙にでも貼ったのかな。

2月1日(金) 鬼は恐いよな、やっぱり
あるプリンタのカタログの構成を考える。僕はもともとデザイナーをしていたので、たまにサムネイル(大ざっぱな手描きラフ)をつくるとても楽しい。たまに、というのが重要なのかもしれない。保育園のホールでは節分の催しがあったようだ。連絡ノートによると、「初めは何だかよく分からない様子でしたが、鬼が出てくると恐くて身動きせず、保育者にしがみついて見ていました。いわしは頭もしっかり食べていました」。園からの帰り道、僕に抱っこされながら、「鬼は外、やったの」「福は家、言ったの」と教えてくれた。テレビ局の方からまた電話があった。

2月2日(土) クラシック・バンビ
午前三時起き。さすがに眠いが、確定申告のための書類をまとめたり、残っている仕事を進める。新聞の折り込みにB4を横に2枚並べてつなげた変なサイズのチラシが混ざっていたので、手に取ってみるとTOTALWorkouの宣伝物だった。トータル・ワークアウトは、巨人・清原選手のパーソナル・トレーナーも務めるケビン山崎さんが設立したフィットネスジム。こないだコピーライターの松葉に教えてもらったのだが、糸井重里さんの事務所と同じビルに入っているらしい。港区三田の「明るいビル」。ビル名からしてユニークだけど、ひょっとして糸井重里さんによるネーミングだろうか。チラシを読むと、「トータル・ワークアウトで中心となるのはウェイトトレーニング。脂肪を落とすだけでなく、筋肉の量 を増やすことで、リバウンドしにくい体質をつくるのです」とあり、へえーなるほどな、と思ってしまう。娘は今年初めてプールに入り、大喜び。大はしゃぎし、帰宅後ほどなく昼寝。娘が眠っている間にと、世田谷公園までランニング。夜、フルーツを買いに外へ出た。スーパーマーケットで果 物、博文堂書店で『ブレーン』を購入し、レンタルビデオのドラマで『あんぱんマン』とディズニーのクラシックアニメ『バンビ』を借りる。『バンビ』は冒頭のシーンからして、背景画の植物と植物の境、地面 と植物との境、空と植物の境などがぼんやりと繋がっていて美しい。輪郭線なんて、もともと自然界にはないんだから。音楽もクラシック調で素晴らしい(もしかして、本物のクラシック音楽なのかな)。子供のバンビはほんとにかわいいけど、成長して青年になると、それほどかわいくないから娘が見たがらない。成長してしまったシーンまでいくと、その度に「ちっちゃいバンビ、ちっちゃいバンビ」と言って巻き戻させるから、結局、最後まで見ることができなかった。

 

第87回 2002年2月27日

1月20日(日) コピーを考え続ける
子供と遊びながらも、コピーをうんうん考える一日。フリースタイルの吉田さんから電話があり、ある雑誌を持っていませんか、と聞かれる。何日か前に「デザイナー選びの参考になるかもしれないから、吉田さん、見てみてくださいよ」と僕が薦めた月刊誌なのだが、僕も博文堂書店で立ち読みしただけで、結局購入しなかったのである。その雑誌とは、宣伝会議発行の『ブレーン』2002年2月号。

1月21日(月) 対談の不思議
劇作家・作家の宮沢章夫さんのホームページを見ていたら、「対談や座談会でしゃべった話をそのまま文字にするとたいてい会話になっていない。よくわからない話になっている。それなのに、なぜかたがいに通 じてしまう」という話が載っていた。僕もインタビューの仕事をして、テープ起こしをしたときに何度も感じたことだ。しゃべっているときは話がスムーズにつながっていると思っていたのに、それぞれの人が好き勝手に言葉を発していただけじゃないか、とテープを聴きながら唖然とする。午後九時半ごろ、神宮前のデザイン事務所「トラブル&ティーデザイン」へ行く。このほうがいいかな、こっちのほうがいいんじゃないですかと言いながら、あるコンペに出す広告をデザイナーの鈴木君といっしょにつくっていたら、いつのまにか午前二時になっていた。明治通 りと竹下通りがぶつかるあたりでタクシーを拾って帰宅。当然、妻と娘はぐうぐう寝ていた。

1月22日(火) 水ぼうそうからの復活
朝、娘を宇野皮膚科へ連れていったところ、水ぼうそうが治ったので、きょうから保育園で行っていいですよ、といわれる。明日からの復帰だと思っていたので、保育園への持ち物は家に置いたままだ。いったん帰宅し、大急ぎで登園。途中、駄 菓子屋の膳場さんの前でグラフィックデザイナーの浅石さんに会った。何カ月ぶりの対面 だろう。昼食後、タケちゃんが突然やって来た。スポーツマリオにゴルフグローブを買いにきたそうだが、マリオにはゴルフ用品はたしか売っていないはずだ。うちでコーヒーを入れ、タケちゃんとひさびさの雑談。タケちゃんが帰ったあと、ドラッグストアのコーエイへ葛根湯、正露丸、トイレットペーパーを買いに出たら、モデルの水田かおりさんとばったり会った。急に思い出して「水田さん、ユニクロのカタログに出ていませんか」と聞いたが、それ私じゃないわという返事。最近はミセスブック(って雑誌名なのかな。ちゃんと聞けば良かった)のモデルをしているとのこと。夕方、娘を保育園へ迎えにいき、先生に一日の様子をお聞きする。1月12日以来の登園だったわりには、午後からは普段のように、みんなと遊べるように戻っていたそうだ。夜、NHKのETV2002(再)「酒にのまれた日々・中島らもアルコール依存・うつ・自殺願望」という番組を、妻といっしょに見た。らもさんはほとんどろれつがまわらない口調で、しかもアルコール依存症のため、手が震えてペンが持てず、口述筆記で奥さんに書き取ってもらい、小説を執筆しているという。そんな状態でも、根本的には落ち込んでいない、というらもさんのタフネスぶりに感動すら覚える。根っこの根っこのところが楽天的なのだろう。徹底的に落ち込むことは僕もあまりないが、らもさんほどの精神的強さを自分が持っているか、自信がない。どこかのお寺に窃盗に入った夢を見る。僕は履いていた白いスニーカーを、なぜか畳の上に忘れ、くつした姿のままでバイクで逃走した。

1月23日(水) むかし森永ラブがあった場所にカフェができていた
スポーツクラブのサウナで常連のMさんと少し話す。Mさんは、銀座近辺の仕事場で、隔週発行の雑誌の編集をされているらしい。夕方、広告コンペのへ搬入会場へ作品を持っていき、その後、銀座のカフェで鈴木くんとお茶。鈴木くんと次回の応募について少し話す。鈴木くんの意欲が感じられたし、またいっしょに何かに取り組むことになるかもしれない。銀座四丁目交差点からちょっと新橋方向にいった場所にアディダスのショップができていたので、鈴木くんと中へ入ってみた。ブルゾンの紫が美しい色合いだった。

1月24日(木) ゆ「き印」 
 雪印がまたやった。今度は雪印食品がやらかした。輸入牛肉を国産牛肉に見せかけ、国からおりる救済のためのお金をぶんどるということか。まったくたちが悪い。ニュースを知って腹立たしい気分だったが、スポーツクラブで五百メートルをほとんど休まずに泳げたのはうれしかった。夕方、リサイクル・リユーズという消しゴム判をカッターを使って作った。楽しかった。届いた封筒に「リサイクル・リユーズ」というハンコを押し、再利用している人の記事を雑誌で読み、まねてみようと思ったのだ。ハンコがないと「この人せこいなぁ」と思われるかもしれないけど、ハンコが押してあるだけで、リサイクル推奨派の人間にみえる。娘はきょう、保育園で新しい歌と体操を練習し、ノリノリだったらしい。歌の中に「怒ってる」という歌詞があり、その部分がくるとプンプン怒っている表情をしてみせるなど、生き生きと踊っていたようだ。

1月25日(金) 不景気なのに過労死なんて
午前中、スポーツクラブで10.3kmを63分かけて走った。中学高校時代の部活をのぞけば、一時間も続けて走ったのは生まれて初めて。疲れた。夕方、保育園での娘のクラスメートやその父母の方々と「のみくい処 祭ばやし」へ。子供の風邪で急きょ欠席された方もいたが、その代わりに突然声をかけさせていただいたTさんが駆けつけてくれたはありがたかった。Tさんは某省庁にお勤めだが、職場では過労死や自殺者が絶えないらしい。いいのか、そんなことで。公務員だからって、公務で死んでいいはずがない。家でもそうだが、保育園でもこのところ、娘はいろんな食べ物を口に入れるとき「見ててね」と言ってからトライしているようだ。「見てるよ」と答えてあげて、苦手な食べ物を口にふくんだら、「はなちゃん、えらいね」とほめてあげると得意げな顔になる。

1月26日(土) 土曜も登園

土曜日なのに申しわけない、と思いながらも、娘を保育園へ連れていく。そのあと、妻とならんで世田谷公園までランニング。公園の売店でエネルゲンを半分ずつ飲んだ以外は、ほとんど休まず、往復1時間。帰宅後にシャワーを浴び、コピーを進めたり、確定申告のための資料や伝票をまとめたりする。結局、今月は娘をプールに連れていってあげられなかった。

 

 

第86回 2002年2月11日

1月13日(日) みそのがなくなった 
娘を昼寝させようと思い、いっしょにふとんに並ぶ。三歳くらいまでなら子供は、母親のおなかのなかにいたことを記憶しているという話を聞いたことがある。それで、寝かしつけながら娘に「おかあちゃんのおなかの中のこと、おぼえてんの?」と訊くと「おぼえてる」という返事。「どういうとこだったの?」「涼しい」。えっ? と思ったら娘は眠ってしまっていた。きょうはやらなけらばいけない仕事があり、遠出せず、ほとんど家で過ごした。すぐそばの「焼き肉 Misono」という店のテーブルや椅子などが運び出された。このところ毎日お店の電気が消えているなと思っていたが、閉店してしまったのか。気の毒に。不況と狂牛病と影響なのか。わが家でも何度か行ったことがある店なので、せつない気分になる。

1月14日(月) なにも祝日にゲートボールをしなくても
成人の日。せせらぎ公園へ行ったが、泥だんごをつくる小学生ふたりが小さな砂場を占拠して、娘はあまり遊べなかった。メインのスペースではゲートボールをするお年寄りが陣取っていて、窮屈な思いをした。仕方なく、すべり台やブランコをした。娘が砂場で遊べるように小学生へ言ってあげれば、よかったかな。だけど、あの砂場、ほんとに狭いから、「ちょっと端っこに寄ってくれるかな」は即「どけよ」という意味に受け取られてしまうかもしれない。日中、娘が昼寝をはじめたで少しテレビをつけたら、アイシンがボッシュを下し、社会人男子バスケットボールの日本一になる。僕はバスケをしていたことがあるので、それなりに興味を持って見たが、妻は「ほんと地味ねえ」と言うだけで、まったく見ようとしない。まあ、大リーグは好きだけど、NBAにもほとんど興味がない人だし。娘は目をさますと、妻の実家から届いたばかりの「ままごとセット」でお茶をいれてくれた。というか、「何にしますか?」と僕らに聞いてお茶を出してくれる、という繰り返しに延々付き合わされた。おそるべき、エンドレスお茶会。晩ごはんのあと、先週に続き、竹中直人さんや柄本明さんが出ているドラマを見て、みんなで入浴して就寝。

1月15日(火) 水ぼうそうでした
朝、登園前に宇野皮膚科へ行ったら、水ぼうそうと診断された。あちゃーっ。ついに、うちもか。今週いっぱい、娘はお休みすることになった。昨年末から保育園で流行っていたのだ。

1月16日(水) けんかと胸の痛み 
早起きして夫婦でコピーを考えようと思っていたのに、ささいなことから妻と口論してしまう。疲れているのだろう。反省。申しわけない。夕方、カフェ・オーブンでトラブルアンドティーデザインの鈴木くんと打ち合わせ。わざわざ来てくれるとは、ありがたい。夜、横になっていたら、左胸が痛くなって寝つけなかった。一時間くらい、締めつけられるような痛みが続いた。

1月17日(木) 初めての睡眠薬

左胸の痛みを診てもらうため、島津メディカルクリニックの循環器科へ。先生の話では、精神的な疲れからくるものかもしれませんね、とのこと。眠るための薬や胃薬などを出してもらう。夜、先生に聞いたようにソラナックスという薬を試しに半錠飲んでみたらぐっすり眠れた。

1月18日(金) ストーンズと木製バット 
日中は水ぼうそうの娘と遊んでいてなかなか進まないので、早起きして仕事をする。昼間、右上の奥歯を診てもらうため、ヨシエ歯科へ。ある広告賞へ応募するための、コピーを妻といっしょに書く。その合間、宮沢章夫さんの小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』の主人公がたどった道を歩くツアーに、インターネット上で申し込んだ。あとは、郵便書簡というものなら封筒なのに60円で送れることを知った。夜、娘が風呂で「明日は、お父ちゃんの髪、洗ってあげるからね」という。泣かせるじゃないか。下北沢から新宿寄りに一駅行った、東北沢駅から徒歩五分強くらいの場所に位 置する伊藤脳神経外科病院で入院患者が次々と七人も死亡し、院内感染の疑いがあるという記事を新聞で知る。「頭痛がするの、偏頭痛かな」」ということで妻が三年ほど前に行ったことのある病院だ。あのとき何もなくて良かった。小渕元首相が倒れた直後、「脳のCTスキャン」が話題になった時期、僕も試しに受けてみようかと思いつき、伊藤脳神経外科病院へ問い合わせたことがある。結局、どこもわるくないのに放射線を受けるのはかえって体に良くないわよ、とある人からアドバイスしてもらったので、やめにした。昨夜ちゃんと読む時間がなかったけど、気になって保存しておいたニュースがある。ヤフーで見つけた、下記の記事だ。

息ふき返すか木製バット 福光町のメーカー「ロンウッド」が2種開発 /富山

国内最大の木製バット生産地、福光町のバットメーカー「ロンウッド」(池田与作社長)がスイングのヘッドスピードを計測できる練習バットとフォーム固めに役立つ長尺バットを開発し、人気を集めている。社会人野球では来シーズン以降、金属バットが禁止されるため、同社はユニークな新製品をてこに「木製バット復権」を目指す。

ロンウッドは山本浩二(広島)や土井正三(巨人)ら往年のスター選手のバットを手がけ、最盛期の70年代には年間約35万本の木製バットを出荷。しかし高校野球や社会人野球に金属バットが導入されたため、生産数は激減。現在は年間約3万本まで落ち込んでいる。

◇長尺バット イチロー少年も
速度メーター付きバットはメーター付きゴルフクラブにヒントを得て、県工業技術センター生活工学研究所と半年がかりで共同開発。バット先端に埋め込んだメーターが素振りの遠心力を感知しヘッドスピードを表示する=写 真。高校生で秒速23〜28メートル、プロのパワーヒッターで35〜39メートルが目安で、素振り練習の目的意識を高めるのに効果 がある。
長尺バットは通常よりも約35センチ長い約1・2メートルで、腰の入ったスイング練習に最適。大リーグのイチロー選手も少年期、長いバットで練習した。速度メーター付きは昨年9月以降約3000本、長尺バットは一昨年末から約5000本を出荷した。
池田社長は「長引く不況で経営は苦しいが、社会人野球の木製バット化で、少し光が見えた」と期待する。【野地哲郎】(毎日新聞)
[1月17日19時31分更新]


木製バット、売れてほしいなぁ。僕はある人から借りた、田淵幸一モデルの木製バットを持っているが、長くて重いので使っていない。草野球の試合ではもっぱら金属バットだ。それはともかく、ロン・ウッドといえばローリングストーンズのギタリストのことだと思っていた。

1月19日(土) なでる女
娘の水ぼうそうの経過を診てもらうため宇野皮膚科へ行ったところ、保育園への復帰は「来週の水曜日くらいからにしてください」と言われる。とほほ。ちょっとバタバタ続きなのでしているし、できることなら週明けの月曜日から登園してもらおうと思っていたのに。まあ、しょうがない。夜、二歳の娘が浴室で、髪を洗ってくれた。背中も流してくれたのだが、ほんとくすぐったい。洗うというより「なでる」という感じだった。

 

第85回 2002年2月3日

1月6日(日) 世界一長いバンド名は何だろう
昼ごろ、郵便物を投函しに近くのポストまで行ったら、シーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハー(しかしながら、長いバンド名だな)の日暮愛葉さんと擦れ違った。お子さん連れだったと思う。ポストの口は、まだ「年賀ハガキ用」と「通 常郵便用」にわかれている。明日か明後日くらいから、平常通りに戻るのだろう。

1月7日(月) 午年の初・登園
2002年になって初めて保育園へ。泣かれた、泣かれた。五日につくば市へ引っ越したはずの望月ゆうちゃん専用パジャマかごは、まだ置いてある。ふとんカバーをつけながら、なんとなくしんみりしてしまった。暇ができたら連絡をして、一度つくばへ遊びに行ってみようと思う。園から戻ったあと、スポーツクラブと歯科医へ。午後、トラブルアンドティーデザインの鈴木くんから、いっしょに作りかけている広告のことでメールあり。夜、NHKの『海図のない旅』というドラマの一回目を見た。竹中直人さんが仕事ができる、嫌みなサラリーマンを演じていて、いい感じ(というか、いい感じのイヤな感じ)。竹中さんの兄役、柄本明さんは存在感が、他の人とはまるで違う。テレビ画面 の中でも際立っているし、下北沢で擦れ違っても必ず目がいってしまう俳優さんだ。ぜったい街に埋もれない。脇役のなかの主役だ。ところで『月刊住職』という雑誌が『寺院興隆』という名に変わったと、新聞の広告で知った。そのタイトルを見ていてふと思ったのだが、ダチョウ倶楽部の寺門ジモンさんって、姓を音読みしたもの(寺門を音読みすると→ジモン)を名にも用いているんだな。今ごろ気づいてしまったというか、唐突に気になってしまった。これって、大勢が知っていることなのだろうか。インターネットで調べてみたら、本名は寺門ジモンでなく、寺門義人さんだった。娘は、保育士の真理子先生をつかまえて「雪だるま、つくったの」と、北海道でのできごとをしきりに自慢していたらしい。

1月8日(火) わんこそばはマイナーか
朝、娘のおなかに湿しんがばばーっと出ていたので皮膚科へ。たいしたことはなかったので、病院から保育園で直行したあと帰宅し、うちから徒歩三、四分の距離にある一戸建ての貸し家を見てみたが、陽当たりが良くなさそうだった。昼間なんやかんやとやることをすませ、夕方、トラブルアンドティーデザインの鈴木くんを自宅で待つ。うちで二時間ほど打ち合わせをしたあと、鈴木くんの彼女に下北沢まで来てもらい、妻と娘もまじえてhachi(ハチ)へ。オーナーで店長で料理人の中村氏流のエスニックフードを食べ、ビールをのどに流しこむ。聞けば、鈴木くんの彼女の多田さんは、聞けば盛岡市出身とのこと。盛岡はわんこそばで有名だが、地元民でわんこそばを一度も食べたことがない人というのは、けっこういるらしい。観光客向けというか、とにかく日常食ではないそうだ。なるほど、わんこそばの盛岡人の定番料理ではなかったのか。大阪人でお好み焼き・たこ焼きを口にしたことがない人、香川県で育って讃岐うどんを食べたことがない人はおそらくいないだろう。娘は保育園で、三輪車に乗ったり、電車ごっこをして遊んだそうだ。

1月9日(水) 私をシマムラに連れてって 
保育園で餅つき大会。年末に湿しんというか、じんま疹が出て、いったん治りかけたが、昨日になって再発した娘は、宇野先生から「甘いものや餅、赤飯はしばらく駄 目です」といわれていたので、ほんの一口、二口しか餅を食べられず、残念そうにしていたらしい。保育士さんが、「かいかいになる(痒くなる)から、食べられないんだよ」といっても「ちょうだい」「もっと」と駄 々をこね、欲しいものは欲しいもん、と主張していたとか。好きなものが食べられないのは、大人でもつらいのだから、二歳の娘ならなおさらだ。ほんとに気の毒に思う。治ったら、たくさん食べようね、はなちゃん。午後三時ごろだったか、ジョンことグラフィックデザイナーの國末(くにすえ)くんがリーフレットの刷り上がりを持ってきてくれた。昨年、ジョンからの依頼で、あるWeb制作ソフトを広告する仕事をしたのである。コーヒーを飲みながら、二時間近く、「おたがい太ったなあ」「あれっ、ジョンもセントラル(フィットネスクラブの名前)行ってんの?」「自由が丘のセントラルはコマダムみたいな人が多いで」「下北沢は、午前中は年輩の方が多いかなぁ」などなど、ダイエット談義に花を咲かす。ジョンの話では、見ていると、白人のひとも何人か自由が丘のセントラルに来てるけど、黄色人種である日本人がプールに浸かっているときは、けっして入水してこないという。下北沢ではどうだっかなジョンが帰ったあと、娘を迎えに行き、抱っこして戻ってきた。帰路、娘は僕の腕の中でごきげんそうに「四、三、二、一、四、三、二、一、発射!」とか言っている。ロケット遊び(どういう遊び?)でもしたのかな。娘のクラスメイトに、かいちゃんという男の子がいる。その子の服がかわいかったので、お父さんにそう伝えると、「女房が小田原の実家に帰ったとき、シマムラで買ってきたんですよ。この辺ないですからね、シマムラ」という返事。シマムラっていったい? ディスカウントの洋服屋かな、それともドン・キホーテのようなファッションに限らず、なんでも販売している大型店だろうか。

1月10日(木)どんぶらことうんとこしょ  

 あるコンテストに応募するための作業をしていて、自らの文章の稚拙さにほとほと嫌気が差す。修行、修行。気分晴らしにインターネットへアクセスしたところ、こんな記事に遭遇した。

「経済産業省−spamメール問題への対応としての省令を公布

経済産業省は1月10日、電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ(spamメール)問題への対応 として「特定商取引に関する法律施行規則の一部を改正する省令」を公布した。施行は2月1日からとなっている。
今回の改正により、spam送信側は新たな表示義務を負うこととなった。義務づけられている表示項目は次の3項目。

正しいメールアドレス(送信側)件名欄の最初への「!広告!」の文字
spam拒否の連絡方法を掲載してない場合は「!連絡方法無!」の文字

同省ではこれらの表示義務により、消費者は読まずに削除したり自動削除の設定にするなどの対応が可能になるとしている。なお、表示義務に違反した場合は行政処分の対象となり、違反を繰り返した場合は罰則の適用とうけることになる。

僕は今のことろ、「電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ」という仕事に携わったことはないが、広告人の端くれとして、自分にまったく無関係の話とも思えない。娘と同じクラスに、経済産業省で働くご夫婦の息子さんがいる。そのご夫婦は、今回の省令公布にたずさわっていないのだろうか。今度聞いてみよう。二月一日から「!広告!」「!連絡方法無!」の文字表示が義務づけられるというが、違反した場合の、罰則の程度が問題だろう。重くしないと、あまり効果 はないかもしれない。保育園との連絡ノートで、きょうの娘の様子を知る。棚に置いてあったヨーグルトの空き容器を見つけたわが娘が、突然「いらっしゃいませ」といいだし、お店屋さん(「店」のあとに「屋」ってのも変ですよね。「お店」そのものを販売しているようにもとれる)ごっこを始めたそうだ。夜、娘を寝かしつけながら、昔に読んだ『桃太郎』を思い出しつつ朗読。おばあさんが川で洗濯している場面 で、上流からやってく桃の様子を「どんぶらこ、どんぶらこ」というと、「違うでしょ。どんぶらこ、うんとこしょでしょ!」と返されてしまった。「うんとこしょ」のほうがおもしろいから、まあいいか。

1月11日(金) トイレブーム去る 

宇野皮膚科で、明日はプールに入らないでね、といわれてしまう。 新代田ダッシュスイミングスクールへ親子スイミングの年明け一発目なのに残念だ。「だったら保育園へ預けて、コピーの仕事や伝票整理を少しでも進めようか」と妻に相談し、翌日の登園を決めた。ごめんね、はなちゃん。トイレへ行き、おまるに座ることに凝っていた娘の熱も、ちょっと冷めてきたようだ。保育園でもあまり行きたがらないとのこと。

1月12日(土) アイデアと完成度
ひさしぶりに土曜保育園へ。やることがいろいろあるので、夜、NHKスペシャルで川久保玲さんの軌跡を取り上げていた。コムデギャルソンにはパタンナーが十数人いて、デザイナーは川久保さん一人。川久保さんが発する、ときに極めて抽象的な言葉を頼りに、パタンナーはパターンを考えてカタチにし、川久保さんの判断や指示を仰ぐ。川久保さんが生産管理部とともに用意した、実際に使う生地をパタンナーが知らされるのはパリコレのわずか一週間だという。生地にとらわれずに洋服を考案してほしい、という意図があるそうだ。それを見ていて、以前に友人から聞いた、ある逸話を思い出した。トーキングヘッズを率いたデビッド・バーンはアルバム『リメイン・イン・ライト(REMAIN IN LIGHT)』レコーディングの際、ユニークな方法を行った。一曲目の“BORN UNDER PUNCHES(The Heat Goes On)”を録音する際、バンドメンバーやセッションミュージシャンにコード進行とテンポだけを伝えたあと、一人ずつ順番にスタジオへ入ってもらい、それぞれのイメージで自分の担当楽器を演奏してもらう。それらの音をバーンが合体させ、その上からボーカルやコーラスをかぶせて、一曲に仕上げたという。各自が他人に影響されないよう、それぞれが出している音を聴かせない。いま、手もとにあるCDで“BORN UNDER PUNCHES(The Heat Goes On)”を聴いても、この試みが成功したことがわかる。ただ、あまりにうまくいきすぎていて、本当にコードとテンポしか知らせなかったのだろうか、という疑問が生じてしまう。真偽はともかく、「斬新なアイデア(切り口)」と「高い完成度」の両立、ということについて考えさせられる。

 

第84回 2002年1月31日

12月30日(日) 忘年会をハシゴ 
北海道の親戚の子供へ渡すプレゼントを探しに、ヴィレッジヴァンガードへ。相手は、中標津(なかしべつ)という町に住む、小学一年生の水谷理沙ちゃん。彼女は一月三日が誕生日。いろいろ見てみたが、妻が事前に目星をつけてくれていた画材のセットがいい感じだったので、それに決定。夕方、山崎浩一さん宅の忘年会にまぜていただいたあと、下北沢のhachi(ハチ)へ。先に来ていたタケちゃん(吉田健氏)や出田(いずた)といろいろ話し、そして飲んだ。中村さんがつくるhachiの料理はうまい。はなちゃん、二カ所も連れまわしてごめんね。

12月31日(月) TさんのiBook 
保育園で知り合った土本さんのお宅で、ご主人のパソコンの設定等を直す。といっても、実際に作業をしてくれたのはわが妻で、僕はもっぱら、その間のはなちゃんのお相手。土本さん宅のご長男にはベイブレードの遊び方を教えてもらった。ご長女のとうこちゃんは、終始キゲンがわるかった(あとになって、水ぼうそうだったことが判明した)。午後、買い物をしようと外に出たとき、第一勧銀のそばの踏切で吹越満さんを見かけた。吹越さんはやっぱり黒づくめの服装だった。夜、カラのマジックを何本か使って、理沙ちゃんへのプレゼントをつつむ包装紙を自作してみた。

1月1日(火) フィーゴに乾杯
元旦である。あけましておめでとうございます。朝起きてメールチェックして、小沢さんの年賀カードに笑った。日の出の写 真の下に「謹賀新年。今年はルイス・フィーゴの年。オーデコロンを試合前に1本体中に叩きつけるというプレースタイルには、世界最高選手としての誇りを感じる。というわけで今年もよろしく。 小沢宏次 」とある。妻とふたりで、元日の朝から吹き出してしまった。いい年明けだ。娘を起こし、朝食をかきこむと、戸締まりを確認して外出。羽田空港へ向かう電車のなかで、妻が旧友のTさんを見つけた。Tさんは札幌出身の女性で、帰省途中とのこと。妻とは京王プラザホテル札幌でいっしょに働いていたらしい。米国での航空機ハイジャック・テロからまだ三カ月しか経っていないためか、空港での安全確認には時間がかかったが、無事に帯広空港に到着。迎えに来てくれた妻の両親とともに、帯広市内の北海道ホテルへ。ひさしぶりに温泉を楽しませてもらった。日本エアシステムの機内では、飛行機の高度が上がると、「耳いたいの、耳いたいの」といいながら娘が泣きだし、ちょっと気の毒だった。帯広で迎えた、僕の三十五歳の誕生日。

1月2日(水) 世界はどこまでも白い 
北海道ホテルを出て、途中イトーヨーカドーやホームセンターに寄ったあと、約百キロ先の太平洋に面 した港町・広尾町へ。広尾の実家泊。夕食は向かいの岸田家でいただいた。ホテルの外はもちろん、どこも見ても真っ白。雪が当たり前すぎて感動なんてしない地元の人たちを見ていると、僕も二日目にして、当然という気がしてきた。

1月3日(木) みんな「ためしてガッテン」が教えてくれた 
広尾泊。いつもそうなのだが、車を持たず、ペーパードライバーのわれわれ夫婦は、広尾へ帰ると、あまりあちこちへ行かない。というか、自力ではほとんど身動きがとれないので、結局、家でだらだらしてしまう。あたり一面 、雪景色で長い時間歩くと寒いし、しかも歩いていくには、ショッピングセンターにしてもどこにしてもけっこう遠い。最寄り駅まではおよそ百キロくらいだろうか。夜、大勢で集まり、餃子をみんなでつくって食べた。ごはんのあと、理沙ちゃんに誕生プレゼントをあげたら、とても喜んでくれた。理沙ちゃんは、うちのはなを妹のようにかわいがってくれて助かる。それにしても、女性陣はみんな「ためしてガッテン」の餃子特集を見ていたようだ。おそるべし、NHKパワー。

1月4日(金) 次はスキーかスノボーを 
向かいの岸田家へ泊まりに来た、水谷家の父と息子が窯倉づくり。こっちは妻と父とわが娘で、雪だるまづくり。そして、娘はそりに乗り、いろんな人に引っ張ってもらって、はしゃいでいた。ときおり、雪の照り返しの光りをまぶしそうにしていた。そんな娘の様子を、僕はときどき見に出たり、洗濯物を干すのを手伝ったり。広尾での最終日は、平凡に平和に過ぎていった。

1月5日(土) 育てる男たち

午前十時の便で、帯広空港を発ち、東京へ。羽田空港へ昼食をすませ、午後二時半に帰宅。夜、ビールを買いに裏の酒屋さんへ行ってくれた妻が、元サニーデイサービスの曽我部恵一さんと擦れ違ったらしい。子連れだったという。

 

第83回 2002年1月27日

12月23日(日) 万馬券的中 
娘と妻が、代々木八幡の美容室ベリーショートでカットしてもらう。店名にしているだけあって、ご自分もショートカットのコバさんは、短髪を美しく仕上げてくれる方だ。妻が髪を切ってもらっている間は、僕と娘は店の前の道でシャボン玉 吹き。風が強く、ふわっと飛んでくれない。娘の髪も短く切ってもらったあと、お礼を伝え、徒歩で渋谷の東急ハンズへ行き、歯ブラシを買い、ブックファーストで絵本を二冊購入。地下のスポーツ書籍コーナーを見ていたら、僕らが企画・編集協力としてたずさわった『改訂最終版 年がら年中長嶋茂雄』(ベースボール・マガジン社)を発見。あれっ、もう本屋に並んでいたのか。帰宅後、ネットで有馬記念を結果 を確認してみたら、意外なことに取れていた。マンハッタンカフェ(蝦名正義さん騎乗)、アメリカンボス(江田照男さん鞍上)の馬連1ー4、48650円。といっても100円しか買ってしなかったのだが、気分はわるくない。僕が的中させた馬券とでは、購入100円に対する払い戻し金で考えると、過去最高の配当だ。購入の根拠は、いい加減なもの。同時多発テロがあり、何かと米国が画面 に映し出された2001年。単純にアメリカ的な馬名を選んだだけ。マンハッタンカフェ(3番人気で結果 1着)、アメリカンボス(13番人気で2着)、ダイワテキサス(12番人気で13頭中11着)の組み合わせをそれぞれ購入していいた。夕方、妻が米をとぐ音にあわせて、娘が踊っていた。シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。たしかにあの音、あのリズムはパーカッションのようだ。 
 
12月24日(月) 閉店セールのバカラック 
クリスマスイブ。ヤフーのトピックスで知ったが、潜水家のジャック・マイヨールさんが、地中海のイタリア領エルバ島カローネというところにある自宅で、自殺して見つかったらしい。享年74歳。何が原因で自殺されたのかわからないが、気の毒だ。ご冥福をお祈りします。ヤフーを見ていたら、マイケル・ジョーダンのブザーショット(っていうんだったかな、ゲーム終了のブザーと同時にシュートを放つこと)でワシントン・ウィザーズが九連勝、というニュースに目がいった。バスケットボールは、学生時代にやっていたので、今でも嫌いではない。夕方、買い物に出た帰り、閉店セール中のYELLOW BOXというCDショップで『CLASSIC BURT BACHARACH』という一枚を見つけて購入。ジャケットに目をやると前記の英文字タイトルの下にThe Universal Masters Collectionと印刷されている。もともとあったアルバムではなくて、レコード会社のほうで編集しなおしたものだろう。自宅でさっそく聴いたみたところ、期待したほどのものではなかったが、BGMとしてはわるくない。 
 
12月25日(火) ひさびさに大笑い 
朝、サンタクロースがくれた(本当は、妻の父が贈ってくれた)ということにして、三輪車を娘にプレゼント。妻といっしょにブッシュ・ド・ノエルというケーキをつくり、家族みんなで食べた。わるくない味だ。仕事もちょっとやった。テレビ朝日で、漫才の勝ち抜きコンテストのようなものをやっていたので見る。アメリカザリガニという名のコンビも捨てがたかったが、優勝した中川家は頭ひとつ抜きんでいた。きょう放送された決勝ラウンドに残った出場者のほとんどが、吉本興業所属の若手お笑い芸人だった。吉本興業が企画に参加している番組だから、まあ当然か。今日うれしかったことといえば、娘が「せんせー、みててー」といいながら、保育園で出されたブロッコリーを口にしたこと。 
 
12月26日(水) 限りなくウサギに近いヒヨコ  
保育園のひよこ組(いちばん小さい一歳児クラス)にきょうから入ってきた、緊急一時保育の女の子が大きくてびっくり。お母さんが出産をされるので、一月いっぱいまで保育園に来ることになったそうだが、四月生まれだからか、他の子より抜きんでて背が高く、限りなくひよこ組(二歳児クラス)に近いうさぎ組、といった感じ。娘を預けたあと、一週間ぶりのスポーツクラブ。歩きを含めて、マシンでのランニング32分。泳ぎはほんのちょっとで、サウナ10分。シャワーを浴びて体重を計ったら67.7kgなり。減らんですなぁ。 
 
12月27日(木) いざスポーツクラブへ 
  
寝不足気味でちょっとしんどかったけど、スポーツクラブへ。年内は明日までしか行けないので、汗をかいておかないともったいないような気がしたのだ。帰り、近藤房之助さんがニュース・デリというカフェの前で、開店を待っている脇を通 りすぎた。午後、年内に片付けなければならない仕事に取りかかる。 
 
12月28日(金) バリカン超特急 
スポーツクラブでプールで水中ウォーキングをしていたら、スガワラリクオくんのお母さんにプールで声をかけられた。スガワラさんのお子さんは、保育園ではいちばん年長(五歳児)クラスの「つき組」所属。つまり、来年四月からは小学校ということになる。つき組と書くと、なんか宝塚みたいですね。午後、妻にバリカンで髪を刈ってもらった。気持ちいい、というより寒い。きょうは、保育園の年内最終日だった。園内で大流行の水ぼうそうに、年内はかからずに済みそうだ。 
 
12月29日(土) フローラン発見 
新宿高島屋の地下食品売り場へ、北海道の親戚に送る洋菓子を見にいったら、トルシエ監督の通 訳として知られるフローラン・ダバディーさんを、同じフロアで発見。ある店の前で、連れと女性といっしょにフルーツジュースを注文していた。テイクアウトのそのフレッシュジュースは七百円だったかな。高いけど、おいしそうなジュースだ。僕もたのんでみれば良かった。フローランさんは、あいかわらずの長身(って当たり前ですよね。背の高い人が、急に低くなるはずないですよね)。彼に、サッカー日本代表のセンターフォワードをおまかせしたいと思うくらい、魅力的な体型である。 

 

第82回 2002年1月6日

12月16日(日) アートの人がやってきた 
長いこと空いていた隣室に、新しい人が越してきた。ご夫婦かどうかはわからないが、男女で住まれる様子。昼前、VOIDというアートマガジンをつくっているTさんが、二人のお子さん連れでうちに遊びに来た。現代美術や育児などの話を少ししたあと、弁当を買ってせせらぎ公園へ行き、缶 ビールを飲み、持っていった柔らかいボールを子供たちと蹴りあった。それにしてもTさんのご長男、Rくんはシアトル・マリナーズの中心打者、ブレット・ブーンによく似ている。夕方、近所の大西さんご夫妻がリンゴを持ってきてくれた。奥さんが、大西夫妻の行きつけの居酒屋に、女優の藤谷文子さんがよく来ているらしい。お店の人に「今度、父のスティーブン・セガールを連れてくるからね」と言っていたそうだ。

12月17日(月) 江夏、打たせてとる好投
永福町に住む友人からのメールで、共通の知り合いAさんがご懐妊されたことを知る。元気な子供を産んでほしい。日中、ヤフーのニュースで、新庄選手がニューヨーク・メッツからサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍したことを知った。チームが選手を評価し、年俸契約が済んでからのトレード。大リーグらしい。マイケル・ジョーダンがいるワシントン・ウィザーズは六連勝。弱さの代表のようだったチームが、あと一つ勝てば勝率五割というところまで来ている。夕方までにがんばって仕事を片づけ、タケちゃん(吉田健くん)とわが家三人で東京ドームでプロ野球マスターズリーグを見る。試合は東京ドリームスがが札幌アンビシャスを下す。出場選手のベースボールカードを持っていけば無料で入れるとのことだったので、チケット売り場の窓口の女性に提示したら、ちらっとカードを見ただけで招待券をくれた。あんな見方だったら、まったく違うカードでも良かったのではないかという気になる。お客さんは入っていたし、外野席の鳴り物がないのも良かった。なにより、江夏豊さんのピッチングが見られたことに感激。東京の渡辺久信投手は台湾のプロ野球リーグで、札幌の今関勝投手はアメリカの独立リーグで活躍を続けているのだから、日本のプロ野球ではOBといえるが、プレーヤーとしてはまだまだ現役なのだから、相手選手は手こずっていた。娘は球場で退屈そうにしてが、保育園ではすべり台で遊んだらしい。「5、4、3、2、1、発射!」とつぶやきながら、すべり降りていたそうだ。

12月18日(火) ケルンもいいなぁ
ドイツのケルンで、来季からF1参戦するトヨタが新型マシンを発表した、というニュースをヤフーで知る。ケルンといえば、僕のなかでは現代美術(昨年の途中まで奈良美智さんが住んでいた町)であり、世界的な美術出版社TASCHEN(タッシェン)の本社がある地。そして、かつて奥寺康彦さんの在籍したブンデスリガの名門、1FCケルンだ。午後、妻に教えてもらい、オンラインブックストアbk1のサイト内にある、蓮實重彦さんのインタビューを読む。蓮實さんは、下北沢でビデオを借りているらしい。夕方以降はバタバタ続き。ボディコピーのOKがなかなかもらえず、日付が変わるまでかかってしまった。娘とほとんど遊べない一日だった。

12月19日(水) 1000円CDは四十代に売れているという 
朝、ふとんの中でぐずぐずしている娘に「ほら、起きて!」というと、「起きて、じゃないよ」と返ってくる。娘を園へ送り届けたあと、今週はじめてのスポーツクラブ。体調が今ひとつだったので走るのをやめて、二十分ほどベルトの上を歩き、少し泳ぐ。帰り、博文堂書店で『淑女への贈りもの』(角田誠著、小学館)を購入。昼食後、パソコンで仕事をしていると、ヤフーのトピックスに「価格破壊1000円CDが人気」とあり、ついクリックしてしまう。すると、「ソニーもユニクロ化、1000円CDバカ売れ」の文字。ソニー・レコーズが、河島英五さん、太田裕美さん、南沙織さん、渡辺真知子さん、キヤンディーズなどの“6曲入り1000円均一”のシリーズを出したところ、好調な売れ行きだという。しかし、なんでも「ユニクロ化」か。「ソニーのユニクロ化」じゃなくて、「ユニクロのソニー化」だったとしたら、どうだろう。夜、フリースタイルの吉田保さんが遊びに来て、わが家で翌三時頃まで呑んでしまった。

12月20日(木) 速い、安い、きれい  
妻と二人で銀座の広告制作会社と、日本橋の外資系ウェブ制作会社へ。銀座で“速くて安い美容院”の前に行列ができていた。クリスマス前だからか、銀座のOLたちが昼休みを利用して、安価で髪をカットしているという感じだった。「美容室もユニクロ化」か。

12月21日(金) 知名度と人気は必ずしも比例しない 
下北沢駅の南口で大川興業のチラシをもらった。江頭2:50さんが、きょうからスズナリでソロライブをされるとのこと。まだチケットはあるらしい。『フォトテクニック』という隔月刊の雑誌で、コピーライターのピート小林さんによる「ナイスChotto!!」という連載がはじまったので、書店で見てみた。面 白いシーンやアッと驚くような写真、また街歩きで見つけたヘンなものや不思議なもの、愉快なものなどの写 真を募集し、桜の写真を撮り続ける写真家でもあるピートさんがセレクトするという。一回目は四ページを費やし、ピートさんの味がよく出ている楽しい誌面 になっていた。ページのデザインは、僕もよく知っている中村光宏さん。イラストのクレジットは「絵師 アントニオ中村」となっていたが、これはおそらく中村さんのペンネームだろう。中村さん、このペンネームはわかりやすすぎとちゃいますか。

12月22日(土) お別れ飲み会
娘同士が保育園のひよこ組のクラスメートである、望月さん一家を誘って居酒屋「魚民」へ。僕も妻もビール好きだが、望月さん夫妻もお酒は嫌いでないらしく、気が楽だった。筑波大学で教鞭をとる望月さんが、学生どうしがおしゃべりを続けて授業がしづらい時、怒るよりも効果 的な方法を教えてくれた。講義をしていた話をいきなりストップさせるのだそうだ。突然の沈黙・静寂は、けっこう効くらしい。望月さん一家は、年明けにつくば市へ移転されることになった。娘どうしも仲が良かったので、とても残念。保育園でと同様、魚民でも望月さん宅の優ちゃんと、うちのはなははしゃぎまくっていた。ただ、優ちゃんはうちのはなより、しっかりと食べていた。うちの娘は、好き嫌いがけっこうある。望月さん一家の引っ越しが予定より早まったため、たんなる飲み会のつもりが送別 会になってしまった。

 

第81回 2001年12月29日

12月9日(日) なめやがってポルシェ 
寒かったけど、自転車に乗って馬事公苑へ。ゆっくり漕いで行って、わが家から三十五分ほど。途中、世田谷通 り沿いにポルシェのショールームがあり、徐行して中を眺める。ポルシェの車が高いのは知っていたが、現品限りと書かれた自転車が七十万円(だったかな)というのは、世の中をなめてるんじゃないか。バカも休み休み言いなさい。馬事公苑の馬はかわいかったが、どうも敷地内の管理が行き届きすぎていて、くつろげない雰囲気。汚いよりきれいなほうがいいとは思うが、リラックスできない公園というのもいかがなものか。帰路、後部座席(っていっても自動車でなくて自転車だけど)の娘が泣きだし、緊急停車。しばらく抱っこして昼寝させてから再度、後部座席に乗せ、娘が落ちないようにゆっくりゆっくり運転して、下北沢まで戻った。 
 
12月10日(月) がんばれ!印刷会社  
朝から用があって西新宿へ。プリンタを販売している某企業のショールームへ行ってきたのだが、プリント画質の良さというのは、今ほんとにすごいレベルまできてますね。質の高いプリンタがあれば、少部数のポスターづくりなら、もう印刷会社に出さなくて大丈夫そうですね。娘は保育園で身体測定があり、身長84.1センチ、体重11.2キロ。園のボールを足もとに置いて「先生、見ててね」と行ってから、何度もキックを繰り返していたらしい。 

12月11日(火) 神戸大使は牛肉大使にもぴったりかも 
運転免許更新のため、世田谷警察署まで自転車で行く。到着したのは八時二十五分。警察署の正面 入口側に自転車を置き、更新の部屋へ。申請用の写真を持っていかなくて良くなったのには助かった。駅の券売機をコンパクトにしたような機械に免許証を入れると、顔写 真入りのおもて面をスキャニングして取り込んだ申請用紙があっという間にカラープリントされる。便利になったものだ。結局、講習ビデオを見て、話を聴き、新しい免許証を手にしたのは九時十五分くらいだったかな。ゴールド免許証の優良ドライバーなので、手続きがすんだ。もう何年も運転してないんだから、違反・減点がなくて当たり前なんだけど。帰宅し、仕事をしながら、ときどきヤフーのトピックスをチェックしていたら、次の記事を見つけた。 
 
NBAのブライアントさん、神戸大使に 
【ロサンゼルス10日時事】米プロバスケットボール協会(NBA)、レーカーズのスター、コービー・ブライアント選手が、神戸市がゆかりのある世界の著名人に委嘱している神戸大使に10日までに選ばれた。 
同選手の名前は、父の大好物の神戸牛にちなんで「KOBE」と名付けられた。ブライアントさんは、「自分と名前が同じ神戸に励ましをもたらすことができるのは非常にうれしいことです」と同市を通 じてメッセージを出している。今後は神戸の魅力をPRしていくという。 (時事通 信) 
[12月11日12時2分更新] 

 
KOBEと書いて、コービーか。コービー・ブライアント選手といえば、NBA2000-2001シーズンを制し、二連覇を果 たしたロサンゼルス・レーカーズの人気プレーヤーだが、実は僕も、彼の名前のスペルが気になったことがある。うちの近所にマリオというスポーツ店があり、そこの店頭に同選手のポスターが貼られていたことがあった。そのポスターに印字されていた英文字を見て、いっしょにいた妻に「あっ、がんばろう神戸といっしょや」と発してしまったことがある。それはともかく、神戸市からのお礼として、阪神かオリックスかヴィッセル神戸のだれかを、ロサンゼルス大使として送りこんでほしい。 
 
12月12日(水) 発砲酒に気をつけろ 
朝、器に入れたヨーグルトが残り少なくなってくると、娘が僕に助けを求めた。「お父ちゃん、集まれー、やって」。わずかに残ったヨーグルトをスプーンでかき集めて、食べさせてちょうだい、と言っているわけだ。日中、トラブル&ティーデザインのデザイナー鈴木基文くんにメールを送信。 
昨日、デビッド・リンチの試写会(映画「マルホランド・ドライブ」)に誘ってくれたのに、仕事があって行けなかったので、そのお詫びと、映画の感想を質問。すると一時間も経たずに返事が到着。「映画自体はいわゆるリンチ節炸裂で伏線張り巡らせつつ、何にも繋がらないという、脈絡もなんもない面 白い映画でした。っていうか、一般受け皆無」という返事。これって、鈴木なりに誉めてるのだろうか。娘が帰宅後、テレビのニュースを見ていたら、画面 の下方に文字ニュースが出ていた。そこに「発砲酒、増税うんぬん」とありドキッとした。「泡」を「砲」と間違っていたのだが、一文字違うだけで、物騒なイメージを抱いてしまう。 

12月13日(木) シール貼りの女   
 ちょっと相談したいことがあって、トラブル&ティーの鈴木くんとメールでやりとり。保育園では雪だるまの形の厚紙に、まるくて小さなシールを貼って遊んだらしい。わが娘はランダムにシールを貼らず、几帳面 にひとつひとつの端が接してつながるようにペタペタしていたそうだ。これって、どういうことなのかな? 神経質? 良く言えばきっちりしてる? 娘も僕と同じA型かな。夜、娘が両手を顔の左右に持っていき、野球のボールをつかむような形にし、「ガオー、ガオー」と言いながら迫ってくる。僕らがその様子を見て「こわ〜い」と言ってあげると、得意げな表情で「はなちゃん怪獣」。「その怪獣の動き、だれに教えてもらったの?」と聞くと、「マリコちぇんちぇい」という答え。翌日、春畑真理子先生に確認したら、私そんなことしたかなぁ?
 
12月14日(金) マスターズリーグの誘い   
タケちゃんから電話があり、プロ野球マスターズリーグの東京での最終戦に行かないか、と誘われる。マスターズリーグとは、プロ野球OB選手たちを五チームに分けてリーグ戦を行い、十一月から一月まで三カ月のうちに16試合ずつ、計40ゲーム戦い、優勝を争うもの。チーム名は北から順に、札幌アンビシャス、東京ドリームス、名古屋80D’sers(エイティーデイザーズ)、大阪ロマンズ、福岡ドンタクズ。四十代、五十代を中心にしつつ、三十代や六十代の選手もいる。スカパー!で全試合生中継しているので、プロ野球がシーズンオフに入って寂しいと感じている人には、春までの「つなぎ」としておすすめ。電話を切ったあと公式WEBサイトを見てみたら、来週月曜日の試合(東京対札幌)に両軍出場選手のトレーディングカードか生写 真を持ってきたら内野自由席が無料になる、と書いてあったので、僕の手元にある数少ないプロ野球カードを一応チェックしてみた。すると、札幌所属の槙原寛己投手(今季限りで引退)、河野博文投手(日本ハムファイターズから巨人に移籍して活躍)のカードを発見。カード1枚で一人が無料。タケちゃんと僕と妻とはなで見に行くが、二歳のわが娘はもともとタダで入れるから、あと1枚あれば、入場料を払わなくてもいいのか。そう思うと、急にもう1枚手に入れたくなってきて、下北沢のカードショップや懐かしいおもちゃ屋さんを探す。フリースタイル発行の『下北沢カタログ』を頼りに初めて入店してみた、北口の「MINT」というカードショップであっさり入手できた。東京所属の愛甲猛選手(ロッテ→中日)、駒田徳広選手(巨人→横浜)のカードが各50円、しめて100円だった。1枚で良かったのに、なんだかうれしくなって、2枚購入してしまった。 
 
12月15日(土) 適温暖房の場所はめったにない 
家族三人で新代田のプールへ。クリスマス前ということで、きょうはいつもと違う内容。スイミングクラブが用意してくれたクリスマスカードとマジックを使って、親子でらくがきしつつ、オリジナルのカードづくり。そのあと、プールで同じクラスのみんなと集合写 真を、いつも準備体操をするスペースでは家族写真を撮ってもらった。準備体操をする部屋の暖房が異常に効いていて、着替えたあとしばらくいるとびっしょり汗をかいてしまう。電車に乗ったときやデパートに入ったときにもよく感じることだが、暖房の効きすぎというのはかなりつらい。 

 

第80回 2001年12月17日

12月2日(日) 何が大きいのか、ナニが大きいのか。 
午前中、自転車で世田谷公園へ。汽車に乗ったり、ボール遊びをしたりした帰り道、せせらぎ公園を通 りがかると知った顔が三つ。山崎浩一さんと山田真理さんのご夫婦が、愛息の晶くんを遊ばせながら、缶 ビールを飲んでいたのだった。これは加わらねば、と急停止。仲間に入れてもらうことにした。途中、吉田保さんも呼び、枯れ芝の上の昼食。真理さんとうちの妻が信濃屋で買ってきてくれたいなり寿司や納豆巻きなどを食べながら、黒ラベル缶 ビールを見覚えのある背中が15メートル前方を自転車で走り抜けていった。僕が大声で名前を叫ぶと、その男は気付いてストップした。出田だった。彼にも缶 ビールを一本あげると、喉を鳴らしながら飲み干し、「アパッチさん、じゃあ行きます」という言葉を残して三宿方面 に消えていった。アパッチというのは、僕の大学時代のあだ名。出田は渋谷にCAD(Computer-Aided Design)の本を買いに行くといっていた。出田が勤める設計事務所も、いよいよというか、ようやくというべきか、パソコンを使って設計することになったらしい。その勉強用のテキストが必要だったというわけ。ごはんの最中、山田真理さんから、(作家の)佐々木譲さんも「はなちゃんといっしょ」を読んでいるらしいわよ、と聞いて感激。ありがたい話だ。「人間は土に触ると心が動く」と建築家の安藤忠雄さんがが発言されていた(2000年12月20日 読売新聞「顔」の欄で)が、晶くんとはなの砂遊びを見ていて、その通 りだと思った。二人とも憑かれたように熱中していた。遺伝子の奥底に眠っていた、土の家で暮らしていた時代の記憶が呼び起こされたのかもしれない。夕方、うちの近くで開かれたフリーマーケットをのぞくと、俳優の吹越満さん、女優の広田レオナさんがご夫婦でおもちゃやギャップの洋服などを、淡島通 り寄りの一画に並べていた。売れっ子の吹越さんが、お金に困って出店したとは考えにくいので、サイズが合わなくなった子供服や飽きてしまった玩具だろう。そのそばでは、スズキコージさんがライブペインティングをしていたが、絵のうまさ(画家が上手なのは当然かもしれないけど)と背の高さに驚かされる。夜、風呂から上がったあと、僕がトランクスをはこうとすると、娘がひたすら邪魔をする。あまりにしつこいので「はいてもええかな、はなちゃん」といらつきながらいうと、「おっきい、おっきい」と叫びはじめた。大きいのは、トランクスか、僕の持ち物か。どっちなんだ、いったい。

12月3日(月) はなちゃん、おねえちゃんなるの
右上の奥歯が少し痛むからと、先週のうちに予約しておいたヨシエ歯科へ。診てもらって、気分的に楽になる。断続的だった痛みも和らいだ。昼間、某テレビ局の正月特番を訴求する新聞広告のアイデアをまとめ、神楽坂のデザイン事務所へファクス。七種類の新聞広告を一度に考えたので、脳の回路が混線しそうだった。夜、娘が「はなちゃん、おねえちゃんなるのぉ」と何度も繰り返すので驚く。二歳になってから、自分より小さい子のことが気になるようになってきたのか(保育園では、わが娘はいちばん小さいクラスなんだけど)。園では友達が便を出したのを見て、「はなちゃん、ワニのうんち」といいながら、おまるに座って自分も排出したらしい。

12月4日(火) おねえちゃんなるの疑惑
昼間、昨日提出した案に対する要望をふまえ、さらに某テレビ局の新聞広告を考える。夕方、田町にある広告代理店で雑誌広告とカタログの打ち合わせ。家を出る前からなんとかなく違和感があったが、制作ミーティングのあいだ、歯痛が復活。これには弱った、まいった。どうにか打ち合わせを終えて帰宅すると、寝ないで待っていてくれた娘が体当たりしてきた。僕が打ち合わせに出ていることを妻から伝えられると、「おとうちゃん、おしごとなの?」と何度も何度も聞き返し、いつもはするヤンチャもせず、おとなしく待ってくれていたらしい。やっぱり、親が二人とも揃っているほうがうれしいのですね。保育園では「はなちゃん、おねえちゃんなるのぉ」と繰り返して、関岡先生に「えっ、おめでた?」と勘違いされたらしい。この「おねえちゃんなるのぉ」というセリフ、いったいだれに教えてもらったのだろう。

12月5日(水) 鎮静化 
午前10時の受付開始と同時に、ヨシエ歯科に電話し、診てもらう。右上の奥歯の中が膿んでいると言われ、ショックを受けるが、処置をしてもらったおかげで痛みは鎮まる。やれやれ、助かった。日中、某テレビ局の新聞広告のコピーを修正する。まだまだ何度も直しが発生しそうだ。

12月6日(木) 竹之内といえば、豊でなく雅史でしょ   
朝、『プロ野球人名事典』という本を見ていて気づいたけど、竹之内雅史さんも鎌倉学園の出身だった。同校は先週この日記に書いた、ライター兼コピーライターの小沢宏次さんの母校。竹之内さんといえば、なんといっても、極端なクローズドスタンス。イチロー選手よりもずっと前に、変則的な振り子打法を実践。クラウンライター・ライオンズから移籍し、僕たち阪神ファンに強烈な印象を残した選手だ。それにしても、ライターの会社(百円ライターを製造していたはず)がプロ野球チームを経営したケースって、他にあるのかな。午後六時すぎに家を出て、打ち合わせのため、田町へ。午後十一時帰宅。当然、娘はもう眠っていて、ちょっと切ない気分。缶 ビールを飲みながら、午前二時まで、自分たちのホームページのアイデアを妻と語り合い、いろいろ思いついた。長いこと更新していないので、一日も早くアップせねば。

12月7日(金) 脱税か暴力か 
沙知代夫人が脱税で逮捕され、阪神の野村監督が辞任したのが二日前。新監督探しを急ぐのは当然としても、星野仙一さんの名があがるとは僕には意外だった。星野さんよりは仰木さんのほうがいい。指揮官としての能力が、なんとなく高そうな気がする。星野さんは指揮官というより「士気官」か。もちろん、脱税は良くないが、暴力だって褒められない、反対だ。保育園は、十二月生まれの子供たちを祝う誕生会の日。娘は、「おめでとう」といいながら拍手をしていたらしい。この日は、近くの中学生がボランティアで来ていたのだが、そこの女の子たちに、「手ぇ洗ったのぉ、見てピカピカ」「うんち出たのぉ」など、なにかするたびにいちいち自慢していたそうだ。

12月8日(土) 近鉄が三越に
新代田のプールへ家族で行く。妻が娘とプールに入っているすきに、代田図書館へ行き、クリスマスの飾り付けや仮装パーティのアイデアなどが載っている数冊を返却。同じ建物の一階会議室で、本のリサイクルイベントが行われていたのでのぞいてみたが、特に欲しいものも見つからず、すぐプールの見学コーナーに戻る。娘は、眠さのためか、プールの中で不機嫌な表情。対照的に、山崎さんちの晶くんは、ネジが何本も抜けたかと思うほど、はしゃぎまくっている。喜びすぎて、顔じゅう口に見える。夕方、吉祥寺へ行き、ラオックスでプリンタのカタログをもらったあと、西友と無印良品で子供ぐつを購入。途中、西友を出て商店街を南下してすぐの位 置にドイツふうカフェを発見。妻がけっこう迷って二種類のパンをテイクアウトしたが、どちらもおいしかった。ラオックスに寄る途中、近鉄百貨店だった建物の前を通 った。三越とIDC大塚家具ショールームに変わっていたのでびっくり。大塚の家具のショールームは、なんと三階から八階までを占めている。夜、うちの実家から電話があった際、「大塚家具って、なんでそんなに金あるんやろ?」と僕がいうと、親父いわく「親会社が、大塚製薬やからな」。えっ、そうやったの。それで僕が「そういえば、来年から大塚製薬の主力商品、オロナミンCのキャラクターに、二十数年続いた巨人の選手が使われなくなるらしいで」と教えると、わが親父は「巨人やから飲まんという人も多かったかもしれんし、そのほうが売れるかもな」。ジャイアンツファンのくせに、冷静な意見をいう親父であった。

 

第79回 2001年12月6日

11月25日(日) 二重否定
昨日に引き続き、新代田のプールへ家族で行く。昼間、画材屋で色ケント紙を買った帰り、通 りがかりで、本多劇場のそばにあるギャラリーGEKIで行われていた「ヤマグチノリカズ展 3」という個展を見る。ジャイアント馬場さんを木版画で表現されたものだったが、なかなか達者。どの絵もいい感じである。アントニオ猪木さんの絵も一点あった。もちろん、ヤマグチさんはプロレスの大ファンなのだろうが、馬場・猪木以外の絵もいろいろ見てみたい。夜、入浴後、娘が僕を指差し「パパ、ちんちん、なーい」と言ったので、僕が思わず「えっ?」と返答すると、「パパ、ちんちん、ないじゃない」といい直していた。ないじゃない、だって。否定の否定で肯定か。そんなに高度な言語表現ができるようになっているとは驚いた。そして感激した。

11月26日(月) UAに「ウワァー!」 
朝、保育園へ連れていった娘が、パジャマを入れておくかごに書かれた、自分の名前を読んだのにびっくり。名前の一字一字を読み取ったのではなく、「おおくらはな」という平仮名のかたまりといて記憶しているのかもしれない。あるいは、名前の左側に貼られたトンボのシールで、他の子のかごと判別 しているのか。午前中、休憩なしとまではいかなかったが、初めて800メートルを泳ぐことができた。プールの帰り、女性シンガーのUAさんとすれ違ったが、あの人はとにかくインパクトが強い。UAという歌手をたとえ知らなくても、普通 の人(の定義なんてないけど)じゃないな、と感じるだろう。夕方、保育園で娘をピックアップしたあと、下北沢の駅でベースボール・マガジン社の田村さんから校正刷りを受け取る。保育園との連絡ノートを読むと、「はなちゃんが、散らばっていたおもちゃのブロックをせっせと片付けてくれました」という先生のコメント。家では片付けることもあるけど、どちらかいうと、散らかし屋なのに。

11月27日(火) 麻生十番へ 
朝、締め切りに追われ、歯科医をキャンセル。どうにか作業を終わらせたあと、下北沢南口の喫茶店でベースボール・マガジン社の田村さんと打ち合わせ。途中、広告会社プロデューサーのKさんから連絡をいただき、夕方、麻布十番のある企業へ打ち合わせに行くことになった。詳しい内容は書けないが、クラシック音楽に関係のある仕事。夜、トヨタカップのバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)対ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)戦をテレビで観戦。延長前半、コーナーキックからゴール前で混戦になったところをDFクフォーが押し込み、バイエルンがこの1点を守って世界チャンピオンに輝いた。けっこう渋い試合だったが、ハイレベルな部分も見られた。ボカのFWデルガドが前半終了間際のゴール前、ゴールキーパーの近くで転倒し、PKをアピールしたが、審判はわざとこけたと判断。デルガドが2枚目のイエローカードをもらい、退場してしまったのが悔やまれる。フランスW杯で、アルゼンチン代表のMFオルテガが途中退場させられたシーンを思い出した。紋切り型の意見かもしれないが、ラテン系の人々には「陽気」と「カッとなりやすい」の両方のイメージを持ってしまう。デルガドの転倒は、主審に見抜かれてしまったが、南米の選手はこけるのがうまい。こけてからの痛がるゼスチャーはたしかに大げさだったりするが、ファウルのもらい方まで訓練しているのだろう。昔、新日本プロレスの試合に出ていたボブ・バックランドというプロレスラーの痛がり方を思い出してしまった。あることをきっかけに、韓国語を勉強したくなってきた。

11月28日(水) またもや麻布十番へ 
午前四時に目覚まし時計を鳴らしたが、起きたのは六時。それも、妻に起こされて。午前中、麻布十番の某企業へ、追加の資料を受け取りに行った。往路、「餃子の王将」の前で、娘のクラスの子供たちや先生とばったり会った。みんなで散歩の途中だったらしい。僕はいつものようにカジュアルな恰好だったので、ぶらぶらしていると思われまいかと、聞かれてもいないのに「あっ、これから打ち合わせなんです」と言ってしまった。わざわざ主張するところが、嘘っぽい印象をあたえてたりして。麻布十番から帰宅すると、某出版社に勤めるHさんからメールが届いていた。この日記の読んでくださっている方からだ。感想を送っていただけるのは、本当にありがたい。Hさんの話では、水泳を続けていると、「ある日、突然、長い距離を泳げるようになるのです。そうすると、もう、永遠っていうほど泳げるようになってしまいます。そういう日は、突然やってきます」とのこと。気持ちよさそうに長い時間泳いでいる人を、僕も見たことがあって、うらましいなぁと思っていたが、そうか、突然そうなったりするのか。自転車に乗れるようになった、あの瞬間と似ているのかな。夕方、おてもやん企画の小林秀雄さんから電話をいただく。きょうの午前中、小林さんから届いた謎の文字化けメールは、ウィルス感染メールだったようだ。うちはマッキントッシュなので、被害を免れたが、ウィンドウズだったら危なかった。小林さんは、糸井重里さんが主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」というウェブサイトで連載もされているコピーライターだが、冗談好きの人なので、文字化けに見せかけたアバンギャルドなジョークなのだろうか、と勝手に思いをめぐらせていたのだった。

11月29日(木) ソープの女!?  
ネットをあちこち行き来していたら、ロマンポルシェのインタビューが出ていて、読んでみたらコメントがかなりおもしろい。名前は知っていたけど、なるほど、こういう男性二人組だったのか。調子に乗って彼らのオフィシャルサイトを見てみると、「“男とは何か”について聞いてもいない客に向かって一方的に説教するパフォーマンス」とか、「説教と楽曲の割合が7:3」などとあり、また笑ってしまった。かなり、芝居がかったデュオだな(芝居の世界に生きる方たちから見ると、どういう印象を持たれるかわかりませんけど)。「男とは何か」なんて、まるで先日ミヅマアートギャラリーで行われた松蔭浩之さんの講演会のようだ。ロマンポルシェのサイトを見ているうち、戸川純Bandという文字を発見。最近、バンドをされているのか。ユニークなユニットだったなぁ、ゲルニカは。キーボードは、何度か近所ですれ違ったことがあり、キャットフードの袋を抱えているところを目撃したことがあるホッピー神山さん。ドラムはルインズの吉田達也さん。どんな音なのか、ちょっと気になる。家でもそうだが保育園でも、娘は石鹸でゴシゴシ手を洗うことに凝っているらしい。きれい好きはいいことだけど、石鹸をいつまでたっても次の子に渡さないので、先生方は少し困っているそうだ。申し訳ないです。

11月30日(金) 小沢さんとヒマつぶし

藤沢市に住む小沢宏次さんが突然、やってきた。代々木上原で打ち合わせがあり、そのあと、飲み会が新宿であるんだけど、それまで三時間くらい空くので、うちでヒマをつぶそうと思った、とのこと。お会いするのは、今年の夏以来。あのときは突然電話したのに、僕ら家族三人に会うため、江ノ島海岸へ来てくれた。井筒ワインを飲みながらおしゃべりしたが、小沢さんはあいかわらず、おもしろい。ここ数年、高校野球のシーズンになると、母校の鎌倉学園を予選から追いかけ、応援なさっているとか。最近では福岡ダイエーホークスの若田部投手を輩出したこの名門校の試合には、OBだけでなく、地元のおじさんファンが多く詰めかけ、思い思いのヤジを飛ばしているらしい。観客の数だけ、監督がいるというわけか。僕の母校には、残念ながら野球部がないので、少しうらやましい気がする。小沢さんは野球部じゃなくて、サッカー部出身なんだけど、部の壁を超えた愛情をお持ちなんだろう。保育園友達の深民さんから、建築家バックミンスター・フラーのことをメールで教えてもらった。ネットで調べたら、明日から外苑前のワタリウムで、この建築家にスポットを当てた展覧会が催されるという。時間があったら、行ってみようかな。

12月1日(土) 意外性のあるビール
朝、妻が「竹田さんという人からメールが来てるわよ」というから見ていると、十年以上前に大阪で一緒にバンドを組んでいた竹田達彦さんからの返事だった(たまたま竹田さんのホームページを見つけたので、僕のことを覚えているか、メールでたずねてみたのだ)。「君、もしかしてドンちゃん(やったっけ)? 太ってて大きくてメガネかけてて・・・(間違ってたらごめんなさい)」とあったけど、間違ってるがな。たしかにちょっと太っててメガネもかけてるけど、大きくないし、それにドンちゃんと呼ばれたことは一度もない。昼間、保育園の父母会主催の仮装パーティが、梅ヶ丘パークホールで開かれた(僕は準備を手伝うため早めに会場へ行き、妻と娘は新代田で泳いでから参加)。日頃ゆっくり話すことがほとんどないので、他の親御さんとしゃべれて良かった。同じクラスのTさん夫妻も、僕らと同様、ビールが好きなのが判明。もうひとりのTさん(まったく違う名字なのにイニシャルで書くと、同一人物みたいですね)は昨日、下北沢南口から近いパチンコ屋で七万いくらだか儲けたらしく、上機嫌で話しておられた。保育園の集いなので予想もしていなかった、生ビールを用意してくださっていたのは感動的だった。飲めないと思っていた場所で飲むビールは、いつもの二倍くらいうまい。僕と妻は二杯ずついただいて、いい気持ちで帰ってきた。夜、ワールドカップの組み合わせ抽選会をテレビで見る。日本はベルギー、ロシア、チュニジアとあたることになった。どの国も優勝はしないだろうけど、日本より強そうだ。ジャズの名曲『チュニジアの夜』を思い出した。

 

第78回 2001年11月27日

11月18日(日) 公園ビール三連発
起きたときは少し肌寒かったが、晴れてきたのでタケちゃん(吉田健くん)を誘い、うちの奥さんがつくってくれた弁当を世田谷公園で食べることにした。僕のマウンテンバイクの後ろに乗るのを、娘が恐がらなくなったので、外出が楽になった。世田谷公園までは自転車でゆっくり走って二十分強だが、歩くとその倍はかかる。いやいや、娘はよそ見ばかりして、絶対に真っすぐ歩いてくれないので、一時間あっても到着しないかもしれない。公園で座る場所を決めたあと、タケちゃんが出田(いずた)を携帯電話で呼びだし、結局、五人で昼食を楽しみ、軽くボール遊びをした。先々週は井の頭、先週は駒沢、で今度は世田谷。三週連続で“公園ビール”を満喫。缶 ビール一本で幸福を感じてしまう、僕は安上がりな男である。

11月19日(月) ワニかヘビか、それが問題だ 
保育園とわが家での娘の様子を伝えあう連絡ノートによると、はなはうんちをしたとき、それを見て「ヘビ出た」と言うことがあるらしい。ワニよりはヘビのほうが、ちょっとは理解しやすい。夜、娘を寝かしつけている最中、広告制作会社のOさんから電話。雑誌広告のボディコピーを大幅に書き直すことになった。知らなかったが入稿は明日、と言われ、大急ぎで対応。OKが出たのは、午前一時近かった。

11月20日(火) 善か悪か、それが問題だ
TCC年鑑という広告の本を見ていたら、ある方が「今年も日本のTV−CMはカンヌで完敗でした。欧米勢のクリエーターは性悪説で人間をとらえている。日本勢は性善説でとらえている」というようなことを語っておられた。カンヌといえば一般 的には映画祭が有名だが、広告祭のようなこともやっていて、そこでは、このところ日本のCMは評判が良くないらしい。人の本性は善である、という“人のよい”視点から見ていては、社会性、時代性、批評性のあるCMはなかなか作れない、ということか。日本企業は、“消費者から嫌われないこと”や“誰からもクレームをつけられないこと”を重視しすぎて、結果 、“守りのCM”プランを採択してしまっているのかもしれない。ただ、カンヌでダメだから、ダメなCMということでもないと思う。CMに限らないけど、日本と海外の両方を満足させることは簡単なことではない。

11月21日(水) 父か母か、それが問題だ

朝、「イチローがMVPをとったわよ」と、妻に叩き起こされる。昼頃、ベースボール・マガジン社の田村聡子さんが、僕と妻がかかわっている本の帯のデザイン案を持ってきてくださった。田村さんの祖父はマツダノボルさんといい、かつて、高知商業高校と明徳義塾高校、二つの名門野球部の監督をされていたそうだ。新生・原ジャイアンツのヘッド兼投手コーチを務める鹿取義隆さん、プロ野球解説者で参議院議員の江本孟紀さん、さらに遡って、大洋ホエールズの監督や巨人・西武のヘッドコーチを歴任された須藤豊さんも、おじいさんの教え子だとか。僕が大好きだった、池田高校を率いた蔦文也監督も「尊敬する監督は?」と聞かれると、マツダさんの名をあげられていたらしい。それくらいの名匠。田村さんは「男に生まれてたら、わたし、絶対に野球をやっていたと思うんです」とおっしゃっていた。夕方、東京コピーライターズクラブの掲示板で知った「フリーランス見本市」という展覧会を銀座のスパンアートギャラリーへ見にいく。出展者に関西人が多く、みなさんの作品を見ているうち、僕が大阪に残っていたら今頃どうなっていただろう、という気になった。保育園との連絡ノートに「僕が娘を寝かしつけていると、お母ちゃんがいいの〜、と泣きだされてしまいました」と書いたところ、「お父さんも大好きなはなちゃんだけど、やっぱりお父さんとお母さんは違うのですよね。眠るときは、みんなきっとお母さんですよ」という返事があり、軽いショックを受ける。

11月22日(木) 誕生会ではりきる娘 
ひさしぶりのスポーツクラブ。休み休みながら、初めてトータル500メートル以上泳ぐ(泳いでる人からみたら、たいした距離じゃないけど)。頭がスカッとした。夕方、広告会社のプロデューサーKさんからある仕事の資料がメールが届いたので、さっそく目を通 す。僕が担当することになるかは未定だけど、なかなか興味深い内容だった。保育園では、月に一度の誕生会。十一月生まれの娘は、司会者に名前を呼ばれると、マイクに向かって「はなちゃんです。二しゃい(歳)」。およそ百人の園児の前で、堂々とうれしそうに答えていたそうです。見たかったなぁ、その場面 。

11月23日(金) ビールか発泡酒か、それが問題だ
勤労感謝の日。昨日か一昨日、折り込みちらしが入っていたので、東大の駒場祭へ行ってみることにした。娘は鯛焼きをむさぼり、焼きそばやクレープも嬉々として食べていた。僕と妻は、やはりビールを堪能。というより、発泡酒はビールじゃないのに、ビールと称して売らないでね、東大生の諸君。ポカポカ陽気のもと、キャンパスをうろついていると、保育園で娘どうしが同じクラスの望月さん一家とばったり。望月家のだんなさんはついこのあいだまで東大で教員をしていたし(今は筑波大学が職場)、奥さまは東大の現役大学院生(だったかな)。うちとは違って、東京大学に縁のある人たちなのです。夜、フリースタイルの吉田さんとわが家三人で小料理屋「ふるさと」へ。ここは、保育園関係の知人から教えてもらって初めて訪れた店だが、注文した料理すべてが二重丸。居酒屋評論家の吉田さんも満足してくれたと思う。きょうは、書店フィクショネスを営む藤谷さんが結婚式をされたはずなので、その話題を吉田さんにふると「勤労感謝の日に結婚するほど、藤谷さんは働いてないと思いますけどね」という返答。たしかに、その通 りかもしれない。っていうより、きょうは藤谷さんの誕生日だったはず。奥さんの誕生日でなく、自分の誕生日に式を挙げてしまう、そこのところが“藤谷さんらしさ”なのかもしれない。なんだかよくわからないけど。

11月24日(土) 僕か妻か、それが問題だ(プールでも) 
ベビー・スイミングのクラスに家族で行き、僕が娘を連れてプールに入ったが、時間半ばで「もう出る」と、娘が言いだす始末。インストラクターの女性が「顔を水に浸けましょうね」といい、自分の順番が近づくにつれ、娘は機嫌がわるくなっていった。口を水に浸けてブクブクするのはできるようになったものの、まだ“顔ごとバシャーン”はできない。いつもなら昼寝も時間にあたっているので、不機嫌だったのには、眠かったせいもあると思う。みんなより早めに帰ってしまったので、山田真理さんが心配して電話をくれた。申し訳ない。妻がプールに入れるより、僕がいっしょのときのほうが、娘は不機嫌になりやすい。父としては少し悲しい。

第77回 2001年11月22日

11月11日(日) 駒沢ビールで乾杯
昼間、駒沢公園まで家族三人でサイクリング。駒沢公園は同じ区内にあり、僕は何度か訪れたことがあるが、妻は「初めて来たわ」という。そうだったっけ、意外だな。東側から公園に入ると、いきなりダンベル・ウォーキングをしている藤竜也さんが向こうからやってきてドキッとする。さすがに、体が締まっている。園内の競技場では、正月に行われる高校サッカーの東京予選準決勝をやっていた。追っかけの女子高生が何人もいるみたいだったが、僕らは芝生に腰をおろし、売店の缶 ビールを飲みながら、平穏な日曜日を楽しんだ。娘は公園に着いてから一時間くらい昼寝をしていたが、起きてからは無数にいる犬を追いかけては、はしゃいでいた。駒沢公園には、いったい何十種類の犬が散歩に来ているのだろう。犬図鑑を持っていけばよかった。夕方、帰宅すると、留守電に山田真理さんから、いっしょに魚民で食事しませんか、というメッセージ。山崎浩一さん、山田真理さん、晶くん、それにわが家三人の計六人で飲んで、食べた。いつも三人なので大人数での食事は、よりおいしく感じられる。

11月12日(月) ホテル・ジェラシー

札幌のホテルに勤める知人に、用があってメールを送る際、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルのヘッドコンシェルジュ阿部佳さんが先月末に退社された、という件も添えておいたら、しばらくして返事が届いた。嫉妬でしょう、とのこと。本を出し、一躍脚光を浴びた阿部さんを妬む者がいて、居づらくなってお辞めになったのでは、というのが知人の推理。ホテルは民度の低い業態ですから、前にも何度かそういった話を聞いたことがある、と知人は語ってくれた。

11月13日(火) 美しきアンダースロー
 
ニューヨークでアメリカン航空機が墜落したらしい。事故か、テロか。徹底的に原因を究明してほしい。昼過ぎから夕方まで、ベースボール・マガジン社で調べもの。ご年輩の男性社員の方が、お亡くなりになった杉浦忠さんの話を懐かしそうに、哀しそうにされていた。アンダースローの名投手、杉浦さんのピッチングを僕も生で見てみたかった。僕は大阪出身だけど、南海黄金時代を体験していない。杉浦さんのご冥福をお祈りします。写 真で見る杉浦さんの投球フォームは美しく、品がある。娘はきょう、落ち葉を拾って帰ってくれて、僕にくれました。こういうのって、父親としてはわるい気はしないもんです。

11月14日(水) さいけんちくとさいけんさく 
ヤフーのトピックスに「J2 鳥栖、水戸に再建築求める」とあった。鳥栖と水戸のスタジアムが老朽化してきたので、同じものを新たに建築し直すように、とJリーグが指示したのかと思ったら、まるで違った。経営状態の良くない両クラブ(サガン鳥栖、水戸ホーリーホック)に対して、来季へ向けた具体的な「再建策」を今月中に出しなさい、と川淵チェアマンが指示したという記事だった。場合によっては、リーグからの退会を勧告する可能性もあるという。しかし、再建築(さいけんちく)と再建策(さいけんさく)の字面 は、迷惑なほど似ているなぁ。保育園ではきょう、おじいちゃん、おばあちゃんを招いてお楽しみ会のようなイベントが開かれた。その中で用務のおばさんが三味線の演奏を披露され、それを見たわが娘は「社長、うまいっ」と声をかけていたらしい。用務のおばさんを、社長と呼ぶのってどういうセンスなんだろう。

11月15日(木) 勝手に横断歩道
ヤフーのトピックスに「勝手に横断歩道設置で送検」とあり、気になってつい記事を読んでしまった。それによると、愛知県南知多町の旅館経営者が、道路標識設置会社に依頼して、ホテル周辺の道路に、県公安委員会の許可なく、正規の寸法の横断歩道を作ったらしい。旅館経営者は「この辺りは事故が多く、客の安全を守るために横断歩道を作った」と供述しているという。はたして、この旅館経営者はいい人なのか、わるい人なのか。ものすごくいい人だったりして。くつをはかせたり、服を着せたり、僕や妻がなにかを手伝おうとすると、娘はそれを手で制して「自分で」と叫ぶことが多くなった。なんでも自分でやりたがる時期みたいだ。

11月16日(金) 松山と宇和島は近い
 某出版社に勤める方からメールをいただき、松山と宇和島はとても遠いです、とご指摘をいただいた。先週のこの日記で、宇和島と松山って近いの? と僕が書いたのを読んで、お返事をくださったのである。感想を送っていただくと、ものすごく励みになる。僕がサーブしたボールを打ち返してくださったようで、うれしかった。夜、北原真冬さんからメールが到着。現在、山口大学工学部で助教授をしているらしい。

11月17日(土) 酔ってるときは本当のことしか言わない

  ヤフーのトピックスに「釈由美子、映画フィギュア登場」とあり、なにごとか、とつい見てしまった。十二月に公開される、例の映画『修羅雪姫』がらみだった。例の、と書いたのは、フリースタイルの吉田保さんがその映画のパンフレット制作を担当していて、たしか、そのことをこの日記に載せたはずなので。記事の下にあった、フィギュア制作をするメガハウスという社名をクリックしてみたが、全然つながらない。僕と同様、今この瞬間にメガハウスにアクセスしようとしている男どもが大勢いるのだろう(後日、同社のサイトで、釈由美子が扮する雪というキャラクターのフィギュアが紹介されていたが、写 真を見るかぎり、なかなかよくできている)。夜、神宮前五丁目のミズマアートギャラリーへ「松蔭浩之先生講演会 続・元祖 男の酒」というイベントを見に出かける。ギャラリーから届いたメールに書かれていた「酔ってるときは本当のことしか言わない」というコピーを証明するかのように、かなり酔っぱらいながら松蔭さんが、メモもなしに語った二時間。ぎゅうぎゅう詰めのお客さんにかなり受けていたし、僕も大笑いさせてもらった。来場者は、サエキけんぞうさん、松本弦人さん、小沢剛さん、平野治朗さん、パルコキノシタさんなどをはじめ、百人くらいだったかな。途中、ニューヨークを拠点に活動している中山ダイスケさんと女優の鶴田真由さんが二人で、仲良さそうに登場したのにはちょっとびっくり。以前、松蔭さんとコンプレッソ・プラスティコというアートユニットを組んでいた平野さんは、うちの娘の遊び相手をたくさんしてくれたし、もうすぐニューヨークへ短期移住する小沢さんもピカチューや機関車トーマスやアンパンマンの絵をメモ用紙に描いて、娘にプレゼントしてくれた(記憶だけで描いてくれたので、ほとんど似てなかったけど)。本当にありがたい。話が前後するけど、家を出る直前に、イーエスブックスから本が二冊届いた。要するにインターネットで書籍を購入したわけだが、注文から到着まで九日。イーエスブックスに在庫がなく取り寄せだったとはいえ、予想より日数がかかったなぁ。

 

第76回 2001年11月14日

11月4日(日) 公園ビールに勝るものなし 
日中、井の頭公園へ電車で行き、妻と缶ビールを買って飲む。娘は残念ながら昼寝をしてしまい、公園で遊べなかった。木の柵に腰をおろしビールを飲んでいるとき、隣に座った家族連れが「ジブリ・ミュージアムに行きたいなぁ」などと話していたので、声をかけてみた。その人たちは毎日、三鷹の森美術館の前を自転車で通 っているそうだが、入館予約が詰まっているため、中に入れないという。入りたいのに入れない、その悔しさの度合いは、近所の人のほど高いかもしれない。すぐそばに住んでいるのに入れないって、けっこうつらそうだ。夜、うちの近所にあるドイツパンが食べられるカフェで、ピート小林さんと会う。コピーライターの大先輩に、コピーを見てもらい、意見を頂戴すると、気づかされることがたくさんある。ありがとうございます。

11月5日(月) 日本語はむつかしい 

ピートさんからの指摘を反映し、コピーを修正している途中に眠くなり、床に就いてしまったので、早起きして、高級時計カタログの文章を仕上げる。これは、先週にやった仕事の続きともいう仕事。英文のパンフレットを(どなたかが)和訳してできた日本語が変なので、読みやすく、スムーズに意味が通 るように日本文を手直しする、というもの。やってみると、予想以上のハードワークだった。

11月6日(火) She loves Gromit

午後、大型カラープリンタの雑誌広告を撮影するためのシチュエーションを考え、広告プロダクションの担当者へメール。夜、レンタルビデオ店で、『ウォレスとグルミット チーズホリデー』を返却し、同シリーズの『ペンギンに気をつけろ!』と『危機一髪!』を借りる。娘は、先週からグルミットが大のお気に入りで、ぬ いぐるみを抱きながら、ビデオを見ている。ずっと前、娘に『ウォレスとグルミット』のビデオを見せときはほとんど無反応だったのに、先週になって改めてテレビに映したら、いっきにハマってしまった。子供は、不思議な生き物なり。

11月7日(水) 愛葉さんのバンド名は長い 
朝、保育園の入口で、もう一人のはなちゃん(とりごえはなちゃん)とばったり会った。僕があいさつをしようとすると、わが娘はその子を指差して「おおくらはなちゃん」と叫んだ。こらこら、それは自分の名前やろ。二人のはなが近くにいるとき、先生はフルネームでそれぞれを呼んでいる。というか、二人揃ったときしか、フルネームで呼ばれないので、うちの娘の中では「おおくらはな」と「とりごえはな」がごっちゃになっているのかもしれない。とりごえはなちゃんがいるうさぎ組、おおくらはなが属するひよこ組、三歳児クラスのはな組は、午前九時に代沢郵便局の前から日本交通 のバスに乗り、三鷹市の野川公園へ。妻や他の奥さま方と並んで、バスを見送っていると、郵便局から日暮愛葉さん(Seagul Screaming Kiss Her Kiss Herのリーダー。長いので半角英字にしました)が出てこられたので、軽くあいさつする。午後二時半ごろ、外がやけに騒がしいので、仕事を中断して部屋の窓を開けると、遠足帰りの子供たちがわが家の真ん前をはしゃぎながら通 り過ぎていった。園からの遠足レポートで知ったが、うちのはなはバスの中で園長先生の隣に座りながら、目的地到着までずっと踊りまくっていたらしい。

11月8日(木) ほんとにNOと言わぬのか

午前中、ひさびさにプールへ。少し泳いだだけですぐバテてしまったが、それでも、いいストレス解消になった。ところで携帯電話の値段って、多くの場合、なぜ「新規」より「機種変更」のほうが高いのだろう。機種変更、つまり今までの電話番号を継続する手続きが、面 倒だからか。よくわからん。午後、時間があいたので、妻が図書館で借りてきた『わたしはコンシェルジェ 「けっしてNOとは言えない」職業』(阿部佳・著、講談社)をいっきに読む。コンシェルジェとは、ホテルのロビーにデスクを構える、よろず相談係のような人。日本のホテルにはまだ専門職としてのコンシェルジュは少ないが、ヨーロッパではある程度以上のランクのホテルには、必ずいるそうだ。夕方、ベースボール・マガジン社へ出向き、ある書籍について担当編集者と打ち合わせ。

11月9日(金) 宇和島と松山って近いの?

67(ロクナナ)という名のデザイン事務所をやっている、グラフィックデザイナーの池田くんに伝えることがあり、携帯電話に連絡すると、愛媛県の宇和島にいるとのこと。松山在住のマンガ家・和田ラジヲさんと会って打ち合わせをすると聞いていたのに、同じ県内とはいえ別 の町にいるので驚いた。宇和島市にある、画家の大竹伸朗さんのアトリエにいて、明日、松山へ移動するそうだ。

11月10日(土) 阿部さんのホテル名は長い
昼間、新代田のスイミングクラブへ娘を連れていく。娘は、水に入ること自体は楽しそうだが、まだ顔を全部水に浸けるのは恐いようだ。無理やりやるとプール恐怖症になる可能性もあると聞き、気長に慣らしていくことにする。いったん帰宅し、娘を昼寝させている間に、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルへ、ちょっと聞きたいことをメール。夕方、千代田線と東武伊勢崎線を乗り継ぎ、墨田区の東向島へ。北千住から乗った準急の車内で、「この準急、東向島に停まりますか」と僕が聞いた男性が、東向島に着く直前、「製作所に行くんですか。もしそうなら、いっしょに行きましょう」とたずねてくれた。結局、その方のおかげで現代美術製作所へすんなり着くことができた。道すがら少しおしゃべりすると、その男性、オザキさんは製作所でパフォーマンスを披露したことがあるという。その夜の催しは、昭和40年回のワンナイトショー。会田誠、有馬純寿、大岩オスカール幸男、小沢剛、土佐正道、パルコキノシタ、松蔭浩之(五十音順・敬称略)という7名のアーティストが、それぞれの10年前をスライド写 真やビデオを使って見せながら話し、10年後の自分について語るというものだった。元・明和電機社長の土佐正道氏だけは趣旨からそれて、その日のためにつくったというビデオ(『かまくら旅情う゛ぃでお「できるのかな?」』という題名)を上映されたが、それはそれで楽しかった。帰りは、東陶機器に勤める米さんのゴルフで、わが家まで送ってもらった。帰宅後メールチェックすると、ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテル(しかし長い名だな)から返事が届いていた。「せっかくメ−ルを頂きましたが、大変申し訳ございません。阿部佳ですが、本人の都合により急ですが、10月31日をもちまして退社させていただきました」という文面 にショックを受けた。朝日新聞「ひと」の欄に、同ホテルのコンシェルジュとして紹介された人が、掲載後ひと月経ったか経ってないかのうちに、職を辞してしまうとは。コンシェルジュ本の著者、阿部佳さんに何かあったのだろうか。

 

 

第75回 2001年11月8日

10月28日(日) 雨の西麻布 
昼間、雨の中、妻に娘を連れだしてもらい、そのあいだに仕事を進める。妻と娘は新代田の温水プールに入り、娘は何度も「ジャーンプ!」と叫びながら、プールサイドからの飛び込みをしていたらしい(妻の手を握りながらだけど)。夕方、へろへろにならながら、時計のカタログをリライトし終え、西麻布にあるピート小林さんの事務所へ。引っ越しを明日に控え、バタバタと準備をされているなか、リライト原稿をざっとチェックしていただく。今回の仕事は、コピーライターのピートさんが外国人の友人から、どうしてもと頼まれたが、移転間近でとても自分でリライトしている暇がないので、僕が代わりを頼まれたのである。帰り、六本木六丁目のバス停で、以前テニススクールでご一緒していた柳原麻里さんにばったり。柳原さんは、テレビのクイズ番組の問題をつくる仕事をされている。自宅のパソコンから買っておいた馬券は全滅。天皇賞は、かすりもしなかった。

10月29日(月) ジョンソンを阪神にください 

朝、リライト原稿をメール。ワールドシリーズ第2戦も、ヤンキースはアリゾナ・ダイヤモンドバックスに敗れる。長身の左腕ランディ・ジョンソンの好投は予期していたとはいえ、本当に見事な内容だった。西新宿にある某企業のオフィスを訪れ、カタログの赤字(修正箇所)を担当者から聞いたあと、田町の広告代理店へ。長いあいだ外に出ていたので、かなり疲れた。

10月30日(火) フリースタイルの今後にますます期待 

フリースタイルの吉田保さんとひさしぶりに昼食。今後のフリースタイルの活動について聞く。年内は出版予定がないのはちょっと残念だが、来春からユニークな新企画をスタートさせる予定らしい。詳細はここでは話せないが、みなさん期待してください。

10月31日(水) ハリーってこんなに濃かったっけ 
マイケル・ジョーダンが、ワシントン・ウィザーズの選手として復帰。ニューヨーク・ニックスに2点差で敗れたが、今後に期待を持たせるいい試合だった。両チームにとって開幕戦となった、マジソンスクエアガーデンでのゲーム前、“God Bless America”を歌ったのは、ハリー・コニックJr.だった。横でテナーサックスを吹いていたのは、ブランフォード・マルサリス。ハリー・コニックJr.は、以前より油ぎったというか、No.1ホストのようだっが、ともかく贅沢な組み合わせだ。午後、ドラッグストアに日用品を買いに出た妻から、近くの寿司店「志満」がなくなったと聞いた。二十七年間ありがとうございました、という貼り紙があったそうだ。何度も利用させてもらったことがあっただけに、切ない気分になる。

11月1日(木) 監督に辞任はつきものか
中田英寿選手が所属するセリエA、パルマの監督が辞任したらしい。1勝4敗2分けという不振の責任をとってクラブを去ることになったようだが、わずか7試合で、というのがすごい。サッカーは野球のように毎日試合があるわけではないから、単純に比較できないが、わが阪神タイガースなんて7連敗くらいしょっちゅうしてるんじゃないかな。巨人軍の巨人のオフィシャルサイトに書いていあったが、いま、桑田真澄投手はカリフォルニアワインの産地ナパにいるそうだ。ワイン党の桑田さん、フランスやイタリアでなく、アメリカというのが渋いですね。もしかしたら、ついでにワールドシリーズを観戦するとか、別 の目的もあるのかもしれない。

11月2日(金) はなが二歳になりました 
わが娘、はなの誕生日。きょうで二歳だ。二年前の誕生日、ついつい、世田谷区上町にある母子保健院での出産を思い出してしまう。二年なんて、ほんと、すぐですね。娘を保育園に連れていったあと、ワールドシリーズを見ていたが、昨日に続いて、ダイヤモンドバックスの抑え、キム・ビュン・ヒュン投手が打たれ、逆転負けをしてしまう。いい真っすぐを投げるピッチャーなんだけどな。昨日、キム投手が出てきたとき、最初だれも打てそうになくて、それを見ながら、ヤクルトの高津投手もメジャーに行けばいいのに、きっと通 用するよ、と思っていたのだった。ヤフーのトピックスで知ったが、月刊漫画誌「ガロ」の創刊号から二百号まで、オンデマンド出版で復刻するという。なかなか興味深い話だ。「復刻」というのは、オンデマンド出版にもっとも適した企画かもしれない。夜、吉田保さんにバースデーケーキをいただき、うちでいっしょにそれを食べたあと、晩ご飯に誘うと、吉田さんは行きたい店があるという。茶沢通 りでタクシーを拾い、代々木公園のそばで降り、目的の「万里」に入った。ついこのあいだまで、下北沢で焼鳥屋「でこ助」をやっていた小林さんが、そこの店長をしているのだった。お店が代わっても、小林さんがつくる料理はどれもおいしく、おいしい料理を食べながら飲むビールは格別 だ。

11月3日(土) 有楽町の無印は大きかった
文化の日。昼間、日本橋へ向かう途中、表参道のホームで剣太郎セガールさんとすれ違う。お父さんのスティーブン・セガールさんほどマッチョでないが、首を曲げて電車に乗られるくらい長身で、なによりも雰囲気があってかっこいい。銀座線で日本橋の丸善まで行ってビデオを買い、有楽町に新しくできた無印良品とソフマップをのぞく。無印はあまりにも混んでいたので流し見るだけにして、ソフマップでDVDとケーブル類を購入。夜、出田が来て、そのあと吉田保さんがやって来たので、いっしょに食事。吉田さんはディズニーの『白雪姫』のDVDソフトを貸してくれた。ありがたい。みんなで飲むビールは、何倍もうまい。

 

第74回 2001年11月8日

10月21日(日) 日曜日の散歩 
昼前、家族三人で散歩に出て、ついでにスーパーマーケットのサミットで弁当を買おうと思ったが、帰りがてら、信濃屋にも寄ってみることにする。途中、あまり通 ったことのない道を通っていると、子供たちが大勢いて、バザーだかフリーマーケットをしていた。表札のようなものを見ると、代田児童館とあった。ジュース、綿菓子、おもちゃなどを売っていたので、娘になにか買ってあげようかと思ったが、ベビーカーの中でうたた寝をしていたので、寝る子は起こさずにそっとしたまま、その場を立ち去った。

10月22日(月) ワニ出没 
朝、おまるにまたがって自分で出したうんちを見て、娘が「ワニ、出た。ワニ、出た」と叫んだ。あれをワニと呼ぶとはなんというか、なかなか思いつかない表現だ。深夜、娘と妻が眠ってから、 ビデオ屋で借りておいた映画『海の上のピアニスト(原題:THE LEGEND OF 1900)』を、赤ワインをちびちび飲みながら観賞。僕の好きな俳優のひとり、主演のティム・ロスはもちろん良かったが、その親友のトランペット奏者を演じたプルート・テイラー・ヴィンスがいい味を出していた。全体には、演出が大げさすぎる部分もあったけど、わるくない映画だった。

10月23日(火) 空からソファが降ってきた 

アメリカンリーグ優勝決定戦で、シアトル・マリナーズがニューヨーク・ヤンキースに12対3で大敗し、姿を消す。やはり、三年連続ワールドチャンピオンの最強軍団は無敵なのか。夕方、保育園から娘を連れて帰る途中、空から黄色いソファが降ってきて驚いた。前を通 りがかったその家では、引っ越しでもするのか、荷物をベランダから出していたらしい。大きな家具は二階から出したほうが楽なのかもしれないが、だからって、ソファーを投げちゃ危ないよ。

10月24日(水) 田町へ
保育園との連絡ノートを読み忘れていたので、朝になってから読んだけど、それによると、娘が用務員の方のことを昨日、「おーい、社長」と呼んだらしい。なんだかわからないけど、笑ってしまった。田町にある広告代理店へ、ミーティングに行く。田町で降りたのはいつ以来だろう。何年も前にやはり仕事の打ち合わせで、海のすぐそばのビルへ行って以来かな。

10月25日(木) シェアハウスだったのか  
東松原で、古い一軒家を内見。賃料の割りには面積は広かったが、想像以上に老朽化が進んでいる。すきま風がつらそうだ。その家の奥に、やはり一軒家があり、ドアに“Don’t slum the door!”という貼り紙。ドアをバンバン叩かないでくれ、といった意味かな。ちょっと気になったので、その家の門に看板が掛かっていた不動産屋に、妻が電話をしてくれたところ、外国人向けのシェアハウスだと判明。あの平屋で、何人が暮らしていたのかな。ヤクルトが近鉄を4勝1敗で下して、日本一に輝いた。またもや、古田捕手の株が上がってしまう。

10月26日(金) また田町へ行ってきました
朝、アロエ・ヨーグルトを食べながら、僕が「めちゃ、うまい」というと、娘も関西弁をマネをして叫ぶのがおかしくて、「めちゃ、うまい」の大合唱を何度もしてしまった。娘を送り届けた帰り、保育園のそばにヤクルトの販売店があり、その店の前を通 ったが、優勝の興奮は感じられなかった。またもや、田町で打ち合わせ。夜、タケちゃん(吉田健くん)から電話があり、しばらくして、出田が僕の自転車を借りに来た。出田が企画したサイクリングツアーが明日行われ、急きょ参加することになったタケちゃんは、僕のマウンテンバイクに乗りたい、とのこと。で、タケちゃんが少し酔っているので、出田がわが家にピックアップしに来たらしい。慣れない長距離サイクリングの前夜に、酒など飲んで大丈夫なのかね。

10月27日(土) 恐怖のリライト 
輸入腕時計のカタログのコピーをリライトしてほしい、という仕事が知人から舞いこみ、妻と二人がかりで全力仕事。この場合のリライトとは、もともと英語のカタログがあり、それをどなたかが和訳したのだが、その文章がおかしく、意味が通 りづらいので、なめらかで正しい日本語に直すというもの。それが量も多く、またやってみると、思った以上に難しい。かなり意訳しないと、スムーズな日本語にならない。僕と妻は原文の英語を見ずに文章を修正している(僕らが今から原文を参照するほど、時間は残されていない)ので、意訳というより、前後の文章からの想像で書いている、といったほうが近いかもしれない。娘を土曜日に保育園へ預けたのはひさしぶりだ。

 

第73回 2001年10月25日

10月14日(日) ついに、いぬ たまへ 
二子玉川から歩いて五分ほどの距離にある「いぬたま」へ。いろいろな犬を見られて、娘は喜んでいたが、囲いに入れられた動物を眺めているうち、なんだか悲しい気分に。いぬ たまの門をくぐる前に、すぐそばにあるミズノのフットサルコートをのぞいてみたら、アマチュアの愛好者がゲームをしていた。自分でプレイせずに見学しただけだが、いぬ たまにいたときより楽しかった。三軒茶屋から娘をおんぶして帰る途中、娘がどこかでお気に入りの犬のぬ いぐるみを落としてしまい、行方不明になった。その夜、娘はしくしくしくしく泣いて、なかなか眠れなかった。

10月15日(月) 調べもの 

朝から、水道橋にある某出版社へ行き、資料探し。往路、下北沢の駅で、建築構造家の池田昌弘さんと会い、代々木上原で池田さんが乗り換えるまで雑談をした。池田さんは明日から英国出張らしい。「イギリスに行って、そのあと、ニューヨークへ飛ぶなんて、今めちゃくちゃ危険な空路ですよね」と、池田さんは笑っておられた。夜、妻と娘が寝たあと、柔道家・古賀稔彦さんの著書『勝負魂』を読んだ。同書を刊行している出版社に僕が寄る用事があることを聞きつけた親戚 に、買って送ってほしいと頼まれたのである。僕は古賀氏に特別な思い入れは持っていなかったが、これもなにかの縁だと、郵送する前に手にとってみたのだ。赤ワインを喉に流し込みながら読了したのは、もう朝に近い時間だった。

10月16日(火) 引っ越しながら笑う男
水道橋まで出かけていって進めていた調べものが終わる。二日で作業が済むとは、予想外の早さ。うれしい。帰り、東京ドームそばの山下書店で見つけた『中村順司の野球はうまくなる!』という新書、川口和久氏が書いた『反逆の左腕』というやはり新書サイズの本、『ONに挑んだ男たち』というムックを購入。夜、下北沢のコシャリへ、家族三人で行き、生ビールを一杯だけ飲む。うまい。店のカウンターには、イラストレーターで絵本も出しておられる荒井良二さんがいた。その帰り、フィクショネスの藤谷さんとサンクスでばったり会う。藤谷さんは今ちょうど、世田谷代田への引っ越し作業中とのこと。十一月二十三日に結婚式をされるそうで、笑顔満面 だった。

10月17日(水) 動くトトロ 
スポーツクラブで走り、そして泳ぐ。一階に住むIさんから、上尾産の柿をいただいた。きれいな緑の葉っぱが付いたままの、みずみずしい柿。さっそく食べてみたら、ほどよい甘さ。僕と妻のぶんまで、娘はたいらげてしまった。柿を味わいながら、ビデオ屋で借りてきた『となりのトトロ』を見た。保育園でいつも、トトロの歌を唄っている娘は、動いているトトロを見て(娘が、動画のトトロを目にしたのは初めてのはず)、文字通 り小躍り(ジャンプ)して喜んでいた。トトロは、糸井重里さんの声優ぶりが新鮮で良かった。宮崎アニメは『もののけ姫』しか、ちゃんと見たことがなかった。月並みだけど、全編にわたって、ほんとに絵が上手いですね。デッサンがしっかりしているし、空気が気持ちよく表現されている。

10月18日(木) 恥ずかしい木曜日  
雨のなか、妻とスポーツクラブへ。チノパンの下に競泳用パンツをはいておいて、施設に着いたらチノパンを脱ぎ、競泳用パンツの上にスポーツ用ショートパンツをはいて、マシンで三十分ランニング。走ったあと、ショートパンツだけ脱いで、水泳とサウナ。普通 のパンツ(つまり下着)を持っていき忘れたので、「そのままチノパン」で帰った。帰路、下半身がスースーして、恥ずかしかった。

10月19日(金) 連敗のショック 
シアトル・マリナーズがニューヨーク・ヤンキースに二連敗。シーズン中、イチロー選手に並ぶ活躍をみせたブレット・ブーン二塁手の打撃が低調なのが心配。アメリカン・リーグ優勝決定戦を見た以外に何をしたのか思い出せない。マリナーズの敗戦が堪え、なにもする気が起こらない夫婦(もちろん僕と妻のこと)というのも困ったものだ。妻といっしょに入浴した娘は、バスルームから出るなり、「ちんちんは? ちんちんは?」と言いはじめた。どうやら、妻にも自分にもおちんちんがないことを不思議がっている様子だった。

10月20日(土) 公園と魚民と
娘と妻といっしょにプールへ。水泳のあと、山崎浩一さん一家とともに、羽根木公園で昼食を楽しんだ。東松原寄りの、広くはないが快適な芝生のスペース。犬は何匹も通 りかかり、うさぎを散歩させている女の子もいた。そして、先週と同様、バドミントンに興じるカップルも。アボリジニの縦笛を吹く男性もいた。平和なランチタイムだった。帰宅後、遊園地再生事業団のサイトを見てみたら、宮沢章夫さんの日記が中止される、という告知があった。残念に思いつつ、パソコンから明日の菊花賞の馬券を購入。マンハッタンカフェ、エアエミネム、ジャングルポケットを三角買いしてみた。夕方、ビールを買いに出た際、娘と同じクラスにご長男を通 わせておられるTさんと遭遇。Tさんのご主人が知人の結婚パーティーで帰りが遅いそうなので、いっしょに夕食を楽しむことにした。Tさんと息子さん、我が家三人の計五人で気兼ねなく楽しめそうなお店は、下北沢にはあまりないので、魚民(うおたみ)へ行くことにした。店へ向かう途中、グラフィックデザイナーの浅石さん一家や、カメラマンの千葉さん(以前、うちの真上の部屋に住んでいた、マガジンハウスの社内カメラマンの男性)にばったり会ったので、Tさんに「顔が広いんですね」と言われてしまった。魚民の店内は、お客さんが大勢いてけっこう騒々しかったので、子連れの僕たちにとっては、かえって気が楽だった。夜九時半を過ぎて帰宅し、ひさびさに買ったtotoの結果 を調べてみたら、13ゲーム中はずれが7試合もあった。ダメだと思っていたけど、半分以上はずすと、さすがに軽いショックを受けますね。

 

第72回 2001年10月17日

10月7日(日) 台場のロックンローラー 
小田急線と千代田線・銀座線を乗り継ぎ、新橋まで行き、そこからゆりかもめを利用して台場へ。アクアシティお台場というショッピングビルの一階に入っている「Daiba de China(ダイバ デ チャイナ)」でマーボー丼、上海やきそば(だったかな)をタイクアウトし、二階の広々としたデッキスペースで昼食。目の前に、ロックンローラーふうの男性三人がやってきたので、何をはじめるのか見ていたら、ラジカセでキャロルの曲を流し、それにあわせて踊り出した。なにも、お台場でやらなくても、という気になる。原宿のホコ天がなくなり、舞台を求め、ここまで進出してきたのだろうか。それとも、アクアシティの向かいに建つ、フジテレビのスタッフの目にとまり、取材されることを望んでいるのか。謎だ。ランチ後、ロックンローラーの脇を通 り、一階のトイザラスを物色し、来たルートを逆行して帰宅。先週のこのコーナーに書くのを忘れていたけど、グラフィックデザイナーの池田進吾くんが送ってくれた絵本『トニー』は、かなり良かった。ラフな絵が魅力的だし、ストーリーも意外性があり、なにより、子供こどもしていない(子供に媚びていない)ところがいい。絵本というと、どうしても、読者を子供に限定し、彼女たち・彼たちのことを意識しすぎているものが多いように思う。

10月8日(月) 二子玉のいぬたま

体育の日。どこか行こうか、という話を僕がしたら、二子玉川にある、いろんな犬を集めた施設「いぬ たま」のことを妻が教えてくれたので、さっそくインターネットで調べてみた。簡単に所在地や営業時間がわかったので、犬や猫が大好きな娘を連れて行ってみようかなと思ったが、雨は止みそうにないし、少し肌寒いので中止。わが家は車を持っていないし、無理に外出して、風邪をひきたくない。絵を描いたり、ブロックを組み立てたり、ボール遊びをしたり、プラスチックの笛を吹いたり、おもちゃのピアノを弾いたり。一日中、家で娘と遊んだ。

10月9日(火) ある猫の死 
三連休をずっといっしょに過ごしたからか、保育園に連れていった娘は、なかなか僕から離れようとしない。「ごめんね、はなちゃん」と手を振りながら園を出てきたが、ちょっとかわいそうだった。昼間、下北沢を歩いていて、猫が乗用車に轢かれる場面 を目撃してしまう。猫はぴくりと動いたが、そのあと、目を開けたまま、動かなくなってしまった。即死に近かった。気の毒に思う。合掌。車のタイヤが体を乗り越えたあと、腹這いの体勢から、声もあげずに一瞬そり返った猫の動きが、頭の隅にこびりついている。娘は保育園のみんなと散歩に出た際、ジャズ喫茶マサコで飼っている猿が、縄につながれて散歩しているところに遭遇。突然の対面 にうれしくて近づいたはなを、猿が「ウーッ」と威嚇し、娘は「こわいっ」と叫んだそうだ。僕はその猿をほとんど目撃したことがないのだが、娘はときどき見ているらしい。

10月10日(水) 建てる人たち
雨のなか、妻と昼食に出ると、道すがら、池田昌弘さんと池田さんの事務所の女性に会い、少し立ち話をした。構造建築家の池田さんは先日、ニューヨークへ行き、崩壊した貿易センタービルの隣に建つビルで打ち合わせをしたとのこと。「アメリカ人は、同じ場所にもっと高いビルを建てるんじゃないですか」と僕が池田さんに聞くと、仕事先の米国人スタッフは「二棟あったところに、今度は三つ建てるんじゃないかな」と言っていたらしい。負けん気の強く、世界一の大国というプライドの高い彼らのことだから、きっと、復興のシンボルとして、これまで以上に目立つビルを建てるだろう。池田さんは海外での仕事も多くしていて、また来週から一カ月ほど日本を留守にするそうだ。外国で仕仕事なんて羨ましい気もするけど、今の時期は、できれば国際線に乗りたくない気もする。午後、CSN1ムービーチャンネルで『モンキーリーグ 史上最高のルーキー登場(原題:ED)』という、アメリカの野球コメディ映画(1995年)を見る。マイナーリーグの弱小球団を、なんと野球がうまいチンパンジーが救うのだけど、かなりバカバカしくておかしかった。チンパンジーのエド・サリバン(ショーというテレビ番組が昔、アメリカにありましたね)が、いかにも着ぐるみです、って感じで、それも笑えた。「この甘いマスク、どこかで見たことあるような」と思い、主演のマット・ルブランのことを調べてみたら、アメリカの人気テレビドラマ『フレンズ』や、映画『ロスト・イン・スペース』『チャーリーズ・エンジェル』にも出演している俳優だった。

10月11日(木) 俳優は電話でのエッチも得意 
昨日のシアトル・マリナーズに続いて、ヤンキースがディビジョン・シリーズの初戦を落とす。相手はアスレチックス。ただ、昨年も同じ相手から第一戦を落としているが、最終的にはワールド・チャンピオンに輝いているので、まだまだわからない。午後、CSN1ムービーチャンネルでやっていた『電話でアモーレ(原題:BOCA A BOCA)』(1995年、スペイン)という映画を鑑賞。俳優をめざす青年ビクトル(ハビエル・バルデム)が食えないため、テレフォンクラブでアルバイト(テレフォンセックスの相手を務める仕事)をはじめ、そこからゲイの外科医リカルドや、アマンダという美女に出会い、やがて危険に巻き込まれていく……というコメディタッチのラブ・サスペンス。途中まで見ていて展開が気になったものの、テレビを消して、運動不足解消のためにスポーツクラブへ行ってしまった。帰宅後、映画のストーリーが気になり、ネットで調べてみたが、なかなかおもしろそう。大作ではないが、佳作だと思う。アマンダを演じる女優アイタナ・サンチェス・ギヨンが美しく、色っぽかった。

10月12日(金) 手首の値段 
シアトル・マリナーズは一勝一敗のタイに持ち込む。ヤンキースはまさかの二連敗。ある人からメールが届き、週明けの月曜日から、ある本に関しての資料を集めることになった。ヤフーのトピックスで、自分の手首を切り落とし、交通 事故に見せかけて保険金を騙し取ろうとした男性が逮捕された、というニュースが出ていて、衝撃を受けた。借金苦からの犯行なのだろうか。それにしても、だ。痛かっただろうに。受け取ろうとししていた保険金は八千万円だったと思う。手首一本の価格として、高いのか、安いのか。

10月13日(土)  ポテトを食う女

娘と妻といっしょに、新代田にあるスイミングスクールへ。一時間ほど水遊びを楽しんだあと、羽根木公園へ行き、あらかじめ妻がつくってくれていたお弁当を食べた。僕も妻も空腹が頂点に達していたが、娘はじっとして食べるのがイヤなようで、松ぼっくりを拾ったり、飼い主と散歩中の犬が気になって寄っていったり。結局、われわれ夫婦ふたりでほとんどたいらげてしまった。公園からの帰路、娘が眠ってしまった。水泳と公園遊びで疲れたのだろう。いったん家に戻り、昼寝中の娘をベビーカーに乗せたまま、荷物を置き、日本橋の丸善へ。丸善で洋書やビデオをチェックしたあと、近くのロッテリアに寄り、フライドポテトを注文して、おやつ代わりに娘へあたえる。妻がつくった弁当にはあまり手をつけなかったのに、猛烈な勢いでフライドポテトを口に運んでいる。ロッテリアであろうと家であろうと、フライドポテトはいつでも一気食いだが、妻が気の毒になってくる。娘はこのところ、あまり食べないことが多いので心配している。目の前に置くと、絶対に食べるのは、フライドポテトと果 物くらいかな。

 

第71回 2001年10月11日

9月30日(日) Good−by four men
北海道広尾町にある妻の実家から、パソコンを使って馬券購入。対象レースは、中山競馬場1200メートルのスプリンターズS(G1)。1番のビハインドザマスク(鞍上は福永騎手)、3番のジョンカラノテガミ(佐藤哲騎手)、4番のトロットスター(蛯名騎手)を三角買い。結果 は、1着はドンピシャのトロットスターだったけど、2番のメジロダーリングが2着に入ってしまい、見事に敗戦。名前がおもしろいから買ってみたジョンカラノテガミは5着、YMOの曲名にもあるビハインドザマスクは6着だった。ちなみに、トロットスターを選んだ理由は、昨夜テレビを見ていたら、勝ち馬を予想する天才犬プリンちゃんが薦めていたから。昨日、浦河でサラブレッドを見たので、ひさしぶりに競馬をやりたくなってトライしてみたが、やめときゃよかった。夜、東京ドームで行われた巨人対横浜戦のゲーム後、長嶋監督の退任セレモニー、槙原寛己・斎藤雅樹投手、村田真一捕手の引退式が催された。シーズン終盤に一軍復帰を果 たし、好投を続けていた斎藤投手には、もう一年やってほしかった。

10月1日(月) 北海道から東京へ  
娘との別れを惜しまれつつ、北海道広尾町をあとにする。帯広空港から羽田空港まで一時間半ほど、日本エアシステム機に乗り、無事に帰ってきた。米国でハイジャック激突テロがあってから、それほど時間が経っていないのでちょっと心配していたが、スムーズに飛んでくれた。午後二時半ごろ、下北沢の自宅に戻る。雨のため、月見できず。

10月2日(火) 代々木上原と阿佐ヶ谷へ  
 約十日ぶりに、娘は保育園へ復帰。予想通り泣き叫び、僕の足にまとわりついて、なかなか離れてくれない。一日いっしょにいてあげたいところだが、そういうわけにもいかず、泣く泣く、園をあとにする。保育園から家に戻ってふとんを干していると、キンモクセイのいい香りが鼻に飛びこんでくる。ほっとする匂い。午後、知人への贈り物を選ぶため、代々木上原の西光亭(せいこうてい)へ。二十分ほど悩み、黒蜜ゼリー、和え胡麻、胡麻豆腐を注文。その足で、阿佐ヶ谷まで移動し、駅と隣接した建物に入っている東京オプチカルへ。北海道で壊れてしまった眼鏡を店員さんに見せ、相談したうえ、フレームだけ新しくすることにした。購入したフレームに今までのレンズを入れてもらうようにお願いし、この日は、支払いををすませて帰宅。夕方、娘を迎えにいったあと、団子を買い、一日遅れの月見を楽しんだ。保育園での娘は、「ママ、ママ」ということが多く、ほとんど一日じゅう、保母さんに抱っこしてもらっていたそうだ。

10月3日(水) ビールは水です 
フリースタイルの吉田保さんに電話し、近くのイタリア料理店で昼食をいっしょにとることにした。テーブルに着き、メニューを選んでいると、吉田さんが「ビール、たのみますか」と聞くので、僕は「眠くなるとあれなので」と返答。いったん断ったが、吉田さんが「ビールなんて、水みたいなですよ」というので、結局は飲んでしまった。だったら水を飲めばいいじゃないか、とは反論しなかったが、ビールは飲むとうまいから困る。帰宅すると、山田真理さんからメールが届いていた。ご主人の山崎浩一さんが、今朝から韓国へ発ったとのこと。少し前に、山崎さんが朝日新聞の書評欄である本を取り上げたところ、韓国人の著者がそれを知って喜び、また、著書も予想以上に売れ、急きょ対談が組まれたらしい。著者は、韓国の某大学を教鞭をとっているそうだ。

10月4日(木) またもや阿佐ヶ谷へ 
娘を保育園へ送ったあと、阿佐ヶ谷の東京オプチカルへ。レンズが入った眼鏡を受け取る。帰宅後、仕事先から電話が入り、資料集めをする。保育園との連絡帳によると、うちの娘は「黒猫のタンゴ」のテープがかかると踊り、曲が終わると「もう一回」といい、何度でもリクエストしているそうだ。

10月5日(金) 築地へ 
打ち合わせがあり、ひさしぶりに築地へ。日比谷線の築地駅で降り、地上に出て、築地本願寺の脇を通 り、晴海通りにを左折すると、四分、五分で目的のビルに着いてしまった。約束の時間には早すぎるので、向かいの建物に入り、トイレを借りて、用を足す。昼前にミーティングを終え、外に出ると、来る途中に降りだした雨はすっかり止んでいた。帰宅後、きょうの打ち合わせの内容を妻に話し、相談に乗ってもらう。明日は、いよいよ運動会だ。

10月6日(土) 初めての運動会 

保育園の運動会。好天に恵まれた。娘は「黒猫のタンゴ」にあわせてダンスを毎日練習していたのだが、本番ではちゃんとできなかった。練習時と違って、観客がたくさんいるので、まわりをきょろきょろ見て、お遊戯はそっちのけになってしまった。まあ仕方ない。「一歳児のひよこ組は、毎年、本番ではちゃんと踊れないんですよ」と、園長先生に聞かされていたが、その言葉通 りだった。一歳児クラスの出番は、他にかけっこをしたり(走るといっても、みんな競争意識がなく、速く走ろうとしない)、トトロの歌にあわせて踊ったり。夜、同じくひよこ組に長女を通 わせているTさん宅で、夕食をおよばれする。薄めに味付けされた上品な鍋料理やビールなどをいただき、楽しいひとときを過ごさせていただいた。Tさんの家は広くてきれいで、うちとは大違い。羨ましいかぎりだ。

 

第70回 2001年10月4日

9月23日(日) 髪を切って、絵を見る 
昨日に引き続いてスイミングスクールへ行ったあと、自宅で昼食をすませ、代々木八幡へ。いつものようにヘアーサロン「ベリーショート」のコバさんに、妻と娘の髪を次々にカットしてもらう(僕の髪はお店ではなく、自宅で妻にバリカンで刈ってもらっています)。それから、原宿のパレフランス一階にあるグラフィックステーションで、イラストレーター北村ケンジくんの個展「ニッポン採集」を見る。たくさん好きな作品があったが、いちばん気に入ったのは、北村くんが描いたフレディ・マーキュリー。見ているだけでパワーをもらえそうな、いい絵だった。パレフランス一階のオープンカフェ&レストランのような店でパンを買い、ギャップで子供の服や靴を見てから帰宅した。

9月24日(月) 準備に追われる一日
 
着替えを詰めたり、下着を入れたり、娘のおむつを用意したり、明日からの北海道旅行の準備に追われる。子供が生まれるまでの旅にくらべ、用意にかかる時間が増えた。寒いかもしれないからこの上着を入れておこう、汗をかくだろうから肌着を多めに持っていなきゃ、などといろいろ心配してしまい、荷物がパンパンに膨れあがってしまうのだった。

9月25日(火) 東京から札幌へ 
昨日55号本塁打を放った大阪近鉄バッファローズのタフィ・ローズ選手が、朝日新聞「ひと」の欄に取り上げられていた。その記事によると、本名はカール・デリック・ローズといい、子供のころ、顔面 にボールが当たっても平気でプレーを続けていたため、「お前はタフなやつだな」となり、「タフィ」と呼ばれるようになったらしい。少年時代についたニックネームをそのまま用いているというのは、なんかアメリカっぽい気がする。日本だとジョニーとかゴジラとかウルフとかデーブ(大久保捕手は引退して何年も経つけど)とか、プロ入り後にわざわざつけられたあだ名が多いのではないか。朝九時すぎに下北沢を出て、日本エアシステムのボーイング777機で札幌へ。米国テロ事件の影響か、羽田空港の機内持ち込み検査はいつもより入念なものだったが、それを見越して早めに空港へ着いていたので、とくに問題はなかった。札幌は思ったより暖かく、最高気温は二十二、三度あったんじゃないかな。札幌で暮らした経験のある妻に案内してもらい、テレビ塔や札幌ドーム(は試合やイベントのない日は、安価で見学できる)といった、おのぼりさんコースを体験し、夜はSAPPORO Factoryで食事。娘は北海道にいることを理解しているのかわからないけど、いつも以上にはしゃいでいた。札幌ドームは明日からしばらく、SMAPコンサートの設営と本番で、観客以外は入れないらしい。そこまでは知らなかったけど、たまたま、きょう行ってみて良かった。運がいい。稲垣吾郎さんは出るのかな。妻の元・勤務先、札幌・京王プラザホテル泊。

9月26日(水) 札幌から帯広へ 
朝食を七時半にとり、早々とチェックアウトする直前、妻が以前勤めていたときの同期生Iさんを、ベルボーイの方に呼んでもらい、しばらく歓談。といってもしゃべっていたのは、ほとんど妻で、僕はIさんにあいさつを交わしたあと、フロント付近の絨毯の上を走りまわる娘がいたずらをしないように見守っていたのだ。ロビーを美しく演出していた生け花に、小道具として添えられていたフルーツを、娘が指差して食べたがっていたのには弱った。駆けまわる娘を追いかけているうち、見覚えのある顔が視界に入った。なんと、中村勘九郎さんだった。そして周囲には、やはり歌舞伎役者と思しき男性が何人も。それぞれ、ゴルフバッグを抱えていらしたので、仲間どうしでゴルフを楽しみに来られていたのかもしれない。ホテルを出たあと、札幌駅の大型ロッカーに荷物を入れ、観光を再開。大倉山ジャンプ競技場の展望台までリフトでのぼり、市内を眼下を見おろしたが、気持ちがよかった。大倉山はその名前から他人のものとは思えず、幼少のころから気になっていたのである。僕は高所恐怖症のくせに、高いところから町を眺めるのが大好きです。札幌駅に隣接したショッピングモールで昼食をすませ、特急列車「スーパーとかち」で帯広へ。帯広駅で出迎えてくれた、親戚 の中山享子さんのフォルクスワーゲンゴルフに乗せてもらい、まずご自宅へ。別 の親戚が遊びに来てくれたり、飼い猫のチョロと対面し、わが娘が狂ったようにはしゃいでいるうちにご主人が戻られたので、中華風創作料理を食べさせてくれる、帯広駅前の「好(ハオ)」へ。鶏肉をピタパンをはさんで食べる料理や、プリンのような杏仁豆腐をはじめ、美味なものばかりで、下北沢にもこんなお店があったらなぁ、と羨ましくなった。中山家に戻ってからスポーツニュースで、近鉄の優勝決定を知る。昨年まで阪神にいた北川博敏選手が、代打逆転サヨナラ本塁打を放ったことが、トラ吉の自分にはうれしい。タイガースは今年も最下位 になりそうだし、こうなったら関西人としては、バッファローズに日本シリーズを制してもらいたい。今回の札幌、僕にとっては二度目だったが、前回はあまり時間がなく、「味の三平」で札幌ラーメンを食べた以外なにもできなかったので、昨日きょうは楽しめた。帯広泊。

9月27日(木) 帯広から広尾へ
中山享子さんのゴルフで「トイザラス」に寄ってもらったあと、広尾へ向かう。ここでいう広尾とは、東京都港区の町名でなく、北海道の東部にある港町のこと。妻の生まれ育った土地だ。昨年の十一月以来、約十一カ月ぶりの帰省だったので、大きくなったわが娘を見て、みんな予想以上に喜んでくれた。娘に「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばれ、二人とも目尻を下げていた。広尾泊。

9月28日(金) 広尾から浦河へ

シーサイドパーク広尾という遊園地へ行ったあと、午後、天馬街道という道を抜けて、日高支庁浦河にある優駿ビレッジへ。浦河はサラブレッドの生産地として有名なところで、車で走っていても左右に牧場があり、あちことに馬が見える。生まれて初めてサラブレッド(だと思う)にさわった。娘を抱っこしながら、馬の目と目のあいだを軽くなでてみたのだが、娘は半ば恐がりながら、興味を持っている感じだった。馬の目って、なぜあんなにかわいいんだろう。大人の馬だったが、一点の曇りもない、疑いを持たない瞳。人間も子供のときは、同じようにピュアな目をしているけど、成長するにつれ、悲しいことにたいていの者が、輝きを少しずつ失ってしまう。

9月29日(土) 広尾からあちこちへ
中札内(なかさつない)にある坂元直行(さかもとちょっこう)記念館で、何組かの親戚 と落ちあい、併設のレストランで昼食。ここは、マルセイバターサンドやシフォンケーキなどで知られる、十勝支庁帯広市を代表する六花亭(ろっかてい)が運営する施設。坂元氏は、自然をこよなく愛した画家で、六花亭の名菓の包装紙にもその作品が使われている。食事後、駐車場横の芝生でサッカーやフリスビー、トイザラスで買ったおもちゃの野球で汗をかき、花畑牧場へ。ここはタレントの田中義剛さんが牧場主を務める観光スポットだが、原宿にあるタレントショップみたいで味わいがない。カントリー娘。やモーニング娘。の関連グッズを並べているのこともいただけないが、たとえば、オリジナルの果 汁100%ジュースといった商品のパッケージひとつを見ても、なんというか、本物らしさがない。素朴でありながら、品があり、洗練もされている六花亭のような、伝統あるブランドとは比較にもならない。花畑牧場に失望したあと、幕別 (まくべつ)にある十勝正直村(とかちしょうじきむら)へ。十勝で生産された素材を用い、無添加・無着色の自然食品を販売するこの施設には、好感を抱いた。やはり「本物」というのは、一日二日では、到底つくれないものなのだ。めんどくさい部分を省いて、結果 を急いでも、嘘くさいものしか生まれない、ということか。そのことを自らの肝にも銘じる大倉でした。広尾泊。

第69回 2001年10月4日

9月16日(日) いつ以来の安打だろう
午前十一時から、駒沢公園と隣接している八星苑という名の電通グラウンドで草野球の試合。5対4で惜敗。僕はひさしぶりにヒットを打つことができた。サードへ飛んだその打球は、プロ野球なら「三塁手のエラー」と記録されるところだろうけど、草野球なので、独断で「内野強襲ヒット」だったことにする。

9月17日(月) 松田直樹を探して 
はたこうしろうさんに電話をし、絵本づくりに関するアドバイスをもらう。さすがに何冊もの絵本制作にたずさわってこられた人だけあって、助言に説得力がある。その後、藤沢市に住む小沢さんから電話があり、横浜Fマリノスの松田直樹選手についての記事があればファクスしてほしい、といわれる。もうすぐ取材をするので、松田選手についての情報が必要らしい。そのため、わが家にある雑誌『ナンバー』のページを繰ってみたが、とくに役立ちそうな記事はなかった。保育園でのこと。友達どうしのケンカで泣いていた子を、うちの娘が「どうしたの?」となぐさめていたらしい。友人のことを気にかけるなんて、成長したのかなぁ。父親としてはうれしいかぎりだ。

9月18日(火) カレンさんとバレンタインさん 
お昼を食べようと妻と外出したところ、フリースタイルの吉田さんとばったり会い、いっしょに橙橙(だいだい)へ。食事と会話を楽しんだあと、新宿の百貨店へ行き、北海道の親戚 へ贈る土産を物色。地下の売り場をぐるりと一周してみたが気に入ったものが見つからないので、きょうは時間もあることだし思い切って、日本橋のデパートへ足をのばすことにする。途中、道に迷っている外国人の男女を見つけ、妻が声をかけると「私たちはきょうが日本滞在最終日。銀座へ行きたいのです」とおっしゃる。それなら銀座を経由し、その方々を銀座で降ろしてから日本橋へ行くことにし、丸の内線に同乗した。女性はカレンさんといい、長身のきれいな方。バレンタインという名の男性は、マンハッタンでソフトウェア制作の会社を営んでいるという。もちろん、一週間前に発生した米国同時多発テロについては、お二人とも悲しんでいる様子。銀座駅で握手してお別 れした二人は、ショッピングのあと、両国で相撲を見るそうだ。日本橋で買い物したあと、ベックスコーヒーショップで喉を潤し、帰宅。十月に入ってから行われる運動会で、うちの娘が所属するひよこ組は「黒猫のタンゴ」を踊るそうだ。懐かしの名曲だ。

9月19日(水) ワームとテロの関係 
小田急ケーブルビジョンからからメールが届く。それによると、同社が運営するプロバイダーサービスに障害が発生し、昨夜三時間以上にわたって、メールの送受信ができなかったらしい。僕も妻もその時間帯、ネット利用をしなかったので迷惑をこうむったわけではないが、三時間以上という長時間に及ぶ「不通 」は珍しい。「原因は、ワーム対処が未対応のお客様からの著しいアクセスによって、サーバに多大な負荷がかかると言うものでありました。障害発生後、大至急対応にあたりましたが、パソコン特定に時間がかかり、復旧が遅れました」とのこと。ワームというコンピューターウィルスがこのところ流行っているらしいが、これもテロリズムの一種なのだろうか。テロ関連のニュースばかり見ていると、なんでもテロと結びつけてしまいそうになってくる。

9月20日(木) 優勝と後方支援

三日ぶりにスポーツクラブへ。体調が万全でないので、二百メートル泳いで、サウナとジャクジーに入っただけで帰ることにした。トレーニング後、体重67.05キロ。一度減った体重があっさり戻っていてショックを受ける。アパートに帰宅すると、二つ隣の部屋にきょうから移ってきたという住人があいさつをしてくれた。イノウエさんという男性だ。シアトル・マリナーズの地区優勝をテレビで知ったあと、トラブル&ティーデザインの鈴木くんと電話で話。彼は「日本は、後方支援でなく、アメリカとアフガニスタンのあいだに入って、交渉役になるべきですよ」という。僕もそう思う。小泉首相は「自衛隊を派遣して、米国を後方支援する」と発表してしまったが、今からでもその発言を撤回してほしい。自分にもなにかできないかと、はがゆくなり、とりあえず、小泉内閣メールマガジンの読者の声(ご意見募集)欄へ、後方支援への反対意見をメールした。

9月21日(金) 奈良美智の説得力
妻と妻の友人Mさん、それに僕の三人で現代美術のイベント「横浜トリエンナーレ」を見に行く。第一会場のパシフィコ横浜よりも、第二会場の赤レンガ倉庫一号のほうが展示スペースは狭いが、そのぶん密度が濃く感じられた。夜、アーティストの奈良美智さんが出ていたので『たけし誰でもピカソ』を見たあと、勢いで奈良さんのホームページをチェックしてしまう。僕は、別 に男好きではないのだが、奈良さんには、好きになってしまう魅力がある。同番組に糸井重里さんも出演していたが、東北訛りを残しながら自分の言葉で話す奈良さんを横にすると、さすがの糸井さんでもしゃべりにくそうだった。奈良さんが語ったあとに、なにかを「上手く」しゃべろうとすると(話をまとめようとすると、といってもいいかもしれない)、すべて嘘っぽく聞こえてしまうのではないか。にこやかな奈良さんは、そんな恐さも併せもっている。奈良さんは、本当に好きなことを一生懸命やり、偽りなくまっすぐ話すから説得力があるのだろう。ところで今朝、朝日新聞に大阪府高槻市の今城塚古墳(いましろづかこふん)で国内最大の家形埴輪が出土した、というニュースが載っていたのだけど、その場所って、僕が幼稚園から小学一年生にかけて住んでいた家のすぐ隣なのだ。という話をしてみたけれど、妻が古墳にまったく興味を持ってくれなかったのは、非常にさびしかった。娘は保育園で出された、とうもろこしをとてもきれいにたいらげたらしい。来週は北海道へ行くから、おいしいとうきび(北海道では、とうもろこしでなく、とうきびと呼ぶのが一般 的のようだ)が食べられるだろう。

9月22日(土) プール、吉祥寺、出田  
昼、新代田のスイミングスクールに家族で行って、一時間ほど水遊びをしたあと、井の頭線で吉祥寺へ。昼食をとり、パルクブックセンターと無印良品に寄って帰宅。家に戻ったとたん、出田(いずた)からの電話があり、うちで夕食を楽しむことに。出田は、進みかけていた一戸建てをつくる仕事が一件ストップしたらしく、ちょっと前まで落ち込んだ日々を送っていたようだ。建築設計業務も、やっぱり楽じゃないんだな。

 

第68回 2001年9月21日

9月9日(日) Lunch in the Rain
この日記に書くのを忘れていた。昨日は、ひさしぶりに馬券を購入し、珍しく的中させたのだった。たいした金額じゃないが、黒字になったので気分はわるくない。きょうはアンドレスさんと連絡をとりあって、二家族の計七人集合。代田五丁目公園で三十分ほど遊んでから、イタリアンレストラン「ラ・ベファーナ」で昼食。七月末にボストンへ帰省していたアンドレスさんから、米国での話などを伺う。コロンビア系アメリカ人のアンドレスさんは、運ばれてくる料理の素材名を長男のレナンくんにスペイン語で教えている。レナンくんはスペイン語をあまり理解していないようだったが、食べっぷりは見事。うちのはなは、ほとんど食べず、雨に打たれながら表の通 りを走りまわっていた。食より遊、が優先なのか。一日中、降ったり止んだりのはっきりしない天気だった。

9月10日(月) 台風が来て「台風クラブ」の相米監督が逝った
台風の影響で雨。ラジオのニュースは、長野新幹線が運休と教えてくれた。保育園で、うちの娘の同じ「ひよこ組」に次女を通 わせておられるTさん一家は、奥さまの実家がある長野県へ先週末から帰られていて、たしかきょう戻ってこられるはずだ。大丈夫かな。そんなことを考えていると、グラフィックデザイナーのYさんから電話があり、日本テレビの雑誌広告に用いるコピーを修正する。夕方、洗濯物を畳みながらラジオを聴いていると、映画監督の相米慎二さんが逝去されたことを知る。僕は相米作品を全部見ているわけではないが、『セーラー服と機関銃』『翔んだカップル』『台風クラブ』などをよく覚えている。田畑智子さんが主演していた『お引っ越し』はノルタルジックな映像が記憶に残る、とても切ない映画だった。相米監督の手腕ももちろんだが、撮影を担当された栗田豊通 さんの力によるところも大きいのかもしれない。栗田さんは、ロバート・アルトマンの『クッキー・フォーチュン』でも撮影監督を務められている。相米慎二さん、ご冥福をお祈りします。

9月11日(火) アメリカで同時多発テロ
台風十五号、東京上陸。豪雨のなか、娘を保育園へ連れて行ったが、Tさん宅のT子ちゃんの姿は見当たらないい。やはり、長野から帰ってくるのは無理だったか。長野新幹線はきょうも始発から運転を見合わせているようなので、Tちゃんの復帰は明日になるのだろう。娘は、保育園で泥だんごを作って遊んだらしい。午後十一時三十分ごろ、ヤフーのトピックスを見て、ものすごい衝撃。マンハッタンの貿易センタービルがたいへんなことになっているらしい。慌ててテレビをつけ、娘を寝かしつけたまま寝ていた妻を起こす。マンハッタンの貿易センタービル二棟(AタワーとBタワー)とワシントン郊外にある国防総省ペンタゴンに、旅客機が突っ込んだらしい。アメリカに恨みを持つ組織のしわざだろうか。午前二時三十分くらいまでCNN LIVEの映像に見入りながら、冷蔵庫にあった缶 ビールを夫婦で呑み干した。

9月12日(水) テレビ漬けの日 

そんなにたくさん呑んだわけでもないのに、起床すると頭が痛い。二日酔いか、それとも風邪か。急いで葛根湯を服用。娘を保育園に連れて行き、園長先生や保育士さんとテロに関する話をし、家に戻るとまたCNN LIVEに釘づけ。“AMERICA UNDER ATTACK(攻撃されたアメリカ)”というタイトルがつけられた特別 番組をまるまる一日見てしまった。それ以外にしたことといえば、アメリカ人の知り合いに、家族や友人が悲劇に巻き込まれなかったかを電子メールで確認したくらいだ。

9月13日(木) オサマ・ビン・ラディン氏とは?
長野に帰られていたTさんと保育園でばったり。台風も過ぎ去り、ようやく昨日、郷里から新幹線で戻ってきたそうだ。きょうも、CNNをかなり長い時間、見てしまう。一昨日、昨日と、米国が同時多発テロに襲われてから、いったい何度、オサマ(ウサマと書かれる場合もある)・ビン・ラディン(ラディーンと表記されることも)氏の名がテレビやラジオから流れただろう。この人物を悪人と決めつけるように、みんなが語っているのに「氏」をつけて呼んでいるのが奇妙。保育園からの連絡ノートで知ったが、うちの娘はなにか気に入らないことがあって、保育園で頬をふくらませていたが、保育士さんに「ニコニコしてたほうがかわいいよ」といわれ、あいそ笑いを見せていたらしい。こういうのは「素直」というのかな。

9月14日(金) 御殿場はきょうも雨だった
東陶機器に勤める友人、米さんが企画してくれたテニス合宿に参加。合宿とは名ばかりで、実際はちょこっとテニスをして、あとは食べて呑んで、というだけなのだが。それはともかく、Yさんの車に乗せてもらい、わが家の三人は、静岡県御殿場市にあるTOTOフォレスト東富士という保養施設へ。着いて三十分ほどしたら雨が降ってきたのでテニスはほとんどできず、代わりに卓球を楽しむ。これじゃ、去年のテニス合宿と同じだ。でも、かまわない。ここは、大浴場もきれいでくるろげるし、なによりも料理が素晴らしい。もちろん、トイレはどこを使っても快適。今回の参加メンバーはわが家も含めて計八人。コピーライターのほかにWebデザイナーやWebプロデューサーもいる。夕食後、現代美術家であり、現在『ディアス』という雑誌に連載ページを持っている松蔭浩之さんを中心にしながら、美術や政治などについて遅くまで語り合った。

9月15日(土) MOTOKOさんと会った  
朝食後、二時間弱テニスをしたあと、TOTOの保養施設をチェックアウト。二人は東京に戻ったが、残る六人は二台に分乗し、山梨県の長坂という町へ。中央自動車の長坂インターチェンジで降りたあと、長坂駅近くの太陽飯店という中華料理店へいいかげんに入ったところ、これが大当たり。店内が広く、値段も良心的、味もなかなかのものでした。その後、そこから五、六分ほど車で走った場所にあるギャラリーTRAXを訪れ、MOTOKOさんというフォトグラファーの写 真展を楽しむ。展示されているのは、松蔭さんのアシスタントをしていたことのあるMOTOKOさんが奄美加計呂麻島などで撮ったUA、UAのお子さん、UAのお母さん等の写 真。作品を見終わって、ぼーっとしていると、松蔭さんから着物姿の女性を紹介された。それが、MOTOKOさんだった。話してみるとMOTOKOさんは、僕と同じ大阪府高槻市の出身で、彼女の大阪弁を聞いているうち、いろいろなものを思い出してしまった。それに、MOTOKOさんとしゃべっていると、UAと会話しているような気もしてくる。不思議な女性だ。それはともかく、写 真を鑑賞したあと、ギャラリー併設のカフェでコーヒーを飲んだり、ギャラリーのオーナー夫妻が飼っている犬と戯れたりしながら、夕方までだらだら過ごす。その後、長坂から中央自動車道に乗り、高井戸で降りて、ファミリーレストランで晩ごはん。米さんにわが家まで送り届けてもらったのは、午後九時ごろだった。留守番電話のメッセージには、絵本作家はたこうしろうさんからの伝言が入っていた。

 

第67回 2001年9月11日

9月2日(日) 「美術館で、美術を見ない日」 
出会い系サイトからの迷惑メールにうんざりし、携帯電話のメールを休止する。彼らはいったいどこからメールアドレスを知るのだろう。昼前に家を出て、世田谷美術館でやっている福田美蘭展・福田繁雄展を見るため、電車とバスを乗り継いで砧公園へ。千歳船橋のスーパーマーケットで購入した弁当を公園で食べる。妻が買ってくれたビールが、なんともいえないうまさ。やっぱり、外での食事は格別 だ。僕と妻が昼食をとっているあいだ熟睡していた娘は、しばらくして起床。美術館の前で娘にごはんを食べさせたあと、待望の入館。ところが、展示スペースに足を踏み入れたとたんに娘が奇声をあげるもんだから、他のお客さんのことが気になり、ほとんど見ないうちに泣く泣く帰ることに。一歳十カ月の子供を連れての美術鑑賞は、やはりまだ無理があるのだろう。夜、お祭りを少しでも楽しもうと、家の近くの神社へ。境内に並んだ夜店のなかの一軒を、西武ライオンズの西崎幸広投手が手伝っていたので驚く。すぐそばには、鮎川誠さんのファミリーの姿もあった。 
 
9月3日(月) 「娘、欠席の巻1」  
娘が風邪で保育園を欠席。子の様子を見ながらなので、仕事がはかどらない。それでも、どうにか対処する。夕方、お客さんが来ると、娘ははしゃぎはじめた。おいおい、君は風邪なんだぞ。夜、フリースタイルのホームページを見ていたら、トップ画面 に大瀧詠一さんのことが書かれてあり、紹介されていたURLにアクセスし、そこからさらにジャンプするうち「亀渕昭信の大滝DJ論」なる文章に漂着。これがなかなかおもしろい内容。ちなみにインターネット上でだれかが書いていた情報によると、歌手のときは大瀧、作詞や作曲の際のクレジットは大滝となるらしい。その後、ヤフーでいろいろ検索していると、昨年何度か耳にしたパロディソング『冷麺で恋をして』の作詞が、高田文夫さんによるものだとわかる。もちろん、原曲は大瀧さんの名曲『A面 で恋をして』。「冷麺で」は高田文夫さんの「ラジオビバリー昼ズ」という番組から生まれたパロディソングなのだが、それはともかく、千葉リーヒルズという名の千葉県にある高級住宅街を知っていますか。どうでもいいことなんですが、つい連想してしまいました。たんなる偶然だと思うけど、同番組をオンエアしているラジオ局「ニッポン放送」の現社長は、前出の亀淵昭信氏。同局の看板番組「オールナイトニッポン」のパーソナリティを、1960年代から70年代前半にかけて務めておられた人物です。 
 

9月4日(火) 「娘、欠席の巻2」 
娘はまだ風邪のため二連休。娘が僕にアコースティックギターを弾けというから、軽くつまびくと、娘はギターを指差して「おっきいの、おっきい」という。どういうことなんだろう、いったい。表人よりちょっと小さめのギターなのに。僕が何かしようとしたとき、ときどき娘に「おかあちゃんいいの」といわれる。これは「お父ちゃんより、お母ちゃんがいいの」という意味なのだが、僕にとっては堪えるセリフ。寝かしつけようとしたとき、お風呂に入れようとしたとき、抱っこしようとしたときなどに、娘からよくいわれている。 
 
9月5日(水) 「佐伯くんの芝居を見る」 
娘の風邪はまだ完全には治っていないが、保育園に復帰してもらう。午前中、日本テレビで福澤朗アナウンサーにインタビュー。想像以上にテンションが高く、そして礼儀正しい方だった。その帰り、半蔵門線の車中で、広告会社「大會社」の小西康隆さんとひさしぶりに会い、少し話す。今や社員25人に増え、しゃれまじりでつけた社名(だいがいしゃ)が本当になりそうだ、と笑っておられた。午後、下北沢・OFF・OFFシアターで『スーパーガールのエゴトピア』という芝居を見る。知人の役者・佐伯新くん、大人計画の俳優・正名僕蔵さんなどが出演。一人芝居を集めてオムニバス形式で発表する舞台だった。僕は最後列の真ん中に座ったが、同列の左端に俳優の温水洋一さん、ひとつ前の列に小沢直樹さん(佐伯くん同様、遊園地再生事業団の舞台や、MODEの松本修さん構成・演出の芝居『アメリカ』』に出ていた俳優)がいた。 
 
9月6日(木) 「禁断症状」 
前日にやっておくつもりだった仕事ができていないのに、寝坊してしまった。まずい。妻に、娘を園に連れていってもらい、そのあとの洗濯や食器洗いなどもすべてお願いして、僕はテープ起こしとコピー制作に集中。お昼すぎ、どうにかこうにかアップし、デザイナーにコピーをメール。実は娘だけでなく、妻も僕も今週はじめからずっと風邪をひいている。そのせいかわからないが、このところ、頭がずっとボーッとしている。禁煙をはじめて二週間経つが、もしかしたらこれが煙草の禁断症状かもしれない。娘は保育園でも家でも、幼児用のハサミを使って、折り込みチラシや色紙を切ることに凝っている。 
 
9月7日(金) 「HTMLがわからない」 
風邪のため、今週は一度もスポーツクラブに行けなかった。せっかく痩せはじめていたのに、これでは逆戻りだ。来週は、また通 わねば。夕方、保育園から戻った娘と近所を散歩。家のすぐ裏で、ビーグル犬のモモちゃんを連れているおじさんと会う。娘はモモちゃんが大好きなので、路上で三十分ほど遊んでいただいた。モモちゃんをなでたり、モモちゃんに舐められたりしながら、娘はキャッキャ、キャッキャ大喜びしている。夕食後、あらためて外出。娘を抱っこして、下北沢北口のツクモ電機をのぞく。このところ、自分のホームページを進めようと時間を割いているが、思ったようにうまくできない。あぁ、HTMLについてちゃんと把握したい。 
 
9月8日(土) 「いやしき人間」 

朝、近くの内科へ娘を連れて行ったあと、保育園へ預ける。土曜日は子供を休ませる家庭も多いが、きょうはやらなければならないことがあるのだ。仕事があり、僕ら夫婦の体調も今ひとつなので、「母と子のスイミング」をお休みにする。はやく風邪を治さなくちゃ。病気をすると、健康でさえいれば他になにもいらない、という気になる。いざ元気になると、さまざまな欲が出てきちゃうんだけどね。人間はいやしい生き物だ。 

 

第66回 2001年9月6日

8月26日(日) カズからの相談 
目黒区にお住まいのグラフィックデザイナー中村光宏さん一家と会う。東急目黒線武蔵小山駅の改札で中村さんと待ち合わせたあと、林試の森(りんしのもり)という名の公園へ移動し、草の上で昼食をとる。武蔵小山駅前の商店街で買った総菜もおいしかったが、中村さんの奥さんがつくってくれた玉 子焼きとおにぎりは格別。野外でのランチって、なんておいしいんだろう。中村さんちの長男・隼太郎くんは小さなサッカーボールを何度も蹴り、うちの娘・はなはシャボン玉 を飛ばし、僕と中村さんはフリスビーで汗だく。中村さんは、愛息のシュンくんのことを「コヤジ」と呼んでいた。小さなおやじの意味とのこと。奥さんは、むちゃくちゃ汗っかきのシュンくんを「部長っぽい」と表現。なぜだかわからないが、社長じゃなくて、部長というのがなんとなくリアルだ。夜中、僕は恐い夢を見て、飛び起きた。ただ、どんな夢だったかはまったく思い出せない。台所で水を飲んでから寝直すと今度は、プロサッカーのカズ選手が夢に登場。僕にかかったきた内線電話をとると、「ヴェルディを強くしたいから、知恵を貸してくれ」と、カズの声。その瞬間は疑問に思わなかったが、よく考えたら、カズ選手は今、ヴェルディじゃなくてヴィッセル神戸に所属。なにかを象徴する夢なんだろうか。

8月27日(月) 歌舞伎町へは長いこと行っていない  

先週の火曜日以来となる水泳をしてあと、下北沢南口の路上でコバさんと遭遇。コバさんは、妻と娘の髪をカットしてくださっている女性。お昼をご一緒しましょう、という話になり、近くの韓国料理店で食べながらおしゃべり。そのうち、なぜか、苦手な場所についての会話になった。コバさんは「歌舞伎町へ行くと、モノノケの気配がする」といっていた。たしかにそうかもしれない。

8月28日(火) 田中幸雄の表札
芦花公園駅から徒歩五分ほどの世田谷文学館で、「村上康成 絵本の世界展」を見る。実際に絵本をつくる前に試しにつくった縮小ダミーが見られたのは良かった。プロの絵本作家として長いキャリアを持つ村上さんでさえ、一冊一冊を出すまでにかなりの試行錯誤をなさっている。そんな過程をかいま見ることができるのが、こういった展覧会の魅力のひとつだ。話が前後するが、京王線で二種類の記念パスネット(東京周辺のたいていの私鉄で使える共通 乗車カード)を販売中、というポスターを見た。ひとつが『What's Michael?』、もう一方が『ヤング島耕作』。どちらも人気マンガのキャラクターをモチーフにしたものだが、きょう確認した駅はどこも前者のパスネットカードの写 真に「売り切れシール」が貼られていた。小林まことさん作のあのマンガが今、こんなにも支持されているとは。というより、『ヤング島耕作』はあまり人気がないのかな。それはそうと、昼食に寄った「芦花庵」という、おそば屋さんは当たり。僕も妻も、 ミニ親子丼+冷やしたぬきうどんのセット(950円)を頼んだのだが、わるくない組み合わせだった。天かすは胸やけしない良質なもので、どんぶりのだしは適度な甘辛さ。展覧会の帰り、通 りがかったスーパーマーケット「サミット」の隣にあった、鍵と表札のお店の前を通 ったとき、思わず笑ってしまった。「田中幸雄」という表札がサンプルとして飾られていたのである。店主は、日本ハムファイターズのファンだろうか。それとも、あの選手と同姓同名なのは、たんなる偶然? なぜ田中幸雄なのか、帰宅してからも気になるくらいなら、お店の人に聞けば良かった。夜、時間があったので「ホワッツマイケル」と入力してインターネットで検索するうち、名曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」を歌ったリズム&ブルースシンガー、マーヴィン・ゲイの情報にぶち当たった。牧師の息子として生まれたマーヴィンは、ロサンゼルスで父親に射殺されたという。あまりに気の毒な最期だ。

8月29日(水) 反省の日々
毎日、朝起きるとなんでもできそうな気がして、寝る前になにもできなかった自分を反省する。このところ、そんな繰り返しだ。いかん、いかん。午前中、スポーツクラブで、休み休み440メートル泳ぐ。トレーニング後、体重66.95kg。まだまだ太り気味だが、昨日より少しだけ減っている。夜、吉田保さんを誘い、「でこ助」で呑む。娘も妻もいっしょだったので、九時半くらいに店をあとにした。吉田さんさんが知人から聞いた話によると、「保釈金を積めば早く出られる」ことを日本の警察はなかなか教えてくれないらしい。稲垣吾郎さんは、いくら積んだのだろう。

8月30日(木) 僕のクラブ活動
昨夜は生ビールをたくさん呑んだので、スポーツクラブでいつも以上に汗を流す。まず、平均時速9kmで30分間ジョギング。3.6kmか3.7kmくらい走ったかな。で、そのあと、プールで200m泳ぎ、サウナに5分ずつ、計2回。これで、66.20kgだった。まだまだ多いが、66kg台の前半は長いことなかったので、ちょっとうれしい。数字は、僕をやる気にさせてくれる。その帰り道、女優の藤谷文子さん(スティーブン・セガール氏のお嬢さん)をヴィレッジヴァンガードの前で見かけた。

8月31日(金) ライブを見ながらの生ビールはたまらん
朝から雨。娘はくしゃみを連発し、鼻水も少し出ている。娘は「はな、はな」という。これは自分の名を呼んでいるのはなく、鼻をかんでくれ、といっている。スポーツクラブではウォーミングアップのストレッチをし、30分走って3.8km。時速はMAX9.2km。そのあと、クールダウンのストレッチ。サウナ5分、平泳ぎで200m、サウナ5分、平泳ぎで200m、サウナ5分。シャワーを浴びたあと体重を計ると66.05kg。休まずに200m泳げるようになった。僕が通 うスポーツクラブのプールは縦が20mしかないので、200m泳ぐのに、5往復もしなくちゃならない。夕方、保育園から連れ帰った娘と妻とともに、山下公園そばの神奈川県民ギャラリーへ。小沢剛さんの現代美術プロジェクト「トンチキハウス」がらみのイベントを見る。具体的には、知人の松蔭浩之さんと宇治野宗輝さんのロックユニット「ゴージャラス」のライブ。松蔭さんと仲のいい、明和電機の元社長・土佐正道さんとちょっと話した。ライブ後、近くのジョナサンで軽く食事をし、TOTOに勤める米さんに下北沢まで車で送ってもらった。

9月1日(土) ナイトゲームは懲り懲り
下北沢はきょうと明日、代沢八幡神社のお祭り。だが、「母と子のスイミング」の初日なので、娘を連れて、新代田のスイミングスクールへ。僕が娘を抱っこしてプールに入ったのだが、前の体験クラスのときより、娘のテンションが低いのでがっかり。もっと喜んでくれると思ったのに。家に戻ったあと、祭りの音以外に騒がしい感じだったので、妻が窓から顔を出すと、キダ・タローさん、今田耕司さん、極楽とんぼのお二人がすぐ目の前を通 り過ぎていったという。夜、月島グラウンドで草野球のナイトゲーム。鳥目の僕はエラーを三つもしてしまい、試合もなんと20対0くらい(正確には覚えていない)の大敗を喫してしまった。やっぱり、ナイターは嫌いだ。僕は夜間試合に勝ったことがない。防災の日のきょう未明、歌舞伎町の雑居ビルで44人の死者を出す火災があった。

 

第65回 2001年8月29日

8月19日(日) 「リサの原画が見たくて」 
妻と娘とともに、代々木八幡の美容院へ。妻と娘が髪をカットしたあと(娘はサービスで切ってもらっている)、恵比寿ガーデンプレイスへ。ガーデンホールでやっていた絵本カーニバルをのぞく。「リサとガスパール」シリーズ絵本の原画を見ることができたのは、大きな収穫。出版物にくらべ、原画のほうが明らかに発色が良かった。

8月20日(月) 「フッ素はいかが」
  
歯科医を訪れ、歯にフッ素を塗布してもらう。フッ素を歯の表面に塗ると、虫歯になりにくくなるようだ。ヤフーのトピックスで、いしだ壱成さんが大麻所持で逮捕されたことを知る。有名人が大麻で捕まるのは、ひさしぶりかな。

8月21日(火) 「台風のなか、自転車を担ぐ男」
未明から、台風11号の影響で雨。午後、出田(いずた)がバッグに入ったマウンテンバイクを担いでやってきた。大雨が止むまで、うちの玄関脇に置かせてほしいという。コーヒーをすすめ、少しおしゃべりをする。

8月22日(水) 「滋賀県に優勝してもらいたかった」
型抜きスポンジに、キリンやペンギンやブタやワニのフォルムにつくられたスポンジをはめ込む、パズルのような玩具があるのだが、ここ二、三日で急に、娘がそれをこなせるようになった。それまでは、自分ではめられなかったのだが、どうやらコツを覚えたらしい。高校野球は、日大三高(西東京)が近江高校(滋賀県)を5対2で敗り、優勝を果 たした。近江が先に点をとってくれると、もっとおもしろい展開になったんだけどな。爆発力のある日大三高の打線が火を吹くのは、前評判通 りでいまいち楽しめなかった。甲子園では決勝戦が行われたのに、東京ドームの巨人戦は台風の影響で中止になったようだ。電車が止まって、お客さんが来られなくなったのだろう、たぶん。

8月23日(木) 「俳優と投手」
テレビでニューヨーク・メッツ対コロラド・ロッキーズ戦を見た。終盤に登場した、ロッキーズのサウスポー投手は、なんとマイク・マイヤーズという名前。左のアンダースローというのは珍しく、かなり打ちにくそうな球を投げる男だ。この男が出てきてマウンドで投球練習をしていたとき、球場では聞き覚えのある音楽が流れていた。映画『オースティン・パワーズ』で使われていたものだった。おそらく、主演俳優のマイク・マイヤーズとこの投手が同姓同名だという理由だけで、この曲を選んだのだろう。ふざけているけど、おもしろい。昼前、妻と外出し、日本橋へ。高島屋の地下大食堂でお昼をすませ、向かいの丸善へ。洋書を何冊かチェックし、イベント会場でたまたま売っていたスクラブルゲームを購入。数カ月前から探していた玩具なので、うれしくなった。丸善を出たあと、隣のベックスコーヒーショップでコーヒーを飲んでから帰宅した。

8月24日(金) 「踊る阿呆を見るのも、こわい」
ベースステーションという名の、パソコン周辺機器が壊れたのでツクモで買い換える。夕方、娘を迎えに行ったあと、下北沢北口で阿波おどりを見る。娘は喜んでくれるかなと期待していたが、阿波おどりの太鼓と笛の音に驚いている様子。娘を抱っこしたまま、しばらく見ていたら、今度は「こわい、こわい」といいだしてしまった。阿波おどりとは無関係だが、思うところあって禁煙開始。

8月25日(土) 「また芸能人が捕まった」

午前3時47分、目が覚めたのでネット上をあちこち見ていたら、ヤフーのトピックスで「SMAP稲垣吾郎容疑者を逮捕」という見出しを発見。見出しをクリックすると、下記の文章が現れた。

注目の記事
    SMAP稲垣吾郎容疑者を逮捕
    警視庁渋谷署は24日、人気アイドルグループ「SMAP」のメンバー、稲垣吾郎容疑者(27)を公務執  行妨害、道路交通 法違反の現行犯で逮捕した。 [記事全文]

さらに、 [記事全文]という部分をクリックすると、こんな文面が登場した。

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初めて目にする文章だった。所属事務所が圧力をかけたのだろうか。単なる推測だが、ついつい、そんなふうに想像してしまう。それより、「もしかして大麻かも」と思った人が少なくないかもしれない。いしだ壱成さんの、直後だし。
稲垣がらみの話はおしまい。夕方、表参道のクッキングスタジオへ家族で行く。七年ぶりくらいでお会いした、中村晶子さんにパエリアやポテトグラタン、ナスと挽肉の料理、白ワインなどをごちそうしていただく。当たり前だけど、おいしいものを食べると幸福を感じますね、ほんと。

 

第64回 2001年8月21日

8月12日(日) 岩井俊雄さんは恐い!? 
昨日の夕方から雨が降り続いている。昼頃に止んだが、空はどんより曇っている。午後、ラフォーレ原宿で行われている岩井俊雄さんの展覧会『PHOTON』を見に行った。会場で、手のひらに乗るくらいの大きさの金属製の円盤のようなものを持たされ、その表面 に点滅する光を当てると、さまざまな音がヘッドホンから聴こえてくるという作品があった。それを娘にも体験させてみようと思い、ヘッドフォンを装着し、テクノビートのような音を聴かせると、おもしろがるどころか嫌がってしまった。「こわい、こわい」を連発し、眉をヘの字にして、困ったような不快そうな表情に。僕はユニークな展覧会だと感じたが、娘の反応は厳しいものだった。

8月13日(月) がんばれ、カンセコ  
きょうは新聞の休刊日だが、まったく腹が立つ。ジャーナリズムうんぬん、報道の義務がどうのこうのという前に、まず休刊日を廃止してもらいたい。伝えるべきことは毎日あるはずなのに、報道媒体がお休みするとはないごとか。以前、英会話を教わっていたマリ・ロサさんは「海外には新聞の休刊日はない」といい、怒っていた。新聞大好きのわが妻は、休刊日になると悲しそうな顔をし、前日の新聞を読み返したりしている。それはともかく、シアトル・マリナーズ対シカゴ・ホワイトソックス戦をテレビで見ていたら、打席に立つホセ・カンセコ選手が映っていた。カンセコといえば、かつては40・40(フォーティー・フォーティー。1シーズンに本塁打40本、盗塁40本を同一選手が記録すること)を達成し、たしか1980年代の10年間を通 しての最優秀選手になったはず。そんなスタープレイヤーなのだが、妻は「とうが立った選手でしょ」とあっさり切り捨て。なんと失礼な意見をとも思ったが、往年の輝きは感じられない。何回だったか、ネクストバッターズサークルで素振りをするイチロー選手の後ろにビル・ゲイツさんがいた。アナウンサーの話では、彼の経営する会社がシアトルにあるらしい。夕方、ヤフーのトピックスで、小泉首相が靖国神社参拝をすませたことを知る。いつの間に、という感じだ。中国や韓国に配慮して、終戦記念日の参拝を前倒しにしたらしいが、十五日に行くと見せかけておいて、フェイントで二日前に行ったんじゃないのか。ずるいやり方だ。十五日に参拝した石原慎太郎東京都知事は、前倒し参拝を行った小泉首相の対して、「中国や韓国に気を遣い、二で割ったような中途半端な参拝は、失うものはあっても得るものは何もない」と厳しく批判していた。夜、NHK教育テレビで『スチーブン・スピルバーグ 自らを語る』という番組をやっていて、これがなかなか興味深かった。新聞の番組欄ではスチーブンと表記されていたが、僕はスティーブンのほうが好きだ。

8月14日(火) ベースボール・ヤキュウ・ドット・コム
ひさしぶりの真夏日といった感じ。スポーツクラブで、昨日より少しだけ長い距離を泳ぐ。といっても、水泳が達者な人からみれば、たいした距離じゃないけど。先週、広尾町で起きた幼児殺傷事件のことを書いたが、 ワイドショー番組などのスタッフがおおぜい集まり、町の人間は迷惑しているらしい。ある住民が報道陣に対し、「あなたがたの取材に迷惑している」と発言したところ、「我々には報道の義務があるんだ」と逆ギレされたらしい。自分たちの都合の良いように「義務」という言葉を使っている。これも人づてに聞いた話だが、自分の見つけたネタがワイドショー番組で実際に取り上げられた場合、一件に付き百万円の報酬がその人間の手に入るらしい。朝日新聞の夕刊で「揺さぶられっこ症候群」のことを知った。赤ん坊は首の筋肉が弱いので、揺すられると脳が動き、頭がい骨と脳の間の静脈が切れ、脳内出血や硬膜下血症といった事態をひきおこす可能性がある。視力を失ったり、脳障害が残ったりするほか、最悪の場合は死亡するという。記事を読んで、僕は恐ろしくなると同時に、ホッとした。夜泣きする娘にイライラし、がんがん揺らしてしまったことが、僕もあるからだ。大事に至らなくて良かった。はなちゃん、ごめんね。きょうは、妻に手伝ってもらって、うちのホームページをなんとか立ち上ることができた。といっても、まだトップページだけしかない見切り発車ですが。

8月15日(水) 帰ってきた吉田さん
昼間、スポーツクラブへ行って泳ぐ。夜、書店営業の旅から戻った吉田保さんがわが家に来たので、ビールを出して引きとめ、日が変わるまで呑む。吉田さんの旅行譚は楽しいものだった。

8月16日(木) エノシマ・ビーチ・ドット混ム
小田急の急行に乗って江ノ島へ。乗車時間は、下北沢から片瀬江ノ島まで67分。十数年ぶりに海に浸かり、江ノ島に着いてから電話連絡をした小沢宏次さんがビーチに来てくれた。鵠沼海岸に住む小沢さんと会うのは、五年ぶりくらいだったかな。僕が抱っこして海に浸かると、娘はすごい喜びようだったが、波が顔にかかると、泣き出した。しょっぱい海水に驚いている様子。江ノ島の海は、黒く濁っていた。土はとても細かく、そして黒い。NHK教育テレビの『アンソニー・ホプキンス自らを語る』という番組で、俳優のアンソニー・ホプキンスいわく「相手のセリフを聞いて、自分もセリフを発する。演じることは、テニスの試合のようなものだ」「聞くことが大切だ。いい俳優は、いい耳を持っている」などと語っていた。僕も仕事でいろいろな俳優に、演技について伺ったことがある。いつも取材時間が短く、納得いくまで話せないのだが、今度はもっと突っ込んだ話をぶつけてみようと思った。同チャンネルの『視点・論点』では、中条省平さんが「小説を読むことこそが、小説を書く出発点である」と話していた。

8月17日(金) 4人じゃ、バスケだってできやしない
高校野球の第二試合、近江高校(滋賀県)に敗れた塚原青雲高校(長野県)は野球部員が17人いて、この大会後に三年生が辞めると、残りは一年生4人だけになってしまうらしい。僕の地元ではないが、この野球部が存続してほしい、という気になった。妻の弟、治くんはきょう、北海道で開催される通 称エゾロック(正式名称はRising Sun Rock Festival 2001 in Ezo)といわれる野外音楽イベントに行っているらしい。

8月18日(土) おいしい焼鳥屋なのに
横浜美術館で奈良美智展を見る。奈良さんの作品は、前に東京都現代美術館で見たことがあったが、まとまって目にするのは初めて。かわいくて、ちょっとこわくて、想像以上に完成度が高かった。個人的な意見だが、平面 的な絵画より、立体的な作品のほうがおもしろかった。美術館のロビーで偶然、栗原正己さんとイトケンさんが演奏をされていた。いい意味で眠気を誘うような、心地のよい音だった。帰宅後、吉田保さんから電話があり、「でこ助」が今月いっぱいで閉店することになったと聞いて驚く。夜九時過ぎから、でこ助で吉田さんと呑んだが、店長の小林さんとはあまりしゃべれなかった。小林さんの様子が気になって顔を出したつもりだったのに、本人を前にすると、なんと声をかければいいのか分からなくなってしまった。そういう僕も、娘の誕生以来、足が遠のいていたし、売り上げに貢献したとはいえない。

 

第63回 2001年8月15日

8月5日(日) 「バズーカ利根川がいた」 
ひさしぶりにPATで馬券購入。といっても、インターネットで見つけたシェアウェアのお試し版を用いての投票なので、限度額はなんと百円。PowerBookG4の赤外線ポートを使い、ノキアの携帯電話から新潟競馬場11レース「関屋記念」馬連1-3を買ったみたものの結果 は3-4。昼間、家族で井の頭公園へ行き、シャボン玉をしたり、池でサイクルボート(足でペダルを漕ぐボート)に乗ったりして遊ぶ。公園のベンチで弁当を食べていたとき、隣に座っていたのは、火曜サスペンス劇場かなにかで見たことのある女優さんだった。夕方になり、東急百貨店地下のFoodShowで食材を物色していたら、買い物中の俳優の渡辺哲さんを目撃。NHKの連続テレビ小説『私の青空』でバズーカ利根川を演じていた男性だ。あのドラマではボクシングジムの会長という役だったが、実物も立派な体格。町を歩いていても、なめられない雰囲気があった。

8月6日(月) 「totoは予想より売れていないようだが」  
近くのスポーツ用品店マリオの前に、totoの看板が置かれていた。店員に聞くと、マリオで買えるようになったばかりだという。僕は毎回、totoをやっているわけではないが、すぐそばで買えるようになったのはありがたい。娘は、おまるでおしっこができるようになってきた。といっても、成功するのはときどきで、床にジャーッとやってしまうことがまだまだ多いけど。昨日試したシェアウェアを購入することにし、ベクター・レジ・サービスという会社に申し込む。しばらくして、ソフトを制作した黒谷勝さんからメールをいただいた。NHK教育の『英語であそぼ』という番組に出てくる、緑色の体毛を持つ変な生き物JBが、娘は大好きで、番組を録ったビデオを何度見ても飽きない。

8月7日(火) 「気合を入れ合う書き込み」
ミンミンゼミがやけにうるさい。ようやく、ここまで夏セミ前線が来たか。大阪・高槻市では、僕が帰省した七月二十日ごろにものすごくうるさかった。半月以上たって、東京までミンミンゼミの鳴き声ピークがやってきたのだろうか。それはともかく、Yahoo!JAPANのトピックスにあった「仮装暴走族、オフ会でリンチ」という見出しに目がとまり、全文を読んでみた。実際は路上を暴走したことのない、ネット上の暴走族という存在もすごいが、記事(毎日新聞)の表現もおもしろかった。特に「メンバーらは、ネット上の専用ホームページで、「夜露死苦(よろしく)」「ハンパなやつは迷惑」などと互いに気合を入れ合う書き込みをして交流。」という部分。うちの妻は、“気合いを入れ合う書き込み”という表現に、かなり受けていた。娘はこのところ、やたら牛乳を飲みたがる。麦茶や水など、牛乳以外の飲み物をあげてもほとんど口にしない。

8月8日(水) 「北海道広尾町の事件」
北海道にある、妻の実家のすぐ近くで、幼児殺傷事件が発生。家族や親戚に被害はなかったが、容疑者は幼い子ども三人を次々に刺し、うち二人が死亡。金を盗もうと二軒隣の家に忍びこんだが、家にいた子どもたちに顔を見られたから殺そうと思い、行動に及んだらしいが、本当に腹立たしい。子どもをなんだと思っているんだ。殺された下の子は二歳というから、うちの娘とほとんど同い年。こんなことをいうのもなんだが、つかまるのがイヤで子どもを刺すくらいなら、自らの命を絶ってくれたほうがまだ良かった。毎日育児をしていると、子どもの命のほうが大人の命より重みがあるような気がしてくる。幼い子が亡くなるくらい、悲しいことはない。僕は何度も訪れたことがあるが、広尾町のようなのどかな町で、あんな事件が起こるとは今でも信じられない。

8月9日(木) 「小かと思ったら大だった」
朝、いっしょにシャワーを浴びていた娘が、急に「でぇたぁ、でぇたぁ」というのでおしっこが出たのかなと思って、足もとに目をやると、なんと大のほうだった。まいったけど、笑った。娘を保育園へ送ったあと、テレビでシアトル・マリナーズの試合を見ていたら、観客席にKONISHIKIさんがいた。大柄な人が多い客席のなかでも、ひときわ目立っていた。昼すぎ、オープンして間もないDeli&CafeD fufuでランチをとる。茶沢通 りに面した全面ガラス窓のスペースで、ジェノバソースのパスタを食べた。味はわるくなかったが、通 りを走る車が店内に飛び込んできそうに思えて、食事中も落ち着かない。車の音もうるさいが、店内BGMもボリュームが大きすぎる。同店に限らず、音楽のうるさいカフェが多いように思う。夕方、麹町の日本テレビへ。秋にスタートする連続ドラマについて、プロデューサーから話をうかがう。

8月10日(金) 「水着事件」
スポーツクラブへ行ったはいいが、ロッカールームでさぁ着替えようと全裸になってから、妻の水着を間違えて持ってきたことに気づく。間抜けすぎる。一瞬、思いきって着てみようかとも思ったが、自分の姿を想像して気持ちわるくなり、諦めて帰宅。家で昼食をすませるころには、泳ぐ気が萎えてしまった。午後、教本を見ながら、ホームページ制作をちょっと進める。夜、四谷三丁目の焼肉「名門」へ。神楽坂にあるデザイン事務所テラの社長やスタッフたちと食事。おいしい肉とビールをごちそうになり、タクシーで帰宅する。家に着いたのは午前二時頃で、もちろん妻も娘も寝ている。僕もすぐに爆睡。僕はめったに焼肉を食べに行かないので通 とはいえないが、名門の肉はどれもこれも絶品だった。

8月11日(土) 「初めての屋外プール」
家族三人で、向ケ丘遊園プールへ。屋外にあるレジャー・プールに僕が入るのは、中学生以来だろうか。思っていたより水温が低かったものの、娘は生まれて初めての屋外プール体験にかなり興奮。「もっと、もっと」と娘はプール遊びを続けたそうだったが、ぶるぶる震え、唇が紫色になりかけているのを見て、一時間ほどで切り上げた。まだ帰りたくない娘は不満げで、さんざん駄 々をこねていた。午後、下北沢に戻ってきて家まで歩く途中、松尾スズキさんとすれ違った。松尾さんは乗ってきた自転車を、餃子の王将のそばの道路脇に置かれるところだった。

 

第62回 2001年8月7日

7月29日(日) 「モモとはな」 
朝、参院選の投票へ。途中、近所のおじさんがボールを転がして、ビーグル犬のモモちゃんに取ってこさせる遊びをしていたので、あいさつをしたあと、しばらく見学。うちの娘「はな」がモモちゃんに大いに興味を示して近づくと、モモちゃんはモモちゃんで、はなが持っていた小犬のぬ いぐるみが気になって寄ってきた。そのため、はなは大喜び。モモちゃんとはな、お互いに興奮しまくっていた。昼間、吉祥寺の東京都井の頭自然文化園へ。動物園と植物園をあわせたようなその園には、モルモットにさわれるコーナーがあり、娘が気に入ると思ったら、意外と「おそるおそる」ふれてみるという感じで夜、フリースタイルBBSを見ると、ゆかさんという方からの『オオクラさんの「はなちゃんといっしょ」の文の中に、自分がアルバイトしているお店が出てきてびっくりしました』という書き込みがあり、こっちもびっくり。ゆかさんへのレスを書き込んでおいた。

7月30日(月) 「名作はやっぱり名作なんですね」  
このホームページでの、小森収さんの連載「この人に聞きたい!」を読む。小森さんも三谷幸喜さんも楽しそう。お二人の対談のなかに『スティング』『大脱走』が登場していた。映画通 とはいえない僕でも、名作・傑作といわれるこの二本は見たことはある。対談を読むうちに、改めて鑑賞してみたくなってきた。

7月31日(火) 「TETSUYAと鉄矢」
朝日新聞を読んでいて知ったが、ドリアン助川さんがTETSUYAに改名していたとは。おそらく、本名がテツヤなのでしょう。そういえば、TETSUYAさんは金髪先生ともいわれていますが、金八先生を演じているのは武田鉄矢(てつや)さん。なんか、おもしろいですね。夜、吉田健くんに誘われ、渋谷BEAMビルに本日オープンするJ-POP CAFEへ。そこの店舗設計をしたのは、大学時代の後輩の鈴木克典くん。店でかかっている音楽は店名どおりJ-POPなのだが、内装は二、三十年前にイメージした近未来(いや、時代的にはもっと前かな)という感じでなかなかユニークなものだった。先日ビデオを借りて見た、映画『猿の惑星』の第一作目や『バーバレラ』といったSF映画を思い出した。

8月1日(水) 「代官山でランチビール、って柄じゃないけど」
妻といっしょに自転車で代官山へ出向き、佐藤チカコさんとモンスーンカフェで昼食。チカコさんも僕らもビール好きなので、食事のあいだにピッチャー三杯も飲み干してしまった。チカコさんは明後日、日本を発ち、ハワイのマウイ島へ移住される。今後は、しばらく会えないだろう。ところで、ヤフーニュースを見ていたら、小泉首相の息子さんが芸能界入りすることになったらしい。どの芸能プロダクションと契約したのだろう。夕方、絵本を何冊も出されたことがあるHさんに、妻と僕とで思いついた絵本の企画を伝え、プロなりの意見を伺う。

8月2日(木) 「ダメだこりゃ」
スポーツクラブ通いを復活。そこの血圧計の名前は、Super UDEX。筒状の部分に右腕をぐいっと突っ込むと、上腕部が締め付けられ、最高・最低血圧、脈拍を測定されるのですが、スーパー・ウデックスって、ちょっとマヌケだけど憎めないネーミングですよね。クラブのロビーにあったスポーツ新聞で見たんだけど、小泉首相の息子さんの孝太郎さんはイザワ・オフィス所属するらしい。イザワ・オフィスといえば、ドリフがいる事務所じゃないですか。ちょっと前までは、小泉といえば今日子だったと思うけど、これからは純一郎&孝太郎になるんだろうか。それはともかく、阪神・野村監督の来季続投が決まった。今年も順位 は良くないが、若い選手が育ってきているし、桧山選手の打撃だって、このところ好調。来シーズンも野村克也さんが指揮してくれるのは、僕としては歓迎だ。保育園での娘はきょうから、午前中をパンツで過ごすことになった(今までは布おむつ)。

8月3日(金) 「発熱」

朝から体中が痛い。昨日ひさしぶりにスポーツクラブで泳いだからかな。平泳ぎで200メートルこなした(しかも、いっきにではなく、休み休み)くらいで筋肉痛になるのは、僕くらいかもしれない。と思っていたが、夕方になっても体のだるさや痛みが変わらず、試しに体温を計ってみたら39.2度もあった。熱が高いのを数値で確認すると、余計にしんどくなってくるから不思議だ。計測後、冷蔵庫にストックしてあった座薬を用い、寝室で横になる。座薬が効き、いったんは37度代まで熱が下がる。

8月4日(土) 「エキサイティング・スイミング!」

朝、食事を済ませると、近くの診療所へ。のどの奥ががかなり腫れている、というより膿んでいる(ええーっ!?)と先生にいわれる。注射を打ってもらえなかったのが残念。昼間、娘をプールに連れていく妻に、ひいひいいながらついていった。隣の駅前にあるスイミングクラブで親子水泳教室みたいなことをやっていて、そのクラスを無料体験してきたのだ。僕は見学スペースから見ていたのだが、娘は水をいやがるどころか、初めて大きなプールで遊んで、異常に興奮していた。外出もしてしまったし、夜になるとまた熱が上がるのではと心配していたが、案の定、38.2度まで上昇。昨夜より1度低いが、それでもふだん35度代の僕にとって、十分すぎる高熱。全身がだるくて、活字の本を見る気になれず、手元にありながらずっと読んでいなかった野球マンガ『実録たかされ』を読む。ふらふらになりながらも、高校時代の江川卓さんの怪物投手ぶりに感心する。

 

第61回 2001年7月30日

7月22日(日) 「大人のまち、京都」 
朝、実家で携帯電話を確認すると吉田保さんから、着信あり。すぐに連絡をとり、夜、京都で食事することにした。吉田さんが「片岡義男さんに連れて行ってもらった店が百万遍あるので」といい、そこにしようかと思ったが、電話するとお休みだったため、先斗町の串揚げ屋へ。川床を初体験できたが、わが娘「はな」がじっと座っていられず、ちょろちょろしはじめると、店員の態度が冷たくなったので、食事も適当に勘定を済ませる。周辺の店は子連れだと入れてくれなかったので、串揚げ屋に決めたのだったが、結局は迷惑がられてしまった。落ち着いて楽しめず、吉田さんに申し訳なかった。その後、ドトールコーヒーで少しおしゃべりをしたが、娘は店内を動きまわり、店員にも怒られないので上機嫌だった。川床よりドトールのほうが百倍楽しいみたいだった。

(海の日の追記)東京から京都まで乗った新幹線ひかり。同じ号車にグラフィックデザイナーで漫画家でもある知人、小田島等くんも乗っていた。しょっちゅう会うわけでないけど、彼も僕らと同様、下北沢を生活と仕事の拠点にしている。

7月23日(月) 「蝉は夏らしいが、暑い」 

午後一時すぎ、京都駅からひかりに乗り、夕方に下北沢へ戻ってきた。帰ってきてもやっぱり暑い。ただ、僕の実家のまわりにくらべて、ミンミン蝉の声が静か。大阪・高槻は、蝉がめちゃくちゃうるさく、耳からも暑かった。

7月24日(火) 「お好きなだけどうぞ」
午前中、妻の実家から夕張メロンが宅配便で届いた。その箱のなかに入っていたチラシに使われていたキャッチコピーがおかしい。「お好きなだけどうぞ」というものなのだ。お好きなだけ、って言われても、夕張メロンは高価だ(と思う)から、好きなだけ食べられないよ。

7月25日(水) 「はすみフィルター」
ヤフーのサーチエンジンに「はすみしげひこ」と入力して検索してみたら、「はすみフィルター」なるものについてのサイトが見つかった。なんでも、あらゆる文章を蓮実重彦調の文体に変換するソフトウェアがあるらしい。バカバカしくてて笑ってしまった。近所に住む笹山さんに渡したいものがあるからと、妻が電話したところ、帰宅途中にわが家に寄ってくれることに。夜、ビールを飲みながら笹山さんといろいろ話す。笹山さんがいるあいだ、娘はずっと上機嫌だった。わが娘は、人間がひとりでも多いほうが好きみたいだ。

7月26日(木) 「満腹寿司で満足」
吉田保さんに教えてもらった、東北沢駅前の満腹寿司で妻とランチ。角地に建っていて、二面 がガラス張り、立ち食い屋のような造りの店構えだが、なかなかの美味。勘定のあと、「おいしかったです」と礼をいうと、板前さんがうれしそうにしたので、こっちまでうれしくなってしまった。夕方、娘を連れて保育園を出たところで、Seagull Screaming Kiss Her Kiss Herの日暮愛葉さんとばったり会い、その場で少し雑談。愛葉さんも娘さんを連れていて、実家に戻られる途中だった。夜八時半、妻の旧友、山本磨稚子さんがわが家に来訪。磨稚子さんのだんなさんは、ちょっと前からエンターテイメント情報誌『ウィークリーオリコン』の副編集長を務めているらしく、毎日帰りが遅いようだ。不景気とはいえ、というべきか、不景気だからというべきか、三十代の知人には、連日遅くまで働いている者が多い。

7月27日(金) 「おしっこ出た、出た」
やっぱり、学資保険くらい入っておかなきゃいかんかな、と突然思いたち、近くの郵便局へ資料をもらいに行く。窓口でていねいに説明していただいたが、即決はできない。このところ、娘が「おしっこ出た、おしっこ出た」と頻繁に口にする。本当におしっこが出る前にいってくれることもあるが、出したあとのほうが多い。実際はおしっこをしたくないのに、おむつを取ってもらいたくて、僕らにアピールしてくる場合も多々ある。「おしっこ出た」といえば、この暑苦しくてうっとおしい紙おむつを取ってえらえるはずだわ、と思っているようだ。子供は知恵をつけるのが、本当に早い。

7月28日(土) 「君は三谷さんを見たか」
多摩川の河川敷で草野球の試合をしたが、十対六で敗戦。その間、下北沢界隈に残っていた妻は、スポーツ店のマリオの前で三谷幸喜さんを見かけたらしい。僕は下北沢に限らず、生・三谷さんを見たことがないので、ちょっと羨ましい。当てずっぽうだが、三谷さんは、本多劇場で公演中の劇団岸野組『まだ見ぬ 幸せ』を見に来られたのではなかろうか。三谷作品の常連、女優の戸田恵子さんが出演されているし。夕方、駅前のグルメシティの地階へ降りたとき、女優の小島聖さんとすれ違う。夜、妻と娘が寝たあと、参院選の投票のため、インターネットでいろいろ調べる。あるホームページを見ていたら、「大橋純子さんは、大橋巨泉さんの末妹」といったことが書いてあった。歌手の、あの大橋純子さんのことだろうか。だとしたら、僕は初耳だ。

 

第60回 2001年7月27日

7月15日(日) 「忘れっぽい私」
書き忘れていた。昨日は、明大前の産婦人科病院へ、知り合い夫婦の赤ん坊を見に行っていたのだ。その夫婦は、奥さんが日本人、だんなさんがアメリカ人。そのためか、生まれたばかりの男の子の鼻が高くてびっくり。病院からの帰り、下北沢の駅でまたもや蓮實重彦さんをお見かけした。蓮實さんはユニクロの紙袋をお持ちになっていた。と、ここまでが昨日ぶん。で、きょうはクレヨンハウスへ行き、絵本を何冊か購入。その後、都の児童会館へ。児童会館の図書室は絵本が充実していて、特にスタンダードな名作がわりと揃っているようだった。また、四階くらいのテラスにすべり台があり、はなは「何度も登ってはすべり」を繰り返していた。音楽室では、十人近い子供たちがピアノや鉄琴、木琴やドラムなどを思い思いに鳴らし、まるで前衛音楽のグループ。チェーンソーやドラム缶 、工事機材などを使って轟音を出すノイバウテンでさえ、もう少し協調性があると思う。大人だったら、多少は他人の音に合わそうとしてしまうところだが、子どもたちはそれぞれが自分だけの音の世界に入っていた。

7月16日(月) 「ようやく、顔があった」 
 レンタルビデオ店で『顔』『猿の惑星』を借りる。『顔』は、二カ月くらい前からビデオ屋でチェックしていたのに、いつも「貸し出し中」だった一本。先週金曜日の僕に続き、今宵は、妻が本多劇場で『マシーン日記』を観劇する番。妻が外出しているあいだ、娘とシャワーを浴びたり、布団の上で遊んだりしていたが、八時四十五分くらいになって、娘が「おちゃあちゃん(お母ちゃん)、おちゃあちゃん」とぐずりはじめ、仕方なく、本多劇場まで妻を迎えに行く。劇場下の階段のところで妻と会え、だっこしていたはなをパス。娘があまりにもうれしそうで、父親としてはちょっとがっかり。会社勤めのお父さんがたに比べると、娘と接しているほうだと思うが、それでもやっぱり妻には勝てない。

7月17日(火) 「新しい本について考える」
新しい本の企画を考えつき、コピーライターの大先輩HさんにEメール。送信してから、良い返事が来るかどうか不安になる。メールでなく、電話にすべきだったかもしれない。
7月18日(水) 「実家へ戻ることにした」
朝、急に大阪へ帰省することに決め、新幹線の切符を買いにJTBへ行く。その後、いまだ東京に残っていた吉田さんを誘って昼食。フリースタイルの書店営業の旅について、順路などをあらためて伺う。吉田さんは食事のあと、いったん自宅に戻ってから、まず富山の実家へ向かうという。わが家が大阪に移動するのは、明後日だ。

7月19日(木) 「パットンとリットン」
『顔』と『猿の惑星(Planet of the Apes)』を見た。前者は、藤山直美さんはもちろん、岸辺一徳さんも佐藤浩市さんも豊川悦司さんもそれぞれにいい味を出していた。特に印象に残ったのは、藤山さんをレイプする中村勘九郎さん。こんな労働者おるおる、という感じでなかなかの雰囲気だった。後者は、小さい頃にテレビで見たことがあるはずだが、あまり覚えていなかった。ただ、あの猿たちの顔のメイクは、やはりすごい。1968年にあれだけの映像をつくりあげたというのは、本当に驚異だ。監督のフランクリン・J・シャフナーさんは『パットン大戦車軍団』を撮った人。『パットン大戦車軍団』といえば、ラジカル・ガジベリビンバ・システムのネタで、竹中直人さんがこのシネマ・タイトルをナンセンス・ギャグとして喋っていたのを思い出す。そういえば、「リットン調査団」という、お笑いの二人組がいたなぁ。

7月20日(金) 「山の立場はどうなるんだ」
海の日。山の日もつくってやったらどうか。そんなことはともかく、昼過ぎの新幹線で東京を発ち、京都で東海道本線に乗り換え、大阪府高槻市の実家へ戻る。車中で、隣の席に座った保健婦さんが、親切なうえ、子ども好きな方で助かった。子連れの旅は、かなり気をつかうので、隣席が子どもにやさしい方だと本当にうれしい。実家で食べる十四カ月ぶりの晩ごはん。兄が家族連れで、米沢牛を持って登場。焼き肉を腹いっぱい食べさせてもらった。うちの両親は、ひさしぶりにはなに会うので興奮気味。実家にいると、つねに誰かは自分のほうを見てくれるので、はなはすごく機嫌がいい。なにしろ、わが娘の口癖は「み〜て〜、み〜て〜」。いつも注目されていたいたちなのだ。

7月21日(土) 「祖母の名人芸」
兄の車に乗せてもらい、大阪・守口市の親戚宅へ。八十歳を超える祖母のお手玉 芸にびっくり。お手玉を三つ持って、両手で投げながらくるくる回す、よくある芸だが、おばあちゃんが上手にできるとは知らなかった。僕も真似してみたが、まったくできない。親戚 の家では、寿司をごちそうになった。ひさしぶりの帰省だったからか、いつもにもまして、みんなが歓迎してくれた気がする。本当にありがたい。うちの娘は、実家に帰ってから、いつも大勢の人間が囲まれているので、すこぶる機嫌がいい。

 

第59回 2001年7月16日

7月8日(日) 「歩行者天国なのに、大道芸はダメなのか」 
午前中に家を出て、日本橋へ。丸善の洋書バーゲンをのぞく前に、日本橋三越で少し早い昼食。三越を出て丸善へ移動する途中、暑さに耐えきれず、丸善の隣のカフェでお茶をする。そこは、英会話学校のベルリッツがやっているらしい店(インターネットで調べてみたら、ベルリッツでなく、ジェイアール東日本フードビジネスの経営だった)。スターバックスやタリーズコーヒーのようなチェーンのカフェで、価格はドトール並み。ベックスコーヒーショップという店名だった。丸善では映画のシナリオ本『lock,stock & two smoking barrels』や絵本などを購入。帰りがけ、銀座で途中下車し、松屋百貨店の前を通 ると、大道芸人のパフォーマンスに道行く人々が足を止めていた。うちの娘はその男性の芸に対し、「こわい、こわい」を連発しながら、ずっと見入っていた。ちょっとわかりにくい表現だった。大道芸人のまわりに二十人くらいの通 行人が集まり、盛り上がりかけたとき、警官が道路公法違反のチラシを持ってやってきた。すいません終わります、と言って、大道芸人はすぐに荷物をまとめた。 
 
7月9日(月) 「やっぱり、うおしんはうまい」   
保育園へ娘を連れていったとき、部屋のなかに風船があった。それを見て、我が娘は「あおい、あおい」と発声。風船は水色だった。娘が色の名前をしゃべったことなんて、今までにあったかな。夕方、タケちゃんこと吉田健くんが来た。うちも時間の余裕はあったので、夕食に誘う。妻も大丈夫そうだったので、娘を保育園でピックアップ後、近くの「うおしん」へ。ひさしぶりに外で刺身を食べられて満足だった。うおしんを出たあと、妻に娘を寝かしつけてもらい、僕はタケちゃんを誘ってロータスカフェへ。日付が変わるまで、タケちゃんといろいろ語り合った。 
 
7月10日(火) 「ヘルパンギーナって何語?」 
このところ、保育園でヘルパンギーナが流行っている。幼児を中心に空気感染でうつる、夏風邪の一種らしいけど、ヘルパンギーナって、なんだか不思議な響き。いったい何語なんだろう。朝日新聞夕刊の連載『三谷幸喜のありふれた生活』のなかで、先ごろ亡くなったジャック・レモンさんについての思いを語っていた。ジャック・レモンの出演作を僕はたくさん見ているわけではないが、『お熱いのがお好き』『アパートの鍵貸します』『おかしな二人』などはビデオで体験したことがある。女装しようが何をしようが、ジャック・レモンは品があったように思う。演技ではなかなか出せない、生まれながらの「品」を持った俳優さんだったような気がする。 
 
7月11日(水) 「球宴の救援」 
シアトルのセーフコフィールドで行われたメジャーリーグのオールスターゲームをNHKのBSで見る。アメリカン・リーグが四対一でナショナル・リーグを下し、佐々木主浩投手をセーブを記録。イチロー選手はランディ・ジョンソン投手から一塁への内野安打を決め、快速ぶりが発揮でき、それなりに自分らしさは出せたと思う。本当はホームランも打ってほしかったけど、こればっかりは。試合全体の印象としては、豪華なメンバーのわりに地味な内容。夜、フリースタイルの吉田さんが書店営業に行くので、京都市内のおすすめ書店を、劇作家・小説家の宮沢章夫さんにメールで尋ねる。宮沢さんは昨年から、京都造形芸術大学の映像・舞台芸術学科で先生をなさっていて、京都にお住まいなのでご相談したのである。 
 
7月12日(木) 「宮沢さんからの返事」 
起きてすぐメールチェックすると、宮沢章夫さんからの返事が届いていた。宮沢さん作・演出の公演直前なのに、ていねいなアドバイスをいただけ、本当にありがたい。アップルコンピュータから替えのアダプターが到着。僕の愛用機PowerBook G3と同じ型のマシンで、電源ケーブルが発火する事件が起きていたらしく、このところメーカーが交換・回収を行っているのだ。発火事件が多発して、ブリヂストン・ファイヤストンのようになったら大変だ。それはそうとYAHOO!ニュースで、日本のオールスター人気投票における集計ミスの記事を読む。巨人・河原投手は中間発表で2万2319票獲得していたのに、最終発表分はわずか1773票。正しく数え直したところ、2万546票も減少したらしい。 昼間、本多劇場が入っているビルにあるヴィレッジヴァンガードへ寄った際、同ビルのトイレを借りようと思ったら、「従業員専用」と書かれたプラスチックの札が手洗い所のドアに貼られ、鍵がかかっていた。利用者のマナーが悪くてそうなったんだろうが、人一倍トイレが近い僕としては残念な出来事だった。夕食に、全国書店営業の旅に出る吉田さんを招く。たいしたものをふるまえなかったけど、壮行会のつもりだった。吉田さんの営業ツアーを契機に、フリースタイルの応援者が全国に増えることを祈る。 
 

7月13日(金) 「マシーン日記、初体験」 
毎日毎日、なんでこんなに暑いのか。夜、本多劇場でスズキビリーバーズ公演『マシーン日記』(作・演出は松尾スズキさん)を観劇。二枚まとめてチケットがとれなかったので、妻といっしょでなく、僕一人で見た。1996年の初演、1997年の再演ともに見逃していたので、念願がかなった。出演は宝生舞さん(サチコ役)、阿部サダヲさん(ミチオ役)、松尾スズキさん(アキトシ役)、片桐はいりさん(ケイコ役)の四人。宝生さんの舞台は初めて見たが、かなりの熱演ぶり。松尾さん独特の歪んだ世界を、全力で表現されていた。もちろん、ほかの三人も良かった。帰りがけ、中古マンガショップ「ドラマ」の前で、映画監督の山本政志さんと擦れ違った。山本さんの『てなもんやコネクション』『ロビンソンの庭』は、何年も前に見たけど、パワーみなぎるオモロイ映画だった。 

7月14日(土) 「ベリーショートな一家」 
代々木八幡のヘアサロン「ベリーショート」で、妻がカット。妻だけでなく、娘の髪もそこで切ってもらっているので、家族三人でお店へ。僕の役目は、妻が髪をカットしてもらうあいだ、娘の相手をすること。妻も娘もスッキリしたのを見て、ちょっと羨ましくなる。髪の長さでいえば、ベリーショートな順に僕、はなちゃん、妻。結局、きょう切らなかった僕がいちばん短いんだけど。夜、出田がイタリアワインを持ってきてくれたので、「ぼちぼち」でお好み焼きや焼きそばなどをテイクアウトして飲み食いする。楽しい夜だった。別 に、「ワインだからお好み焼きにした」わけじゃないんですけどね。 

 

第58回 2001年7月11日

7月1日(日) 「相談芸術音楽とは」 
インターネットを使って、都内の美術館のスケジュールを調べていたら、外苑前のワタリウム美術館できょうの午後五時から「相談芸術音楽」というイベントがあることを知る。企画・司会は、多少の面 識がある現代美術家の小沢剛さん。参加ミュージシャンは大友良英さん、江藤直子さん、栗原正己さん、イトケンさん。小沢さんが考える相談芸術音楽とは、観客の要望に従って音を作っていく試み。演奏者が聴衆に相談しながら、作曲していくのである。うちの娘は、同会場に設置された「ひみつのチーズのへや」という空間がとても気に入り、そのなかで大はしゃぎしていた。イベント終了後、表参道のレストランで夕食をすませ、下北沢へ。モルティブという店でコーヒー前を買って外に出たら、俳優の中山仁さんと擦れ違った。たしか、きょうまで、中山さんは座長として、「劇」という小屋で舞台をなさっていたはず。

7月2日(月) 「15分間、マルコヴィッチになりたいか」  
ビデオで『マルコヴィッチの穴』(Being John Malkovich)をようやく見た。期待を超える内容だった。ジョン・マルコヴィッチ役の本人も良かったが、気の弱い人形使いを演じたジョン・キューザックもひけをとらない出来。マルコヴィッチの友人としてチャーリー・シーンが実名(チャーリー・シーンというのが本名かどうか知らないが)で登場するのだが、けっこう柄が悪く、言葉づかいも少し汚く、そこがおもしろい。見ているうち、チャーリー・シーンは、ふだんから品がないように思えてきた。娘は一時期ほどではないけど、まだまだ、ポポちゃん人形がお気に入りの様子。以前は、しょっちゅう「ポッポちゃん、ポッポちゃん」と言って、それはそれは熱烈な愛し方をしていました。

7月3日(火) 「倍胡座」
きょうも暑い。マリナーズ対テキサス・レンジャーズの試合をテレビで見ていたら、何回だったか忘れたがバックネット裏のフェンスにVIAGRA(バイアグラ)の広告が出ていた。大リーグ中継で宣伝するくらい、アメリカでは勃起不全は一般 的なテーマなのだろう。「これさえ飲めば、あなたのモノもメジャー級!」といったメッセージを、米国の男性視聴者は感じとるのだろうか。それはともかく、九回にイチローがかっ飛ばした二点本塁打は、凄い当たり。見ていてスカッとした。テキサスの空を突き抜けるロケットのようなライナーだった。さらにその打球を素手で好捕した、右翼席のおじさんにも驚かされた。右翼席って書くと、「右翼」専用の座席みたいですね(なんて、だれも思わないですよね)。題名に「倍胡座(ばいあぐら)」と漢字で表記してみましたが、「二倍のあぐら」って、仏教の厳しい修行を想像しませんか。

7月4日(水) 「ビッチとは本来どういう意味なのか」
昼間、松尾スズキさんの戯曲集『マシーン日記 悪霊』を読む。松尾さんの戯曲はスピード感があり、俗っぽく、猥雑で、登場人物すべてが大なり小なり病んでいる。「マシーン日記」が四人、「悪霊 〜下女の恋」が五人というように、それぞれ登場人物が少ないので、頭のなかで流れを整理しやすく比較的読みやすい。夜、キリンカップサッカーの日本対ユーゴスラビアをテレビ観戦。ユーゴスラビアの選手名を見ていると、ビッチの付く人が多く、そのことが以前から気になっている。朝日新聞の表記によると先発メンバーは、ボグダノビッチ、ディビッチ、オグニャノビッチ、トロボク、ストイコビッチ、ゾリッチ、ジブコビッチ、ドゥディッチ、ペトコビッチ、ラショビッチ、S・ステバノビッチ。さらに監督がサビチェビッチ。ね、ビッチで終わる人が多いでしょう。試合は前半二十一分、柳沢選手とのきれいな壁パスを通 した、稲本選手が右足で放った豪快なミドルシュートをゴールキーパーがはじき、結局、この一点を守りきった日本が勝利。画面 を通してなかなか威力のあるシュートに見えたが、サビチェビッチ監督は「あのゴールはキーパーに止めてほしかった」と答えている。

7月5日(木) 「孫の名も借りたい」
小泉内閣メールマガジンに、「キャンプデービッドはアイゼンハワー大統領から銘々した、大統領専用の別 荘なのです」というようなことがと書いてあった。なるほど、デービッドはお孫さんの名だったのか。しかし、アメリカ人というのは施設などに人名をつけるが好きだなぁ。日本だとキャンプマキコとかキャンプジュンイチロウとか、そういう感じか。そういえば、英国リバプールの空港は、来春からリバプール・ジョン・レノン・エアポートと改称することになったようだ。観光客を増やそうとしているのだろうか。娘の通 う保育園では、このところ、夏風邪が流行っていてプールでの水遊びを休む子が多い。我が娘は、幸いにも(鼻水や咳は少し出ているけど)熱がないので毎日、水遊びをさせてもらっている。

7月6日(金) 「懐かしのミック・カーン」
eplusから届いたメールマガジンに、明日チケット発売となる公演が紹介されていた。八月に渋谷クアトロで、佐久間正英さん、土屋昌巳さん、屋敷豪太さん、ミック・カーンさん、力石理江さん、ビビアン・スーさんによるユニットのライブが行われるとのこと。僕は高校生のころ、ジャパン(若い人はご存じないでしょうが、一九八〇年代、それなりに人気のあった英国のニューウエーブバンドです)の曲をコピーし、同グループのベーシストだったミック・カーンさんが出す音色を真似していたことがある(今から考えれば恥ずかしい気もします)。そんなことはともかく、ミック・カーンって暇なのかな。案外、ビビアン・スーさんのファンだったりして。夜、下北沢保育園の夏祭りに参加。劇あり、お化け屋敷あり、踊りあり、花火あり、食べ物ありで大いに楽しんだ。お化け屋敷に入ってしばらくは平気な顔をしていた、うちの娘は、体を黒く塗った男性保育士さんが握手を求めて近づいてこられたとたん、爆発的に泣き出してしまいました。顔を塗って誰だか分かりにくくなった人(ちょっと古い例えだけど、ラッツ&スターのような黒塗り状態)に対して、たいていの幼子は恐怖を感じるようです。

7月7日(土) 「病院もオフィシャルでなくちゃ」
ドジャース対マリナーズの交流試合を見た。CENTINELA HOSPITAL Official Hospital of Los Angels Dodgersという広告看板がバックネット裏に出ていた。日本のプロ野球のテレビ中継時、バックネット裏に病院の広告があるのを、僕はを見たことがないけど、アメリカではよくあるのかな。「ドジャースのオフィシャル・ホスピタルだったら、安心できそうだべ。いっちょ行ってみっか」などと思うものなんですかね。夕方、新横浜の横浜国際総合競技場へ。知人に誘われ、横浜Fマリノス対ジュビロ磐田の試合を観戦。ジュビロは1stステージの優勝を決めた。二階席から見たのだが、スタジアムが広いためゴールまでの距離が遠く、高原選手がボレーで決めた延長Vゴールを、僕は翌朝まで中山選手によるものだと思いこんでいた。同行の知人がマリノスを応援していて、Vゴールで決着がついた瞬間に「帰りましょう」といわれ、すぐ会場をあとにしたので、得点者名のアナウンスなどが耳に入らなかったのです。

(お詫び)6月30日の日記のなかで『みんなの家』と書きましたが、正しくは『みんなのいえ』でした。すいません。

 

第57回 2001年7月5日

6月24日(日) 「選挙と影武者」 
朝、投票に行く途中、柄本明さんを見かける。知人に誘われ、NHKのスタジオへ行く。NHKの社員食堂はいまいちだった。うちの娘があちこち走り回るので追いかけていたら、コーヒーゼリーを食べながらスタッフと打ち合わせをしているふかわりょうさんを発見。夕方、家の近くのタパタパというカフェの前を通 りがかった際、表通りに面した席でおしゃべりをしている、犬連れの外国人カップルをいた。うちの娘が、その犬のほうに歩み寄っていったので、飼い主の外国人に話しかけてみた。犬の名は、なんと「カゲムシャ」というそうだ。「黒澤明監督の映画から取ったのですか」と聞くと、「私がいないとき、影武者になってもらうんです」という返事。わかったようなわからないような答えだが、犬の名前としてはなかなか個性的だと思う。

6月25日(月) 「ヤダヨー、って何が?」
朝、娘を連れて保育園へ行くと、スタッフの方が虫取り網を持って、木の枝をバサバサやっているので「何とってるんですか」と質問。すると「あんず」との返事。結局、ねだったわけではないのだが、うちの娘にあんずをくださった。娘は、昼間、うれしそうに「ヤダヨー」を連発していたらしい。娘のなかでは今このセリフがマイブーム(というのは古い言い方になるのかな)らしい。夕方、博文堂書店でたまたま見つけた『ヤクザが店にやってきた』 (宮本照夫さん著、朝日文庫)を購入。夜、吉田保さんからアルルカンのオレンジゼリーをいただく。むちゃくちゃ美味だった。が、僕のぶんも娘に横取りされてしまった。明日、大腸検査なので午後八時から絶食。ただし、水とお茶だけはOK。

6月26日(火) 「腸(チョー)いたかった」
朝から、新宿のJR東京総合病院で大腸カメラ検査。午前九時から二時間かけて、二リットルの下剤を飲み、何度もトイレに座り、腸のなかを空にする。そして午後、肛門から胃カメラならぬ 大腸カメラを挿入されるのである。いやぁ、下剤をチビチビ呑むのはあまり気分のいいものではないですね。とにかくまずいし。お尻の穴から入れられたカメラケーブルは二メートル。盲腸のすぐ手前までの腸内の映像を、初めて自分でも見たわけでは、思ったよりきれいでびっくりした。淡いピンクの大腸でした。でもカメラをずんずん奥に入れられると、腸のなかがぴくぴく引きつるみたいで、けっこう痛かった。昨日買った『ヤクザが店にやってきた』 を読み終える。篠原哲雄監督の映画『草の上の仕事』をビデオで見る。後藤直樹さんと爆笑問題の太田光さん主演。派手ではないが、いい映画だった。

6月27日(水) 「“洗濯”は俺にまかせろ、だと思ってました」
保育園では、プール開き。といっても、小さい子クラスは二階テラスに用意してくれた、空気でふくらませるビニールプールでぱちゃぱちゃしたり、おもちゃ遊びをしたり。泳ぐわけではない。夜、コピーライターのピート小林さんからひさしぶりに電話。きょうから、ギャラリー露崎がバー営業もはじめるらしい。昨日の引き続き、篠原哲雄監督の作品をビデオで見る。今度は『洗濯機は俺にまかせろ』。筒井道隆さん、富田靖子さん、小林薫さん主演。これもやはり、地味ながらおもしろい映画だった。本屋で『それでもヤクザはやってくる』を購入。

6月28日(木) 「たったったったった」
朝、もうすぐ一歳八カ月になる娘が食べ物を床に落とし、「落ちちゃったった」といっていた。「た」が多いのである。「落ちちゃったったった」や「落ちちゃったったったった」のこともある。娘は、水遊びが大好きで、保育園ではジョーロに水を入れて、じゃーっと流してきゃっきゃ喜んでいるようだ。セリエAのフィオレンティーナ倒産というニュースをヤフーで知る。イタリアの名門サッカークラブでも潰れたりするんですね。世界のどこにも「永久」「永遠」なんてものはないのでしょう。フリースタイルの吉田さんに誘ってもらい、都筑道夫さんの日本推理作家協会賞受賞パーティの二次会に出席。逢坂剛さん、北村薫さん、日下三蔵さん、小松左京さん、小森収さん、新保博久さん(五十音順)をはじめ、そうそうたる顔ぶれだった。

6月29日(金) 「関西人は、“えらい”とよくいいます」
保育園で娘どうしが同じクラスの土本貴生さんに、朝ばったり会い、「洗濯機は俺にまかせろ、見ました。けっこうおもしろかったですよ」といった。土本さんは、この映画の制作担当を務めた方。土本さんの返答は「また、えらい(すごい)古いやつを。わざわざありがとうございます」というもの。一九九九年公開の作品なんだけど、撮ったのは一九九七年か一九九八年らしく、土本さんのなかではかなり昔の映画なんだとか。保育園と我が家の連絡帳に、「はなちゃんは、いつもパパと一緒ですもんね」という保育士さんの記述あり。こういうことを書かれると、恥ずかしながら、わるい気はしないです。もっともっと娘といっしょに過ごそう、と思ってしまいますね。

6月30日(土) 「映画も舞台も当たりだった」

エドワード・ノートンが監督・主演を務めた『僕たちのアナ・バナナ』(原題Keeping the Faith)を見た。初監督作とは思えない、完成度の高さに舌を巻いた。気をてらったことはほとんどしていない映像なのに、地味すぎないし、見ていて飽きがこない。ニューヨークの描き方は、ウディ・アレンを参考にしたらしい。そういえば『みんなの家』を監督した三谷幸喜さんも、ウディ・アレンの撮り方を手本にしたと、ある番組で語っていた。僕もウディ・アレンは大好きだけど、映画人の多くは影響を受けてるんでしょうね。ところでたった今、「そんなバナナ」というギャグを思い出しました。だれのギャクでしたっけ? それそうと、マチネで『悪霊 〜下女の恋』という舞台を見てきました。作・演出が松尾スズキさん、キャストは宮藤官九郎さん、大浦龍宇一さん、小島聖さん、広岡由里子さん、場所は本多劇場。初演時に松尾さんがやっていた役を、官藤が演じていた。これがまた違ったタケヒコになっていて、想像以上の出来映えだった。大浦さんもがんばっておられて、こんな芝居もできる人だったんだな、と妙に感心した。

 


第56回 2001年6月29日

6月17日(日) 「シーガルで盛りあがる 」 
午前中、井の頭線で吉祥寺へ行き、娘の運動靴を購入。二カ月ほど前に買ったアシックスのスニーカーがもう窮屈になってきたからだ。アシックスのウォーキングシューズ専門店で、現在のより5ミリ大きい12.5ミリ・サイズを入手。帰宅後、近くの公園で、山崎浩一さんファミリーと昼食。夜は渋谷クアトロでシーガル・スクリーミング・キスハー・キスハー(しかし、長いバンド名だな)のライブを楽しんだ。道中、リードボーカル&ギターの日暮愛葉さんの娘さんを連れて会場へ向かう、日暮真三さんご夫妻にばったり会い、いっしょに楽屋にまで入れていただいた。日暮真三さんは、愛葉さんのお父さんであり、コピーライター界の大御所でもいらっしゃる。クアトロには、漫画家の安野モヨコさんも来られていたようだ。

6月18日(月) 「やはり、事務所は下北沢」 

妻が午後、ケータイストラップのコピーをアップ。僕は、フリースタイルの吉田さんと物件を見にいく。吉田さんが事務所として借りようかどうか、先週から迷っている部屋だ。

6月19日(火) 「ピーピング・チューズデイ」

保育園の参観日。といっても、普通に想像する参観ではなくて、子供たちから隠れてこっそり様子を観察するというもの。食事シーンも見ていたのがうちの娘はやはり、野菜をほとんど口にしない。保母さんたちの大変だがよくわかった。

6月20日(水) 「焼き餃子とサヨナラ勝ち」
昼、うちから七、八分歩いたところにあるラーメン屋で食事。ここの、なんばん麺という名のラーメンと餃子を食べる。出田に聞いた通 り、たしかに焼き餃子はうまい。甲子園の阪神・巨人戦は四時間を超える試合となり、延長十二回裏に赤星選手のレフト前ヒットで、タイガースが二対一でサヨナラ勝ち。初回に両軍が一点ずつ入れたあと、四時間以上もスコアが動かず、監督でなくとも胃が痛むようなゲームだった。

6月21日(木) 「今夜もサヨナラ」
タイガーズが連夜のサヨナラ勝ち。阪神が巨人相手に二試合続けてサヨナラ勝利を収めたことなんて、過去にあるのだろうか。僕とってはうれしいだった。

6月22日(金) 「マナティって、どういうのだっけ?」
フリーダイビングをしている市川和明さんからメールが届いた。市川さんの著書『クリスタルリバーのマナティ』が、テレビ朝日「ほんパラ!関口堂書店」で取り上げられることになったらしい。「番組、必ず見ますね」と、さっそく返事を送る。フリーダイビングという競技は日本ではあまり知られていないが、市川さんはわが国では第一人者。同競技の日本記録三冠王を保持しているという。

6月23日(土) 「マナティが終わってしまった」
午後、フリースタイルの引っ越しを手伝う。小森収さん、フリースタイルで以前アルバイトをしていた新井くんも「猫の手」として借り出されていた。用事があるからと、小森さんは途中で帰ってしまわれたが、僕と新井くんは最後までいて、夕食をごちそうになった。僕の妻と娘のぶんまで奢ってもらい、吉田さん、ごちそうさまでした。それにしても、事務所の内見(ないけん)から荷物の搬入まで、あっという間だったなぁ。吉田さんの決断の速さに、感動すら覚えました。で、おつかれさん会から帰宅後、夕刊を見て愕然とする。日曜の夜だと思いこんでいた「ほんパラ!関口堂書店」は、土曜八時からだった。なぜ、ちゃんと確認しなかったのだろう。自分のなかで「日曜の夜」だと勝手に決めつけてしまっていた。市川さん、すいません。

 

第55回 2001年6月22日

6月10日(日) 「G4ブックがやってきた」 
昼前に注文していたノートパソコンが届いたので、認め印を押して受け取ると外出。高田馬場の洋書ビブロスへ行き、英語の文法書などを購入。夕方に帰宅して、テレビでサッカー・ コンフェデレーション杯を見る。日本はフランスに敗戦。スコアは一点差だが、力の違いはそれ以上だった。完敗だ。

6月11日(月) 「胃カメラじゃなくて腸カメラ」
  
妻のすすめで、新宿のJR東京総合病院の消化器内科へ。僕はわりと下痢をしやすいので、一度総合病院で診てもらうことにしたのだ。若い男の先生は「問題ないと思いますが、一度、大腸カメラ検査をしましょう。調べてみたいと、大丈夫ということも言えないので」と語った。たしかにその通 りかもしれない。

6月12日(火) 「どこのお宅も、我が家より片付いている」

午前中、ちょっと時間ができたので走ろうと思い、家を出たとん、小雨が降りはじめ引き返す。嫌な天気だ。
午後、「小泉内閣メールマガジン」への登録を思いたち、実行に移す。夜、保育園で娘どうしが同じクラスの土本さん宅へ、グルメールで届いた紅小玉 すいかを持って伺う。土本さん宅はうちよりずっと広く、建物も新しくきれい。羨ましい。うちの娘「はな」が訪れたことを、土本家の長男・長女がすごく喜んでくれ、遊び相手になってくれ、うれしかった。特に、長女のトウコちゃんは飛び上がって、全身で歓喜を表現してくれた。

6月13日(水) 「Planet of the Apes」
朝、娘を送り届けたあと、保育園のすぐそばで柄本明さん夫妻と擦れ違う。柄本さんも、奥さまの角替和枝さんともに、それぞれの自転車に乗られていた。このお二人は、いつお見かけしても仲が良さそうで微笑ましい。午後、生まれて初めてDVDソフトを購入。タイトルは、ティム・バートン監督作の映画『ピーウィーの大冒険(PEE-WEE'S BIG ADVENTURE)』。テイム・バートンといえば、『猿の惑星』が気になる。

6月14日(木) 「“かんくろう”は“かんくろう”でも」
夕方、娘を連れてツクモ電機へ行き、メールソフトを購入。お店の前で、三月まで娘が通 っていた保育室のT先生とばったり会う。T先生と会ったのは三カ月ぶりだが、相変わらず元気そうで何より。あれだけ可愛がっていただいた(娘のいちばんお気に入りの先生だった)のに、娘はT先生のことを覚えていないみたいだった。一歳児の記憶って、そういうものなのかな。夜、娘が寝静まったあと、妻とふたりでNHKの『トップランナー』を見る。大人計画の役者であり、最近はTVドラマや映画の脚本も書いている宮藤官九郎さんが出ていた。

6月15日(金) 「猿の脳味噌」

雨の中、妻は築地にあるデザイン会社へ打ち合わせに行く。僕はその間、なにをしていたのだろう。この日記を書いている時点(六月二十日)では思い出せない。猿以下だな、僕の記憶力は(猿を馬鹿にするつもりはないです)。タイトルに「猿の脳味噌」と書いたけど、なんかゲテモノ料理のメニューみたいで、イヤな字面 ですね。

6月16日(土) 「ディナーというほどではないけれど」
出田とフリースタイル吉田さんと、我が家で夕食を食べる。夕食といっても、「ぼちぼち」でテイクアウトした、お好み焼き、やきそば、すじ塩などだが。午前一時ごろまでいろんな話ができて楽しかった。吉田さんは、事務所向きのユニークな物件を見つけたらしく、その図面 を見せてくれた。もちろん、場所は下北沢。

 

 

第54回 2001年6月12日

6月3日(日) 「汽車とバザーとないとう流」 
午前中、世田谷公園で汽車に乗る。午後、保育園のバザーに出かける。妻も僕も大勢は苦手。夜、内藤剛志さんの著書『ないとう流』を読む。思った通 り、好感の持てる人だ。物欲があまりない点は、僕と同じだ。

6月4日(月) 「Nさんはいい人だ」 
映画製作の仕事されている土本さんと、保育園で少し話す。土本さんは、ご実家が京都の清水寺の近くとのこと。今は仕事が落ち着いているが、撮影が始まると、ロケ地に行きっぱなしになるらしい。子供がふたりいらっしゃるので、東京に残された奥さんは大変だろう。夕方、代官山の撮影スタジオで俳優のNさんにインタビュー。売れっ子の役者さんなのに、予定を上回る時間しゃべってくださり感謝。話は七月からはじまる連続ドラマのことだけでなく、さまざまなことに及んだ。

6月5日(火) 「テープ起こしの一日」
またもや、テープ起こしの一日。一時間の取材テープを文章化するのに、ほとんど一日かかってしまった。パソコンに向かい続け、目はしょぼしょぼしてくるし、肩は張る。

6月6日(水) 「NHKとカワカツさん」
朝、燃えるゴミを捨てるため、娘を抱っこしてマンションの一階に降りた際、一階のおばさんと会った。おばさんに「おはよう」と言われると、娘も「おはよ」と返事していた。娘は日に日に、いろいろ言えるようになってきている。夕方、近所の八百屋の店先で構造設計家の池田さんとばったり。池田さんは来週からまたオランダへ行くらしい。NHKの『クローズアップ現代』を見ていたら、冒頭の(おそらく)渋谷の雑踏を映したシーンに、編集者の川勝正幸さんが映っていた。偶然としか思えない。番組内で川勝さんを紹介してわけではないし、川勝さんが歩いていたころを、たまたまNHKが撮っていたのだろう。なんだか不思議で、妻とふたり、顔を見合わせて笑ってしまった。

6月7日(木) 「ゲーリー・サムタイムズ」
二、三日前から兆候があった下痢がひどくなり、近くの診療所へ。注射を打ってもらい、少し症状が緩和する。僕はもともと、お腹がゆるいのだ。

6月8日(金) 「池田小学校でたいへんな事件が起きてしまった」
昼間、時間があいたのでジョギング。帰宅後、夕刊で大阪の教育大付属池田小学校の事件を知る。小学校低学年の子供たちを狙うとは、腹立たしい。もちろん、誰に対してもやってはいけないことだが、小さな子供を襲ったというのが、特に許せない。犯人を死刑にしても足りないくらいだ。夜、世田谷パブリックシアター見学ツアーに参加するため、三軒茶屋へ。照明や音響のコントロールルーム、天井付近、奈落(舞台の真下のスペース)、楽屋など、パブリックシアターのあらゆる空間を見せてもらえて楽しかった。同劇場は、区や市が持つシアターとしては、かなりグレードの高い施設なのではないだろうか。

6月9日(土) 「タレルの宗教的空間」
NHKの『未来への教室』という番組で、ジェームズ・タレルの授業を見る。タレルは米国の芸術家で、何年か前、光をテーマにした展覧会が世田谷美術館で催された際、妻とともに作品群を見たことがある。タレルがつくりだす光や、タレルに切り取られた青空(タレルは、空を眺めるための穴を天井に開けたりしている)は、極めて美しい。美しいというより、気持ちいいといったほうが、感覚的には近いかもしれない。タレルの活動は宗教とは無関係だと思うが、彼が築いた空間に身を置くと、精神的に落ち着く感じがした。

 


第53回 2001年6月4日

5月27日(日) 「雨の新宿」 
雨の中、家族三人で新宿へ。昔、ニュースステーションに出ていた菅沼さんと擦れ違う。新宿ルミネ2の青山ブックセンターで三谷幸喜さんの『仕事、三谷幸喜の』、松本隆さんの『風のくわるてっと』などを買う。 
 
5月28日(月) 「涙の月曜日」 
はなちゃんを保育園へ連れていったところ、大泣きされる。週明けとはいえ、思いっきり泣かれたのはひさしぶり。大リーグの試合を見ていたら、だれかが本塁打を放ったとき、米国のアナウンサーが“Good by baseball!”と叫んでいた。イニングは中盤だった。意訳すれば、「ボールがスタンドに飛んでいって帰ってきません。ボールよ、グッバーイ!」といったところか。確証はないが、このGood by baseballという言葉を日本人のだれが「サヨナラホームラン」と訳してしまったんじゃないかな。 
 
5月29日(火) 「はっとりさんとすずきさん」 
目黒の撮影スタジオで取材。男性アイドルのMくんと女優のSさんに、連続ドラマでの役どころなどを聞く。朝、近くの病院に娘を連れていったら、待合室に作曲家の服部克久さんがいらした。昼過ぎ、下北沢駅の改札で松尾スズキさんを見かける。夜、吉田さんがうちに来てくれたので、少し話したあと、でこ助へ移動して呑む。吉田さんとひさしぶりにいろいろな話ができて楽しかった。午前一時すぎに帰宅して爆睡。 
 
5月30日(水) 「プロデューサー大いに語る」 
テレビ局のプロデューサーに取材。七月からはじまる某局のドラマについて話を伺う。文庫本『仕事、三谷幸喜の』を読んでいて感心。三谷さんは質はもちろんのこと、創作量 もすごい作家であることに改めて気づかされる。僕も負けずに、ものづくりをせねば(とっくに負けてるけど)。夕方、保育園へ行くと、きょうで退園するという子供に会った。明日、お父さんの故郷であるミャンマーへ引っ越すという。日本とはいろんなものが違うだろうけど、元気で暮らしてほしい。 
 
5月31日(木) 「おもいおもい」 
朝、娘がおもちゃのピアノ持って「重い、重い」と言っていた。最近、「重い」という言葉が気に入っているようだ。娘を保育園へ連れていった際、隣のクラスにお子さんを預けてきているお母さんに、職業をたずねてみたところ、「声の仕事なんです」とのこと。一瞬「えっ!? それっていったい何?」と思ったが、CS放送でキャスターをされているとのだった。 
 
6月1日(金) 「イチロールを1ロールください」 
朝、世田谷公園までジョギング。途中、大型犬を連れて散歩している、鮎川誠さん・シーナさんご夫妻とすれ違う。僕と戻ってから交替で走りに出た妻は、三宿付近で自転車に乗った石野卓球さんを見かけたらしい。 
シアトルマリナーズの試合をテレビで見ていると、イチローがヒットを打ったあと、電光掲示板に“ICHI-RRIFFIC”という文字が出た。以前から何度も見たことのある、おそらくICHIROとTERRIFICをくっつけた造語。日本語に直すと「イチロー、すごい」という意味だろうか。といってしまうと身も蓋もないが、こういう言葉遊びがスポーツの世界でも浸透していて、アメリカはおもしろい。マリナーズの本拠地では、イチロール、ダイマジンロールといった、巻き寿司のような食べ物が売られているという。太巻きのようなものか、手巻き寿司のようなものかよくわからないが、おそらく太巻きのようなものだろうと僕は予想してている。どっちにしても一度、現地で食べてみたいものだ。 
 
6月2日(土) 「テープ起こしの一日」 
娘を保育室へ預けているあいだに、三日前に行った取材のテープ起こし。なんだかんだ細かい仕事をしながらその合間にテープ起こしをしたため、三日もかかってしまった。テープ起こしをいちおう終えると、世田谷公園までジョギングに出た。途中、フリースタイルの吉田さんと遭遇。少し立ち話をし、メールマガジンのことを吉田さんから聞く。来週からスタートするという、フリースタイルのメールマガジンに僕はちょっと期待している。通 常、メールマガジンというのはテキストだけの雑誌なので、まさに文章の中身が第一。デザインに頼らず、中身で勝負する、極めてシンプルで比較的公平な媒体だと思う。 

 

第52回 2001年5月30日

5月20日(日) 「ベリーショートでショートカット」 
代々木八幡の美容室「ベリーショート」へ。妻がカットしてもらったついでに、娘の髪も切ってもらう。娘はクセ毛が強いが、さすがに美容師さんは上手。やっぱりプロの技術は違うなぁ、と改めて感心する。 

5月21日(月) 「昼にフリーダムヒル」 
昼前に自由が丘へ。「煌家」という中国料理店で昼食をすませたあと、洋書専門店フィオナをのぞく。 
 
5月22日(火) 「名優と喫茶店」 
下北沢南口商店街を下りきったあたりで、柄本明さん夫妻を見かける。折り畳み自転車を道路脇に停め、ご夫婦で喫茶店へ入られるところだった。柄本さんのズボンの後ろポケットから、くるっと丸められた台本らしきものが飛び出していた。

5月23日(水) 「だれかに喜ばれるとうれしい」 
郵便局で松井ホームランカードの代金を払う。その際、局内にいた、困っているらしき外国人の方の荷造りを手伝ってあげた。彼は、インスタントラーメンをどこかの国へ送るみたいだった。彼は荷物を送る手続きを済ませたあと、僕の肩をポンと叩き、微笑んで出ていった。たいしたことをしたわけではないが、人に喜んでもらえるとやはりうれしい。

5月24日(木) 「客入りのわるい店は、たいてい味もわるい」 
近所にある「ランチタイム食べ放題」のカレー店に入るが、失敗。おいしくなかった。そのあと、レンタルビデオのドラマの前の大森一樹監督(人違いかも。でもよく似ていた)と擦れ違った。夕方、仕事先でひさしぶりに会ったOさんから「最近何かおもしろいことありました?」と聞かれた。突然そんなこと言われても答えに困るが、それよりそんな質問をするOさんの毎日はよっぽどつまらないんじゃかと同情してしまう。夜、NHKの『トップランナー』に漫画家の安野モヨコさんが出ていた。話を聞いていると、共感が持てる部分も多かった。 

5月25日(金) 「下北沢はスニーカーショップが多い」 
スポーツ用品店「マリオ」で野球用品をチェック。それから、ひさしぶりに新しいスニーカーを購入。夜、駒沢公園までジョギングを試みたが、足が痛くなり、復路は歩く。 

5月26日(土) 「カラダが思うように動かない」 
月島まで出向き、今年初めての草野球。相手は製版会社のチーム。日頃の運動不足がたたってか、三打数ノーヒット。が、セカンドの守備は思ったより、こなせた。試合は大敗。月島で少し呑んでから帰宅すると、娘はすでに眠っていた。 

第51回 2001年5月23日

5月13日(日) 「猛暑のなかのフリーマーケット」 
アンドレスさん一家が出店しているので、明治公園のフリーマーケットへ。気温二十七度。むちゃくちゃ暑い。帰り、通 りがかった東京体育館へ初めて入ってみた。卓球の大会をしていたがタダで入館できた。体育館は想像以上に広く、何十台もの卓球台が並べられ、いくつもの試合が同時進行していた。

5月14日(月) 「またまた市ヶ谷へ」  
午後二時、中吊り広告の色校をチェックしに、市ヶ谷にある出版社へ。文字の間違いはなく、大きな問題はなさそう。ほっとする。

5月15日(火) 「水道橋生まれの人を初めて見た」
午前十一時過ぎ、キヤノンのコピー機のメンテナンスの人が帰られた。その直後、下北沢保育園の娘が滑り台から落ちて、どこかを打ったらしく、そのあと歩き方がおかしい、との電話が保育士さんから来る。たいしたことはなかったみたいで良かった。ロバート・アルトマンの『クッキー・フォーチュン』、ペドロ・アルモドヴァルの『オール・アバウト・マイ・マザー』をたてつづけに見た。どちらも楽しめたが、僕の好みは前者。それはそうと、キヤノンの中沢さんは水道橋生まれらしい。

5月16日(水) 「冷やし飴って知ってますか」
夜、『松本紳介』という番組を見ていたら、冷やし飴が話題になっていた、ショウガ味のこの飲み物、大阪にしかないらしいいんだけど、僕にとっては懐かしい。大阪でももうほとんど飲めるところはないらしから、東京ではどこへ行ってもきっと飲めないだろう。

5月17日(木) 「ザリガニ・リバー」
娘を保育園に送ったあと、時間が空いたので、散歩とジョギングの中間のような軽い運動をする。三宿の少し渋谷寄りまで行き、引き返す。途中、緑道沿いを歩き、「せせらぎの水」と呼ばれる水路を眺める。カルガモ親子やザリガニがいた。ある区間では、ザリガニが50センチごとにいる。まるで、京都・鴨川べりに並んで座るアベックたちのような人口密度だった。CNNのkax『LARRY KING LIVE』にNoah Blakeさんが出演。先日、ハリウッドで妻のBonny Lee Bakelyさんを何者かに射殺された、悲劇の俳優さんだった。まだ、捜査中のはずだ。そんななか、妻を失ってしまった方に生出演させ、トーク番組をつくるのだから、まったくアメリカという国はすごい。というか、そこまでしていいのか。夕食後、新聞広告の再校がファクスで届いたので文字をチェック。

5月18日(金) 「下北沢は方向がわかりにくい」
時間が空いたので、数日前からはじめたWebデザインの勉強を再開。夕方、ちょっと外に出たとき、目的地を探しているらしい女の子四人組を見つける。声をかけてみたところ、タウンホールへ行きたいとのことなので、いちばんわかりやすい道を教えてあげる。下北沢は、道路の流れが混沌としている。銀座や札幌、京都のように碁盤の目ではないので、慣れない人には歩きにくい町だ。だからといって、区画整理を進めてすっきりさせてしまったら、この町の魅力はがたっと落ちてしまうにちがいない。『LARRY KING LIVE』では、きょうもBonny Barkley殺人事件をとりあげている。夜十時半、北海道から治くんが泊まりに来た。明日、渋谷NESTで行われるライブイベントを見るらしい。娘は九時半ごろに就寝。治くんの到着を知らずに、寝息をたてている。

5月19日(土) 「真っ昼間ビール、に勝るものなし」
朝、きのうまでいなかった治くんがいるのを見ても、娘は驚いた表情を見せない。治くんとは何度も会っているからだろう。午前中に家を出て、麻布にある西町インターナショナルスクールへ。同校で開かれれていたフリーマーケットで洋書やおもちゃなどを物色しているとき、写 真家の上田義彦さん一家を見かける。奥様の桐島かれんさんはテレビや雑誌で見る以上に美しい人だった。同校の校庭で軽い昼食をとった、帰りがけに周辺を散策。道中、男の子を肩車した、ヒッピーのようなおじさんと擦れ違う。だれかと思ったら、ファッションデザイナーの山本耀司さんだった。その後、広尾まで移動し、麻布ナショナルスーパーマーケットでクアーズの缶 、ミネラルウォーター、フルーツゼリー、プリングルズを買い、向かいの有栖川公園へ。娘と遊びながら、妻と並んでビールを飲む。晴れた日に、公園の木陰で飲むビールは本当にうまい。一生こうやっていたいとさえ思える。午後七時ごろに帰宅し、あまりおなかが減っていないから、夕食をうどんですませる。食べ終わったとたん、出田が登場。建築の話などを出田から聞きながら、ビールをたらふく飲んだ。出田が去ってしまうと、すぐに睡魔が襲ってきた。

 

 

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