第100回 2002年7月26日

4月21日(日) くつろぎの里「庄や」で大騒ぎ
保育園のうさぎ組の交流会を夕方、下北沢西口の居酒屋で開く。昨年はクラスでの食事会のような催しが一度もなく、みなさんとうちとけるのに時間がかかったので、今年は自ら企画してみたのだ。大人18名、子供13名。雨の中、大勢が出席してくださった。ありがたい。上の子(五歳の長女や小学校一年生の長男)を連れてきている人もいて、うちの娘は最初その大きな子たちに圧倒されていたが、途中から慣れてきてはしゃいでいた。娘はあまり料理を口にしなかったが、枝豆だけはものすごい勢いで食べていた。

4月22日(月) 鏡ダンスと三谷ドラマ
保育園のテラスで体操(簡単なダンスのようなもの)をしたところ、はなは途中から部屋に戻って、鏡を見ながら自分の動きをチェックしていたらしい。2004年のNHK大河ドラマ『新撰組!』の脚本を三谷幸喜さんが書くことになったという。三谷さんは「小学生のころから大河ドラマのファンだった。新選組は一度も大河のメーンになったことがなく、わくわくできる娯楽作品にしたい」とコメントしている。三谷さんは、日本テレビ系で『竜馬におまかせ!』というドラマを過去にやっているが、あれと時代設定はかぶるはずだ。

4月23日(火) ダンシングオールナイト!
仕事をしつつ、保育園の父母の会の資料をまとめる。保育園では避難訓練があり、いつも違うムードだからか、娘はちょっぴり「甘えモード」だったらしい。夜、うちにあるミニキーボードを娘がでたらめに弾きはじめ、僕と妻に「踊って!」とリクエスト。さんざんダンシングタイムが続き、汗だく、へとへとになった。

4月24日(水) あおむしくんって、どんなの? 
恵比寿にある知人のデザイン事務所へ行った帰り、「胡同四合坊」という中華料理店で昼食。その後、渋谷のキンコーズで用を済ませ、帰宅。夕方、Webデザイナーの友人が急死した、という知らせを受けた。とても悲しい。ショックというよりも、なにがなんだかわからない。保育園で人形劇があり、それに登場したあおむしくん(詳細はよくわからない)を娘は恐がっていたそうだ。

4月25日(木) 新橋演舞場の近くまで行きました
午後、銀座の広告代理店で打ち合わせ。帰途、仕事の資料を探し、家に戻るとすぐ仕事にとりかかった。娘は、こいのぼりの形の紙に絵を描いたようだ。子供の日まであと十日か。

4月26日(金) カップ麺でもうまいのものは、うまいんだな

カップ麺のコピーを某広告代理店の方へメールで提出。保育園との連絡ノートによれば、娘はトイレに座っては「出な〜い」、トイレに座っては「出な〜い」を何度も繰り返し、先生に「わかった、いま出ないのね。じゃあ、ごはんの時にもう一度行こうね。約束だよ」と言われ、その十分ほど後に再トライし、ちゃんとトイレでおしっこができたという。よかった、よかった。

4月27日(土) ワニと汽車、男としては、どっちがうれしいか

日中、娘を保育園へ預け、たまっている仕事を精力的にこなす。ふだんの土曜日にくらべても同じクラスの子が少なかったため、はながつまらなそうにしていたので、園長先生がずっと相手をしてくださったという。園長先生と世間話をしたり、お絵描きをしたり、絵本を見たり、事務室で一日中過ごしたようだ。はなちゃん、いっしょに遊べんで、ごめんな。夜、NHKの『未来への教室』という番組で絵本作家ディック・ブルーナさんを取り上げていたので、娘と妻と見る。ブルーナ氏の「どんんなに悲しいことがあっても、人生には続きがある」という言葉に元気づけられた。その後、神戸の運河でワニ発見というニュースを見てから入浴したところ、洗い場で娘が僕の股間を見て「ワニ」と発言。風呂を出て、今度はインターネット上に掲出されていたワニの画像を見せると、「あっ、汽車」と叫ぶ。なんなんだ、いったい。わけがわからん。

第99回 2002年7月19日

4月14日(日) 皐月賞と聞いて、五月みどりを思い出してしまった
正午まで父母の会の役員会。皐月賞、買えば良かった。とれてたのに。って後で言っても仕方ないけど。ノーリーズン(馬番2番)とタイガーカフェ(9番)の馬連2−9で53,090円の大穴。ン簿僕の根拠は、タイガースが強いのはノーリーズン(阪神が、わけもなく強い。阪神がここまで強いのは意味不明)という、いいかげんなものだったけど、いいかげんに買わないと大穴なんて絶対にとれない。思いつき馬券もわるくない、と思う。

4月15日(月) 地震訓練
あることがきっかけで、言葉のこわさについて考えている。ペンは剣よりも強し(だったかな)、という言葉を思い出した。はなは最近、「あっ、地震だ!」と言っては、僕と妻と三人でテーブルの下へ潜ろうとする。日頃から訓練に余念がないのだ。

4月16日(火) 銀座の夜
インターネットの掲示板に書き込んだ発言を、無断で書籍にまとめたのは著作権の侵害だという判決が出た。問題になったのは『光文社 知恵の森文庫 世界極上ホテル術』。著者は、掲示板「サロン・ドゥ・ホテル ジャンキーズ」を運営するホテルジャーナリストの村瀬千文さん。掲示板に書き込んだユーザー11名が起こした訴訟に対し、東京地裁は「投稿の多くは思想や感情を創作的に表現しており、匿名のネット投稿でも著作物性を否定しない」と認定。出版・販売差し止めと著作権使用料約120万円の支払いを命じたという。僕はこの記事をヤフートピックスをクリックして読み、上記のようにまとめているわけだが、フレーズや一文をそのまま引用した場合、出典を明記しないと、このようなWeb上の発表でも著作権の侵害にあたるのだろうか。もしくは出所を明らかにしても、元の記事の著者(記者)から承諾を得ないと、著作権を侵したことになるのだろうか。夜、アサツーDKのTさんに十年ぶりの再会。銀座の二つの店でごちそうになり、ほろ酔いで帰宅。ドアを開けるととっくに娘は眠っていて、少し悲しい気分になる。夜中にはながむくっと起き、「お父ちゃん、どこ行ってたの?」と言われてビックリ。僕が「銀座」と答えたとたん、また娘は寝てしまった。意味は通 じたのかな。

4月17日(水) 先生を誘ってどうするんだ
このところ、スポーツクラブへ行けていない。わおっ、ストレスがたまる。保育園で娘は「先生、はなちゃんち来てもいいよー」と、口癖のように何度も誘っているらしい。

4月18日(木) みんなで歌う様子がかわいいんです
時間をつくって、スポーツクラブへ。このところの、娘のお気に入りの唄「むっくりくまさん」は、こんな歌詞だ。

 むっくりくまさん むっくりくまさん 穴の中
 眠っているよ スースー
 寝言を言って ムニャムニャ
 目を覚ましたら 目を覚ましたら
 食べられちゃうよ
 1 2 3 くまちゃん(このかけ声でくま役が目を覚ます)
 (くま役が)ガオー

インターネットで調べたところによると、スウェーデンの遊び歌のようだ。

4月19日(金) 「9万で貸さんかい、われ」って、脅したらよかった
朝、イサイズの賃貸物件で、「代々木上原徒歩5分、165平米、賃料月額9.3万円」という情報を見つけ、妻に不動産会社に問い合わせてもらったら、「月額93万円」の(先方の)間違いだった。なんちゅう入力ミスをするんだろう。朝、保育園の門のところまでビーグル犬のモモちゃんと並んで歩いたが、モモちゃんがさらに散歩を続けるため、小田急の踏切の向こうへ消えると、はなが「モモちゃん、どこに帰らはったの」と言い、ふきだしてしまった。僕の影響で、ときどき大阪弁が出る。スポーツクラブで汗をかいて、60.3kg。夕方、衛星放送で『流れる』という映画をやっていた。1956年東宝。田中絹代さんと山田五十鈴さんが出演している。田中さんの演じる林芙美子がなんと魅力的なことか。貧しくいやらしいんだけど、見ていて惹かれる。テレビドラマを中心に活動する今の女優さんたちの多くは安っぽくて、あんなに神々しい雰囲気は持ちあわせていない。貧しい女を演じても、品がある。あれは、たぶん演技以前の、人間としての品格だろう。夜、保育園の役員会総会が行われ、居酒屋で飲み会があった。これで、正式に引き継がれ、僕が「父母の会」の会長になってしまった。

4月20日(土) ファイリングは大の苦手で

朝、歯医者へ定期検診に行く。仕事でかかわった制作物をファイルにまとめる。来週、ある人に見せるためだ。

第98回 2002年7月3日

4月7日(日) 東京は雨だった
四時半起床。天気予報通り、雨が降っている。当たるときは当たるんだな。

4月8日(月) リバウンド王 
32分かけて5.2km走り、体重60.5kg。発泡酒の影響なのか、リバウンドしている。軽いショックを受ける。

4月9日(火) がんばれタイガース
午後、某生命保険会社のAさんが、新しい保険の説明に来てくれた。Aさんは印刷会社の営業から数年前に転身し、がんばっている。以前の職場より、今のほうがやりがいがあるという。阪神タイガースの甲子園初戦。そろそろ、連敗街道まっしぐらかと心配していたら、また勝ってしまった。フリースタイルの吉田さんが来てくれたので、少し飲む。娘は最近「イヤッ、イヤッ」と言うことが多くなった。本当にイヤがっているというより、「イヤ」と発声するのが楽しいんじゃないかな。

4月10日(水) ええぞー今岡 
妻が娘を耳鼻科へ連れていってくれた。あと四日、両耳に点耳薬を差すように言われたそうだ。阪神が今岡選手のサヨナラ本塁打で連勝。なんや、やるやんか。

4月11日(木) 独白少女 
スポーツクラブへ行けず。サンフランシスコ・ジャイアンツの新庄選手がホームランを打ち、喜ぶ。日中、娘は保育園の園庭のスロープとフェンスの間に入り込み、何やら独り言をつぶやきながら遊んでいたという。先生いわく「あそこに、はなちゃんの世界があるらしいんですよ」。たっぷり昼寝しているせいか、娘はなかなか眠くならないようで、「牛乳飲む」「○○持ってくる」と何かと理由をつけては布団から出て、リビングへ行きたがっていた。親のほうが先に眠くなってしまう。

4月12日(金) 早起きしたら急に釣りがしたくなった 
五時起床。「あさまづめ」という言葉が突然、脳裏に浮かんだ。釣り用語で、日の出の時間帯を指す。この言葉を覚えたのは、釣り好きの僕の兄から教えてもらったか、昔マンガの『釣りキチ三平』を読んでいるうちに覚えたのか、どっちかだと思う。そういえば、フージョンバンドのカシオペアに『朝焼け』という曲があったっけ(正式表記は「あさやけ」だったかも「ASAYAKE」だったかもしれない)。59.75kgを記録。55kgくらいまで落とせないかなぁ。きょうは雨だったので、保育園から出ず、部屋でままごとやパズルをして遊んだらしい。保育園でも「はなちゃん、○○するの!」と、自分の意思表示がしっかりするようになってきたという。

4月13日(土) マークと酒井 
僕の兄貴の誕生日。といっても、「おめでとう」とメールしただけだけど。僕らが中学生のころ、『13日の金曜日』というホラー映画が流行り、僕の兄も誕生日が金曜日になる年は、友人に「自分の誕生日、不吉な日やな〜」とか言われ、その度に不満顔をしていた。兄の話はこれくらいにしておこう。午前中、ランニングに出た際、三宿のフォーライフレコードの前で、ドレミファ保育室時代に同じクラスだった永井さん親子(お父さんとハルキくん)に遭遇。世田谷公園で折り返し、その帰り道、池尻大橋のオレンジキャットという書店で、村上龍さんの『eメールの達人になる』(集英社新書)を買って帰ってきた。ネットのニュースで知ったが、globeのマーク・パンサーさんが結婚するという。その事実より、本名が「酒井龍一」と知って意表をつかれた。「マーク・パンサー」と「酒井龍一」が同一人物とは、お天道様でも気づくまい。

第97回 2002年6月24日

3月31日(日) OLを超える胃袋 
グラフィックデザイナーの中村光宏さん一家と品川水族館へ。中村家のご長男、隼太郎わが家は初めて行ったのだが、想像していたより狭かったが、水中トンネルのようになっている部分は感動的だった。イルカショーではプールのそばに陣取っていたため、大ジャンプしたイルカが水面 に衝突した際に舞い上げた水しぶきを浴びせられた、隼ちゃんが大泣きしていたのと対照的に、うちのはなはびしょ濡れになってもへっちゃらだった。この違いは、なんなんだ。うちの娘はプールに通 っているからだろうか。ただ、水族館を出てランチタイムになると、隼ちゃんの逞しさに感動。「OLのお弁当」くらいの量 をぺろりとたいらげ、フルーツを食べ、それから、食後のデザートにソフトクリームを胃袋に収納してしまった。君、ほんまに二歳か? と聞き返したくなる隼ちゃんであった。

4月1日(月) うさぎになった子供たち
入園式&進級式の日。ひよこ組だった娘は、うさぎ組になり、クラスメイトも九人から十六人に増えた。朝、二階の教室で殿木さんに会ったら、環七沿いのコジマで昨日テレビを購入したとのこと。僕が教えた情報が役立ったらしい。良かった、良かった。ひさしぶりにスポーツクラブへ行き、5.8km走り、200m泳いだ。サウナに計11分入って、トレーニング後の体重は60.30kg。はなはポカポカのテラスに出て、ノリノリでたくさん体操をしたらしい。

4月2日(火) デザートべつばら、何歳から?
午前中、スポーツクラブで汗を流し、60.45kg。午後、大型プリンタのカタログのコピー修正に追われる。夕食があまり進まなかったはなも、デザートのフルーツはぺろり。おなかが減っていないかのようにみえて、「デザート別 腹」というわけか(まだ二歳なのに)。

4月3日(水) 踊りまくる女 
10km走り、1km泳いで、サウナ11分。59.80kgを記録。保育園に新しく入ってきた子たちがまだ先生になつかず、「ママがいいのー」とぐずっていたため、はなもつられて泣いていたそうだが、テラスに出たとたんケロッと忘れて、得意のダンスを踊りまくっていたという。

4月4日(木) ダイエットの反動
59.95kgを記録。60kgを下回るのはうれしいが、食べたい、呑みたい、という欲求が日増しに強くなっている。

4月5日(金) ニューヨークからの電話

朝、NHK教育『おかあさんといっしょ』の直前にやっていた『ネコのさくせん』という短編アニメーションがとてもおもしろい。作:野村辰寿さん(ジャム・ザ・ハウスネイルの人かなぁ)、音楽:板倉文さん(板倉さんといえば、チャクラやキリンタイムをやっていた人やんか)。きょうは60.45kgに逆戻り。夕方、西新宿で打ち合わせ。新宿駅から西新宿まで歩いている途中、携帯電話が鳴ったので出てみると、ニューヨークにいるはずのデザイナーのSさんからだったのでびっくり。国際電話なのにこんなによく聞こえるのかと思ったら、もう日本に帰ってきていたらしい。少し話し、またいっしょに仕事をしましょうね、と言って電話を切った。保育士さんとの交換ノートによると、きょうは園の近所に散歩に行き、アンパンマン人形のあるパン屋さんへ寄ったり、空き地でタンポポを摘んだそうだ。小さな子供はお金をかけずに楽しむ術を知っていてえらいなあ。大人も見習わなきゃ。夜、フリースタイルの吉田さんがひさしぶりにうちに来た。

4月6日(土) 6倍の道
はなの耳の調子が良くないので、またもやスイミングスクールを欠席。とはいえ、娘は体力を持てあましているので、新代田の図書館へ僕が借りた本を返しにいっしょに行き、その帰途、公園の砂場やすべり台で遊んだ。軽く遊ぶだけのつもりだったのに、自宅に戻れたのは三時間後。代沢五丁目公園ではすべり台や砂遊びをいつまでもやめないし、公園を出たら出たで、はなは自分でベビーカーを押す、と言って聞かない。はなが押すにはベビーカーはまだ大きく、あっちへこっちへ蛇行するからまっすぐ進みやしない。30分で往復できるルートに180分もかかってしまった。もー、くたくたや。

第96回 2002年6月6日

3月24日(日) 小田急沿いの花見
代々木八幡駅そばにある、現代美術作家の松蔭浩之さん宅にいったん集まり、近くの小さな公園で花見。寒かったけど、うまかった。松蔭さんが作ってくれた巻きずしと餃子が、とくに美味だった。メンバーは松蔭さん、松蔭さんの彼女のレイカちゃん、わが家三人、女性アーティストの大谷さん、ディズニーに勤めているという大塚さん。楽しかったのでずっといたかったけど、もう一件、予定が入っていたので途中退散。夜、保育園友達のTさん宅で窓越しの景色を楽しませていただく。眼には向かいの家の夜桜、喉には冷えたビール。もう他に何もいらない、とそのときは本心から思った。

3月25日(月) 簑田選手と豆腐と日大三高

日中、たまたま時間が空いたので世田谷公園を走っていたら、簑田浩二さんとすれちがった。簑田さんといえば、日本プロ野球史上最高の外野手のひとり。全盛期だったら、イチロー選手にひけをとらなかったと思う。帰り、三宿交差点の近くにある鏡屋で豆腐を買った。店主と少し話したところ、日大三高野球部OBだという。安くはないけど、ここの豆腐はわるくない。

3月26日(火) 床屋の悲報
朝方というか夜中から、はなが泣き続け、ほとんど眠れなかった。僕がたいへんというより、もちろん、たいへんな思いをしているのは娘のほうだ。「お耳が痛いの、抱っこして〜」と涙が枯れるほどの号泣。かわいそうだった。朝になって、痛みは少し治まったようだったが、夫婦で娘を耳鼻科と眼科(先週から引き続き、目やにが多く出ている)に連れていった。結局、病院二カ所に昼過ぎまでかかってしまい、保育園はお休みする。娘は耳アカが中で詰まり、こびりついて痛くなっていたらしい。中耳炎の一歩手前だったようだ。耳アカを溶かす薬を出してもらった。二歳の子供の耳そうじなんて危なっかしくてできない(小さな子供はじっとしていないから、耳かきや綿棒で耳そうじするのは無理。動いた拍子に耳かきで鼓膜を破きかねない)ので、たまにこういうことがあるらしい。夕食どき、理髪師のMさんが突然やってきた。何かと思ったら、悲しい報せだった。Mさんが開いていた、下北沢の床屋で以前勤めていたKくんが、二週間ほど前、甲州街道をオートバイで走っていてトラックに衝突し、亡くなったという。Kくんとは下北沢南口の通 りでよくすれちがった。必ずあいさつをしてくれる、感じのいい青年だった。まだ二十代だったろうし、気の毒でならない。

3月27日(水) メルセデスですか 
西新宿のあるビルで、プリンタのカタログの打ち合わせ。早く着いたのでコンビニエンスストアに入ると、雑誌のNAVIに町田康さんが出ていた。町田さんは、メルセデスベンツCクラスに乗っているらしい。価格はよく知らないけど、パンクスらしくない愛車だな、と思った。自動車は、記号としてわかりやすすぎて、ときに困ってしまう。娘は、先生が穴をふたつ開けてくれた長い紙を持ち、「めがね」と言いながら、顔にあてていたそうだ。

3月28日(木) どうしまして
娘はきょう、北沢川緑道の蛙の噴水の前で、蛙の真似をしたらしい。このところ、「ありがとう」と声をかえると、はなは「どうしまして」と返事をする。「どういたしまして」のつもりなのだが、うまく言えないみたいだ。夜、吉田保さんをうちに招いて、少し飲んだ。ひさびさのビールは格別 にうまい。ほんとは発泡酒だけど、そんなことが気にならないくらいおいしかった。

3月29日(金) あの人に払うのはなんとなく嫌だ
「はなちゃんは、うさぎ(組)になるから新しいマーク、りんごだよ」と先生に教えられ、笑顔でトンボのシールが貼られた引っかけ金具から自分のタオルをはずし、りんごシールのフックへ移していたという。はなのものを表すシールは今まではトンボだったけど、四月からうさぎに変わるという。こういう変化に慣れるのに、子どもは時間を要しない。雨の午前中、東北沢駅にほど近い場所に完成間近の、高木プランニングオフィスの賃貸マンションを内見。途中、設計事務所の方だと思しき男性と遭遇し、直後に、内見担当者にきいてみると、「あの方、オーナーさんなんですよ」という返事。僕と同い年くらいじゃないのかな。あの人が施主で、あの人に家賃を払うのか、と思ったとたん、物件に対する興味が萎えた。帰り道、骨董屋を発見して立ち寄ったら、フィットネスクラブのサウナでよく一緒になる高松さんのお店だった。お茶を入れてもらい、小一時間おしゃべり。午後、映画監督のビリー・ワイルダーさんが亡くなったことをヤフーのニュースで知る。年齢の壁には勝てる人はいない。夕方、アーニー出版の北沢杏子さんの本『ムンメル なぜ子どもを生むのか』などを、らぷらすに返却。北沢さんは性教育の本などを出されている女性だが、インターネットで調べてみると『ウルトラQ』の「22話 変身(1966年5月29日放送)」「25話 悪魔っ子(1966年6月19日放送)」の脚本を書かれた方でもある。と記すうちに思い出したけど、劇作家・演出家の太田省吾さんは、名作アニメ『あらいぐまラスカル』の脚本を担当していた。どちらも同姓同名の別 人ではないと思う。

3月30日(土) どうしてそんなに眠るのか
保育園で飼っていた亀が冬眠から覚め、はなが興味深く見ていたそうだ。阪神が井川投手のナイスピッチングと、桧山・アリアス選手の本塁打で12年ぶりの開幕戦勝利を巨人からおさめる。うれしくて、またもやビールを飲んでしまう。にやけてしまう。ジャイアンツファンの妻はおもしろくない夜だったろう。

第95回 2002年5月30日

3月17日(日) ラドニアとガンダーラ
早朝に起き、パソコンの前に座る。ヤフー!のトップページで「架空の国に市民権申請殺到」というトピックスを見つけてクリックすると「インターネット上に構築された、北欧の小国「ラドニア」に市民権取得申請が殺到している」という。読売新聞の記事によると、ラドニアというのは、スウェーデンの美術家ラーシュ・ビルクスさんが1996年に「建国」した架空に国。スウェーデンの南西部に位 置する無人の土地1平方キロメートルを国土と決め、ネット上に、政府の公式ホームページのようなサイトをオープンし、国旗、通 史、閣僚名簿、国民の祝日などを情報を公開していて、ジョークで市民権の申請も受け付けていたとのこと。建国以来の約六年間、スウェーデン国内からを中心に5600人の申請者があったそうだが、先月パキスタンから寄せられた初の市民権申請を受理したのを機に、同国からの申請がいっきに増加。申請者の多くが「ラドニアで働きたい」と記しており、「ラドニアへは、どうやって行けばよいのか」「パキスタンにあるラドニア大使館の住所を教えて」といった問い合わせが相次ぎ、サイト上に「ラドニアでは、労働も居住も不可。査証も発行しません」という警告を発する事態に及んだという。こういうのは笑っていいことなのか、どうなのだろう。ラドニア騒動を読んでいるうちに、ゴダイゴが歌った『ガンダーラ』という国を思い出した。山上路夫氏・奈良橋陽子氏による、同曲の歌詞はこうに始まる。

  そこに行けば
  どんな夢も
  かなうというよ
  誰もみな行きたがるが
  遙るかな世界

  その国の名はガンダーラ
  何処かにあるユートピア
  どうしたら行けるのだろう
  教えて欲しい

※一節目の最後の一行、「遙かな」でなく「遙るかな」としたのは
シングル盤の歌詞カードに従ったため。


一昨日に発見したAll That Jazz Radioという南スペイン発のインターネットラジオ局の放送をイヤホンで聴きながら、しばし仕事。あるカタログのコピーを書いていたのだが、少しも苦痛ではなかった。むしろ、快適だった。音楽の力はすごい。午前十一時に、子供どうしが保育園で同じクラスのEさん一家と落ち合い、北沢川緑道で昼食。途中、またしても出田が自転車で通 りがかった。妻どうしが買ってきてくれた、信濃屋の鶏唐揚げや稲荷ずし、おにぎりなどを食べながら、一番搾り缶 ビールを飲む。ふと前を見ると、中島みゆきさんが自動車に乗り込み、どこかへ出かけていった。その車には、ANZENタクシーという文字が書かれていたが、他社より「安全」なのだろうか。

3月18日(月) はなちゃんもお仕事行きたいの
朝、僕が「きょう打ち合わせがあってなぁ」などと話していると、「はなちゃんもお仕事行きたい」と言いはじめ、おかしかった。ずっとパソコンに向かい続け、昼過ぎ、ようやくカタログの修正コピー案をデザイナーへ送ることができた。疲れた。日中、娘はせせらぎ公園に連れていってもらったようだ。保育園の先生の話では「きょうは小川に魚があまりいなくて、見つからないねーと言っていたら、はなちゃんが『あったー』よ指差すんですよ。で、その方向を見てみたら、小学校の壁面 に魚がいっぱいくっついていたんですよ(レリーフみたいなものかな)」とのこと。子供は大人が気づかない世界をちゃんと見ている。

3月19日(火) ミストーンを指摘する女
娘は「うんちでるよー」と先生に教え、ちゃんとトイレで出したらしい。だんだんできるようになってきたんだなぁ。夜、妻が打ち合わせのため、代官山へ行っているので、娘と留守番。トイピアノで「ミッフィー」のオープニンテーマを、音を探しながら弾いてみたが、ミストーンを出すと、娘が「ちがうよ、ちがうよ」と指摘するのでびっくり。メロディをちゃんとわかっているようだ。

3月20日(水) 編集者と下北沢 
園ではきょう、お誕生会が開かれた。その催しは「泣いた赤おに」というストーリーをもとに進められたそうだが、鬼が登場するとはなは「こわーい」と言って、先生にしゃがみつきながら、しっかり見ていたとのこと。その様子、こっそり見たかったなあ。保育園の父母の会の役員のなかに、大和書房の編集者の方がいらっしゃることが判明。昨年は幻冬舎の営業を勤めておられる方が役員をされていた。下北沢は出版社勤務の方が多いのかなぁ。なんて、二人いたぐらいでそう思うのは早合点か。

3月21日(木) 知らない人と歩くって、なんて楽しいんだろう
春分の日。晴れ。宮沢章夫さん主催の「サーチエンジン・システムクラッシュ」ツアーへ家族三人で参加。宮沢さんの処女小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』の主人公の足取りをたどる、いわばオリエンテーリング企画だ。参加者が百人近くいたので、宮沢さんとスタッフの方が、勝手に班分け。六、七人のグループ単位 で、四谷の土手を起点に、新宿、池袋と移動した。ゴール近く、池袋の「ライブインロサ」というライブハウスの前を通 りかかったとき、サエキケンゾウさんが階段をこちらへ上がってきて登場し、驚いた。ツアーの最中、行動を共にした人たちのなかに、実業之日本社の編集者が二人いらっしゃった。当たり前かもしれないけど、編集者っていろんなタイプの人がいるんだなぁ、と実感。

3月22日(金) あるところに目が痛い家族がいました 
家族みんな目が痛い、という妙な一日だった。昨日、ツアー途中に休憩がてら座って鯛焼きを食べた、豊島公会堂前の公園でものすごい強風が吹き、砂ぼこりをもろにかぶったからかもしれない。まれに見る突風だった。娘は教室で「はなちゃん、お姉ちゃんになるんだ」とうれしそうに話しているらしい。再来週が来れば、ひよこ組でなくうさぎ組だ。一年なんて、ほんとにあっという間だな。

3月23日(土) いつかは潜れる日がくるだろう
妻が仕事で忙しいため、僕が娘をプールへ連れて行った。娘は、ヘルパーを両腕に付け、水に浮かんでバチャバチャ遊ぶことじたいは好きのに、顔を浸けるのはまだ嫌がっている。むずかしいもんだなぁ。

第94回 2002年5月21日

3月10日(日) 会長になるの巻
午前三時半に起床して仕事。Yさんに誘われて、保育園父母の会(ちょっと違うけど、小学校のPTAのようなもの)のミーティングに出席。あれよあれよという間に、僕が次期の会長になってしまった。会議後、近くのどんぐり公園へ高原さん一家と行き、ローソンで買ったおににぎりや焼きそばを食べた。外で食べると、そこそこのものでも意外とおいしい。

3月11日(月) 犬とビールとこんにちは
某家電メーカーへ、あるパンフレットをプレゼンテーション。一時間ほどで終え、一緒に組んだアートディレクター、営業マンの男性と中華料理を食べて解散。保育園のひよこ組のみんなは、代沢五丁目公園まで散歩したようだ。途中、大きな犬に遭遇したらしいが、はなは「こんにちは」と声をかけ、恐がる友達を尻目に積極的に近づいていたらしい。夜、数週間ぶりにビールを飲んだ。うまかった。

3月12日(火) 体重減 
約二週間ぶりにスポーツクラブへ。7.5km走って720m泳ぎ、サウナ11分。体重61.75kg。長いこと行けなかったのに、予想外に体重が減っていて驚く。でも、うれしい。

3月13日(水) 米国の教材のデザインはわるくない
7.5km走って520m泳ぎ、サウナ5分。体重61.45kg。下北沢の駅で同じスポーツクラブに通 うMさんにばったり会う。Mさんは銀座にある出版社に勤務している。午後一時すぎに最寄り駅から電車に乗って出社されるとは、やはりそこの編集部も夜型の勤務態勢なのだろう。夕方、西新宿で行われた打ち合わせに思ったよりも時間がかかり、ほとほと疲れた。妻が取り寄せたので、LAKESHOREという名の学習教材メーカーのカタログがうちにあるのだが、娘はそのカタログをやけに気に入って「読んで、読んで」とせがんでくる。カリフォルニア州カーソンに本社を置く同社の製品はとてもカラフルなので、ページを繰っていると大人でもけっこう楽しい。はなも同じ気分なんだろうな。

3月14日(木) テニスラケットとイチロー 
朝起きたら妻が発熱していた。娘は心配げに「おかあちゃん、だいじょうぶ?」と何度も妻にたずねている。昨日の打ち合わせに対応するため、コピーワークの終始する一日。マリナーズのイチロー選手が、ホワイトソックスと試合で4打数2安打して、オープン戦ながら.419の高打率をキープ。11日も同じシカゴ戦だったが、4打数1安打ながら敵のマニエル監督を「テニスラケットを持って打席に入っているようなものだ」と嘆かせている。

3月15日(金) ワン切れにキレる 
朝、携帯電話が鳴ったので、急いで出ると「このサービスはアダルトの〜」というアナウンスが流れ、通 話料金10円と出てしまった。なんちゅうこと。ワン切れした直後、通話ボタンを押したつもりが、かけ直してしまったようだ。腹が立ってNTTドコモに電話で問い合わせたが、親身とはほど遠い対応をされ、怒り心頭。カッカしながらも、仕事があるので一日中コピーを書いていた。昨日だけで妻の体調が戻って良かった。だれかが病気になるたび、健康であれば他にはもう何もいらない、と本気で思う。

3月16日(土) プールへ行けない土曜
真夜中に戸外が騒がしくて起きてしまい、注意をしに行った。早起きしてがんばったが、急ぎの仕事が片付かず、一緒にプールへ行けなかった。妻と娘だけでスイミングスクールに通 ってもらった。マンガ用のペンとインクをどこかで買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた。今すぐ手元になくてもまったく困らないんだけど、マンガ用のつけペンを購入して何かを描いてみたいなぁと、なぜかここ最近考えている。

第93回 2002年4月28日

3月3日(日) 千と千尋とはなとの符合
フリースタイルの吉田さんと三鷹の森ジブリ美術館へ。お目当てのひとつだった、乗って遊ぶことのできるネコバス。四〜六歳くらいの子供が群がっていて、二歳のわが娘はこわがってしまい、ネコバスにふれることさえ、ほとんどできなかった。館内の展示室に宮崎駿さんによる手書きの「千と千尋の神隠し」の企画書が置いてあったのだが、その日付が1999年11月2日になっていた。その日は偶然にも、はなの生まれた日だったので、なんだかわからないけど一人で感動してしまった。企画書は、横書き200字詰め原稿用紙に鉛筆で書いてあるもので、一、二枚目に、簡単な前置きや企画意図・ターゲットについての記述があり、もう三枚目にはあらすじが書かれているというシンプルな構成。企画書とは本来こういう薄いものでなくちゃ、と思ってしまった。分厚いだけで見る気のしない企画書が、世の中には多すぎる。ジブリ美術館のみで上映しているというオリジナル短編映画『コロの大さんぽ(約14分)』が良かった。色鉛筆を用いた背景画にあたたかみがあり、家並みを描く線がフリーハンドというのが新鮮。美術館を出たあと、隣の公園でお弁当を食べたのだが寒かった。下北沢に戻ってきて、下北沢のTERRAPINというカフェへ入り、三十分ほどおしゃべりして吉田さんと別 れた。ところで、きょうは桃の節句。十年ほど前のことだが、ある知人が、この日に生まれたお子さんに「桃子」という名を付けた。かわいくて素敵な名前だ。ただ、僕と同世代くらいの関西人は、お笑いタレントのハイヒール・モモコさんを思い出すかもしれない。三月三日生まれの桃子さんは、いったい全国に何人いるんだろう。

3月4日(月) 半村良さんと戦国自衛隊
経堂に住むグラフィックデザイナーのKさんからメールをいただいた。この「はなちゃんといっしょ」をいっきに読んでくれたという。めちゃくちゃうれしい。メールのなかに「はなちゃんの、ボタンを練習するとこが良かったです」とあった。午後三時、大江戸線の春日町駅から徒歩五分強の広告会社で、アートディレクターのAさんらと打ち合わせ。午後五時くらいまでかかった。妻がこのあいだ買ってきた『梅原猛の授業 仏教』(朝日新聞社)のページをめくってみたら、なかなかおもしろそう。時間をつくって、早く読みたい。夜、作家の半村良さんがお亡くなりになったことを知る。角川映画全盛時代、『戦国自衛隊』のマンガ版を見て、映画版を見て、小説版を読んだ。中味ももちろん良かったが、なにしろ題名がいい。僕は戦争好きの人間ではないけど、戦国時代と自衛隊を合体させるという発想はおもしろいと思う。娘が「まーくん、噛んじゃったの」と言うから、「どうしたの?」と聞くと、保育園でパズルの取り合いをして、まさゆきくんの肩のあたりに噛みついてしまったらしい。明日、謝っておこうと思う。

3月5日(火) 連日ガブリ
はなの体に湿しんが出ていたので、妻に宇野皮膚科へ連れていってもらう。仕事で忙しい一日だった。夜、入浴前にMXテレビをつけたら、実写 版の『野球狂の詩』をやっていた。後に竹中直人さんの奥さまになる、木之内みどりさんがとてもかわいい。野村克也さんが実際に所属していた南海ホークスの選手として登場しているし、原作者の水島新司さんも水島先生役で出ている。大らかな時代の心なごむ映画だ。あるシーンに「1977年開幕」と書かれた垂れ幕が映っていたが、もう25年も前のことなのか。入浴後、妻のお母さんから電話があり、しゃべっているうちに佐藤三郎という人の話になった。いま、脱税疑惑で問題になっている自民党元幹事長・加藤紘一衆院議員事務所の元代表のことだ。お母さんは、山形県の根津が関というところの出身なのだが、佐藤さんは中学校の同級生だという。それはとうと、きょうは「ともちゃん、ガブッてしちゃった」らしい。二歳の娘は感情をうまく説明できないから、いらいらして噛みついてしまうことが多い。申しわけない。「食ってかかる」という意味合いじゃなくて、文字通 りの「噛みつく」だから子供はすごい。

3月6日(水) 実父選手もいるのかな

ヤフーのトピックスをクリックし、「<プロ野球>ダイエーの養父ら3選手に新人王の資格(毎日新聞) プロ野球の実行委員会は5日、昨秋のドラフトで入団したダイエーの養父鉄投手(台湾プロ野球・兄弟)、オリックスの藤本博史捕手(米独立リーグ)と余文彬(台湾・文化大)の3選手に新人王の資格を認めることを決めた」という記事を読んだ。最初、「えっ、ダイエーの養父」ってどういう意味? じゃあ、ダイエーの実父、というのもいるの? と思ったけど、福岡ダイエーホークス・オフィシャルサイトの選手名鑑で調べたら「養父鉄(60)投手」とあった。60歳の現役投手じゃないですよ、60は背番号。で、なんて読むのかなと思ったら「ようふてつ」とルビがふってある。なんだ、そのままじゃないか。なんだかわからないけど、養父投手には活躍してもらいたいという気になってきた。夜、はなが歌っていた曲を、妻が真横で口ずさもうとすると「おかあちゃんうたわないの!(お母ちゃんは歌わないで、の意味)」と、ピシャッといわれていた。なかなか厳しい娘だ。保育園では、お気に入りのアンパンマンのパズルをあやのちゃんと順番で使っていたらしい。ちょっと成長したのかな。

3月7日(木) 二歳でもストレス 
しごとシゴト仕事の一日。パソコンに向かい続けているから肩は凝るし、目はしょぼしょぼしてくる。娘は体のブツブツがなかなか治らない。ここ数日忙しくてちゃんと遊び相手をしてあげられていないのでストレスが溜まっているのかもしれない。

3月8日(金) 過ぎたるは及ばざるがごとし 
前日早寝し、午前二時起き。『二時に起きればなんでもできる』(という書名だったかなぁ)という本がわりと売れているみたいだけど、実際に起きてみると五時くらいに眠くなってしまって二度寝してしまい、たいして仕事にならなかった。早起きはいいけど、早過ぎるのも考えものだ。

3月9日(土) 環七のそばの温水プール
新代田のプールへ行き、娘とバシャバシャする。娘はプールに入ること自体は好きなんだけど、顔を水中に浸けることがまだできない。ただ、腕にヘルパーをつけて浮かんでいるととてもご機嫌で、みんなが水から上がっても、うちの娘ひとりだけプールから出ようとしない。夕方、借りていた本を返却しに、北沢タウンホールへ行った。

第92回 2002年4月13日

2月24日(日) 買わない本も隣のカフェで読める三省堂
日中、東京駅へ行き、八重洲側のショッピングゾーンにあるキャラクターショップ「ラスカルと世界名作劇場」を少しのぞいた。妻の仕事の関係で見に行ったのだが、『あらいぐまラスカル』だけでなく『フランダースの犬』『未来少年コナン』『母をたずねて三千里』などのグッズもあって懐かしくなった。その後、大丸百貨店のなかにある三省堂へ寄り、アンパンマンや精進料理の本、絵本を特集した雑誌を購入。戻ってきて夕方、北沢川緑道をぼーっとしながら走っていてこける。痛かった。でもなんとか立ち直って、8.4km走。娘はアンパンマンの飛び方をまねた走り方と、グーにした右手を突き出しアンパーンチ(アンパンマンのパンチ)を、たのまなくても何度もやってくれる何かを見ているうちに『鉄塔武蔵野線』という映画に主演していた、いい目をした男の子が、カロリーメイトのCMの出ていた人だと知る。伊藤淳史(あつし)という俳優さんのこと。

2月25日(月) ポエムの魅力
ひさびさにスポーツクラブへ。5.4km走、500m泳。また、木の実ナナさんをお見かけした。ニュースで文京区千駄 木の日本医科大に入院していた暴力団幹部の人が、病室で頭を撃たれて亡くなったらしい。他の患者さんに影響はなかったのだろうか。体を治すはずの病院で、身の危険にさらされるとは恐ろしい。以前、アーティストの松蔭浩之さんが根津に住んでいたこともあって、何度かその辺りへは遊びに行ったことがあるけど、日本医科大の場所を僕は知らなかった。愛媛県への長期出張から戻られたTさんに、「ポエム」という名の洋菓子をいただいた。おいしくて二、三個続けてパクついてしまった。甘いものに飢えていたのかもしれない。娘は園での昼寝前にオムツにおしっこをし、「気持ちわるいから取り替えて〜」と先生にお願いしていたという。

2月26日(火) 早く起きすぎてもいかん
早起きして仕事をしていたが、そのうちどうしても眠くなって二度寝。朝7時半に「起きるよ!」といいながら、僕の肩をトントンしてくれたのは娘だった。娘を保育園へ預けたあと、スポーツクラブで5.6km走、600m泳、サウナ10分。ようやく63.9kg。64kgを切るのは、なかなかたいへんだった。昨日実物をお見かけした木の実ナナさんが、きょうはテレビに映っている。なんだか不思議だ。保育園の先生いわく、はなは「かえるのうた」を流すと「ゲロ」といいながらジャンプし、「とんぼのめがね」をCDをかけると両手を広げて走りまわっていましたよ。

2月27日(水) あおみかんとある人はいう 

午前4時起床。 8km走って720m泳ぐ。63.5kg。仕事が忙しい。夜、僕も妻もそれぞれの取引先と仕事のやりとりを遅くまでして、娘の就寝が午後11時半にずれこんでしまった。あした保育園で眠いだろうなあ。「いよかん」を食べたのだが、娘はそれを見て「あおみかん」と呼んでいた。

2月28日(木) Are You Ready? 
時間がないので、トレーニング短縮バージョン。33分で5.55km走り、280m泳ぐ。体重は変わらず63.5kg。午後、グラフィックデザイナーのAさんから仕事依頼の電話。フリーランスを十年ほどしていたAさんは、今月のあたまから広告会社にお勤めされていたらしい。知らなかった。夜、コピーライターのOさんから資料をいただくため、新宿へ。小田急の改札を出たところで受け取り、二、三分立ち話して帰ってきた。きょうのはなは、準備をしたとのこと。保育園では室内で絵を描いたり、粘土で遊んだりしようとしたら、「はなちゃんが準備するね」と、テーブルにシートを敷いたり、使う道具を並べたという。えらいと思うけど、片付けもちゃんとやったのだろうか。

3月1日(金) 税理士とは裏側も見てしまう仕事である

あるカタログのコピーを書きまくる一日。スポーツクラブ行けず。夕方、タケちゃんがプレゼントを持って突然来てくれたので感激。くれたのは、なんていえばいいのかな、お弁当や飲み物を入れて持ち運ぶのに便利な、小さなアウトドア用バッグ。ひさしぶりに会ったのに、忙しくて少ししか話せなかった。その後、税理士の藤巻さんが確定申告の件で来てくださった。いろいろと興味深い話を聞いた。

3月2日(土) ザウスがないと、夏に国内で滑れないのか

僕は行ったことがないけど、室内スキー場のザウスが今秋で閉鎖されることになったらしい。ヤフーの記事を読んでいた思い出したが、そうか、あれは三井不動産の施設だったのか。なくなるまでに一度くらい、妻と娘といっしょに訪れてみようかな。きょうは新代田スイミングスクールのベビークラスがお休みだし、仕事も忙しいので、娘を保育園へ預けることにした。ごめんね、はな。日中、妻と二人でカタログのコピーを書きまくる。娘はこのところ、「牛乳もう一枚」「焼きうどん、もう一枚」などという。なんでも単位 が「枚」なのだ。あっ、「一本も」ときどき言うか。「焼きうどん、もう一本」。日中、娘は園庭で園長先生といっしょにたくさん遊んだらしい。

第91回 2002年4月8日

2月17日(日) 初めての20キロ 
午後、妻が娘を見ていてくれるというので、走りに出たら、いつもより体が軽い。世田谷公園を何周もして結局21.6kmも走ることができた。自己最長記録。途中、雨が少し降ってきたけど、それも気にならないくらい体の調子が良かった。夜、娘が妻のパジャマのボタンを留めてあげていた。そんな複雑なことができるようになったのか、とちょっと感激。娘はやるといったらやる性格。妻が自分で前ボタンをしようとすると、「はなちゃんがやったげるよ」と言い、妻の手を制していた。 
 
2月18日(月) 走りすぎは及ばざるがごとし 
スポーツクラブへ行ったが、右膝が少し痛かったので、途中からウォーキングに変え、40分かけて4.3kmをゆっくりゆっくり走り、泳ぎ1km、サウナ計10分。体重64.1kgなり。僕は先に一階のプールへ移動したが、三階のジムフロアに残っていた妻は大物女優のKさんを見かけたという。帰り、ミスタードーナツの前で近藤房之介さんを発見。帰宅すると、コピーライターのピート小林さんから留守電メッセージが入っていた。ひさしぶりに下北沢へ来たので電話してみました、とのこと。すぐピートさんに携帯電話へ連絡してみたが、すでに下北沢を離れれたあとだった。数カ月ぶりにお会いできるチャンスだったのに残念。家で昼食後、妻にバリカンで髪を短く刈ってもらった。気持ちいいけど、寒い。昨夜は、あるポスター制作についてデザイナーの方とのやりとりがあり、深夜二時まで起きていた。このところ早寝早起きを続けていた僕にとって、二時はけっこうきつい。と書きながら、突然思い出したけど、つい最近、うちの近くで俳優の寺島進さんを見かけた。あれって、いつだったっけ? 娘はきょうも園庭で駒まわしに挑戦したらしい。ベイブレードじゃなくて、僕が子供の頃によくまわした、あの懐かしい駒だ。 
 
2月19日(火) LONDON CALLING 
あまり時間が取れず、スポーツクラブでエアロバイクを30分、サウナを5分だけにして体重を計ったら64.75kg。650gだけどリバウンドしていて軽いショックを受ける。減量 に取り組みはじめると、少しでも増えるとがっかりしてしまう。夕方、コーエーの前で水田かおりさんにばったり会った。夕方、早めに保育園から娘を引きとり、中村クリニックで家族揃ってインフルエンザの予防接種。夜、娘を寝かしつけようとしていたら突然電話。ロンドンのある企業からだったのでびっくり。先方の外国人らしき男性が話していたのが英語でなく日本語だったので、余計に驚いた。 
 
2月20日(水) 「償い」ってテレサ・テンの曲でもなかったっけ?  
点検整備のためか何かでスポーツクラブが休みのため、空いた時間に妻と並んでランニング。公園の中を一時間走っていると、普段いかに自動車のおかげでストレスを感じているのかがわかる。公園は子供が遊んでいて通 りにくい場所もあるが、車の危険にくらべればたいしたことはない。公園への行き帰りは比較的車の少ない道を選んでいるのだが、それでもまったく自動車に出会わないというわけではない。角かどで速度を落として、左右の安全確認をして再度ペースをあげる。この繰り返しは、意外に疲れるものだ。車が進入できない公園内やフィットネスクラブのマシンで入っているのが、どれほど楽なのかよくわかった。ヤフーで読んだ毎日新聞の記事によると、昨日、東京地裁で行われた裁判で、山室恵裁判長が被告に向かって「唐突だが、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか」と語りかけたという。「償い」という曲は、交通 事故で男性を死なせた若者が、償いのため男性の妻に少ない給料の中から送金を続け、7年目に妻から「あなたの優しい気持ちはとてもよく分かりました」という手紙を受け取る内容だそうだ。この歌を一度聴いてみたいと思った。銀行員の男性が三軒茶屋駅で暴行を受けて亡くなった事件は、まだ記憶に新しい。僕の住む下北沢からも近いし、ぞっとしたし、気の毒にも感じた。暴行を加えた少年二人は、遺族に謝罪するとともに「一生をかけて償いたい」「私という人間を根本から変えていきたい」などと述べていたようだが、裁判長は「歌詞だけでも読めば、君たちの反省の言葉がなぜ心を打たないか分かるだろう」と述べ、少年はうつむいたまま、裁判長の言葉を聞いたという。やはり、山室さんは、さだまさしさんのファンだろうか。話は変わるけど、娘はトイレでおしっこができる回数が増えてきた。保育園でもあわてて手洗いにかけこむことがあるようで、連絡ノートによれば、間に合わずにもらしてしまうと、「あー、トイレでしようと思ったのに…」とガッカリしているらしい。 
 
2月21日(木) 辞書と寝た女 
朝起きてすぐ、インターネットで次のニュースを発見した。人体への影響がない煙草なんて、ないと思うけど、JTはおもしろいこと言うね。 
 
キャスターマイルド504万本に油混入=今月5日以降購入分回収へ−JT 
 
日本たばこ産業(JT)は20日、同社広島工場(広島市)で製造された紙巻きたばこ「キャスターマイルド」(ソフトパック)504万本に製造過程で使う機械潤滑油が混入したと発表した。今月5日以降に広島、岡山、山口、島根、福岡、佐賀、長崎各県で販売されており、同社は店頭などで商品を回収する。人体への影響はないという。 
(時事通信)[2月20日21時1分更新] 

 
娘を保育園へ預けたあと、妻と二人でウォーキング中にコピーライターの小林秀雄さんご夫妻とばったり会った。ひと言ふた言かわしただけだが、平日の日中に遭遇してしまう夫婦どうしってのもなんだかなぁ。向こうも我々のことを「暇なのかな」と思ったかもしれない。本当はそんなに暇でもないんだけど。夕方、西新宿で打ち合わせ。会議終了後、クライアントの宣伝部の男性Kさんが突然、来月半ばでその職場を辞めて、奥さまの父親が営んでいるボウリングの会社に入ることになりました、とおっしゃったのでびっくり。最初、ボウリング場の話をされているのかと思ったが、聞いているうちに地面 を掘るほうのボウリングだとわかった。義父が山形県天童市で地質調査会社を経営されているという。そのKさんのことを伝えながら帰宅後、ついビールを飲んでしまった。保育園での食事の際、うちの娘は「はなちゃん上手に食べるから、エプロンなくていい」と言い張り、こばさないように気をつけていたそうだが、少しこぼしてしまうと「明日、おかーちゃんにお洗濯!」と言っていたという。食後、妻が娘を寝かしつけてくれたのだが、途中でなかなか寝つかない娘がキッチンへ来て「牛乳、牛乳」というのでミッフィーのコップに入れてあげるといっきに飲み干して、今度は「辞書は、辞書は?」と言い出した。三省堂の『カナ発音現代英和・和英辞典<小型版>』を顔の横に置いて眠るのが、ここ一週間くらいの、娘のお気に入りパターン。なんでなのか、よくわからないけど。昨日の夕食後なんか辞書を1ページずつ読んでいるみたいだった。あの独特の薄紙が好きなのかなぁ。 
 
2月22日(金) 焼いたカレーパンはうまい 
午前四時半起床。僕は買わないけれど、マイクロソフトの家庭用ゲーム機「Xbox」が日本でもきょうから発売。娘を保育園に連れていったあと、妻と散歩。駒場エミナースの前まで行ってUターン。帰り、まだ開店からそんなに経っていないと思われる「レフボン」というパン屋で、揚げずに焼いたカレーパンやセサミのスティックパンなどを買う。その後、池の上の古書店へ寄って、単行本二冊と文庫本三冊を購入して帰宅。テレビで五輪の女子フィギュアスケートを見ながら、仕事を進める。保育園では誕生会があって、「晴(はる)ちゃんにおめでとうするの!」とニコニコしながら張り切っていたらしい。保育園では月に一回、その月に生まれた子供をまとめて、全員で誕生会をすることになっている。 
 
たんたんたんたん 誕生日 
はるちゃんの はるちゃんの 誕生日 
おめでとう 
 
と、名前の部分を変えながら、みんなで歌う。メロディーを伝えられないのが残念。 
 
2月23日(土) 憧れのジャンクション 
ネットサーフィンをしているうちに、藤沢周さんが『箱崎ジャンクション』をいう小説を文學界で連載していることを知る。おお、憧れの箱崎ジャンクション。会社勤めをしていた頃、J-WAVEをよく聴いていて、自然と交通 情報も耳にしていた。そのなかで「箱崎ジャンクション」の名前を刷り込まれるうちに、「ジャンクション」が気になるようになってしまったのだ。ちなみに三省堂の英和・和英辞典でjunctionを引くと、「接合(点)、連接、接着、連絡(駅)、(川)の合流点、連結」などとある。ちなみに箱崎ジャンクションは、いろんな方向から来た車が合流する首都高速道路のジャンクションだ。昼間、新代田のスイミングスクールへ行き、妻と娘がプールに入っているあいだ、見学スペースから眺めていた。夕方、ランニングでもしようと世田谷公園へ行った帰り、北沢川緑道のカフェ「ソープ」の店内から手を振る女性がいた。えっ、僕に? と思いつつウィンドウに近づいたら、写 真家のMOTOKOさんだった。一緒にいた女の人を、ビクターのスドウさん、と紹介してくれた。「ちょっとお茶でも飲まへん?」と言われ、アイスコーヒーを注文して一時間ほどおしゃべりした。MOTOKOさんは、自分の師匠でもある(大阪芸大時代、松蔭さんが撮る写 真のアシスタントをしていたらしい)アーティスト松蔭浩之さんにもっとメジャーになってほしいねん、と熱っぽく語ってくれた。松蔭スター化プロジェクトの具体的なプランを聞かせてくれたが、恋人でもない人間のサポートを頼まれもしないのにしてあげるなんて、MOTOKOさんはほんと、いい人だ。当の松蔭さんは、ちょうどその頃、大阪万博公園そばにあるインターメディウム研究所のイベントで、ゴージャラスのライブをしていたはずだ。

第90回 2002年2月27日

2月10日(日) 日曜日は公園ランニング 
午前中、妻に娘の相手をしてもらっている間に、世田谷公園を5周走って帰ってきた。約70分。僕の計算だと、行って帰って約10.6kmに相当する。夕方、出田が遊びに来てくれた。hachiの中村さんをはじめとする数人と八幡山でフットサルの試合をしてきたらしい。裏の酒屋さんでビールを買ってきて、一週間ぶりにアルコールを口にした。

2月11日(月) 祝日が休日とは限らない
建国記念の日。朝五時起き。家の体重計に乗ると、66.0kgの体脂肪率30.0%。3人でビールの大瓶3本を飲んだら、また体脂肪率30%に逆戻りだ。すごいてきめん。少しでも取り戻そうと世田谷公園まで約11.7km走。夕方、あるカタログに入れこむキャッチコピー案を送る。

2月12日(火) 特別な一日だったのに

早起きして仕事を進める。コピーライティングの合間にソルトレーク五輪をテレビでちらちら見る。スピードスケート500mの清水選手は34.61秒で初日2位 。明日に可能性をつなぐことになった。10・1(10km走・1km泳)で64.25kgになった。うれしい。妻の誕生日で結婚記念日だったのに、ばたばたしていて特別 なことはなにもできなかった。

2月13日(水) 100分の3秒の壁 
早起きしたら、すぐに体重を計るのが日課になってきた。清水選手は二回目にタイムを落とし、二日間トータルでアメリカのフィッツランドルフ選手に0.03秒届かなかった。銀メダル。万全でない体調なのにこの成績は立派。まだまだ、がんばっていただきたい。できれば、次のトリノで再び金メダルを。僕は会ったことがないけれど、妻の実家のある北海道・広尾町に、清水選手のお姉さんが住んでいるらしい。朝食後、妻が切ってくれた果 物や野菜を使って、娘とジュースを作った。おいしかった。日中、インターネットで知ったが、マガジンハウスの『鳩よ!』が休刊になるらしい。文芸誌で公称1万5000部(実売部数はわからないけど)も出てるんだったら、続けてもいいんじゃないかという気がするが、会社としての考えは違うのだろう。一度休刊して復刊する雑誌は少ない。唐突だけど、「なる早(なるはや)」って変な言葉ですね。仕事先の人に「で、いつまでにコピーをアップすればいいですか」と訊くと、「なる早でお願いします」と返ってくることがある。ご想像通 り「なるべく早く」を縮めた言葉だが、あまり好きな言い方ではない。夕方、テレビ局へ打ち合わせに向かう途中、駅の改札で突然声をかけられびっくりして振り返ると、某広告代理店のIさん、Aさんだった。保育園は風邪やインフルエンザで欠席している子が多い。わが娘は「とーこちゃんお休み」「あやのちゃんも…」などとほいく教室で寂しげにつぶやいていたそうだ。娘は妻といっしょに園から戻ると、奥の寝室のトビラ越しに中に向かって「おとうちゃん、出ておいで。いるんでしょ!」と声を張り上げていたらしい。僕はその時間、テレビ局にいたのだが、妻が「お父ちゃんはお仕事で出てるの」と何度説明しても信じようとしなかったという。

2月14日(木) 話せばわかる(ことも多い)  
昨日は行けなかったが、きょうはスポーツクラブへ。10.4km走って520m泳いだが、200g増えていた。減量 を目標にしはじめると、少しの増量でも悲しい気持ちになる。昼間、仕事上でちょっとしたトラブルが発生しかけたが、話し合いによって解決。当然のことだけど、人間関係において「相手の話をしっかり聞き、誠意を持って話すこと」はとても大切だ、と改めて感じた。寝る前に気がついた。きょうはバレンタインデーだったのか。

2月15日(金) きょうもコピーを考えるのであった 

スポーツクラブ行きはやめにして、あるポスターのコピーをひたすら考え、夜ファクス。本当は取引先企業へ打ち合わせに行くはずだったが、先方の担当者が別 件の仕事で会社を出たままなので、行ってもお会いできないので、ファクシミリで案を送信することにした。

2月16日(土) 松蔭浩之さんダブル個展
午前中10.6km走ったあと、妻が広告を作ることになった、渋谷にある料理教室を家族で下見したあと、表参道のミヅマアートギャラリーとアートショップ「ナディッフ」へ。ミヅマには写 真家のMOTOKOさん・若木信吾さんが来ていた。ミヅマとナディッフで同時に、アーティストの松蔭浩之さんによる個展が開かれていたのだが、それぞれの会場での作品がまったく違うのが興味深かった。ミヅマでの公開制作を終えた松蔭さん、映像作家のジャン・ピエール・テンシンさん、TOTO社員の米さんと僕たち家族三人で焼鳥屋「ひごのや」へ。お酒を飲んだのは約一週間ぶり。松蔭さんの話では、昨日、アートディレクターの秋山具義さんにギャラリーへ来てもらい、中目黒へ移動してもつ鍋を食って、いっしょに遅くまで飲んだそうだ。しばらくして、松蔭さんの彼女のレイカさんが登場。僕は生ビールを3杯。帰りの千代田線の車中、向かいに座っていたおばさんにうちのはなのことを「ああ、うるさいわね」といわれ、妻とふたりでキレれしまった。おばさんの言い方も良くなかったけど、こっちにも多少の否はあったと思う。立って抱っこして、背中を軽くトントン叩いてあげるなど、ぐずりはじめた娘をなだめることはできなくなかったかもしれない。いずれにしても、僕はあまり飲まないほうがいいのかもしれない。妻と口論してしまったり、電車で見知らぬ おばさんと喧嘩しそうになったり、このところ飲むといいことが少ない。

第89回 2002年2月28日

2月3日(日) 経堂通 信 
雨の日曜日。午後三時にフリースタイルの吉田さんにわが家に来てもらい、わが家族と計四人で経堂のアペルというギャラリーへ。アートディレクターの服部一成さんの個展を見る。帰り道、出田に教えてもらった台湾茶屋へ入り、その後、北口の鰻屋へ入る。中国茶もおいしかったし、吉田さんおすすめの蒲焼き御飯は絶品。下北沢の野田岩よりうまいかもしれない。なにより、肩の凝らない雰囲気がいい。ひさしぶりにビールを口にしたが、やはりうまい飲みものだ。たくさん飲みたくなってしまう。下北沢に戻ってきて、フリースタイルの事務所で吉田さんの本を見せてもらい、一時間ほど過ごす。帰宅後、染之助・染太郎のお兄さんのほう、染太郎さんが胃ガンのためお亡くなりになった、とインターネットのニュース知る。陽気な芸で世の中を楽しませてくれた人だけに、面 識のなかった僕でさえ悲しい気分になる。合掌。妻が作ってくれたボタン練習キット(二枚の小さな生地の片方にボタンを縫いつけ、もう一方にボタンホールを設けたもの)を娘は気に入ったようで、就寝するまでボタンを留めては外して、留めては外してを繰り返していた。いま突然、思い出したことがある。経堂に引っ越して、『経堂通 信』というフリーペーパー(もちろん、名前の元ネタは共同通信)を出そうとしたことがあるけど、考えたのはタイトルだけで、いつのまにかバカバカしくなってやめてしまった。

2月4日(月) 観劇して感激
五時をまわって目覚める。量はそれほどでもなかったのに、昨夜ひさしぶりにお酒を飲んだからか頭の回転が鈍い。それでもなんとか午前中にコピーをアップさせ、某テレビ局へデザイナーの方との打ち合わせに伺った。ミーティングのあと、「アンパンマンのらくがき教室ミニミニ」という遊具を、娘のみやげに購入。磁石のしくみを利用し、何度も描いたり消したりができるスケッチ板のようなおもちゃ。夕方、保育園で人形劇があり、妻と見に行った。さすがはプロの方だけあって、想像していたよりずっとおもしろかった。お二人だけの人形劇団だとは思えない。「白雪姫と七人のこびとたち」のストーリーをアレンジし、二人だけで操作・演技されるのは見事だった。観劇中の子供たちのかけ声がおかしい。「あぶないよー」とか、「りんご食べちゃだめ!」とか言っている。ひよこ組のあすかちゃんは先生に終始しがみついて「もう、いいよー。もう、いいよー」と叫びながら、ワンワン泣いていた。わるい女王が変身したおばあさんがよっぽど恐かったのだろう。子供たちのかけ声を聞きながら、ドリフの「8時だよ!全員集合」を思い出した。あの番組では、例えば、後ろに幽霊が立っているのに志村けん氏が気づかないといったシーンがくると、客席の子供たちが「後ろ、後ろ」と大声で叫び、危険を志村さんに知らせようとしていた。「8時だよ」が船橋ヘルスセンターから中継されていたことを、僕は記憶している。今は、ららぽーとになっている場所だ。夜、餃子を家族三人で作って食べた。うまかった。娘が両手をグーにして突き出し、タッタッタッと走り出したから何事かと思ったら、アンパンマンのまねだった。頬をふくらませ、口をとがらせ、けっこう似ていておかしかった。

2月5日(火) 日向夏のかおり
早起きしたので、ちょっと眠い。スポーツクラブで36分走って6.11キロ。少し泳いでサウナに10分ほど入って65.80キロ。ふうーっ。午後、近くのセブンイレブンの前で、モデルの水田さんにばったり。宮崎の実家に帰っていたの、大巨人ファンの父とキャンプ地にも行ってきたの、これおみやげ」といって、日向夏(宮崎の夏みかん)を使った石鹸をくださった。袋の裏を見ると、製造元は富山県の会社だった。

きょうはYAHOO!で見た、下記のニュースが気になった。高野連の正式な回答が待たれる。

群馬・太田市長、太田市立商不出場で高野連に意見書

3月25日に甲子園球場で開幕する第74回選抜高校野球大会の出場校に、昨秋の関東大会でベスト4に入った群馬県の太田市立商が選ばれなかったのは納得できないとして、同県太田市の清水聖義市長は4日、日本高校野球連盟(牧野直隆会長)あてに、選考基準の公開を求める意見書を郵送した。

関東地区(出場枠4校)からは、同じ関東大会で優勝した宇都宮工(栃木県)、準優勝の浦和学院(埼玉 県)、4強入りした前橋高(群馬県)。さらに、4強の太田市立商を退けてベスト8だった水戸短大付(茨城県)が先月31日に選ばれた。

意見書では「公平に選抜するとはどういうことなのでしょうか。選抜基準を公開してほしい。同時に、今回のこと(ベスト4の太田市立商が選ばれなかったこと)について説明責任があるのではないか」としている。

清水市長は「抗議ではなく、結果説明を求めている。このままでは生徒たちに納得いく説明ができない」と話している。

日本高校野球連盟事務局は「自治体首長から選考に関し意見が寄せられるのは初めてではないか。関東大会の成績はあくまでも参考資料で、選考委員が判断したこと。(郵送され次第)意見書を読んでから対応したい」と話している。 (読売新聞)[2月5日1時18分更新]


2月6日(水) 目標10・1 

7・7。40分で7.23キロ、水泳720メートル、サウナ10分半くらい。体重65.35キロ。やっと65.5キロを切った。他人から見たら些細なことかもしれないけど、けっこううれしい。7キロ走って、700メートル泳いだから7・7(セブン・セブン)。最終的には10・1(テン・ワン=10キロ走って、1キロ泳ぐ)を目標にしたいけど、僕は泳ぐのがかなり遅いから、10・1をやったら時間がかかりすぎるだろうな。ナチュラルハウスで買ってきたケフィア種菌を使って、こないだからケフィア(ヨーグルトのようなもの)を家でつくっているけど、これが意外においしい。砂糖を入れずに食べているから、ダイエットにもいい。ただ少しくらいの甘みはほしいのでハチミツをかけたら、娘はスプーンを使ってハチミツの周囲だけ平らげてしまった。

2月7日(木) はたらく私   
午前四時すぎに起床。あるカタログの構成を考えたり、コピーを直したり、取引先の方と何度もやりとりしたりの一日。きょうは我ながらよく働いた。眠ったのは午前二時前。

2月8日(金) 5キロ減 
七時起床。洗濯物を干しながらラジオをつけていたら、ロシア語講座をやっていて、これがなかなかおもしろかった。10・5(テン・ファイブ)。10.16キロを58分で走って、520メートル泳ぐ。時間がなくてサウナは5分弱。トレーニング後の体重は65キロちょうど。来週はなんとかして体重65キロの壁を破りたい。スポーツクラブからの帰り道、コピーライターで作詞もたくさんされている日暮真三さんの奥様にばったり会い、日暮さんのお孫さんのこと、うちの娘のことを少し話す。去年のカレンダーにときどきメモっていた体重を見直すと、夏に夕食後70キロ超を記録している。おそらくこれが、僕の過去最高体重。そのころと比べれば5キロの減量 。と考えると、やる気が出てきた。目に見えるかたちで成果が出ないと、人間はへこたれやすい。娘は保育者の先生といっしょにコマ回しを楽しんでいるようだ。僕も混ぜてほしいなぁ。

2月9日(土) やかんとイラスト
娘が鼻水を出しているので新代田のプールはお休みする。夕方、アンパンマンのビデオを返しに出たら、イラストレーターのリリー・フランキーさんとすれ違った。イメージほどは細くなかった。そのすぐあと、ファーストキッチンの前で、僕たち家族が歩く脇をなべやかんさんが通 り過ぎた。やかんさんはポルシェを運転していた。ポルシェ・カレラ2だったと思う。北沢タウンホール十階の「らぷらす」に本を返却。絵はちょっとイラストっぽいけど、なかなか味があり、ストーリーもユニークな絵本『あしにょきにょき』深見春夫作・絵(岩崎書店)と、さまざまな角度からものごとを見ることのおもしろさを教えてくれる『考える練習をしよう』(マリリン・バーンズ著、マーサ・ウェストン絵、左京久代訳、晶文社)。後者は、平野甲賀さんによる日本版ブックデザインも魅力。

 

第88回 2002年2月27日

1月27日(日) 雨後の下北沢 
雨の中、家族三人で外出。北沢タウンホールらぷらすで絵本を借り、博文堂書店で雑誌を買ったあと、ピーコックでカラー粘土と水彩 絵の具サクラマットを購入。妻と交替で娘を抱っこしてたが、はなもほんとに重くなったなぁ。疲れて家に着くと、戻ったとたん、「おえかき(しよう)」といわれ、北口の大丸ピーコックで入手したばかりのサクラマットを出して、いっしょに紙に色塗りをしたら、やっぱり絵の具をすぐにこぼすんだよね。しばらくすると、学研のカラーブロックでつくったオモチャのマイクを持って、娘が「あなたのおなまえは?」と訊くので、「はなちゃんのおとうちゃんです」と答えると、「あら、すてきなおなまえね」ときた。いつのまにおぼえたんや、そんな言い方。「はなちゃんのおとうちゃんです」でなく、「おおくらやすひろです」と正式名を答えると、「ちがうでちょ(でしょ)」というセリフが間髪入れずに返ってくる。午後、大阪国際女子マラソンをちらっと見た。弘山晴美選手、もうちょっと粘れたら勝てたかもしれないのに残念。でも、がんばってはったと思う。夕方、雨があがったので再度外出。無印良品でA4ファイル、グルメシティで紙おむつを買った。途中でまた雨が降ってきたので急ぎ足になりかけたら、すぐに止んでしまった。大雨が降ると人が減り、雨が去ると、人が集まる。それが、土日の下北沢。

1月28日(月) 過去形のWILL

四時に起きるつもりが六時起床。38分走って5.3km。サウナに二度入って、少し泳いだあとシャワーを浴びて体重計に載ったら、66.85kg。夜、家族で餃子を手作りして食べたあと、トラブルアンドティーへ。グラフィックデザイナーの鈴木くんに、先日の広告コンペでかかった材料費等の半分を支払い、青山ブックセンター本店へ寄って、取り置きをお願いしていた雑誌を買って帰宅。途中、表参道でWILL SHOPがなくなっていることに気づいた。もともと、期間限定の予定で建っていたのだろう。あの場所には以前、東高(とうこう)現代美術館があり、新表現主義にくくられることの多いフランチェスコ・クレメンテの大きなキャンバス画を見たことがある。

1月29日(火) 泉麻人がふたり
きょうもスポーツクラブへ。36分で6.03km走って、520m泳いで、サウナに二回で計10分66.45kgなり。夕方、スヌーピーとスノーマンのビデオを返却して、通 りがかった古書店・幻游社で泉麻人さん著『B級ニュース図鑑』(新潮文庫)を購入。そのとき、店内で本を選んでいたのは僕のほかには、写 真家の浅井慎平さんひとりだった。保育園で行われた保護者会に妻とともに出席したあと、娘を連れて三人で帰宅。本棚に『B級ニュース図鑑』がすでにあるのを発見し、ショックを受ける。持っていたけど売った、と思っていたのになぁ。湯船の中で娘が「♪ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデートゥーユー、ハッピバスデー・ディア・オトウチャン、ハッピバスデートゥーユー、(拍手しながら)オメデトウ」と何度も歌ってくれた。ありがとう、はな。きょう誕生日ちゃうけどな。

1月30日(水) はな駒(こんま)というドラマを思い出してしまった 
38分で6.23km走り、1000m平泳ぎ、サウナ五分。65.85kg。某テレビ局のTさんから電話があった。ある仕事が動き出したら、僕に頼みたいとのこと。もちろん、まかせてください。保育園で娘は、保育士さんといっしょにコマ回しに挑戦しているらしい。ベイブレードじゃなくて、あの、昔からある、紐を巻いて手首のスナップをきかせて飛ばし、くるくる回す駒である。意外と懐かしい遊びをやっているのです。

1月31日(木) のりのりでのり  
忙しくてスポーツクラブにへ行けなかった。ああ、ストレスがたまる。娘は「のり貼り」をしたらしい。保育園との連絡ノートには『「はなちゃん、自分で」とひとりで人差し指にのりを取り、「ぬ りぬり」とやっていました』とあったが、色紙をちぎって画用紙にでも貼ったのかな。

2月1日(金) 鬼は恐いよな、やっぱり
あるプリンタのカタログの構成を考える。僕はもともとデザイナーをしていたので、たまにサムネイル(大ざっぱな手描きラフ)をつくるとても楽しい。たまに、というのが重要なのかもしれない。保育園のホールでは節分の催しがあったようだ。連絡ノートによると、「初めは何だかよく分からない様子でしたが、鬼が出てくると恐くて身動きせず、保育者にしがみついて見ていました。いわしは頭もしっかり食べていました」。園からの帰り道、僕に抱っこされながら、「鬼は外、やったの」「福は家、言ったの」と教えてくれた。テレビ局の方からまた電話があった。

2月2日(土) クラシック・バンビ
午前三時起き。さすがに眠いが、確定申告のための書類をまとめたり、残っている仕事を進める。新聞の折り込みにB4を横に2枚並べてつなげた変なサイズのチラシが混ざっていたので、手に取ってみるとTOTALWorkouの宣伝物だった。トータル・ワークアウトは、巨人・清原選手のパーソナル・トレーナーも務めるケビン山崎さんが設立したフィットネスジム。こないだコピーライターの松葉に教えてもらったのだが、糸井重里さんの事務所と同じビルに入っているらしい。港区三田の「明るいビル」。ビル名からしてユニークだけど、ひょっとして糸井重里さんによるネーミングだろうか。チラシを読むと、「トータル・ワークアウトで中心となるのはウェイトトレーニング。脂肪を落とすだけでなく、筋肉の量 を増やすことで、リバウンドしにくい体質をつくるのです」とあり、へえーなるほどな、と思ってしまう。娘は今年初めてプールに入り、大喜び。大はしゃぎし、帰宅後ほどなく昼寝。娘が眠っている間にと、世田谷公園までランニング。夜、フルーツを買いに外へ出た。スーパーマーケットで果 物、博文堂書店で『ブレーン』を購入し、レンタルビデオのドラマで『あんぱんマン』とディズニーのクラシックアニメ『バンビ』を借りる。『バンビ』は冒頭のシーンからして、背景画の植物と植物の境、地面 と植物との境、空と植物の境などがぼんやりと繋がっていて美しい。輪郭線なんて、もともと自然界にはないんだから。音楽もクラシック調で素晴らしい(もしかして、本物のクラシック音楽なのかな)。子供のバンビはほんとにかわいいけど、成長して青年になると、それほどかわいくないから娘が見たがらない。成長してしまったシーンまでいくと、その度に「ちっちゃいバンビ、ちっちゃいバンビ」と言って巻き戻させるから、結局、最後まで見ることができなかった。

 

第87回 2002年2月27日

1月20日(日) コピーを考え続ける
子供と遊びながらも、コピーをうんうん考える一日。フリースタイルの吉田さんから電話があり、ある雑誌を持っていませんか、と聞かれる。何日か前に「デザイナー選びの参考になるかもしれないから、吉田さん、見てみてくださいよ」と僕が薦めた月刊誌なのだが、僕も博文堂書店で立ち読みしただけで、結局購入しなかったのである。その雑誌とは、宣伝会議発行の『ブレーン』2002年2月号。

1月21日(月) 対談の不思議
劇作家・作家の宮沢章夫さんのホームページを見ていたら、「対談や座談会でしゃべった話をそのまま文字にするとたいてい会話になっていない。よくわからない話になっている。それなのに、なぜかたがいに通 じてしまう」という話が載っていた。僕もインタビューの仕事をして、テープ起こしをしたときに何度も感じたことだ。しゃべっているときは話がスムーズにつながっていると思っていたのに、それぞれの人が好き勝手に言葉を発していただけじゃないか、とテープを聴きながら唖然とする。午後九時半ごろ、神宮前のデザイン事務所「トラブル&ティーデザイン」へ行く。このほうがいいかな、こっちのほうがいいんじゃないですかと言いながら、あるコンペに出す広告をデザイナーの鈴木君といっしょにつくっていたら、いつのまにか午前二時になっていた。明治通 りと竹下通りがぶつかるあたりでタクシーを拾って帰宅。当然、妻と娘はぐうぐう寝ていた。

1月22日(火) 水ぼうそうからの復活
朝、娘を宇野皮膚科へ連れていったところ、水ぼうそうが治ったので、きょうから保育園で行っていいですよ、といわれる。明日からの復帰だと思っていたので、保育園への持ち物は家に置いたままだ。いったん帰宅し、大急ぎで登園。途中、駄 菓子屋の膳場さんの前でグラフィックデザイナーの浅石さんに会った。何カ月ぶりの対面 だろう。昼食後、タケちゃんが突然やって来た。スポーツマリオにゴルフグローブを買いにきたそうだが、マリオにはゴルフ用品はたしか売っていないはずだ。うちでコーヒーを入れ、タケちゃんとひさびさの雑談。タケちゃんが帰ったあと、ドラッグストアのコーエイへ葛根湯、正露丸、トイレットペーパーを買いに出たら、モデルの水田かおりさんとばったり会った。急に思い出して「水田さん、ユニクロのカタログに出ていませんか」と聞いたが、それ私じゃないわという返事。最近はミセスブック(って雑誌名なのかな。ちゃんと聞けば良かった)のモデルをしているとのこと。夕方、娘を保育園へ迎えにいき、先生に一日の様子をお聞きする。1月12日以来の登園だったわりには、午後からは普段のように、みんなと遊べるように戻っていたそうだ。夜、NHKのETV2002(再)「酒にのまれた日々・中島らもアルコール依存・うつ・自殺願望」という番組を、妻といっしょに見た。らもさんはほとんどろれつがまわらない口調で、しかもアルコール依存症のため、手が震えてペンが持てず、口述筆記で奥さんに書き取ってもらい、小説を執筆しているという。そんな状態でも、根本的には落ち込んでいない、というらもさんのタフネスぶりに感動すら覚える。根っこの根っこのところが楽天的なのだろう。徹底的に落ち込むことは僕もあまりないが、らもさんほどの精神的強さを自分が持っているか、自信がない。どこかのお寺に窃盗に入った夢を見る。僕は履いていた白いスニーカーを、なぜか畳の上に忘れ、くつした姿のままでバイクで逃走した。

1月23日(水) むかし森永ラブがあった場所にカフェができていた
スポーツクラブのサウナで常連のMさんと少し話す。Mさんは、銀座近辺の仕事場で、隔週発行の雑誌の編集をされているらしい。夕方、広告コンペのへ搬入会場へ作品を持っていき、その後、銀座のカフェで鈴木くんとお茶。鈴木くんと次回の応募について少し話す。鈴木くんの意欲が感じられたし、またいっしょに何かに取り組むことになるかもしれない。銀座四丁目交差点からちょっと新橋方向にいった場所にアディダスのショップができていたので、鈴木くんと中へ入ってみた。ブルゾンの紫が美しい色合いだった。

1月24日(木) ゆ「き印」 
 雪印がまたやった。今度は雪印食品がやらかした。輸入牛肉を国産牛肉に見せかけ、国からおりる救済のためのお金をぶんどるということか。まったくたちが悪い。ニュースを知って腹立たしい気分だったが、スポーツクラブで五百メートルをほとんど休まずに泳げたのはうれしかった。夕方、リサイクル・リユーズという消しゴム判をカッターを使って作った。楽しかった。届いた封筒に「リサイクル・リユーズ」というハンコを押し、再利用している人の記事を雑誌で読み、まねてみようと思ったのだ。ハンコがないと「この人せこいなぁ」と思われるかもしれないけど、ハンコが押してあるだけで、リサイクル推奨派の人間にみえる。娘はきょう、保育園で新しい歌と体操を練習し、ノリノリだったらしい。歌の中に「怒ってる」という歌詞があり、その部分がくるとプンプン怒っている表情をしてみせるなど、生き生きと踊っていたようだ。

1月25日(金) 不景気なのに過労死なんて
午前中、スポーツクラブで10.3kmを63分かけて走った。中学高校時代の部活をのぞけば、一時間も続けて走ったのは生まれて初めて。疲れた。夕方、保育園での娘のクラスメートやその父母の方々と「のみくい処 祭ばやし」へ。子供の風邪で急きょ欠席された方もいたが、その代わりに突然声をかけさせていただいたTさんが駆けつけてくれたはありがたかった。Tさんは某省庁にお勤めだが、職場では過労死や自殺者が絶えないらしい。いいのか、そんなことで。公務員だからって、公務で死んでいいはずがない。家でもそうだが、保育園でもこのところ、娘はいろんな食べ物を口に入れるとき「見ててね」と言ってからトライしているようだ。「見てるよ」と答えてあげて、苦手な食べ物を口にふくんだら、「はなちゃん、えらいね」とほめてあげると得意げな顔になる。

1月26日(土) 土曜も登園

土曜日なのに申しわけない、と思いながらも、娘を保育園へ連れていく。そのあと、妻とならんで世田谷公園までランニング。公園の売店でエネルゲンを半分ずつ飲んだ以外は、ほとんど休まず、往復1時間。帰宅後にシャワーを浴び、コピーを進めたり、確定申告のための資料や伝票をまとめたりする。結局、今月は娘をプールに連れていってあげられなかった。

 

 

第86回 2002年2月11日

1月13日(日) みそのがなくなった 
娘を昼寝させようと思い、いっしょにふとんに並ぶ。三歳くらいまでなら子供は、母親のおなかのなかにいたことを記憶しているという話を聞いたことがある。それで、寝かしつけながら娘に「おかあちゃんのおなかの中のこと、おぼえてんの?」と訊くと「おぼえてる」という返事。「どういうとこだったの?」「涼しい」。えっ? と思ったら娘は眠ってしまっていた。きょうはやらなけらばいけない仕事があり、遠出せず、ほとんど家で過ごした。すぐそばの「焼き肉 Misono」という店のテーブルや椅子などが運び出された。このところ毎日お店の電気が消えているなと思っていたが、閉店してしまったのか。気の毒に。不況と狂牛病と影響なのか。わが家でも何度か行ったことがある店なので、せつない気分になる。

1月14日(月) なにも祝日にゲートボールをしなくても
成人の日。せせらぎ公園へ行ったが、泥だんごをつくる小学生ふたりが小さな砂場を占拠して、娘はあまり遊べなかった。メインのスペースではゲートボールをするお年寄りが陣取っていて、窮屈な思いをした。仕方なく、すべり台やブランコをした。娘が砂場で遊べるように小学生へ言ってあげれば、よかったかな。だけど、あの砂場、ほんとに狭いから、「ちょっと端っこに寄ってくれるかな」は即「どけよ」という意味に受け取られてしまうかもしれない。日中、娘が昼寝をはじめたで少しテレビをつけたら、アイシンがボッシュを下し、社会人男子バスケットボールの日本一になる。僕はバスケをしていたことがあるので、それなりに興味を持って見たが、妻は「ほんと地味ねえ」と言うだけで、まったく見ようとしない。まあ、大リーグは好きだけど、NBAにもほとんど興味がない人だし。娘は目をさますと、妻の実家から届いたばかりの「ままごとセット」でお茶をいれてくれた。というか、「何にしますか?」と僕らに聞いてお茶を出してくれる、という繰り返しに延々付き合わされた。おそるべき、エンドレスお茶会。晩ごはんのあと、先週に続き、竹中直人さんや柄本明さんが出ているドラマを見て、みんなで入浴して就寝。

1月15日(火) 水ぼうそうでした
朝、登園前に宇野皮膚科へ行ったら、水ぼうそうと診断された。あちゃーっ。ついに、うちもか。今週いっぱい、娘はお休みすることになった。昨年末から保育園で流行っていたのだ。

1月16日(水) けんかと胸の痛み 
早起きして夫婦でコピーを考えようと思っていたのに、ささいなことから妻と口論してしまう。疲れているのだろう。反省。申しわけない。夕方、カフェ・オーブンでトラブルアンドティーデザインの鈴木くんと打ち合わせ。わざわざ来てくれるとは、ありがたい。夜、横になっていたら、左胸が痛くなって寝つけなかった。一時間くらい、締めつけられるような痛みが続いた。

1月17日(木) 初めての睡眠薬

左胸の痛みを診てもらうため、島津メディカルクリニックの循環器科へ。先生の話では、精神的な疲れからくるものかもしれませんね、とのこと。眠るための薬や胃薬などを出してもらう。夜、先生に聞いたようにソラナックスという薬を試しに半錠飲んでみたらぐっすり眠れた。

1月18日(金) ストーンズと木製バット 
日中は水ぼうそうの娘と遊んでいてなかなか進まないので、早起きして仕事をする。昼間、右上の奥歯を診てもらうため、ヨシエ歯科へ。ある広告賞へ応募するための、コピーを妻といっしょに書く。その合間、宮沢章夫さんの小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』の主人公がたどった道を歩くツアーに、インターネット上で申し込んだ。あとは、郵便書簡というものなら封筒なのに60円で送れることを知った。夜、娘が風呂で「明日は、お父ちゃんの髪、洗ってあげるからね」という。泣かせるじゃないか。下北沢から新宿寄りに一駅行った、東北沢駅から徒歩五分強くらいの場所に位 置する伊藤脳神経外科病院で入院患者が次々と七人も死亡し、院内感染の疑いがあるという記事を新聞で知る。「頭痛がするの、偏頭痛かな」」ということで妻が三年ほど前に行ったことのある病院だ。あのとき何もなくて良かった。小渕元首相が倒れた直後、「脳のCTスキャン」が話題になった時期、僕も試しに受けてみようかと思いつき、伊藤脳神経外科病院へ問い合わせたことがある。結局、どこもわるくないのに放射線を受けるのはかえって体に良くないわよ、とある人からアドバイスしてもらったので、やめにした。昨夜ちゃんと読む時間がなかったけど、気になって保存しておいたニュースがある。ヤフーで見つけた、下記の記事だ。

息ふき返すか木製バット 福光町のメーカー「ロンウッド」が2種開発 /富山

国内最大の木製バット生産地、福光町のバットメーカー「ロンウッド」(池田与作社長)がスイングのヘッドスピードを計測できる練習バットとフォーム固めに役立つ長尺バットを開発し、人気を集めている。社会人野球では来シーズン以降、金属バットが禁止されるため、同社はユニークな新製品をてこに「木製バット復権」を目指す。

ロンウッドは山本浩二(広島)や土井正三(巨人)ら往年のスター選手のバットを手がけ、最盛期の70年代には年間約35万本の木製バットを出荷。しかし高校野球や社会人野球に金属バットが導入されたため、生産数は激減。現在は年間約3万本まで落ち込んでいる。

◇長尺バット イチロー少年も
速度メーター付きバットはメーター付きゴルフクラブにヒントを得て、県工業技術センター生活工学研究所と半年がかりで共同開発。バット先端に埋め込んだメーターが素振りの遠心力を感知しヘッドスピードを表示する=写 真。高校生で秒速23〜28メートル、プロのパワーヒッターで35〜39メートルが目安で、素振り練習の目的意識を高めるのに効果 がある。
長尺バットは通常よりも約35センチ長い約1・2メートルで、腰の入ったスイング練習に最適。大リーグのイチロー選手も少年期、長いバットで練習した。速度メーター付きは昨年9月以降約3000本、長尺バットは一昨年末から約5000本を出荷した。
池田社長は「長引く不況で経営は苦しいが、社会人野球の木製バット化で、少し光が見えた」と期待する。【野地哲郎】(毎日新聞)
[1月17日19時31分更新]


木製バット、売れてほしいなぁ。僕はある人から借りた、田淵幸一モデルの木製バットを持っているが、長くて重いので使っていない。草野球の試合ではもっぱら金属バットだ。それはともかく、ロン・ウッドといえばローリングストーンズのギタリストのことだと思っていた。

1月19日(土) なでる女
娘の水ぼうそうの経過を診てもらうため宇野皮膚科へ行ったところ、保育園への復帰は「来週の水曜日くらいからにしてください」と言われる。とほほ。ちょっとバタバタ続きなのでしているし、できることなら週明けの月曜日から登園してもらおうと思っていたのに。まあ、しょうがない。夜、二歳の娘が浴室で、髪を洗ってくれた。背中も流してくれたのだが、ほんとくすぐったい。洗うというより「なでる」という感じだった。

 

第85回 2002年2月3日

1月6日(日) 世界一長いバンド名は何だろう
昼ごろ、郵便物を投函しに近くのポストまで行ったら、シーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハー(しかしながら、長いバンド名だな)の日暮愛葉さんと擦れ違った。お子さん連れだったと思う。ポストの口は、まだ「年賀ハガキ用」と「通 常郵便用」にわかれている。明日か明後日くらいから、平常通りに戻るのだろう。

1月7日(月) 午年の初・登園
2002年になって初めて保育園へ。泣かれた、泣かれた。五日につくば市へ引っ越したはずの望月ゆうちゃん専用パジャマかごは、まだ置いてある。ふとんカバーをつけながら、なんとなくしんみりしてしまった。暇ができたら連絡をして、一度つくばへ遊びに行ってみようと思う。園から戻ったあと、スポーツクラブと歯科医へ。午後、トラブルアンドティーデザインの鈴木くんから、いっしょに作りかけている広告のことでメールあり。夜、NHKの『海図のない旅』というドラマの一回目を見た。竹中直人さんが仕事ができる、嫌みなサラリーマンを演じていて、いい感じ(というか、いい感じのイヤな感じ)。竹中さんの兄役、柄本明さんは存在感が、他の人とはまるで違う。テレビ画面 の中でも際立っているし、下北沢で擦れ違っても必ず目がいってしまう俳優さんだ。ぜったい街に埋もれない。脇役のなかの主役だ。ところで『月刊住職』という雑誌が『寺院興隆』という名に変わったと、新聞の広告で知った。そのタイトルを見ていてふと思ったのだが、ダチョウ倶楽部の寺門ジモンさんって、姓を音読みしたもの(寺門を音読みすると→ジモン)を名にも用いているんだな。今ごろ気づいてしまったというか、唐突に気になってしまった。これって、大勢が知っていることなのだろうか。インターネットで調べてみたら、本名は寺門ジモンでなく、寺門義人さんだった。娘は、保育士の真理子先生をつかまえて「雪だるま、つくったの」と、北海道でのできごとをしきりに自慢していたらしい。

1月8日(火) わんこそばはマイナーか
朝、娘のおなかに湿しんがばばーっと出ていたので皮膚科へ。たいしたことはなかったので、病院から保育園で直行したあと帰宅し、うちから徒歩三、四分の距離にある一戸建ての貸し家を見てみたが、陽当たりが良くなさそうだった。昼間なんやかんやとやることをすませ、夕方、トラブルアンドティーデザインの鈴木くんを自宅で待つ。うちで二時間ほど打ち合わせをしたあと、鈴木くんの彼女に下北沢まで来てもらい、妻と娘もまじえてhachi(ハチ)へ。オーナーで店長で料理人の中村氏流のエスニックフードを食べ、ビールをのどに流しこむ。聞けば、鈴木くんの彼女の多田さんは、聞けば盛岡市出身とのこと。盛岡はわんこそばで有名だが、地元民でわんこそばを一度も食べたことがない人というのは、けっこういるらしい。観光客向けというか、とにかく日常食ではないそうだ。なるほど、わんこそばの盛岡人の定番料理ではなかったのか。大阪人でお好み焼き・たこ焼きを口にしたことがない人、香川県で育って讃岐うどんを食べたことがない人はおそらくいないだろう。娘は保育園で、三輪車に乗ったり、電車ごっこをして遊んだそうだ。

1月9日(水) 私をシマムラに連れてって 
保育園で餅つき大会。年末に湿しんというか、じんま疹が出て、いったん治りかけたが、昨日になって再発した娘は、宇野先生から「甘いものや餅、赤飯はしばらく駄 目です」といわれていたので、ほんの一口、二口しか餅を食べられず、残念そうにしていたらしい。保育士さんが、「かいかいになる(痒くなる)から、食べられないんだよ」といっても「ちょうだい」「もっと」と駄 々をこね、欲しいものは欲しいもん、と主張していたとか。好きなものが食べられないのは、大人でもつらいのだから、二歳の娘ならなおさらだ。ほんとに気の毒に思う。治ったら、たくさん食べようね、はなちゃん。午後三時ごろだったか、ジョンことグラフィックデザイナーの國末(くにすえ)くんがリーフレットの刷り上がりを持ってきてくれた。昨年、ジョンからの依頼で、あるWeb制作ソフトを広告する仕事をしたのである。コーヒーを飲みながら、二時間近く、「おたがい太ったなあ」「あれっ、ジョンもセントラル(フィットネスクラブの名前)行ってんの?」「自由が丘のセントラルはコマダムみたいな人が多いで」「下北沢は、午前中は年輩の方が多いかなぁ」などなど、ダイエット談義に花を咲かす。ジョンの話では、見ていると、白人のひとも何人か自由が丘のセントラルに来てるけど、黄色人種である日本人がプールに浸かっているときは、けっして入水してこないという。下北沢ではどうだっかなジョンが帰ったあと、娘を迎えに行き、抱っこして戻ってきた。帰路、娘は僕の腕の中でごきげんそうに「四、三、二、一、四、三、二、一、発射!」とか言っている。ロケット遊び(どういう遊び?)でもしたのかな。娘のクラスメイトに、かいちゃんという男の子がいる。その子の服がかわいかったので、お父さんにそう伝えると、「女房が小田原の実家に帰ったとき、シマムラで買ってきたんですよ。この辺ないですからね、シマムラ」という返事。シマムラっていったい? ディスカウントの洋服屋かな、それともドン・キホーテのようなファッションに限らず、なんでも販売している大型店だろうか。

1月10日(木)どんぶらことうんとこしょ  

 あるコンテストに応募するための作業をしていて、自らの文章の稚拙さにほとほと嫌気が差す。修行、修行。気分晴らしにインターネットへアクセスしたところ、こんな記事に遭遇した。

「経済産業省−spamメール問題への対応としての省令を公布

経済産業省は1月10日、電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ(spamメール)問題への対応 として「特定商取引に関する法律施行規則の一部を改正する省令」を公布した。施行は2月1日からとなっている。
今回の改正により、spam送信側は新たな表示義務を負うこととなった。義務づけられている表示項目は次の3項目。

正しいメールアドレス(送信側)件名欄の最初への「!広告!」の文字
spam拒否の連絡方法を掲載してない場合は「!連絡方法無!」の文字

同省ではこれらの表示義務により、消費者は読まずに削除したり自動削除の設定にするなどの対応が可能になるとしている。なお、表示義務に違反した場合は行政処分の対象となり、違反を繰り返した場合は罰則の適用とうけることになる。

僕は今のことろ、「電子メールによる一方的な商業広告の送りつけ」という仕事に携わったことはないが、広告人の端くれとして、自分にまったく無関係の話とも思えない。娘と同じクラスに、経済産業省で働くご夫婦の息子さんがいる。そのご夫婦は、今回の省令公布にたずさわっていないのだろうか。今度聞いてみよう。二月一日から「!広告!」「!連絡方法無!」の文字表示が義務づけられるというが、違反した場合の、罰則の程度が問題だろう。重くしないと、あまり効果 はないかもしれない。保育園との連絡ノートで、きょうの娘の様子を知る。棚に置いてあったヨーグルトの空き容器を見つけたわが娘が、突然「いらっしゃいませ」といいだし、お店屋さん(「店」のあとに「屋」ってのも変ですよね。「お店」そのものを販売しているようにもとれる)ごっこを始めたそうだ。夜、娘を寝かしつけながら、昔に読んだ『桃太郎』を思い出しつつ朗読。おばあさんが川で洗濯している場面 で、上流からやってく桃の様子を「どんぶらこ、どんぶらこ」というと、「違うでしょ。どんぶらこ、うんとこしょでしょ!」と返されてしまった。「うんとこしょ」のほうがおもしろいから、まあいいか。

1月11日(金) トイレブーム去る 

宇野皮膚科で、明日はプールに入らないでね、といわれてしまう。 新代田ダッシュスイミングスクールへ親子スイミングの年明け一発目なのに残念だ。「だったら保育園へ預けて、コピーの仕事や伝票整理を少しでも進めようか」と妻に相談し、翌日の登園を決めた。ごめんね、はなちゃん。トイレへ行き、おまるに座ることに凝っていた娘の熱も、ちょっと冷めてきたようだ。保育園でもあまり行きたがらないとのこと。

1月12日(土) アイデアと完成度
ひさしぶりに土曜保育園へ。やることがいろいろあるので、夜、NHKスペシャルで川久保玲さんの軌跡を取り上げていた。コムデギャルソンにはパタンナーが十数人いて、デザイナーは川久保さん一人。川久保さんが発する、ときに極めて抽象的な言葉を頼りに、パタンナーはパターンを考えてカタチにし、川久保さんの判断や指示を仰ぐ。川久保さんが生産管理部とともに用意した、実際に使う生地をパタンナーが知らされるのはパリコレのわずか一週間だという。生地にとらわれずに洋服を考案してほしい、という意図があるそうだ。それを見ていて、以前に友人から聞いた、ある逸話を思い出した。トーキングヘッズを率いたデビッド・バーンはアルバム『リメイン・イン・ライト(REMAIN IN LIGHT)』レコーディングの際、ユニークな方法を行った。一曲目の“BORN UNDER PUNCHES(The Heat Goes On)”を録音する際、バンドメンバーやセッションミュージシャンにコード進行とテンポだけを伝えたあと、一人ずつ順番にスタジオへ入ってもらい、それぞれのイメージで自分の担当楽器を演奏してもらう。それらの音をバーンが合体させ、その上からボーカルやコーラスをかぶせて、一曲に仕上げたという。各自が他人に影響されないよう、それぞれが出している音を聴かせない。いま、手もとにあるCDで“BORN UNDER PUNCHES(The Heat Goes On)”を聴いても、この試みが成功したことがわかる。ただ、あまりにうまくいきすぎていて、本当にコードとテンポしか知らせなかったのだろうか、という疑問が生じてしまう。真偽はともかく、「斬新なアイデア(切り口)」と「高い完成度」の両立、ということについて考えさせられる。

 

第84回 2002年1月31日

12月30日(日) 忘年会をハシゴ 
北海道の親戚の子供へ渡すプレゼントを探しに、ヴィレッジヴァンガードへ。相手は、中標津(なかしべつ)という町に住む、小学一年生の水谷理沙ちゃん。彼女は一月三日が誕生日。いろいろ見てみたが、妻が事前に目星をつけてくれていた画材のセットがいい感じだったので、それに決定。夕方、山崎浩一さん宅の忘年会にまぜていただいたあと、下北沢のhachi(ハチ)へ。先に来ていたタケちゃん(吉田健氏)や出田(いずた)といろいろ話し、そして飲んだ。中村さんがつくるhachiの料理はうまい。はなちゃん、二カ所も連れまわしてごめんね。

12月31日(月) TさんのiBook 
保育園で知り合った土本さんのお宅で、ご主人のパソコンの設定等を直す。といっても、実際に作業をしてくれたのはわが妻で、僕はもっぱら、その間のはなちゃんのお相手。土本さん宅のご長男にはベイブレードの遊び方を教えてもらった。ご長女のとうこちゃんは、終始キゲンがわるかった(あとになって、水ぼうそうだったことが判明した)。午後、買い物をしようと外に出たとき、第一勧銀のそばの踏切で吹越満さんを見かけた。吹越さんはやっぱり黒づくめの服装だった。夜、カラのマジックを何本か使って、理沙ちゃんへのプレゼントをつつむ包装紙を自作してみた。

1月1日(火) フィーゴに乾杯
元旦である。あけましておめでとうございます。朝起きてメールチェックして、小沢さんの年賀カードに笑った。日の出の写 真の下に「謹賀新年。今年はルイス・フィーゴの年。オーデコロンを試合前に1本体中に叩きつけるというプレースタイルには、世界最高選手としての誇りを感じる。というわけで今年もよろしく。 小沢宏次 」とある。妻とふたりで、元日の朝から吹き出してしまった。いい年明けだ。娘を起こし、朝食をかきこむと、戸締まりを確認して外出。羽田空港へ向かう電車のなかで、妻が旧友のTさんを見つけた。Tさんは札幌出身の女性で、帰省途中とのこと。妻とは京王プラザホテル札幌でいっしょに働いていたらしい。米国での航空機ハイジャック・テロからまだ三カ月しか経っていないためか、空港での安全確認には時間がかかったが、無事に帯広空港に到着。迎えに来てくれた妻の両親とともに、帯広市内の北海道ホテルへ。ひさしぶりに温泉を楽しませてもらった。日本エアシステムの機内では、飛行機の高度が上がると、「耳いたいの、耳いたいの」といいながら娘が泣きだし、ちょっと気の毒だった。帯広で迎えた、僕の三十五歳の誕生日。

1月2日(水) 世界はどこまでも白い 
北海道ホテルを出て、途中イトーヨーカドーやホームセンターに寄ったあと、約百キロ先の太平洋に面 した港町・広尾町へ。広尾の実家泊。夕食は向かいの岸田家でいただいた。ホテルの外はもちろん、どこも見ても真っ白。雪が当たり前すぎて感動なんてしない地元の人たちを見ていると、僕も二日目にして、当然という気がしてきた。

1月3日(木) みんな「ためしてガッテン」が教えてくれた 
広尾泊。いつもそうなのだが、車を持たず、ペーパードライバーのわれわれ夫婦は、広尾へ帰ると、あまりあちこちへ行かない。というか、自力ではほとんど身動きがとれないので、結局、家でだらだらしてしまう。あたり一面 、雪景色で長い時間歩くと寒いし、しかも歩いていくには、ショッピングセンターにしてもどこにしてもけっこう遠い。最寄り駅まではおよそ百キロくらいだろうか。夜、大勢で集まり、餃子をみんなでつくって食べた。ごはんのあと、理沙ちゃんに誕生プレゼントをあげたら、とても喜んでくれた。理沙ちゃんは、うちのはなを妹のようにかわいがってくれて助かる。それにしても、女性陣はみんな「ためしてガッテン」の餃子特集を見ていたようだ。おそるべし、NHKパワー。

1月4日(金) 次はスキーかスノボーを 
向かいの岸田家へ泊まりに来た、水谷家の父と息子が窯倉づくり。こっちは妻と父とわが娘で、雪だるまづくり。そして、娘はそりに乗り、いろんな人に引っ張ってもらって、はしゃいでいた。ときおり、雪の照り返しの光りをまぶしそうにしていた。そんな娘の様子を、僕はときどき見に出たり、洗濯物を干すのを手伝ったり。広尾での最終日は、平凡に平和に過ぎていった。

1月5日(土) 育てる男たち

午前十時の便で、帯広空港を発ち、東京へ。羽田空港へ昼食をすませ、午後二時半に帰宅。夜、ビールを買いに裏の酒屋さんへ行ってくれた妻が、元サニーデイサービスの曽我部恵一さんと擦れ違ったらしい。子連れだったという。

 

第83回 2002年1月27日

12月23日(日) 万馬券的中 
娘と妻が、代々木八幡の美容室ベリーショートでカットしてもらう。店名にしているだけあって、ご自分もショートカットのコバさんは、短髪を美しく仕上げてくれる方だ。妻が髪を切ってもらっている間は、僕と娘は店の前の道でシャボン玉 吹き。風が強く、ふわっと飛んでくれない。娘の髪も短く切ってもらったあと、お礼を伝え、徒歩で渋谷の東急ハンズへ行き、歯ブラシを買い、ブックファーストで絵本を二冊購入。地下のスポーツ書籍コーナーを見ていたら、僕らが企画・編集協力としてたずさわった『改訂最終版 年がら年中長嶋茂雄』(ベースボール・マガジン社)を発見。あれっ、もう本屋に並んでいたのか。帰宅後、ネットで有馬記念を結果 を確認してみたら、意外なことに取れていた。マンハッタンカフェ(蝦名正義さん騎乗)、アメリカンボス(江田照男さん鞍上)の馬連1ー4、48650円。といっても100円しか買ってしなかったのだが、気分はわるくない。僕が的中させた馬券とでは、購入100円に対する払い戻し金で考えると、過去最高の配当だ。購入の根拠は、いい加減なもの。同時多発テロがあり、何かと米国が画面 に映し出された2001年。単純にアメリカ的な馬名を選んだだけ。マンハッタンカフェ(3番人気で結果 1着)、アメリカンボス(13番人気で2着)、ダイワテキサス(12番人気で13頭中11着)の組み合わせをそれぞれ購入していいた。夕方、妻が米をとぐ音にあわせて、娘が踊っていた。シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ、シャカシャカ。たしかにあの音、あのリズムはパーカッションのようだ。 
 
12月24日(月) 閉店セールのバカラック 
クリスマスイブ。ヤフーのトピックスで知ったが、潜水家のジャック・マイヨールさんが、地中海のイタリア領エルバ島カローネというところにある自宅で、自殺して見つかったらしい。享年74歳。何が原因で自殺されたのかわからないが、気の毒だ。ご冥福をお祈りします。ヤフーを見ていたら、マイケル・ジョーダンのブザーショット(っていうんだったかな、ゲーム終了のブザーと同時にシュートを放つこと)でワシントン・ウィザーズが九連勝、というニュースに目がいった。バスケットボールは、学生時代にやっていたので、今でも嫌いではない。夕方、買い物に出た帰り、閉店セール中のYELLOW BOXというCDショップで『CLASSIC BURT BACHARACH』という一枚を見つけて購入。ジャケットに目をやると前記の英文字タイトルの下にThe Universal Masters Collectionと印刷されている。もともとあったアルバムではなくて、レコード会社のほうで編集しなおしたものだろう。自宅でさっそく聴いたみたところ、期待したほどのものではなかったが、BGMとしてはわるくない。 
 
12月25日(火) ひさびさに大笑い 
朝、サンタクロースがくれた(本当は、妻の父が贈ってくれた)ということにして、三輪車を娘にプレゼント。妻といっしょにブッシュ・ド・ノエルというケーキをつくり、家族みんなで食べた。わるくない味だ。仕事もちょっとやった。テレビ朝日で、漫才の勝ち抜きコンテストのようなものをやっていたので見る。アメリカザリガニという名のコンビも捨てがたかったが、優勝した中川家は頭ひとつ抜きんでいた。きょう放送された決勝ラウンドに残った出場者のほとんどが、吉本興業所属の若手お笑い芸人だった。吉本興業が企画に参加している番組だから、まあ当然か。今日うれしかったことといえば、娘が「せんせー、みててー」といいながら、保育園で出されたブロッコリーを口にしたこと。 
 
12月26日(水) 限りなくウサギに近いヒヨコ  
保育園のひよこ組(いちばん小さい一歳児クラス)にきょうから入ってきた、緊急一時保育の女の子が大きくてびっくり。お母さんが出産をされるので、一月いっぱいまで保育園に来ることになったそうだが、四月生まれだからか、他の子より抜きんでて背が高く、限りなくひよこ組(二歳児クラス)に近いうさぎ組、といった感じ。娘を預けたあと、一週間ぶりのスポーツクラブ。歩きを含めて、マシンでのランニング32分。泳ぎはほんのちょっとで、サウナ10分。シャワーを浴びて体重を計ったら67.7kgなり。減らんですなぁ。 
 
12月27日(木) いざスポーツクラブへ 
  
寝不足気味でちょっとしんどかったけど、スポーツクラブへ。年内は明日までしか行けないので、汗をかいておかないともったいないような気がしたのだ。帰り、近藤房之助さんがニュース・デリというカフェの前で、開店を待っている脇を通 りすぎた。午後、年内に片付けなければならない仕事に取りかかる。 
 
12月28日(金) バリカン超特急 
スポーツクラブでプールで水中ウォーキングをしていたら、スガワラリクオくんのお母さんにプールで声をかけられた。スガワラさんのお子さんは、保育園ではいちばん年長(五歳児)クラスの「つき組」所属。つまり、来年四月からは小学校ということになる。つき組と書くと、なんか宝塚みたいですね。午後、妻にバリカンで髪を刈ってもらった。気持ちいい、というより寒い。きょうは、保育園の年内最終日だった。園内で大流行の水ぼうそうに、年内はかからずに済みそうだ。 
 
12月29日(土) フローラン発見 
新宿高島屋の地下食品売り場へ、北海道の親戚に送る洋菓子を見にいったら、トルシエ監督の通 訳として知られるフローラン・ダバディーさんを、同じフロアで発見。ある店の前で、連れと女性といっしょにフルーツジュースを注文していた。テイクアウトのそのフレッシュジュースは七百円だったかな。高いけど、おいしそうなジュースだ。僕もたのんでみれば良かった。フローランさんは、あいかわらずの長身(って当たり前ですよね。背の高い人が、急に低くなるはずないですよね)。彼に、サッカー日本代表のセンターフォワードをおまかせしたいと思うくらい、魅力的な体型である。 

 

第82回 2002年1月6日

12月16日(日) アートの人がやってきた 
長いこと空いていた隣室に、新しい人が越してきた。ご夫婦かどうかはわからないが、男女で住まれる様子。昼前、VOIDというアートマガジンをつくっているTさんが、二人のお子さん連れでうちに遊びに来た。現代美術や育児などの話を少ししたあと、弁当を買ってせせらぎ公園へ行き、缶 ビールを飲み、持っていった柔らかいボールを子供たちと蹴りあった。それにしてもTさんのご長男、Rくんはシアトル・マリナーズの中心打者、ブレット・ブーンによく似ている。夕方、近所の大西さんご夫妻がリンゴを持ってきてくれた。奥さんが、大西夫妻の行きつけの居酒屋に、女優の藤谷文子さんがよく来ているらしい。お店の人に「今度、父のスティーブン・セガールを連れてくるからね」と言っていたそうだ。

12月17日(月) 江夏、打たせてとる好投
永福町に住む友人からのメールで、共通の知り合いAさんがご懐妊されたことを知る。元気な子供を産んでほしい。日中、ヤフーのニュースで、新庄選手がニューヨーク・メッツからサンフランシスコ・ジャイアンツへ移籍したことを知った。チームが選手を評価し、年俸契約が済んでからのトレード。大リーグらしい。マイケル・ジョーダンがいるワシントン・ウィザーズは六連勝。弱さの代表のようだったチームが、あと一つ勝てば勝率五割というところまで来ている。夕方までにがんばって仕事を片づけ、タケちゃん(吉田健くん)とわが家三人で東京ドームでプロ野球マスターズリーグを見る。試合は東京ドリームスがが札幌アンビシャスを下す。出場選手のベースボールカードを持っていけば無料で入れるとのことだったので、チケット売り場の窓口の女性に提示したら、ちらっとカードを見ただけで招待券をくれた。あんな見方だったら、まったく違うカードでも良かったのではないかという気になる。お客さんは入っていたし、外野席の鳴り物がないのも良かった。なにより、江夏豊さんのピッチングが見られたことに感激。東京の渡辺久信投手は台湾のプロ野球リーグで、札幌の今関勝投手はアメリカの独立リーグで活躍を続けているのだから、日本のプロ野球ではOBといえるが、プレーヤーとしてはまだまだ現役なのだから、相手選手は手こずっていた。娘は球場で退屈そうにしてが、保育園ではすべり台で遊んだらしい。「5、4、3、2、1、発射!」とつぶやきながら、すべり降りていたそうだ。

12月18日(火) ケルンもいいなぁ
ドイツのケルンで、来季からF1参戦するトヨタが新型マシンを発表した、というニュースをヤフーで知る。ケルンといえば、僕のなかでは現代美術(昨年の途中まで奈良美智さんが住んでいた町)であり、世界的な美術出版社TASCHEN(タッシェン)の本社がある地。そして、かつて奥寺康彦さんの在籍したブンデスリガの名門、1FCケルンだ。午後、妻に教えてもらい、オンラインブックストアbk1のサイト内にある、蓮實重彦さんのインタビューを読む。蓮實さんは、下北沢でビデオを借りているらしい。夕方以降はバタバタ続き。ボディコピーのOKがなかなかもらえず、日付が変わるまでかかってしまった。娘とほとんど遊べない一日だった。

12月19日(水) 1000円CDは四十代に売れているという 
朝、ふとんの中でぐずぐずしている娘に「ほら、起きて!」というと、「起きて、じゃないよ」と返ってくる。娘を園へ送り届けたあと、今週はじめてのスポーツクラブ。体調が今ひとつだったので走るのをやめて、二十分ほどベルトの上を歩き、少し泳ぐ。帰り、博文堂書店で『淑女への贈りもの』(角田誠著、小学館)を購入。昼食後、パソコンで仕事をしていると、ヤフーのトピックスに「価格破壊1000円CDが人気」とあり、ついクリックしてしまう。すると、「ソニーもユニクロ化、1000円CDバカ売れ」の文字。ソニー・レコーズが、河島英五さん、太田裕美さん、南沙織さん、渡辺真知子さん、キヤンディーズなどの“6曲入り1000円均一”のシリーズを出したところ、好調な売れ行きだという。しかし、なんでも「ユニクロ化」か。「ソニーのユニクロ化」じゃなくて、「ユニクロのソニー化」だったとしたら、どうだろう。夜、フリースタイルの吉田保さんが遊びに来て、わが家で翌三時頃まで呑んでしまった。

12月20日(木) 速い、安い、きれい  
妻と二人で銀座の広告制作会社と、日本橋の外資系ウェブ制作会社へ。銀座で“速くて安い美容院”の前に行列ができていた。クリスマス前だからか、銀座のOLたちが昼休みを利用して、安価で髪をカットしているという感じだった。「美容室もユニクロ化」か。

12月21日(金) 知名度と人気は必ずしも比例しない 
下北沢駅の南口で大川興業のチラシをもらった。江頭2:50さんが、きょうからスズナリでソロライブをされるとのこと。まだチケットはあるらしい。『フォトテクニック』という隔月刊の雑誌で、コピーライターのピート小林さんによる「ナイスChotto!!」という連載がはじまったので、書店で見てみた。面 白いシーンやアッと驚くような写真、また街歩きで見つけたヘンなものや不思議なもの、愉快なものなどの写 真を募集し、桜の写真を撮り続ける写真家でもあるピートさんがセレクトするという。一回目は四ページを費やし、ピートさんの味がよく出ている楽しい誌面 になっていた。ページのデザインは、僕もよく知っている中村光宏さん。イラストのクレジットは「絵師 アントニオ中村」となっていたが、これはおそらく中村さんのペンネームだろう。中村さん、このペンネームはわかりやすすぎとちゃいますか。

12月22日(土) お別れ飲み会
娘同士が保育園のひよこ組のクラスメートである、望月さん一家を誘って居酒屋「魚民」へ。僕も妻もビール好きだが、望月さん夫妻もお酒は嫌いでないらしく、気が楽だった。筑波大学で教鞭をとる望月さんが、学生どうしがおしゃべりを続けて授業がしづらい時、怒るよりも効果 的な方法を教えてくれた。講義をしていた話をいきなりストップさせるのだそうだ。突然の沈黙・静寂は、けっこう効くらしい。望月さん一家は、年明けにつくば市へ移転されることになった。娘どうしも仲が良かったので、とても残念。保育園でと同様、魚民でも望月さん宅の優ちゃんと、うちのはなははしゃぎまくっていた。ただ、優ちゃんはうちのはなより、しっかりと食べていた。うちの娘は、好き嫌いがけっこうある。望月さん一家の引っ越しが予定より早まったため、たんなる飲み会のつもりが送別 会になってしまった。

 

第81回 2001年12月29日

12月9日(日) なめやがってポルシェ 
寒かったけど、自転車に乗って馬事公苑へ。ゆっくり漕いで行って、わが家から三十五分ほど。途中、世田谷通 り沿いにポルシェのショールームがあり、徐行して中を眺める。ポルシェの車が高いのは知っていたが、現品限りと書かれた自転車が七十万円(だったかな)というのは、世の中をなめてるんじゃないか。バカも休み休み言いなさい。馬事公苑の馬はかわいかったが、どうも敷地内の管理が行き届きすぎていて、くつろげない雰囲気。汚いよりきれいなほうがいいとは思うが、リラックスできない公園というのもいかがなものか。帰路、後部座席(っていっても自動車でなくて自転車だけど)の娘が泣きだし、緊急停車。しばらく抱っこして昼寝させてから再度、後部座席に乗せ、娘が落ちないようにゆっくりゆっくり運転して、下北沢まで戻った。 
 
12月10日(月) がんばれ!印刷会社  
朝から用があって西新宿へ。プリンタを販売している某企業のショールームへ行ってきたのだが、プリント画質の良さというのは、今ほんとにすごいレベルまできてますね。質の高いプリンタがあれば、少部数のポスターづくりなら、もう印刷会社に出さなくて大丈夫そうですね。娘は保育園で身体測定があり、身長84.1センチ、体重11.2キロ。園のボールを足もとに置いて「先生、見ててね」と行ってから、何度もキックを繰り返していたらしい。 

12月11日(火) 神戸大使は牛肉大使にもぴったりかも 
運転免許更新のため、世田谷警察署まで自転車で行く。到着したのは八時二十五分。警察署の正面 入口側に自転車を置き、更新の部屋へ。申請用の写真を持っていかなくて良くなったのには助かった。駅の券売機をコンパクトにしたような機械に免許証を入れると、顔写 真入りのおもて面をスキャニングして取り込んだ申請用紙があっという間にカラープリントされる。便利になったものだ。結局、講習ビデオを見て、話を聴き、新しい免許証を手にしたのは九時十五分くらいだったかな。ゴールド免許証の優良ドライバーなので、手続きがすんだ。もう何年も運転してないんだから、違反・減点がなくて当たり前なんだけど。帰宅し、仕事をしながら、ときどきヤフーのトピックスをチェックしていたら、次の記事を見つけた。 
 
NBAのブライアントさん、神戸大使に 
【ロサンゼルス10日時事】米プロバスケットボール協会(NBA)、レーカーズのスター、コービー・ブライアント選手が、神戸市がゆかりのある世界の著名人に委嘱している神戸大使に10日までに選ばれた。 
同選手の名前は、父の大好物の神戸牛にちなんで「KOBE」と名付けられた。ブライアントさんは、「自分と名前が同じ神戸に励ましをもたらすことができるのは非常にうれしいことです」と同市を通 じてメッセージを出している。今後は神戸の魅力をPRしていくという。 (時事通 信) 
[12月11日12時2分更新] 

 
KOBEと書いて、コービーか。コービー・ブライアント選手といえば、NBA2000-2001シーズンを制し、二連覇を果 たしたロサンゼルス・レーカーズの人気プレーヤーだが、実は僕も、彼の名前のスペルが気になったことがある。うちの近所にマリオというスポーツ店があり、そこの店頭に同選手のポスターが貼られていたことがあった。そのポスターに印字されていた英文字を見て、いっしょにいた妻に「あっ、がんばろう神戸といっしょや」と発してしまったことがある。それはともかく、神戸市からのお礼として、阪神かオリックスかヴィッセル神戸のだれかを、ロサンゼルス大使として送りこんでほしい。 
 
12月12日(水) 発砲酒に気をつけろ 
朝、器に入れたヨーグルトが残り少なくなってくると、娘が僕に助けを求めた。「お父ちゃん、集まれー、やって」。わずかに残ったヨーグルトをスプーンでかき集めて、食べさせてちょうだい、と言っているわけだ。日中、トラブル&ティーデザインのデザイナー鈴木基文くんにメールを送信。 
昨日、デビッド・リンチの試写会(映画「マルホランド・ドライブ」)に誘ってくれたのに、仕事があって行けなかったので、そのお詫びと、映画の感想を質問。すると一時間も経たずに返事が到着。「映画自体はいわゆるリンチ節炸裂で伏線張り巡らせつつ、何にも繋がらないという、脈絡もなんもない面 白い映画でした。っていうか、一般受け皆無」という返事。これって、鈴木なりに誉めてるのだろうか。娘が帰宅後、テレビのニュースを見ていたら、画面 の下方に文字ニュースが出ていた。そこに「発砲酒、増税うんぬん」とありドキッとした。「泡」を「砲」と間違っていたのだが、一文字違うだけで、物騒なイメージを抱いてしまう。 

12月13日(木) シール貼りの女   
 ちょっと相談したいことがあって、トラブル&ティーの鈴木くんとメールでやりとり。保育園では雪だるまの形の厚紙に、まるくて小さなシールを貼って遊んだらしい。わが娘はランダムにシールを貼らず、几帳面 にひとつひとつの端が接してつながるようにペタペタしていたそうだ。これって、どういうことなのかな? 神経質? 良く言えばきっちりしてる? 娘も僕と同じA型かな。夜、娘が両手を顔の左右に持っていき、野球のボールをつかむような形にし、「ガオー、ガオー」と言いながら迫ってくる。僕らがその様子を見て「こわ〜い」と言ってあげると、得意げな表情で「はなちゃん怪獣」。「その怪獣の動き、だれに教えてもらったの?」と聞くと、「マリコちぇんちぇい」という答え。翌日、春畑真理子先生に確認したら、私そんなことしたかなぁ?
 
12月14日(金) マスターズリーグの誘い   
タケちゃんから電話があり、プロ野球マスターズリーグの東京での最終戦に行かないか、と誘われる。マスターズリーグとは、プロ野球OB選手たちを五チームに分けてリーグ戦を行い、十一月から一月まで三カ月のうちに16試合ずつ、計40ゲーム戦い、優勝を争うもの。チーム名は北から順に、札幌アンビシャス、東京ドリームス、名古屋80D’sers(エイティーデイザーズ)、大阪ロマンズ、福岡ドンタクズ。四十代、五十代を中心にしつつ、三十代や六十代の選手もいる。スカパー!で全試合生中継しているので、プロ野球がシーズンオフに入って寂しいと感じている人には、春までの「つなぎ」としておすすめ。電話を切ったあと公式WEBサイトを見てみたら、来週月曜日の試合(東京対札幌)に両軍出場選手のトレーディングカードか生写 真を持ってきたら内野自由席が無料になる、と書いてあったので、僕の手元にある数少ないプロ野球カードを一応チェックしてみた。すると、札幌所属の槙原寛己投手(今季限りで引退)、河野博文投手(日本ハムファイターズから巨人に移籍して活躍)のカードを発見。カード1枚で一人が無料。タケちゃんと僕と妻とはなで見に行くが、二歳のわが娘はもともとタダで入れるから、あと1枚あれば、入場料を払わなくてもいいのか。そう思うと、急にもう1枚手に入れたくなってきて、下北沢のカードショップや懐かしいおもちゃ屋さんを探す。フリースタイル発行の『下北沢カタログ』を頼りに初めて入店してみた、北口の「MINT」というカードショップであっさり入手できた。東京所属の愛甲猛選手(ロッテ→中日)、駒田徳広選手(巨人→横浜)のカードが各50円、しめて100円だった。1枚で良かったのに、なんだかうれしくなって、2枚購入してしまった。 
 
12月15日(土) 適温暖房の場所はめったにない 
家族三人で新代田のプールへ。クリスマス前ということで、きょうはいつもと違う内容。スイミングクラブが用意してくれたクリスマスカードとマジックを使って、親子でらくがきしつつ、オリジナルのカードづくり。そのあと、プールで同じクラスのみんなと集合写 真を、いつも準備体操をするスペースでは家族写真を撮ってもらった。準備体操をする部屋の暖房が異常に効いていて、着替えたあとしばらくいるとびっしょり汗をかいてしまう。電車に乗ったときやデパートに入ったときにもよく感じることだが、暖房の効きすぎというのはかなりつらい。 

 

第80回 2001年12月17日

12月2日(日) 何が大きいのか、ナニが大きいのか。 
午前中、自転車で世田谷公園へ。汽車に乗ったり、ボール遊びをしたりした帰り道、せせらぎ公園を通 りがかると知った顔が三つ。山崎浩一さんと山田真理さんのご夫婦が、愛息の晶くんを遊ばせながら、缶 ビールを飲んでいたのだった。これは加わらねば、と急停止。仲間に入れてもらうことにした。途中、吉田保さんも呼び、枯れ芝の上の昼食。真理さんとうちの妻が信濃屋で買ってきてくれたいなり寿司や納豆巻きなどを食べながら、黒ラベル缶 ビールを見覚えのある背中が15メートル前方を自転車で走り抜けていった。僕が大声で名前を叫ぶと、その男は気付いてストップした。出田だった。彼にも缶 ビールを一本あげると、喉を鳴らしながら飲み干し、「アパッチさん、じゃあ行きます」という言葉を残して三宿方面 に消えていった。アパッチというのは、僕の大学時代のあだ名。出田は渋谷にCAD(Computer-Aided Design)の本を買いに行くといっていた。出田が勤める設計事務所も、いよいよというか、ようやくというべきか、パソコンを使って設計することになったらしい。その勉強用のテキストが必要だったというわけ。ごはんの最中、山田真理さんから、(作家の)佐々木譲さんも「はなちゃんといっしょ」を読んでいるらしいわよ、と聞いて感激。ありがたい話だ。「人間は土に触ると心が動く」と建築家の安藤忠雄さんがが発言されていた(2000年12月20日 読売新聞「顔」の欄で)が、晶くんとはなの砂遊びを見ていて、その通 りだと思った。二人とも憑かれたように熱中していた。遺伝子の奥底に眠っていた、土の家で暮らしていた時代の記憶が呼び起こされたのかもしれない。夕方、うちの近くで開かれたフリーマーケットをのぞくと、俳優の吹越満さん、女優の広田レオナさんがご夫婦でおもちゃやギャップの洋服などを、淡島通 り寄りの一画に並べていた。売れっ子の吹越さんが、お金に困って出店したとは考えにくいので、サイズが合わなくなった子供服や飽きてしまった玩具だろう。そのそばでは、スズキコージさんがライブペインティングをしていたが、絵のうまさ(画家が上手なのは当然かもしれないけど)と背の高さに驚かされる。夜、風呂から上がったあと、僕がトランクスをはこうとすると、娘がひたすら邪魔をする。あまりにしつこいので「はいてもええかな、はなちゃん」といらつきながらいうと、「おっきい、おっきい」と叫びはじめた。大きいのは、トランクスか、僕の持ち物か。どっちなんだ、いったい。

12月3日(月) はなちゃん、おねえちゃんなるの
右上の奥歯が少し痛むからと、先週のうちに予約しておいたヨシエ歯科へ。診てもらって、気分的に楽になる。断続的だった痛みも和らいだ。昼間、某テレビ局の正月特番を訴求する新聞広告のアイデアをまとめ、神楽坂のデザイン事務所へファクス。七種類の新聞広告を一度に考えたので、脳の回路が混線しそうだった。夜、娘が「はなちゃん、おねえちゃんなるのぉ」と何度も繰り返すので驚く。二歳になってから、自分より小さい子のことが気になるようになってきたのか(保育園では、わが娘はいちばん小さいクラスなんだけど)。園では友達が便を出したのを見て、「はなちゃん、ワニのうんち」といいながら、おまるに座って自分も排出したらしい。

12月4日(火) おねえちゃんなるの疑惑
昼間、昨日提出した案に対する要望をふまえ、さらに某テレビ局の新聞広告を考える。夕方、田町にある広告代理店で雑誌広告とカタログの打ち合わせ。家を出る前からなんとかなく違和感があったが、制作ミーティングのあいだ、歯痛が復活。これには弱った、まいった。どうにか打ち合わせを終えて帰宅すると、寝ないで待っていてくれた娘が体当たりしてきた。僕が打ち合わせに出ていることを妻から伝えられると、「おとうちゃん、おしごとなの?」と何度も何度も聞き返し、いつもはするヤンチャもせず、おとなしく待ってくれていたらしい。やっぱり、親が二人とも揃っているほうがうれしいのですね。保育園では「はなちゃん、おねえちゃんなるのぉ」と繰り返して、関岡先生に「えっ、おめでた?」と勘違いされたらしい。この「おねえちゃんなるのぉ」というセリフ、いったいだれに教えてもらったのだろう。

12月5日(水) 鎮静化 
午前10時の受付開始と同時に、ヨシエ歯科に電話し、診てもらう。右上の奥歯の中が膿んでいると言われ、ショックを受けるが、処置をしてもらったおかげで痛みは鎮まる。やれやれ、助かった。日中、某テレビ局の新聞広告のコピーを修正する。まだまだ何度も直しが発生しそうだ。

12月6日(木) 竹之内といえば、豊でなく雅史でしょ   
朝、『プロ野球人名事典』という本を見ていて気づいたけど、竹之内雅史さんも鎌倉学園の出身だった。同校は先週この日記に書いた、ライター兼コピーライターの小沢宏次さんの母校。竹之内さんといえば、なんといっても、極端なクローズドスタンス。イチロー選手よりもずっと前に、変則的な振り子打法を実践。クラウンライター・ライオンズから移籍し、僕たち阪神ファンに強烈な印象を残した選手だ。それにしても、ライターの会社(百円ライターを製造していたはず)がプロ野球チームを経営したケースって、他にあるのかな。午後六時すぎに家を出て、打ち合わせのため、田町へ。午後十一時帰宅。当然、娘はもう眠っていて、ちょっと切ない気分。缶 ビールを飲みながら、午前二時まで、自分たちのホームページのアイデアを妻と語り合い、いろいろ思いついた。長いこと更新していないので、一日も早くアップせねば。

12月7日(金) 脱税か暴力か 
沙知代夫人が脱税で逮捕され、阪神の野村監督が辞任したのが二日前。新監督探しを急ぐのは当然としても、星野仙一さんの名があがるとは僕には意外だった。星野さんよりは仰木さんのほうがいい。指揮官としての能力が、なんとなく高そうな気がする。星野さんは指揮官というより「士気官」か。もちろん、脱税は良くないが、暴力だって褒められない、反対だ。保育園は、十二月生まれの子供たちを祝う誕生会の日。娘は、「おめでとう」といいながら拍手をしていたらしい。この日は、近くの中学生がボランティアで来ていたのだが、そこの女の子たちに、「手ぇ洗ったのぉ、見てピカピカ」「うんち出たのぉ」など、なにかするたびにいちいち自慢していたそうだ。

12月8日(土) 近鉄が三越に
新代田のプールへ家族で行く。妻が娘とプールに入っているすきに、代田図書館へ行き、クリスマスの飾り付けや仮装パーティのアイデアなどが載っている数冊を返却。同じ建物の一階会議室で、本のリサイクルイベントが行われていたのでのぞいてみたが、特に欲しいものも見つからず、すぐプールの見学コーナーに戻る。娘は、眠さのためか、プールの中で不機嫌な表情。対照的に、山崎さんちの晶くんは、ネジが何本も抜けたかと思うほど、はしゃぎまくっている。喜びすぎて、顔じゅう口に見える。夕方、吉祥寺へ行き、ラオックスでプリンタのカタログをもらったあと、西友と無印良品で子供ぐつを購入。途中、西友を出て商店街を南下してすぐの位 置にドイツふうカフェを発見。妻がけっこう迷って二種類のパンをテイクアウトしたが、どちらもおいしかった。ラオックスに寄る途中、近鉄百貨店だった建物の前を通 った。三越とIDC大塚家具ショールームに変わっていたのでびっくり。大塚の家具のショールームは、なんと三階から八階までを占めている。夜、うちの実家から電話があった際、「大塚家具って、なんでそんなに金あるんやろ?」と僕がいうと、親父いわく「親会社が、大塚製薬やからな」。えっ、そうやったの。それで僕が「そういえば、来年から大塚製薬の主力商品、オロナミンCのキャラクターに、二十数年続いた巨人の選手が使われなくなるらしいで」と教えると、わが親父は「巨人やから飲まんという人も多かったかもしれんし、そのほうが売れるかもな」。ジャイアンツファンのくせに、冷静な意見をいう親父であった。

 

第79回 2001年12月6日

11月25日(日) 二重否定
昨日に引き続き、新代田のプールへ家族で行く。昼間、画材屋で色ケント紙を買った帰り、通 りがかりで、本多劇場のそばにあるギャラリーGEKIで行われていた「ヤマグチノリカズ展 3」という個展を見る。ジャイアント馬場さんを木版画で表現されたものだったが、なかなか達者。どの絵もいい感じである。アントニオ猪木さんの絵も一点あった。もちろん、ヤマグチさんはプロレスの大ファンなのだろうが、馬場・猪木以外の絵もいろいろ見てみたい。夜、入浴後、娘が僕を指差し「パパ、ちんちん、なーい」と言ったので、僕が思わず「えっ?」と返答すると、「パパ、ちんちん、ないじゃない」といい直していた。ないじゃない、だって。否定の否定で肯定か。そんなに高度な言語表現ができるようになっているとは驚いた。そして感激した。

11月26日(月) UAに「ウワァー!」 
朝、保育園へ連れていった娘が、パジャマを入れておくかごに書かれた、自分の名前を読んだのにびっくり。名前の一字一字を読み取ったのではなく、「おおくらはな」という平仮名のかたまりといて記憶しているのかもしれない。あるいは、名前の左側に貼られたトンボのシールで、他の子のかごと判別 しているのか。午前中、休憩なしとまではいかなかったが、初めて800メートルを泳ぐことができた。プールの帰り、女性シンガーのUAさんとすれ違ったが、あの人はとにかくインパクトが強い。UAという歌手をたとえ知らなくても、普通 の人(の定義なんてないけど)じゃないな、と感じるだろう。夕方、保育園で娘をピックアップしたあと、下北沢の駅でベースボール・マガジン社の田村さんから校正刷りを受け取る。保育園との連絡ノートを読むと、「はなちゃんが、散らばっていたおもちゃのブロックをせっせと片付けてくれました」という先生のコメント。家では片付けることもあるけど、どちらかいうと、散らかし屋なのに。

11月27日(火) 麻生十番へ 
朝、締め切りに追われ、歯科医をキャンセル。どうにか作業を終わらせたあと、下北沢南口の喫茶店でベースボール・マガジン社の田村さんと打ち合わせ。途中、広告会社プロデューサーのKさんから連絡をいただき、夕方、麻布十番のある企業へ打ち合わせに行くことになった。詳しい内容は書けないが、クラシック音楽に関係のある仕事。夜、トヨタカップのバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)対ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)戦をテレビで観戦。延長前半、コーナーキックからゴール前で混戦になったところをDFクフォーが押し込み、バイエルンがこの1点を守って世界チャンピオンに輝いた。けっこう渋い試合だったが、ハイレベルな部分も見られた。ボカのFWデルガドが前半終了間際のゴール前、ゴールキーパーの近くで転倒し、PKをアピールしたが、審判はわざとこけたと判断。デルガドが2枚目のイエローカードをもらい、退場してしまったのが悔やまれる。フランスW杯で、アルゼンチン代表のMFオルテガが途中退場させられたシーンを思い出した。紋切り型の意見かもしれないが、ラテン系の人々には「陽気」と「カッとなりやすい」の両方のイメージを持ってしまう。デルガドの転倒は、主審に見抜かれてしまったが、南米の選手はこけるのがうまい。こけてからの痛がるゼスチャーはたしかに大げさだったりするが、ファウルのもらい方まで訓練しているのだろう。昔、新日本プロレスの試合に出ていたボブ・バックランドというプロレスラーの痛がり方を思い出してしまった。あることをきっかけに、韓国語を勉強したくなってきた。

11月28日(水) またもや麻布十番へ 
午前四時に目覚まし時計を鳴らしたが、起きたのは六時。それも、妻に起こされて。午前中、麻布十番の某企業へ、追加の資料を受け取りに行った。往路、「餃子の王将」の前で、娘のクラスの子供たちや先生とばったり会った。みんなで散歩の途中だったらしい。僕はいつものようにカジュアルな恰好だったので、ぶらぶらしていると思われまいかと、聞かれてもいないのに「あっ、これから打ち合わせなんです」と言ってしまった。わざわざ主張するところが、嘘っぽい印象をあたえてたりして。麻布十番から帰宅すると、某出版社に勤めるHさんからメールが届いていた。この日記の読んでくださっている方からだ。感想を送っていただけるのは、本当にありがたい。Hさんの話では、水泳を続けていると、「ある日、突然、長い距離を泳げるようになるのです。そうすると、もう、永遠っていうほど泳げるようになってしまいます。そういう日は、突然やってきます」とのこと。気持ちよさそうに長い時間泳いでいる人を、僕も見たことがあって、うらましいなぁと思っていたが、そうか、突然そうなったりするのか。自転車に乗れるようになった、あの瞬間と似ているのかな。夕方、おてもやん企画の小林秀雄さんから電話をいただく。きょうの午前中、小林さんから届いた謎の文字化けメールは、ウィルス感染メールだったようだ。うちはマッキントッシュなので、被害を免れたが、ウィンドウズだったら危なかった。小林さんは、糸井重里さんが主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」というウェブサイトで連載もされているコピーライターだが、冗談好きの人なので、文字化けに見せかけたアバンギャルドなジョークなのだろうか、と勝手に思いをめぐらせていたのだった。

11月29日(木) ソープの女!?  
ネットをあちこち行き来していたら、ロマンポルシェのインタビューが出ていて、読んでみたらコメントがかなりおもしろい。名前は知っていたけど、なるほど、こういう男性二人組だったのか。調子に乗って彼らのオフィシャルサイトを見てみると、「“男とは何か”について聞いてもいない客に向かって一方的に説教するパフォーマンス」とか、「説教と楽曲の割合が7:3」などとあり、また笑ってしまった。かなり、芝居がかったデュオだな(芝居の世界に生きる方たちから見ると、どういう印象を持たれるかわかりませんけど)。「男とは何か」なんて、まるで先日ミヅマアートギャラリーで行われた松蔭浩之さんの講演会のようだ。ロマンポルシェのサイトを見ているうち、戸川純Bandという文字を発見。最近、バンドをされているのか。ユニークなユニットだったなぁ、ゲルニカは。キーボードは、何度か近所ですれ違ったことがあり、キャットフードの袋を抱えているところを目撃したことがあるホッピー神山さん。ドラムはルインズの吉田達也さん。どんな音なのか、ちょっと気になる。家でもそうだが保育園でも、娘は石鹸でゴシゴシ手を洗うことに凝っているらしい。きれい好きはいいことだけど、石鹸をいつまでたっても次の子に渡さないので、先生方は少し困っているそうだ。申し訳ないです。

11月30日(金) 小沢さんとヒマつぶし

藤沢市に住む小沢宏次さんが突然、やってきた。代々木上原で打ち合わせがあり、そのあと、飲み会が新宿であるんだけど、それまで三時間くらい空くので、うちでヒマをつぶそうと思った、とのこと。お会いするのは、今年の夏以来。あのときは突然電話したのに、僕ら家族三人に会うため、江ノ島海岸へ来てくれた。井筒ワインを飲みながらおしゃべりしたが、小沢さんはあいかわらず、おもしろい。ここ数年、高校野球のシーズンになると、母校の鎌倉学園を予選から追いかけ、応援なさっているとか。最近では福岡ダイエーホークスの若田部投手を輩出したこの名門校の試合には、OBだけでなく、地元のおじさんファンが多く詰めかけ、思い思いのヤジを飛ばしているらしい。観客の数だけ、監督がいるというわけか。僕の母校には、残念ながら野球部がないので、少しうらやましい気がする。小沢さんは野球部じゃなくて、サッカー部出身なんだけど、部の壁を超えた愛情をお持ちなんだろう。保育園友達の深民さんから、建築家バックミンスター・フラーのことをメールで教えてもらった。ネットで調べたら、明日から外苑前のワタリウムで、この建築家にスポットを当てた展覧会が催されるという。時間があったら、行ってみようかな。

12月1日(土) 意外性のあるビール
朝、妻が「竹田さんという人からメールが来てるわよ」というから見ていると、十年以上前に大阪で一緒にバンドを組んでいた竹田達彦さんからの返事だった(たまたま竹田さんのホームページを見つけたので、僕のことを覚えているか、メールでたずねてみたのだ)。「君、もしかしてドンちゃん(やったっけ)? 太ってて大きくてメガネかけてて・・・(間違ってたらごめんなさい)」とあったけど、間違ってるがな。たしかにちょっと太っててメガネもかけてるけど、大きくないし、それにドンちゃんと呼ばれたことは一度もない。昼間、保育園の父母会主催の仮装パーティが、梅ヶ丘パークホールで開かれた(僕は準備を手伝うため早めに会場へ行き、妻と娘は新代田で泳いでから参加)。日頃ゆっくり話すことがほとんどないので、他の親御さんとしゃべれて良かった。同じクラスのTさん夫妻も、僕らと同様、ビールが好きなのが判明。もうひとりのTさん(まったく違う名字なのにイニシャルで書くと、同一人物みたいですね)は昨日、下北沢南口から近いパチンコ屋で七万いくらだか儲けたらしく、上機嫌で話しておられた。保育園の集いなので予想もしていなかった、生ビールを用意してくださっていたのは感動的だった。飲めないと思っていた場所で飲むビールは、いつもの二倍くらいうまい。僕と妻は二杯ずついただい