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第50回 2001年5月16日
| 5月6日(日) 「ひさびさのモデル撮影」 曙橋のスタジオで撮影があり、顔を出す。コピーライターの僕が参加してもあまり役に立たないのだけど、自分がかかわっている仕事なので見ておきたいと思い、伺わせていただいた。モデルの杉田くんはエアヘッドというバンドをやっているらしく、うちの隣室に事務所を構えているパンクバンドSOBUTというの人と顔見知りだという。カメラマンの篠原さんは十日からCOBAのジャケット撮影で、イタリアへ行くらしい。みんな忙しいんだなぁと感心。スタジオで撮影が順調に終わって帰宅。午後五時二十分に博文堂書店で妻子と待ち合わせて、店内をざっと見たあとフィクショネスへ。長新太さんの絵本を購入。店主の藤谷さんの話だと、『下北沢カタログ』はかなりの勢いで売れているらしい。めでたいことだ。昼間、妻は娘を連れて、羽根木公園へ行ってきたという。妻がお土産に買ってきてくれた「梅丘・寿司の美登利」の穴キュー巻はおいしかった。 5月7日(月) 「タトゥーの兄ちゃん」 娘がひさしぶりの保育園へ。往路、娘に自分で歩かせると、いろんなものが気になってなかなか前に進めないので、仕方なく途中から抱っこして連れていく。午後、呼び鈴が鳴ったので出てみると、両腕入れ墨だらけのの兄ちゃんがドアの前に立っていて驚く。だれかと思ったら、SOBUTのギタリスト(だと思う)の男性だった。道路よりの窓際に干していた、布団の防湿シーツが地面 に落ちていたので、持ってきてくださったのだった。びびってしまって、すいません。 午後二時頃だったか、ワイドショー番組をつけていたら、唐組のスタッフとして、新宿の花園神社で汗を流す、高橋祐也さんが映し出されていた。なんなんだ、いったい。そんなことくらいで、とりあげるなよ。そのほかに、マラソンの高橋尚子さんと小出監督の記者会見の模様も流れていた。小出監督を見ると、イジリー岡田さんを思い出してしまう。今年の正月、ものまね番組でイジリー岡田さんが、酔っぱらった小出監督のまねをしていたのだが、それ以来、小出監督がイジリー岡田に見えてしょうがない。困ったもんだ。夕方、ファクスの番号に「世田谷サービス公社さんですか?」という電話がある。かけてきたおばさんの話では、消防署に電話したところ、うちの番号を教えられたらしいが、なんちゅう間違い電話なんだ。 5月8日(火) 「コピー書き直し」 午前十一時前から雨。それまでも曇りがちの天気だったが、少しの間でも干したいと思い、強引にベランダに出していた布団が微かに濡れてしまった。午後、中吊りポスターのコピーを書いていたら、デザイナーから電話があり、掲載商品が変わっのでそれに合わせたコピーを作ってほしいといわれる。やれやれ、できかかっていたコピーを破棄し、こ新たに制作しなくてはいけなくなった。 5月9日(水) 「フォニックスと家族写真」 妻から、フォニックスという英語の発音法があることを教えてもらう。手もとの英和辞典でphonicsを調べると、「初歩的な発音教授法、音響学」とある。聞いたころによると、アルファベットをa(エー)、b(ビー)、c(シー)、d(ディー)と読まずに、a(ア)、b(ブ)、c(ク)、d(ドゥ)と発声していくらしい。こういったトレーニングをすることによって、単語のかたちになったものを正確に発音しやすくなるという。興味がわいたので博文堂書店の二階の語学コーナーを覗いてみた。フォニックスに関する本はあるにはあったが、自分のレベルに合った適当なものが見当たらないので、何も買わずに店を出る。二階にはブルース・オズボーンさんが撮った写 真集『KAZOKU』があり、中を繰ると最後に近いページに、山崎浩一さん・晶くん・山田真理さんファミリーが写 っていた。幸福そのものを静止画像にしたような素敵な写真だった。 5月10日(木) 「クレイジー万歳!」 ドラマで借りてきた中国映画『クレイジー・イングリッシュ(瘋狂英語)』(チャン・ユアン監督、出演リー・ヤンほか、1999年)を妻といっしょに見る。中国各地をまわり、大群衆に独自の英語勉強法を説いてまわるリーさんのパワーに圧倒される。恥を欠くことをおそれず、身振り手振りを用い、大声を英語を話そうと呼びかけるリーさんは、まさしくクレイジーそのもの。映画の中とはいえ、こんなにエネルギッシュな男はあまり見たことがない。「英語を覚えて、金を儲けよう」という、ストレートなメッセージに好感を抱いた。もったいぶらないところがいい。夜、電車の中吊り広告のラフを見せるため、市ヶ谷の出版社へ行き、修正作業が発生。いったん帰宅してコピーを書き直してから、タクシーで神宮前のデザイン事務所へ行き、デザイナーといっしょに修正作業をして、またタクシーに乗って帰宅。家に戻ったのは午前四時半だった。元気づけに再度『クレイジー・イングリッシュ』を見ようかとも思ったが、やめた。眠すぎる。 5月11日(金) 「キヤノンのヤ」 昼過ぎ、デザイナーの鈴木くんと待ち合わせ、市ヶ谷の出版社へ。苦労したかいあって、修正したラフは大筋OK。広告紙面 にキヤノンの製品が出てくるのだが、編集長から「ヤ」の文字は小さくしないでくださいね、と念を押される。もちろん、了解している。通 常の大きさの「ヤ」を用いている。キヤノンの「ヤ」、富士フイルムの「イ」は小さく表記しない決まりなのだ。 5月12日(土) 「タマニハ、ニコタマ」 二子玉川のセントメリーズ・インターナショナル・スクールのカーニバルへ。ホワイトエレファントのバザーで娘の服やおもちゃ、洋書を買い、各国料理の屋台で買ったビールや焼き鳥らしきもの、ビーフンなどを食べる。途中誘っておいたアンドレス・ロペスさん一家と合流し、おしゃべりや食事を楽しんだ。で、そのあと、ロペス家の車で我が家のすぐそばまで送っていただいた。ありがたや、ありがたや。昼間からビールやワインを飲んだせいで眠くなっていたので、娘と並んで昼寝。夕方になって目が覚めてから、下北沢を散歩。途中、ものすごい勢いで自転車を漕ぐ、柄本明さんと擦れ違った。そんなに急いで、どこへ行かれるとこだったのか。 |
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第49回 2001年5月6日
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4月29日(日) 「近場でゴールデンウィーク」 |
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第48回 2001年4月29日
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4月22日(日) 「カタカナADVANCE」 |
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第47回 2001年4月22日
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4月15日(日) 「地味な日曜日」 |
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第46回 2001年4月15日
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4月8日(日) 「墓地のあいだで、あいださんを祝う」 谷中墓地で花見がてら催された、画家・会田誠さんの結婚披露パーティに顔を出す。松蔭浩之さん、サエキけんぞうさん、松本弦人さん、中ザワヒデキさん、スメリーさん、福田美蘭さん、宇治野宗輝さん、明和電機(のお兄さん、つまり社長のほう)をはじめ、かなりの人数が集っていた。サエキけんぞうさんがこの日のために作ってきたという曲まで聴けて楽しかった。帰宅後、ごはんを食べているとき、娘が初めて「おいしい」と発した(正確には「おいちい」という感じだけど)。 4月9日(月) 「ジョー樋口がお父さんとはすごい」 朝、娘を保育園へ送る途中、何度かお目にかかったことのある日暮恵子さんに声をかけられる。午前中、パワーブックの修理代を電話で確認したところ、思いのほか高くショックを受ける。昼食後、たまたま『徹子の部屋』をつけると、NHKの朝のドラマ『オードリー』に出演していた俳優の菊池隆則さんが出ていた。菊池さんのお父さんは、プロレスのレフェリーをしていたジョー樋口さんだそうだ。知らなかった。ジョー樋口さんといえば、全日本プロレスだったかな。 4月10日(火) 「発熱とブラッシングと本塁打」 朝、娘が自分の髪をブラッシングしていたので、びっくり。まだ一歳五カ月なのに、早熟ではないだろうか。それはともかく、妻が三十八度八分の発熱。二日前から微熱はあったのだが、ついに、である。買い物に出た際、ファミリーマートのおじさんから、toto三等を当てたと聞かされる。ただし、1,600円買って370円も配当だから、なんのこっちゃ、だけど。午後、娘を北沢タウンホールへ連れて行き、二度目のポリオ予防接種を受ける。夜、見るつもりはなかったのに『新・お水の花道』を見てしまう。きょうは新庄選手が初ホームランを打ったが、阪神タイガースは二対○でヤクルトに敗戦。なんだか複雑な気分。 4月11日(水) 「マジックマッシュルームは合法なのか」 ヤフーのニュースで、俳優の伊藤英明さんがえらいことになったと知る。次のような記事だ。 <人気俳優が幻覚?>伊藤英明さん、コンビニに駆け込み入院(毎日新聞) 10日午前2時20分ごろ、東京都世田谷区上用賀1のコンビニエンスストアに、近くに住む俳優、伊藤英明さん(25)が「苦しいので助けてくれ」と駆け込んで来た。救急車が駆け付けたが、意味不明の言葉をわめき暴れたため、同区内の病院に措置入院させた。 警視庁玉川署などの調べに対し、伊藤さんは「(幻覚症状が出る)マジックマッシュルームを食べた」などと話しているといい、食べ過ぎて強い幻覚症状が出たとみられる。 マジックマッシュルームは、自生のキノコ類で違法な薬物には指定されていないが、幻覚症状が出ることが知られている。 伊藤さんは雑誌のモデルなどを経て「踊る大捜査線」や「女子アナ。」などテレビの人気番組に出演。昨年は芸能部門のベスト・ドレッサー賞に選ばれた。 4月12日(木) 「畳表、をひさびさに聞いた」 昨日ニュースで見たが、ネギ、生シイタケ、畳表の緊急輸入制限(だったかな)が発表されたのには驚いた。特に、畳表という言葉を聞いたのはひさしぶりだった。最初、タタミイワシと言っているのかと思った。それはそうと、先週書いたDAFT PUNKSという音楽グループ名は、DAFT PUNKだ正解だった。きょうは打ち合わせのため、数カ月ぶりに電通 のSLタワーへ行ってきた。 4月13日(金) 「ドットコムが危ない」 ビデオに録っておいたNHKの番組『トップランナー』を見る。明和電機が出演していたので、妻が録画しておいてくれたのだ。で、その番組を見て初めて知ったのだが、明和電機は社長が交代したらしい。どうやら、前社長を勤めていた、お兄さんのほうは脱退されたみたいなのだ(番組中で「脱退」とは言っていなかったが)。お兄さんのほうを、五日前に谷中墓地でお見かけしたばかりなので、余計にびっくりだった。お兄さんは、純粋な現代美術作家になるのだろうか(あくまで、僕の想像だけど)。夜、NHKのBS番組を見ていたら、米国西海岸のシリコンバレーではドットコム企業がどんどん潰れている、と報じていた。資金繰りに苦しむ、ベンチャー企業の若き社長さんが取材を受けていた。人の心配をしている余裕は僕にはないが、少し気の毒に思う。 4月14日(土) 「メジャーリーガーは仕事の大敵」 娘を保育室へ預け、土曜返上である広告を考える。メジャーリーグのテレビ中継にチャンネルを合わせてしまったのでちょこちょこ見てしまったが、それでも懸命に仕事を進めた。夜は、ふとんの上で娘と遊んで、大はしゃぎしてしまった。
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第45回 2001年4月8日
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4月1日(日) 「エイプリルフールらしくなかった」
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第44回 2001年4月1日
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3月25日(日) 「男たちとの再会」 |
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第43回 2001年3月27日
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3月18日(日) 「3円コピーの謎」 |
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第42回 2001年3月20日
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3月11日(日) 「わけぎをわけてもらう」 |
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第41回 2001年3月20日
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3月4日(日) 「こんばんは、俵孝太郎さんです」 |
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| 2月25日(日) 「梅とワイン」 昼間、コピーライターのアンドレスさん夫妻を誘い、梅まつり最終日の羽根木公園へ。アンドレスさんの奥さんのカヨさん、息子さんのレナンくん、それに我が家三人でおしゃべりしたり、ボールを蹴ったり、シャボン玉 遊びをしたりする。近くのコンビニで買ったなんてことのないワインも、戸外で呑むとけっこううまく感じられるから不思議だ。夕方、タケちゃんがカレンダーを受け取りに来たので、うちで一緒に食事する。 2月26日(月) 「久しぶりの松本清張」 朝、妻が副島クリニックへ娘を連れて行く。風邪のためだ。隣のワンルームマンション建設現場では足場の解体がはじまった。昼間、某テレビ局の二時間ドラマを宣伝する、新聞広告の仕事を受注。さっそくその原作本を下北沢の古書店で買ってきて、明け方までかかって読む。 2月27日(火) 「片付けは準備より早いのだ」 隣の建設現場では、工事関係者の事務所用に設置されていたプレハブが撤去された。クレーン車が来て、プレハブをばらさずにトラックへ積み、運び去っていった。洗濯物を干しながら、ちらちら見ていたが、あっという間の出来事だった。昼食後、タケちゃんの仕事を少し手伝う。夕方、家の近くで、声をかけられたので振り向くと、カヨさんと愛息のレナン君だった。 2月28日(水) 「へんの字がへんだった」 朝、副島クリニックへ娘を連れて行く。娘の体調はかなり良くなってきた。昼前だったか、(ほんとの)真どなりに建つ一戸建ての建築説明に、施工業者、設計事務所の人間が来る。前にちらっと聞いたときは木造の三階建てだといっていたのに、鉄骨四階建てに変わったと聞き、頭に来て文句をいう。このあたりは建坪率八十パーセントらしいが、敷地いっぱいに四階建てなんか建てられたら、陽当たりは今にもましてわるくなるし、またもや工事の騒音に悩まされるのかと辟易する。その一戸建ては、一階を雑貨屋にして、二階から四階を住居にするとのこと。そんなところの雑貨なんか買ってやるもんか、という意地悪な気分になってしまう。先週のこの連載のなかで、フリースタイルの吉田さんに新刊本『英語で日本語を考える 単語編』をいただいたと書いたが、「へん」の字が違っていた。正解は『英語で日本語を考える 単語篇』。吉田さん、申しわけない。 3月1日(木) 「隣の一戸建てはやはり気になる」 昨日の建築説明のなかで気になる点があったので、藤沢市にある設計事務所に電話。ところが、だれも応答に出ないので、施工業者へファクスしておくことにした。数時間後、返答がファクシミリで届く。詳細について、改めて説明に来るそうだ。 3月2日(金) 「幻の雪」 早起きして、シアトル・マリナーズ対サンディエゴ・パドレスのオープン戦を見る。一番ライトで先発出場したイチロー選手は、三打数一安打。パワー負けしているようにも見えたが、初試合としてはわるくなかったのかもしれない。このゲームのため、午前六時前くらいに起床したのだが、目覚めてすぐ外を見ると雪がかすかに降っていた。「明け方、昨夜からの雨が雪に変わってたで」といっても、妻は信じてくれなかったが。寝ぼけていた僕が、雨を雪に見間違えたのだろうか。 3月3日(土) 「あ・い・うーは保育園で大人気」 娘が昨夜から下痢気味なので、副島クリニックへ連れていく。途中、自転車に乗ったモデルの鮎川陽子さんと擦れ違う。受診後、信濃屋で弁当を買って戻る途中、遊歩道で、コピーライターの日暮真三さんご夫妻と孫娘のジュニハちゃんをお見かけした。Seagull Screaming Kiss Her Kiss Herという長い名前のロックバンドをしているお嬢さんがレコーディングのため、ニューヨークへ行っているらしく、帰国するまで二人でお孫さんの面 倒をみられているそうだ。ちなみにお父さんの日暮真三さんはコピーライターとして有名なだけでなく、NHK教育の番組「おかあさんといっしょ」で流れている『あ・い・うー』という歌の作詞もされている。 |
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第39回 2001年2月28日
| 2月18日(日) 「ベビーフェンスとベビーフェイスは似ている」 家族三人で渋谷へ出る。東急百貨店本店の永坂更科でそばを食べたあと、東急ハンズをぐるりと見て、眼鏡屋のグローブスペックスへ。以前購入した眼鏡がずれ落ちやすくなっていたので調整してもらってから、五反田の赤ちゃん本舗へ。ベビーフェンスを買って帰宅。夜、本棚と本棚のあいだにベビーフェンスを取り付けた。 2月19日(月) 「シーガイア倒産」 夕刊でシーガイア倒産の記事を知る。僕はシーガイアどころか九州に行ったことがないので、いまいちピンと来ない。お金をかけずぎたわりに売り上げが予想を大幅に下回ったのだろうが、計画が甘かったのだろう。だいたい、今どき高すぎるんじゃないか、ホテルの宿泊料が一泊三万円を超すというのは。朝日新聞には他に、「えひめ丸事故 日本人はなぜ捜索にこだわる 死生観の違い浮き彫り」という見出しが目についた。事故から十日を経ても捜索を続けてほしい、という日本側に対し、米国の記者は「日本の家族はなぜそこまで捜索にこだわるのか」と不思議がっているらしい。生存の可能性が極めてうすいとしても、捜索を続け、せめて遺品だけでも見つけて欲しいと思う気持ちは、多くの日本人にとって理解できるものだろう。海難事故の場合、大規模な捜索を三日以上続けることはまれ、だというアメリカ人はもっとドライなのだろうか。いずれにしても、沈没したえひめ丸を引き上げてほしい。 2月20日(火) 「はっさくケッサク」 ひたすら、三○一号室から二○一号室へ荷物を移動させる。その合間、運送会社の人に来ていただき、コピー機を運んでもらう。コピー機はかなりの重さなのだが、運送会社の人はいとも簡単に、二人で持ち上げていた。三○一号室から二○一号室までと、移動距離が近いためか、ものの三分で運搬作業が終わってしまった。これでは、運搬料を支払うのが惜しい。時給に換算したら、むちゃくちゃ分がいい仕事だろうな。夜、娘が猛烈な勢いではっさくを食べるので大笑いする。妻と僕が必死で剥いても追いつなかないくらいハイピッチな食べっぷりだった。 2月21日(水) 「ゴジラ延期」 日本テレビのホームページを見ていたら、こんな文面に出くわした。「ハワイ・オアフ島沖で起きた「えひめ丸」の沈没事故に類似する場面 があり 日本テレビでは、3月2日の金曜ロードショーに予定していた「ゴジラ」の放送を延期することを決定しました」。当然といえば当然かもしれない。それならば『タイタニック』だって、しばらくはダメだろう。午後三時半、会計士の藤巻さんが来て、確定申告の打ち合わせ。午後四時半に家を出て、麹町でテレビ局のプロデューサーから、四月スタートのドラマに関する話を聞く。 2月22日(木) 「単語篇、出来」 夕方、フリースタイルの吉田さんが突然来て、出来上がったばかりの新刊本『英語で日本語を考える 単語篇』をくれる。平野甲賀さんによるデザインもいいし、タイトルや帯のコピーも前作を踏襲してしてわかりやすい。一作目と並べて平積みされれば、けっこう売れるんじゃないだろうか。 2月23日(金) 「ふたりの吉田」 昼前、キヤノンのスタッフが来て、コピー機のメンテナンス。午後四時、荷物をすべて運び終え、不動産屋に鍵を返却。午後五時すぎ、タケちゃん(吉田健)が仕事の相談に来た。ちょうど時間が空いていたので、一緒に資料探しのためヴィレッジヴァンガードとフィクションネスへ。フィクショネスでは、昨日顔を合わせたばかりのフリースタイル吉田さんと遭遇。その後、うちに帰ってタケちゃんをまじえて夕食。何度も会っているためか、娘はタケちゃんを見て、けっこう喜んでいた。 2月24日(土) 「まだまだ寒いのだ」 ここのところ暖かかったが、冬らしさが逆戻り。仕事が片付かないので、娘を保育室で見てもらう。妻と一緒に、某映画賞に関する新聞広告を考える。 |
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第38回 2001年2月28日
| 2月11日(日) 「そうだ、調布行こう」 建国記念日。左目の調子がわるく、緊急医療機関を電話を調べて、当番医の眼科を探す。結局、いちばん近くの休日当番医である、調布の松山眼科へ。他は、八王子とか板橋だったので、調布がまだ比較的近かったのだ。最初、電話で調べたとき、オギクボ眼科というところがやっていることを、コンピューター音声が教えてくれた。そのため、そこへ行こうかとも思ったが、オギクボ眼科に直接電話してみると、杉並区の荻窪にある眼科ではなく、八王子にあるオギクボ眼科だったのだ。まったく紛らわしい。松山眼科で受診後、調布パルコ五階のパルコブックセンターに立ち寄り、雑誌『リビングデザイン』を購入。帰宅後、巻頭に掲載されている山崎浩一さんと山田真理さんによる、子育てに関する夫婦対談を読む。 2月12日(月) 「五度目の結婚記念日」 結婚記念日。妻の誕生日。家族三人でささやかに祝う。食事後、娘が歯ブラシを自分で取るようになった。ときどきだけど。 2月13日(火) 「内見さん、いらっしゃい」 不動産管理会社レッドハウスのシバタさんに連れられ、若い男性が三○一号室を内見しに来た。その彼の名が珍しいものだった。普天間くん。沖縄の出身だそうだ。午後、東北沢駅近くのテラス東北沢というマンションを内見。わるくはなかったが、隣地に集合住宅を建設中で、陽当たりが心気になった。夜、フリースタイルの吉田さんから電話があり、新刊本の帯についての意見を求められる。 2月14日(水) 「荒川一万円」 アサツーDKを屋木さんをたずねる予定が、急遽キャンセルに。屋木さんに都合がつかなくなったのだ。残念。荒川区が使わなくなった小学校の教室を月一万円で貸すことにした、という情報を新聞で知る。ひとつの教室を二分割するので、実際はまるごと借りれば月二万。それでも十分に安い。夕方、フリースタイルの吉田さんがアルルカンのケーキを手に現れたので、倉庫として借りたらどうですか、と提案。吉田さんのケーキは非常においしく、娘も喜んで食べていた。突然思いついたが、荒川区の教室を借りて、「荒川道場」を開くのはどうだろう。問題は、道場で何を教えるかだ。 2月15日(木) 「新宿と代々木のあいだに住む男」 三○一号室から二○一号室へ、小田急ケーブルの移設工事をしてもらう。作業に訪れた兄ちゃんは代々木に住んでいるらしく、下北沢の家賃を気にしていた。その兄ちゃんは新宿高島屋のそばに住んでいると言っていたけど、あの辺りのほうが都心だし、ここより高いと思うけどね。 2月16日(金) 「浴槽たち」 隣にある、建設中のワンルームマンションに浴槽が運び込まれた。うちの窓からその模様を見ていたのだが、運び込まれるピカピカの浴槽というのは、なんだか不思議だ。ひとつの部屋にすべての浴槽を入れて、八人同時に入浴できる、浴室だけのワンルームにすればおもしろいのに。夕方、リサイクルショップ「インテリアやぎの」のおじさんに来てもらい、小さな食器棚と仕事部屋で使っているシングル向け冷蔵庫を買い取ってもらった。 2月17日(土) 「移転作業は続くよ、どこまでも」 引っ越し準備がなかなか進まないので、娘を保育室に預かってもらい、土曜日も作業を続ける。娘は少し風邪気味で、通 園前に妻が医者へ連れて行ってくれた。 |
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第37回 2001年2月12日
| 2月4日(日) 「推理作家の掲載されるまで」 朝日新聞の書評の『推理作家の出来るまで』が取り上げれていた。評者は北上次郎さん。これでいっきに売れればいいのにな。夕方、北海道から東京出張に来ている親戚 、水谷透さんを呼んで、我が家で鍋を囲む。うちの娘が予想以上に、水谷さんになつくので驚く。過去に何度か会ったことがあるためだろうか。夜、風呂で娘にチンチンを鷲掴みにされる。 2月5日(月) 「ハオハオ登場」 おーなり由子さんが作詞した『ハオハオ』という曲が、NHKの長寿番組「おかあさんといっしょ」に登場。おーなりさんから話はうかがっていたのだが、楽しい歌だった。ハオハオが流れているあいだ、うちの娘はテレビの画面 に両手を当て、左右に体を揺らして踊っていた。昼間、沖縄と九州から戻ったピート小林さんから電話。早くも咲いている、沖縄の桜を撮影してきたらしい。まだ二月になったばかりだというのに、沖縄の桜はせっかちだな。 2月6日(火) 「屋木さんは元気そう」 アサツーDKの屋木さんにメールを出したところ、「ひさしぶりに会いましょう」との返事がほどなく到着。来週、ひさしぶりにお会いすることになりそうだ。午後、京王井の頭線富士見ヶ丘の賃貸物件を内見した。 2月7日(水) 「脱色」 代々木八幡の美容室『very short』で、生まれて初めて、髪を脱色して金髪にする。米国製の脱色剤を三度塗り、最後にグレーのマニキュアをつけてもらって、黄色みを少し消してもらった。脱色剤を塗るたびに三十分は待たなければならならいこともあり、ほとんど丸一日かかってしまった。 2月8日(木) 「欠席」 娘が発熱して、保育室を休む。娘は体調がわるいはずなのに、何度も何度も部屋の中を歩いて往復する。しんどいのか、大丈夫なのか、どっちなんだ。それはそうと、三階に新しく越してきたハカマタさんは感じがいい。 2月9日(金) 「内見」 娘は、熱が少しあるので保育室を休ませる。週刊住宅情報に載っていた、経堂の物件を内見。駅からも近く、間取りも広かったが、経堂に移転した場合、保育室への送り迎えが遠くなる。夫婦で話し合った結果 、経堂の物件は見送ることにした。 2月10日(土) 「解約」 思うところあって、仕事用に借りていた部屋を解約することにした。今後は、狭小スペースでSOHOと育児の両立をめざすことにする。 |
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第36回 2001年2月5日
| 1月28日(日) 「北から来た男」 昼間、テニスの全豪オープンをテレビで見てアンドレ・アガシ選手を応援していたら、隣にいた娘も画面 に見入っていた。そこで、おもちゃのラケットを持たせると、サーブを打つような感じで振りはじめた。親というのはこれくらいのことで「うちの子供はテニスに向いているんじゃないか」などと思い込んでしまう、そういう生き物なのだ。夜遅く、治くんが泊まりに来た。渋谷のON AIR EASTで、ティーンエイジファンクラブのライブを見てきたらしい。 1月29日(月) 「北へ帰った男」 治くんが北海道へ帰っていった。妻が受けた、健康食品のちらしの仕事を手伝う。夜、坂本龍一さん・後藤繁雄さんの『skmt』を読む。お金なんてできれば持ちたくない、税金の話をされると眠たくなる、という坂本氏の意見に共感を覚える。夜、娘とふたりで入浴。浴槽の縁につかまり立ちしていた娘が足をすべらせて倒れそうになり、とっさに僕の男性器にを手をのばした。びっくりして、そして笑ってしまった。たしかに棒は棒だけど、それは手摺りじゃないぞ。 1月30日(火) 「本名ゴードン・サムナー」 青山ブックセンター本店で、『小沢剛世界(ワールド)の歩き方。』をはじめ、美術書数冊を購入。宇明屋(うめいや)という店で、昼食に南蛮麺と餃子を食べるが、どちらも今いちだった。昼時とはいえ混んでいたので、もっとおいしいのかと思ったが期待はずれだった。青山ブックセンターで、ミュージシャンのスティングの半生をまとめた本を立ち読みしたところ、彼の本名はゴードン・サムナー(だっかな)というらしい。ポリス結成より前にゴードン・サムナーはジャズバンドに在籍していたことがあり、そのバンドではメンバー同士をニックネームで呼ぶあうことになっていた。そしてあるコンサートの日、黄色と黒の横縞のトレーナーを着ていたベーシストは、メンバーの一人にstingと名付けられた。stingには「(針などで)刺す」という意味があり、彼の出で立ちからメンバーは蜂を連想したのだ。 1月31日(水) 「ストップ・ユニクロ」 朝、娘を保育室へ送り届けたあと、少し散歩。成徳学園の前を通ったとき、校舎に「祝!春の全国高校バレー出場」と書かれた垂れ幕が目に飛び込んできた。僕はバレーボールに詳しいほうではないが、近くにあるこの高校がよく全国大会に出ていることは知っている。散歩から戻ると、小沢剛さんからメールが届いていた。昨夜、本を買いましたよとメールしたのだが、さっそく返事が来た。小沢さんは、2月26日から岡本太郎美術館で展覧会をやるらしい。夕方、保育室から娘とともに戻った妻から聞いたのだが、ユニクロが下北沢のダイエーにできるらしい。ユニクロの勢いはだれにも止められないのだろうか。と言っている僕も、ユニクロの商品を買ったことがあるのだが。夜、千葉県の千倉へ仕事で行ってきた、という出田がサザエを持ってきてくれたので、刺身で食べた。こりこりして、なかなかの美味だった。 2月1日(木) 「文字校正は眠くなる」 朝刊で知ったが、ガンバ大阪の宮本選手のウエストハム移籍がなくなった。その件については気の毒だが、サッカーは野球よりワールドワイドなスポーツだから、まだまだチャンスがあるはずだ。イギリス以外の国にもトライしてほしい。ほとんど一日中、某大学のパンフレットの文字校正をしていて疲れた。 2月2日(金) 「Jからアウトレットへ」 またもや文字校正の一日。昼食をとりに外出したら、近くの八百屋さんで撮影をしていた。テレビCFの撮影だと思うが、かなりの人数のスタッフが働いていた。撮影隊に脇に置いてあったダンボールボールの箱には、大量 の使い捨てカイロが入っていた。雪は降っていないが、ずっと外に立っていると寒さがこたえるはずだ。夕方、南口の商店街を歩いていたら、J.CREWの路面 店がなくなっていた。丸井のアウトレットストアに生まれ変わるらしい。夜、一昨日もらったサザエの残りを、妻がガーリック炒めにしてくれた。おいしかった。 2月3日(土) 「土曜日の妻たち」 三軒茶屋へ芝居のチケットを買いに行った。その帰り、区のリサイクルコーナーを見つけ、のぞいてみた。「譲ります」という貼り紙が何十枚も壁に貼ってあり、その中に「クリス・ラッセンのイルカの絵、二千円で」と書いてあって笑った。持ち主は飽きたのだろうか。夜、山崎浩一さん宅へ家族で伺う。うちの妻と山崎さんの奥さんが呑みに出ているあいだ、僕と娘、山崎さんと息子さんで留守番。女性同士の食事も楽しかったみたいだが、僕もビールを呑みながら山崎さんといろいろな話ができてうれしかった。山崎さんちの晶くんは、うちのはなより一カ月近くあとで生まれたのに、手足がはるかに大きい。やっぱり、男の子のほうががっちりしているものなのだろうか(考えてみれば、たしかに、保育室でも男の子のほうがたいてい手足が大きい)。 |
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第35回 2001年1月31日
| 1月21日(日) 「児童館へ」 雪が残っている道を歩き、新代田の代田児童館へ。初めて訪れたその施設で、たくさんあったおもちゃを使って娘と遊んだり、置いてあった下北沢歴史を書いた本を読んだりする。その帰り、下北沢の駅のそばで山下久美子さんとすれ違う。そう言えば、聞いてたなぁ『バスルームから愛をこめて』。夜、出田と松葉をうちに呼び、知人にもらったきしめんを食べる。ふたりが帰ったあと、『情熱大陸』というテレビ番組を見ていたら、イチロー選手と小山裕史さんという人が出ていた。この名前、どこかで聞いたな、という気がして考えていたら思い出した。ベースボール・マガジン社の編集者・長久保さんが以前、この小山さんに本を書いてもらっていると、おっしゃっていたことがある。小山さんは鳥取県鳥取市でスポーツジムをやっていて、「初動負荷理論」という肉体強化法を唱えているようだ。 1月15日(月) 「考える一日」 仕事の合間に、朝日新聞が主催する朝日広告賞に出す広告を考え、ラフをつくりはじめる。 1月16日(火) 「離婚話」 夜、朝日広告賞に提出するための作業をしていたら、突然グラフィックデザイナーのKさんが登場。忙しかったので少し話しただけだが、Kさんはもうすぐ離婚しそうだという。奥さんも知っている人なので、複雑な気持ちになる。 1月17日(水) 「大江戸線初体験」 夕方、朝日広告賞の作品を提出するため、築地の朝日新聞本社へ。大江戸線を初めて利用し、築地市場という駅で降りたら、朝日新聞はすぐだった。大江戸線は車内が狭く、特に天井が低い気がした。提出後、朝日ニュースターというCSテレビ局の取材を申し込まれたが、あまりにも突然だったのでとっさに断ってしまった。失敗、失敗。僕なんかでよければ、答えてあげれば良かった。 1月18日(木) 「ほしばれいこについて」 ユニクロの新しいカタログをコンビニで見かける。武田真二さんが表紙モデルになっていたのだが、ユニクロは有名人に頼らないでカタログを作ったほうがいい気がする。別 に、武田真二さんに恨みはないんだけれど。ネットサーフィンをしていたら、干葉麗子という名前が出てきた。千葉麗子(ちばれいこ)かと思ったら、「ほしば」だったので笑った。で、よく似ているなぁと思ったら、同一人物だった。何年前の話か知らないが、千葉麗子が干葉麗子に改名したんだそうだ。 1月19日(金) 「岸田戯曲賞が発表された」 残りの伝票を送る。夕方、フリースタイルの吉田さんが来て、いろんな話をする。夜、インターネットで岸田國士戯曲賞の発表結果 を知る。三谷幸喜さんの『オケピ!』に決定したらしい。フリースタイルから刊行された、松本大洋さんの戯曲『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』では、なかったみたいだ。僕も妻も期待していただけに、非常に残念だ。 1月27日(土) 「大雪の一日」 北海道の中標津から出張で来て府中に滞在している、水谷透さんの携帯電話を呼び出してみた。雪をものともせず、近くの駅まで自転車に乗り、電車を乗り継いで関内まで出かけ、カレーミュージアム(初耳だった)へ行っているらしい。きょうは東京にしてみればかなりの大雪なのだが、北海道の人からみればたいしたことはないのでだろう。外出するのにひるむ、ということはまったくなかったみたいだ。妻は、午前中に打ち合わせがあって、雪の中をしぶしぶ乃木坂の広告会社へ出かけたため、娘と留守番。二人っきりで大変どころか、遊びまくれて楽しかったなぁ。 |
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第34回 2001年1月26日
| 1月14日(日) 「新宿へ」 早朝、「オーヴン」へパンを買いに出た際、構造建築家の池田昌弘さんとばったり会う。池田さんは「今から、イギリスとオランダへ行くところなんです」と言っていた。奥様のジャッキーさんが住むロンドンに寄ったあと、オランダに飛び、劇場建設の仕事をするらしい。池田さんはオランダのある町で、劇場を建設するプロジェクトに参加しているのだ。インターナショナルな仕事ぶりを羨ましく思う。朝食のあとしばらくして、家族三人で新宿の青山ブックセンター、東急ハンズ、紀伊国屋書店をまわり、パイロットプチ(マジック)と本を数冊買う。娘のはなは、青山ブックセンターのリノリウム(だと思う)の床を這いずりまわって大喜びしていた。 1月15日(月) 「はなちゃんといっしょ、って一体?」 突然、この日記のような文章をいったい誰が読んでくれているのかなと、ちょっと不安になる。もしかしたら、フリースタイルの吉田保さんしか読んでいないのではないだろうか。いや、小森収さんも読んでくれているかもしれない。いやいや、もしかして、吉田さんも読んでなかったりして(笑)。夕方、タケちゃん(吉田健)が突然来たので夕食をとりながら、いろいろなおしゃべりをする。 1月16日(火) 「上田義彦展に圧倒される」 昼食に寄った焼鳥屋「でこ助」の小林さんに、子供のおもちゃをいろいろいただく。シカマさん、UKのキタジマさんに会った。午後、タイメックスの腕時計のベルトが切れかかっていたので、西新宿の三井ビル十四階にあるコサ・リーベルマンへ。その後、同ビル一階にあるエプソンのギャラリーで、上田義彦さんの写 真展を見る。上田義彦さんの写真のピントがどこまでも合っているのに驚く。海辺の風景が映った写 真があったのだが、岩肌や海面が克明に撮られていて、眺めているうちに岩の表面 のでこぼこが、人間の毛穴のように見えてきた。 1月17日(水) 「クリマ展へ」 神宮前のデザイン事務所、トラブル&ティーデザインへ行き、鈴木基文くんに仕事の依頼をする。その後、鈴木くんとともにギャラリー「ロケット」へ行き、クリマ展を見る。このクリマ展、簡単にいうと、いろんなクリエーターが持ち寄った物を販売する展覧会。おもしろい物もいろいろあったがなかなか買う気にはなれず、結局トラブル&ティーがつくったバッヂを購入して帰宅した。それはともかく、クリマ展と聞いて、ラクリマクリスティーを思い出すのは僕だけかな。ラクリマクリスティーっていっても、名前を知ってるだけでどんなバンドかよく知らないけど。 1月18日(木) 「45゜初体験」 午後、トラブル&ティーの鈴木くんと待ち合わせ、池袋のライブハウス「ライブインロサ」へ。旧友の田中亨治に八年ぶりくらいで会い、鈴木くんを紹介する。春から、同店のマンスリースケジュールのデザインを鈴木くんがやることになる。ところで、田中と鈴木の打ち合わせ、って名前だけを聞いてたら地味だなー(笑)。 夜、フリースタイルの吉田さんが、僕の仕事部屋の隣室を内見に来たのでうちでビールをちょっと飲んでから、呑みに出る。途中で出田を呼び寄せ、三人で45゜というバーへ。噂には聞いていたのだが、予想以上に高級な空間で料金も高かった。でも、ル・コルビジェの椅子に座れたし、中庭も満喫できたのでよしとしよう。 1月19日(金) 「考える人、になる」 妻の弟、治くんの誕生日だったのに、電話するのを忘れていた。朝日広告賞に応募するための広告を考え、いいアイデアが浮かばないまま、一日が過ぎてしまった。 1月20日(土) 「下北沢に雪が降る」 確定申告のために伝票をまとめたり、朝日広告賞を考えたり、やることがいろいろあるので、土曜日だけど娘を保育室にあずける。夕方から、下北沢に雪が降った。保育室へピックアップに行った帰り、抱っこして歩いていると、娘は傘の下から顔を出して雪の粒を浴びていた。肌に当たると冷たいだろうに、うれしそうだった。 |
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第33回 2001年1月17日
1月7日(日) 「ピーナッツはうまい」 新宿の小田急美術館へ、スヌーピーの展覧会を見に行く。予想通り、三十代以上くら いの客が目立つ。シュルツさんの絵をまとめて見てみると、僕が思っていた以上にうまい(うまいのは、当たり前か)。改めて僕が言うのもなんだが、世界中で親しまれ ているだけあって、やはりスヌーピーは愛らしい。出口付近の物販コーナーで、ピー ナッツの作品集を買う。 1月8日(月) 「代官山でロシア人に会う」 家族三人で、代官山のモンスーン・カフェへ。神泉駅でピート小林さんと合流し、店まで歩く。昼食のメンバーは我々以外に、コピーライターのトム・ヴィシャノフさん と奥様の佐藤チカコさん、ロシア人のアレイクセイ・P・ラフーボさんと奥様の福田友美さん。アレクセイさんは、NHKの海外向け放送のブロードキャスターのほか、さまざまな仕事をしているらしい。アレイクセイさんの、あまりに達者な日本語に驚 く。 1月9日(火) 「くにたち天文台」 ヤフーのニュースを見ると「皆既月食は満月が地球の影にすっぽりと入り込む現象。 国立天文台によると、見られる時間は全国どこでも同じで、今回は10日午前3時4 2分から月が欠け始め、同4時49分から5時51分まで、月の全体が地球の影に入 る。月が元の満月に戻るのは同6時59分。欠け始めから欠け終わりまでの時間は3 時間17分に及ぶ(毎日新聞)」という記事があった。皆既月食がどうのこうのとい うより、国立天文台(こくりつてんもんだい)が、「くにたちてんもんだい 」に見 えてしまって笑う。 1月10日(水) 「インフルエンザNo.2」 娘を副島クリニックに連れて行き、二度目のインフルエンザ注射を打ってもらう。お しりに打ってもらったのだが、痛くて大泣きしている娘を見るとかわいそうになっ た。昼間、北海道の中標津に住む親戚から電話あり。そこの家の拳(けん)ちゃんは 小学校三年生なのだが、最近ハリー・ポッターにハマっているとか。あと、遊技王カ ードというのも、学校で流行っているらしい。夕方、保育室から娘を連れ戻った妻 に、ふたりの保母さん(あけみ先生、みほ先生)が昨年末で退職されていたことを知 らされ、ショックを受ける。年があけてから見ないなぁとは思っていたが、まさか辞 められていたとは。代わって登場した、新しい保母のくみこ先生に、娘は慣つかない らしい。保育室から帰ってくる途中、ゲームセンターの前で、妻がしまおまほさんを 見かけたそうだ。僕も何度か見かけたことがあるので、下北沢近辺にお住まいなのか もしれない。 1月11日(木) 「エンドレス文字校」 某大学のパンフレットのラフを見直して、一日が過ぎる。何十ページもある印刷物の 場合、文字校正(文字が間違っていないか、文章がおかしくないかなどを見直す作 業)をするだけで、かなりの時間を要する。数百ページもある書籍を手がけられてい る、フリースタイルの吉田さんや、編集者の小森収さんからみれば、大した量 ではな いのかもしれないが。 1月12日(金) 「渋谷へ」 昨日に続いて、某大学のパンフレットを見直し、その合間に、某シネマコンプレック のDMのコピーを考える。夕方、渋谷に出て、オフィスデポ渋谷宮益店で文具などを買 い、渋谷郵便局から仕事の書類を送る。 1月13日(土) 「またもや渋谷へ」 昨日置き忘れてきた資料を受け取りに、またもやオフィスデポ渋谷宮益店へ。その 後、パルコに入っている無印良品で、メモ帳などを購入。帰宅後、娘を遊びまくる。 娘は三、四歩くらいならあるけるようになってきたが、しっかり歩行できるまでに は、もうしばらくかかりそうだ。 |
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第32回 2001年1月10日
| 12月31日(日) 「年越さず」 夕方までにいろんなものを食べて満腹になってしまい、買っておいた年越しそばが、 お腹の空きスペースに入らない状態に。結局、年越しそばを食さぬまま、二千一年を 迎えてしまう。 1月1日(月) 「がらがらの下北沢もわるくない」 きょうから二十一世紀。そして、僕にとっては三十四回目の誕生日。昼間、娘を抱っこして下北沢をうろうろするが、営業している店も少なく、結局、北口のスターバックスカフェでエスプレッソを飲んで帰宅。見てまわるところは少なかったが、すいている下北沢もなかなかいいものだった。夜、『世にも奇妙な物語』のスペシャルを見る。SMAPのメンバー五人がそれぞれ主演を務めるショートドラマ五本立て、というオムニバス形式。木村拓哉さんが出ていた第三話は、奇妙な演出スタイルだなと思って いたら、CFの演出や映画『PARTY7』などで知られる石井克人さんが脚本・演出を手がけたものだった。エンドロールに石井克人さんの名前を見つけて、妙に納得してしま った。 1月2日(火) 「ロボコップからアトムへ」 家族三人で、北沢八幡宮へ初詣。おみくじを引き、写真を何枚か撮る。おみくじの結果 は、僕が中吉、妻は吉、娘のぶんは引かなかった。テレビを観ていたらANAのテレ ビCFをやっていて、そのなかで、吹越満さんが鉄腕アトムに扮していた。実写 の鉄腕 アトムかぁ。近くでよく見かける俳優さんを、正月からメジャー企業のコマーシャル で見る、というのもなんか不思議な感じだ。吹越さんは昔、ロボコップに扮するネタ を舞台でやっていたが、今度はアトム役。メカっぽいのかな、あの人。よくわからな いけど。 1月3日(水) 「笑える大学、って楽しそうだ」 昼間、千代田線車中で、産能大学の広告を見たのだが、そのキャッチコピーが「4年後に笑える大学。」というものだった。入学した人が笑えるのか、笑われるのか、一 瞬わかならなくて笑った。「4年後に笑われる大学。」だったら、もっとおもしろいのに。もうひとつ、代々木上原駅構内の看板に、あいおい火災(だったと思う)の看 板を見つけたが、そのキャッチコピーは「大東京千代田火災には、しませんでした。」というもの。大東京火災、千代田火災というふたつの会社が合併したことを看板で訴求しているのだが、「しませんでした」と、否定形になっているのがおかしい。ところで、なぜ、あいおい火災なのだろう。夜、サッカーの日韓オールスターズ 対世界選抜オールスターズ戦をテレビで観る。スコアは一対一で引き分け。ゴールシーンをもっと見たかったが、ゲーム自体は思ったより楽しめた。自然と、僕と同い年のカズを応援してしまった。しかし、(当初、来日予定メンバーに入っていた)ジダンを見たかった。 1月4日(木) 「多忙なしりあがりさん」 朝から国立小児病院の皮フ科を訪れ、娘の肌にできている湿しんを診てもらう。病院開き(という言い方があるかどうか知らないが)ということもあって、診察までにかなり待たされる。女性の先生に診察してもらったが、娘の湿しんが治りかけていたので、詳しいことはわからないとの返事。全身に一日三度塗る保湿クリームと、赤くなっている部分に塗るステロイドが少し混ざったクリームをもらい、とりあえず様子をみましょうということになる。その夜、突然、建築設計事務所に勤める出田が遊びに 来た。代々木上原駅のそばにかなり広い土地があり、某ゲームメーカーの社長がそこを買おうとしている、という話を前に出田から聞いたことがある。あの土地、結局だれが買ったの、と出田に聞くと、ユニクロの社長が買ったみたいですよ、という返事。ユニクロの社員寮や研修施設でも建てるんじゃないだろうか。それはそうと、高橋源一郎さんによる、朝日新聞の連載小説の挿し絵が、松本小雪さんからしりあがり寿さんに変わった。何かあったのだろうか。しりあがり寿さんは、同じく朝日新聞の 夕刊で連載している、宮沢章夫さんのエッセーでもイラストを描いている。朝日は、しりあがりさん好きなのだろうか。まあ僕も、しりあがりさんのイラストや漫画は好きだけど。 1月5日(金) 「保育始め」 保育室、再開。休みが長かったので娘はかなりとまどうかな、と少し心配だったが、 保育室に入ったとたん、 娘は保母さんのもとへ突進する。正月明けの保育室初日だいうのに、ほとんどの子供 が揃っていて驚いた。夜、娘が初めて、五歩もあるく。娘は年末に体調をくずしてい たが、もうほとんど全快に近く、食欲もかなり戻ってきている。 1月6日(土) 「He loves IZAKAYA」 娘がまたも、五歩あるく。コピーライターのピート小林さんに誘われ、午後六時に恵 比寿へ。やはりコピーライターをしているトム・ヴィシャノフさんとその奥さんのチカコさんと一緒に食事をするためだ。トムさんご夫妻の希望で、ガーデンプレイス寄りの居酒屋JYU(じゅう)へ行き、おしゃべりと料理を楽しんだ。トムさんは昨秋からハワイのマウイ島に移り住んでいて、年末に日本へ戻ったばかり。奥さんは代官山に住み、都内で勤めている。極めて仲がいいのに、今は別 居しているのである。おふたりとも、大の居酒屋好き。 |
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第31回 2001年1月7日 12月24日(日) 「イブはロマンチックどころか」
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第30回 2001年1月7日
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12月17日(日) 「鮭を肴に酒を呑む」
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第29回 2000年12月19日
| 12月10日(日) 「代沢レコード発見」
左目の調子がわるく、日曜日にやっている眼科を探して、朝から中野の栗原医院へ。 夕方、北沢タウンホールのらぷらすへ。その途中、ハイラインレコーズに立ち寄り、 代沢レコードというレーベルがあるのを知り、笑ってしまう。代沢というのは僕がいま住んでいる町名なのだが、その代沢発の音楽を発信していくらしい。代沢サウンド に、いったいどんな特徴があるんだろう。トモフスキーが新譜をそのレーベルから出していた。 12月11日(月) 「店長からの電話」 朝食時、娘が突然ヒンズースクワットをはじめる。ヒンズースクワットをしながら、 食パン二枚をぺろりとたいらげた。なんなんだ。親の僕らだって、朝は一枚ずつなのに、たいした大食漢だ。夕方、妻が保育室へ娘をピックアップに寄った帰り、下北沢 北口の富士銀行の脇で、またもや吹越満さんを見かけたそうだ。深夜、学生時代に僕 とバンドを組んでいた旧友、田中亨治から数年ぶりに電話があった。先月オープンし た池袋のライブハウス「LIVE INN ROSA」で店長をしているとのこと。暇があったら 一度、店に遊びに来てくれといわれる。元気そうなのが、なによりだ。 12月12日(火) 「外見で判断しました」 朝、一戸建ての貸家を見に行くが、ベランダがないのでパスする。まだ、住んでいる人がいるので内見はできなかったが、家の外見だけでやめることにした。安くない家賃のわりに、バルコニーがないなど、物件の条件が釣り合わないと思ったからだ。人は外見だけで判断してはいけない、などというが、家は外見で判断してもいいような 気がする。 12月13日(水) 「止まると死ぬのか、はな」 朝食時、娘が手に持ったスプーンで、思いっきりテーブルを何度も叩いているの見 て、間寛平さんのギャグ「止まると死ぬんじゃじいさん」を思い出す。「わしゃ、止まると死ぬ んじゃ」という名セリフを吐き、床や壁や周囲の人を杖でパンパン殴りまくる、有名な過激ギャグのことだ。昼間、妻をまじえて、コピーライターの笹山さんとイタリアンレストラン「ラ・ベファーナ」で昼食。夜、同じくコピーライターの松葉から電話があり、下北沢に最近オープンしたての、カフェとバーの中間のような店 へ(そういえば昔、カフェバー・ブームがあったな)。ビールを飲みながら、広告の 話をし、松葉のお気に入りの女性についていろいろ聞く。 12月14日(木) 「川添、ニューヨークへ」 ビーンズキャットで編集者の小森さんとばったり。小森さんは例によって何かの本を 読まれていたので、邪魔をしないよう、あいさつだけ交わす。夜、妻とふたりで娘を寝かしつけていると、学生時代の同級生、川添貴から電話があった。「いま、成田に いる。これからニューヨークへ行く」とのこと。一年くらいニューヨークに住み、ア ートを見たり、いろんな刺激を受けたりして、そのあとアムステルダムへ移り、三カ月くらい滞在してから日本に帰ってくる予定らしい。なんだかよくわからないが、ニ ューヨークに一年、というのはちょっと羨ましい。 12月15日(金) 「『推理作家の出来るまで』をもらうまで」 胸、背中、足にぶつぶつができていた娘を副島クリニックに連れて行ってから、保育室へ。その後、用があって吉祥寺へ。ユザワヤで絵の具を買い、パルコブックセンターで資料の本を購入。絵本などを置いているトムズボックスをのぞいたがまだ営業してなかったので諦め、春木屋で中華そばを食べ、ニキティキで木の玩具を手に入れる。それから、無印良品で娘の服などを調達して帰宅。と思ったら、フリースタイルの吉田さんが仕事部屋にお歳暮を持って登場。お歳暮とは、本日発売になったばかりの、都筑道夫さんの著作『推理作家の出来るまで』上下巻だった。平野甲賀さんによる装丁は、ウェブ上で見たき以上にに素晴らしい。やはり本というのは、現物でないと表紙の手触りや微妙な色合いはわからない。フリースタイルの文字が表紙に大きく入っているのもいい。お歳暮なんてめったにもらわないけれど、完成したばかりの本のお歳暮を、出版社の代表者からいただくなんて初めてで感動する。夜九時半から、 代々木にあるオフィス「ストリーム」で雑誌広告の打ち合わせ。イラストレーターを 決めるのに議論が長引き、帰宅したのは深夜。結局、下北沢在住のイラストレーター 兼デザイナーの吉丸慎さんにお願いすることになった。 12月16日(土) 「隠れる女」 午前中、急ぎの仕事を片付け、本多劇場へ。竹中直人の会の第八回公演『隠れる女』 をマチネーで観る。作・演出は岩松了さん。出演は竹中直人さん、小泉今日子さん、 岩松了さん、矢沢幸治さん、岸田今日子さんの五人。登場人物が富裕層の設定のためか、庶民的な生活を描いていたいつもより共感を得る部分は少なかったが、W今日子さんの好演は光っていた。小泉さんはイメージしていた以上にきれいで、岸田さんも立ち姿が美しかった。吹越満さん・広田レオナさん夫妻も会場に来ていた。 |
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第28回 2000年12月12日
| 12月3日(日) 「冬なのに野外ランチ」 下北沢のピュア通りでフリーマーケットがあり、我が家三人と、山崎浩一さん・山田真理さんご夫婦、それにご子息の晶くんと一緒に露店を見てまわる。その後、弁当を買って、緑道添いの公園でランチを楽しむ。十二月とはいえ、思いのほか暖かかっ た。その後、山崎さん一家と別れ、緑道沿いの別の場所にある滑り台で娘を滑らせていると、編集者の小森収さんが通 りがかったので、あいさつを交わす。夜、フィクショネスへ寄り、店主の藤谷さんに『よるくま』という絵本を入手してもらうよう頼 み、クリス・ヴァン・オールズバーグの絵本『西風号の遭難(The Wreck of the Zephyr)』を購入する。娘が寝静まってから『西風号の遭難』を開いたが、村上春樹さんの訳文もさることながら、ヴァン・オールズバーグの絵の上手さにあらためて驚 く。ヴァン・オールズバーグの絵には上手さだけでなく、見ているうちに吸い込まれ るような独特の不思議な世界が広がっていて、そのうえ「品」がある。品というのは 持って生まれたもので、どんなに訓練したところで、なかなか身につけることができ ないものだと思う。 12月4日(月) 「イワモトさんとの遭遇」 朝から北沢眼科へ。待ち時間に、村上春樹さんの短編『沈黙』を開き、読了したと同 時に名前を呼ばれ、診察室へ。左目の回復具合は順調だそうで、特に異常がなければもう来なくていいですよ、と先生に言われる。眼科を出たあと、梅ヶ丘の北沢保健福 祉センターへ行き、保育園の入園申請用紙をもらう。お昼は、一龍でもやしラーメン を食べたが、やはりうまい。下北沢のラーメン屋では、いちばんの美味じゃないだろ うか。食後、無印良品のそばで映画監督のイワモトケンチさんと遭遇。話は前後する が、『沈黙』は何度読んでも後味がいい。『沈黙』を読むと、小説という表現形式の 素晴らしさを再認識し、僕も何か書いてみようという気になる(そう簡単に書けない のはわかっているのだが)。 12月5日(火) 「俳優の戸田さんとの擦れ違う」 下北沢北口のパソコンショップTSUKUMOの前で、俳優の戸田さんと擦れ違う。戸田さんの下の名前は忘れてしまったが、岩松了さんの芝居『アイスクリームマン』をはじめ、遊園地再生事業団のいくつかの舞台にも出ていた役者さんで、映画『CURE』にも 出演していた男優さん。最近では、サランラップだったかクレラップだったか、そう いった類の商品のテレビコマーシャルにも出ていたと思う。 12月6日(水) 「シモキタ改めシモ」 朝から品川区旗の台で、某大学のパンフレットの打ち合わせ。同席したグラフィックデザイナーのビルさんが、下北沢のことを「シモ」と言っているのを聞き、新鮮な印象を受ける。これからは「シモキタ」でなく「シモ」だな。夕方、南口の携帯電話シ ョップで、またもや俳優の戸田さんに見かける。 12月7日(木) 「怪人31面相ウィルス」 ネットサーフィンをしていて、コンピューターウィスルについてのサイトを見つけ る。今、コンピューターの世界では、31面相ウィルスが流行っているらしい。このウ ィルスは、日によって31通りに姿を変えるらしい。つまり1日から31日まで、カメレ オンのようにコロコロ姿を変化させるので、正体を見破られにくいそうだ。 12月8日(金) 「月の砂漠は切なくて」 昼前だったか、灯油を売り歩く大型車が近所を通 りがかる。この車は、オルゴールよ うな音色で「月の砂漠」を流しながら徐行しているのだが、この曲を聴いているとさ びしい気分にさせられる。石油、アラビア、砂漠という単純な連想をもとに、この曲 を選んでいるような気がする。このこところ、金曜日になると「月の砂漠」を聴かさ れている。午後、某テレビ局が発行しているフリーペーパーためのコピーをどんどん 書き、出来上がったところから順次、テキストデータをデザイナーにメールで送る。 12月9日(土) 「オダギリは何屋さん?」 通常は土曜日は、娘を保育室に預けていないのが、妻も僕も忙しかったので連れてい くことにした。 昼、知人の小田桐くんが来て、雑誌広告の打ち合わせ。住宅ローンを貸付額や返済年 数などをインターネット上でシュミレーションできる、あるサイトをいろんな人に知 ってもらい、活用を促すための広告を制作することになった。小田桐くんは広告制作 以外にもいろいろな仕事をやっていて、そのひとつにカーレース「フォーミュラ・ニ ッポン」のパイロット、五十嵐勇太さんという若者のマネージメント業もあるとい う。 |
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第27回 2000年12月5日
| 11月26日(日) 「ブレーンズ、レイソル、揃って敗北」 中央区の野球大会に出場。ブレーンズ準々決勝でジャイアンツというチームに四回コールド負けを喫する。しかも、僕が最後のバッターになってしまった。野球チームのメンバーのタケちゃんと一緒に下北沢に戻って、ベトナム料理店で昼食をとる。うちの妻と娘も合流し、四人での食事となった。試合には敗れたが、昨日手術したばかりできょうプレイができたことはうれしかった。午後、Jリーグの試合、アントラーズ 対レイソルをテレビで観た。鹿島は何度もチャンピオンに輝いているはずなので、柏に勝ってほしかったが願いは届かず。それはともかく、KASHIMAとKASHIWAはローマ字表記すると酷似している。以前、英会話を教えてくれていた外国人女性が、この両クラブは名前がまぎわらしくて困る、とぼやいていたのを思い出した。 11月27日(月) 「左目とテレビ局」 朝から北沢眼科へ。左目の経過は良好とのこと。また、一週間後に診てもらうことになった。午後一時、某テレビ局へ新聞広告のプレゼンテーションのために訪れる。 11月28日(火) 「ボカが、ボカボカ」 朝から品川区にある、某大学の本部へ行き、大学を紹介するパンフレットを制作ミーティングに出席。帰宅後、クリスマス前に掲載される、某テレビ局の新聞広告の修正コピー案とビジュアルアイディアをデザイナーにファクスし、電話で説明する。 「某」だらけになって、いやですね。トヨタカップは、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズがスペインのレアル・マドリードを二対一で下し、同じくアルゼンチンのベレス・サルスフィエルド以来、六年ぶりに南米のクラブが世界チャンプになった。 11月29日(水) 「俳優と女優に会う」 昼過ぎ、乃木坂の撮影スタジオへ。俳優のTさん、女優のNさん、某テレビ局のプロデューサーNさんにインタビューをし、年明けからはじまる、あるドラマについての意気込みや演技プランなどを聞いた。Tさんは、洋酒メーカーのCMに出演している人だ が、イメージしていたよりも物静かで、とても礼儀正しい方だった。女優のNさん は、沖縄出身の二十一歳で、目と目が合うとこちらが照れてしまうほど美しい女性だった。取材後、仕事場にいったん戻って届いているファクスを確認したあと、またもや某テレビ局へ。担当者に、新聞広告の案をいくつかお見せしたが、ダメ出しを食らってしまう。 11月30日(木) 「新聞広告は難しい」 娘を保育室へ連れていった際、アンドレスさんと会った。自宅へ戻る途中、コピーライターの笹山保子さん、編集者の小森収さんに遭遇。夕方、某テレビ局へ出向き、デザイナーといっしょに新聞広告のラフを見せた。今度は、コピーに対してOKが出たが、担当者から「デザインを変えたパターンも見てみたい」と言われる。難しいものだ。 12月1日(金) 「ミーティングは続くよ、どこまでも」 夕方から某テレビ局で、新聞広告の打ち合わせ。十二月二十日に掲載されるものはほぼ決定したが、クリスマスに掲載される広告のアイデアについてはダメ出しを食らう。またもや考え直しだ。帰宅すると九時をまわっていた。妻の話では、風呂に入れる前に娘は眠ってしまったとのこと。 12月2日(土) 「俺たちに休日はない!?」 昼過ぎ、建築設計事務所に勤める出田くんが、Eメールのことを聞きに来る。夕方、 年末のクリスマスに掲載される新聞広告のキャッチコピー案とビジュアルアイデアを、デザイナーへファクスする。Jリーグ・チャンピオンシップ初戦は、横浜マリノスも鹿島アントラーズも点を取れず、引き分け。横浜マリノスが押し気味に試合を進めていたが、決め手に欠ける、消化不良の内容だった。それにしても、娘はふかしたさつま芋が大好物で、ほおっておけばいくらでも食べてしまう。今週は忙しくて、娘とあまり遊べなかった。 |
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第26回 2000年11月29日
| 11月19日(日) 「月島へ」 月島に引っ越すのもいいかもしれないと急に思いたち、家族三人で外出。もんじゃ焼きの店が並ぶ商店街を通 ったり、狭い路地を歩いたり、月島図書館をのぞいたりするが、不動産物件の内見はせずに帰ってきてしまう。図書館の裏の公園では、娘は地べたをハイハイしながら動きまわり、楽しそうな笑顔を僕たちに見せた。 夜、先日のニューヨーク・シティ・マラソンに参加して完走を遂げた、コピーライターの松葉が来 て、お土産をくれる。僕には『YANKEE STADIUM IN YOUR POCKET』というペーパーバック、妻にはDEAN & DELUCAのトートバッグをくれた。ありがたや、ありがたや。 11月20日(月) 「乾燥機の感想」 夕方、某家電メーカーの全自動洗濯・乾燥機をアピールするコピーを書き上げ、クライアントにファクス。しばらくして、方向性は間違っていないがコピーをもう何本か考えてほしい、という返答が届いた。結局、明日の夕方にあらためてコピー案を送ることになった。資料を読んでいると、たしかに洗濯・乾燥機は便利そうだが、僕は天 日干しのほうがやはり好きだ。美観を損ねるので洗濯物は干せません、といった規則のあるマンションには、僕は間違っても住みたくない。 11月21日(火) 「注射禁止、解除」 国立小児病院へ出向き、娘のアレルギー検査の結果を聞く。卵に対する陽性反応が出たが、勝沼先生の話では、特に心配するほどはないらしく、はしかの予防接種を打ってもらうことができた。夕方、急な打ち合わせが入ったので、全自動洗濯・乾燥機の修正コピー案をファクスしたあと、バタバタと用意をして午後六時に某テレビ局へ。 11月22日(水) 「共同で経堂へ」 昼過ぎ、代沢郵便局の前で書店フィクショネス店主の藤谷さんとばったり会う。午 後、仕事がはかどらなかったので、気分転換に妻と外出。知人に教えてもらった経堂のリサイクルショップへ行き、娘の上着と絵本を購入した。その後、不動産屋の店頭に貼られている賃貸物件情報を見ながら、経堂の南口を徘徊。たまたま見つけた「かば田食品」という店で、チューブ入り辛子めんたいという商品を見つけ、珍しいので 買ってみた。夕食の際、チューブから出して御飯にのせて食してみると、これが予想 以上にうまかった。 11月23日(木) 「駒場へ」 秋分の日。じゃなくて勤労感謝の日。ケーブルテレビのチャンネルをESPNスポーツ・ アイに合わすと『大島部屋』という番組が流れていた。映画監督の大島渚さんと、セ ・リーグ一といわれる速球を武器に今季大活躍したヤクルトの五十嵐亮太投手が対談 をしていた。娘と遊びながら観ていたので話の内容はよくわからなかったが、こうい う番組タイトルはわりと好きですね。午後、駒場東大前にある駒場留学生会館へ。き ょうはオープンハウス(不動産の内見会じゃないです)という日で、外部の人間が入ってもいい日。それで家族三人で行ってたみたのだが、思ったほど盛り上がっていな かったし、かなり寒かったので、三十分ほどいただけで戻ってきた。帰りがけ、トム ボーイという子供服の店に寄り、そこで働く知人の水田さんと少し話した。 11月24日(金) 「八丁堀へ」 八丁堀のデザイン事務所で、急な打ち合わせ。近ごろ話題のDSL(ISDNより10倍速い、などと宣伝している、あれ)についての仕事。八丁堀から戻ったあと家族で夕食をとり、娘が寝てから妻と二人でビールを飲んだ。月曜までにやるべき仕事はあるのだが、週末の夜はどうしても気が緩んでしまう。 11月25日(土) 「眼帯生活」 朝から北沢眼科へ。ものもらいは、もうほとんど完治したと自分では思っていたのだが、左目の瞼の内側に、二つ並んでできものが残っているらしく、いきなり手術することに。左目に麻酔用の目薬をさされたあと、できもののひとつを金具のようなもので引っ掻き、なかの膿のようなものを出す、というもの。すぐに終わったが、思ったより痛かった。二つのできものを先生は引っ掻くつもりだったらしいが、僕がかなり 痛がったため、とりあえず片方だけのオペになった。術後、またもや眼帯をつけら れ、夜まで右目だけの生活を強いられる。来週月曜日に経過を診て、今後の処置が決 まる。残りのできものについては、自然に治ることもあるらしく、もう一度切開する ことになるかは現時点では不明だ。痛いのは、できればご免だ。 |
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第25回 2000年11月20日
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11月12日(日) 「不戦勝」 |
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第24回 2000年11月14日
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11月5日(日) 「紅白の餅」 |
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第23回 2000年11月11日
| 10月29日(日) 「祝・山崎さん」 コラムニストの山崎浩一さんの結婚パーティに出るため、表参道へ。パーティのあいだ、うちの娘は終始ニコニコしていたが、大勢の人に一度に会ったためか、山崎さんの息子さんは少しご機嫌ななめ。パーティには、写 真家のブルース・オズボーンさんも出席されていた。 10月30日(月) 「なまいきタカハシ」 日本一に輝いた巨人軍の監督・選手が一堂に会する、テレビ番組を観ていたら、高橋尚成投手が「工藤さんは話が長くて…」というようなことを(本人は冗談のつもりで)語り、当の工藤公康投手はちょっとムッとしているみたいだった。超ベテランの工藤投手のことをそんなふうにいうとは、生意気な男だな、と感じたが、それくらい鼻っ柱が強くなくては、ジャイアンツで先発投手なんかできないのかもしれない。 10月31日(火) 「田園調布はお膝元」 午後、仕事の打ち合わせのため、井の頭線と東急線を乗り継いで田園調布へ。田園調布の駅前にある「鳥鉄」という焼鳥屋のある建物には、巨人軍日本一おめでとう、と いった内容の横断幕がかかっていた。さすがは、長嶋監督の地元。以前、長嶋さんがたまに訪れる焼鳥屋があると人から聞いたことがあるが、それが鳥鉄だったような気がする。夜、コピーライターのピート小林さんと、下北沢に完成したばかりの「ギャラリー露崎」へ。ピート小林さんが十二月から個展を開かれるため、会場下見をお供 したのだ。ピート小林さんは、コピーライターとして業界ではかなり有名な方だが、 桜の写真を何年も前から撮り続けている写真人(写真で生計をたてておられるわけではないので、写 真家でなく、写真人と表記してみました)でもある。しかも、九州か らスタートし、桜前線とともに九州から北上して全国の名所を撮影し、開花にあわせ て北海道へ上陸するというロード・フォトグラフィー。ちなみに今年は三月から五月 にかけ、桜を撮るために各地で四十泊もしたそうだ。 11月1日(水) 「ドイツからの品」 インターネット通販で購入したリュックサックが届く。DB(デーベーと発音する、ドイツの国鉄)がつくっているオリジナルグッズで、三、四年前にドイツへ行った際に買いそびれ、それ以来、いつか入手したいと思っていたのだが、最近たまたまオンラインで販売していることを知り、注文してみたのだ。 11月2日(木) 「はな、一歳になる」 娘の一歳の誕生日。午前五時に起床して荷物をまとめ、六時十五分に出立。羽田空港 から全日空機に乗り、北海道の中標津へ。親戚の家へ向かうためである。親戚 の水谷家では、我が家の三人を熱烈に歓迎してくれた。特に、幼稚園に通う理沙ちゃんがずっと、うちの娘の遊び相手をしてくれ、親としては大助かり。感謝、感謝。水谷家の 長男、拳(けん)ちゃんは、読書好きで作文が得意らしいので、「普通の職業はやめ て、将来は詩人になるといい」と、適当なことをいっておいた。夜は、「銀の船」という大型の回転寿司店(寿司が大型なのではなく、店が大きい)へ連れて行ってもらい、たらふく食う。そのあと、養老牛(ようろううし)温泉というところへ案内して もらい、野天風呂を楽しんだ。翌日の移動のため、中標津へ迎えに来てくれていた、 妻の両親ともずっと一緒だった。ようやく一歳になったんだな、などと感慨に浸って いる間もなく、バタバタと終わった一日である。 11月3日(金) 「移動距離二百五十キロ」 文化の日。午後、妻の両親の車に乗せてもらい、道内の広尾町へ。途中、小休憩を入れながら、約五時間半のクルマ移動。阿寒湖近くの峠のカーブが続き、妻は酔いそうになるし、娘はぐずりまくるし、なかなかハードな旅だった。といっても僕は運転もしなかったので、ずっとハンドルを握ってくれたお父さんのほうが疲れたかもしれない。午後七時到着後、広尾町の妻の実家で、日米野球のテレビ中継を観ながら、親戚 の人たちとビールを飲む。 11月4日(土) 「こちら亀田クリニック」 数日前から娘が咳をしたり、鼻水を出したりしてたのだが、妻の母親から「明日は病院が休みだし、きょうのうちに診てもらったら」といわれ、町内の亀田クリニックへ 行く。途中、十勝神社の敷地を通り抜けしたのだが、広い境内に土俵があった。広尾町は、元横綱・北勝海(ほくとうみ)で現・八角親方の出身地でもあるし、相撲人気が高いのだろうか。ちなみに、巨人軍に堀田一郎という若手外野手がおり、同選手も 郷里が広尾町。妻の父親の話では、堀田選手のおじいさんもその昔、相撲取りをして いたとか。亀田クリニックの先生は、やさしい口調の、親切そうな男性だった。娘の風邪はたいしたことがなく、飲み薬を数種類もらった。子供向けのそれらの薬にはオ レンジ味が付いていて、娘は大喜びでいっき飲みしていた。良薬は口に甘し。 |
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第22回 2000年11月4日
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Sunday,October 22 |
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第21回 2000年10月24日
| Sunday,October
15 サッカーのアジアカップをテレビで観ていて思ったのだが、KUWAIT(クウェート)とKUWATA(桑田)はスペルが似ている。競馬の秋花賞の馬券を購入したが、結果 は惜敗。一着のティコティコタックは買っていたのだが、二着のヤマカツスズランは予想外だった。なんと、馬連三万円以上の大穴。「百円買っていただけでも三万円なる。ということは、もしも一万円買っていたら…」などと、いやらしいことを考えてしまう。 Monday,October 16 マリナーズがヤンキースを六対二で下し、チャンピオンシップシリーズを二勝三敗とした。八回途中から佐々木投手がリリーフ登板したが、九回に四死球で走者を出し、ひやりとする。佐々木のフォークボールをもってしても、メジャーの打者は簡単には三振してくれない。日本にいたときは、佐々木が出てくると、あの巨人でさえ「もうダメだ」というムードが漂っていたのに、米国では大魔神も苦労しているようだ。夕方、建築家の池田昌弘さんのオフィスへ遊びに行く。池田さんは、池田昌弘建築研究所という事務所を下北沢で営まれているのだが、雑誌『新建築』に「池田昌弘のTRANS CURUTURE日記」を連載している。現在、オランダで劇場をつくっているらしく、ちょこちょこ海外へ出向いているそうだ。うらやましい。夜、下北沢のOFF OFFシアターで行われた、フリースタイル主催の「都筑道夫・法月綸太郎トークショー」へ。終演後、フリースタイルの吉田さんに誘ってもらったので、都筑さん、法月さん、新保博久さんらとの打ち上げに混ぜてもらう。ビールをたらふく飲んで酔っ払い、帰宅したのは午前二時半だった。当然、娘も妻も寝ていた。 Tuesday,October 17 アジアカップ第二戦、日本がウズベキスタンを八対一で撃破。先発のツートップ(この日は高原選手と西澤選手)が揃ってハットトリックを決めたのなんて、いったいいつ以来だろう。 Wednesday,October 18 ALCS(アメリカンリーグ・チャンピオンシップシリーズ)第六戦、ヤンキースがマリナーズに九対七で勝ち、三十七度目のリーグ優勝を果 たす。四十四年目のニューヨーク対決が実現することになった。前回のニューヨーク決戦はヤンキース対ブルックリン・ドジャースだったので、この顔合わせでワールドシリーズを戦うのは初めてだそうだ。やはり、二年連続ワールドチャンピオンのヤンキースは強かった。佐々木主浩投手、おつかれさま。 Thursday,October 19 昼間、娘を北沢タウンホールへ連れていく。ポリオの予防接種を受けるためだ。タウンホールには娘と同じくらいの年齢のこどもや、その親が大勢いて驚く。下北沢周辺に、こんなにも多くのこどもはいたとは知らなかった。タウンホールの前で、WAHAHA本舗の吹越満さんを見た。吹越さんも、お子さんをポリオに連れてきたのだろう。夕方、保育室から娘を連れて戻り、洗面 所でうがいをしていると、リビングルームから「ジーッ」という音が突然聞こえた。何だろうと思って見てみると、娘がナショナルのバリカンのスイッチをONにしたのだった。妻に髪を刈ってもらうため、部屋の隅っこでバリカンを充電をしていたのだが、娘もなかなか目ざとい。この、バリカン電源ON事件発生には、妻と二人で大笑いした。 Friday,October 20 電動バッテリー付き自転車の店頭POPを考える仕事が入ってきたので、妻とディスカッションしながら、さまざまな案を出す。夜、一度寝てから午前二時ごろに起き、アジアカップの日本対カタール戦を観る。残念ながら、結果 は引き分け。次は準々決勝だが、相手はイラクらしい。 Saturday,October 21 妻と娘と三人で散歩していると、下北沢のファーストキッチンの前で、音楽グループUFO(United Future Organization)のラファエル・セバーグさんを見かける。お子さんといっしょのようだった。もちろん、早弾きギタリストのマイケル・シェンカーがやっていた、あのUFOではない。 |
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Sunday,June 25 Monday,June 26 Tuesday,June 27 Wednesday,June 28 Thursday,June 29 Friday,June 30 Saturday,July 1 |
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Saturday,June Sunday,June Monday,June 5 Tuesday,June 6 Wednesday,June 7 Friday,June 9 Saturday,June 10 |
| 二○○○年五月のある夜のこと。下北沢北口のHachiでフリースタイル代表の吉田保さんからホームページでの連載を依頼されました。吉田さんとは三年ほど前、下北沢南口の焼鳥屋でこ助で出会って以来の付き合い。吉田さんが編集した、片岡義男氏の著書『日本語の外へ』が発売された直後だったと記憶しています。同著が編集者・吉田さんの顔写真入りで朝日新聞に紹介され、その記事を僕の妻が読みました。掲載の数日後、僕と妻はたまたまでこ助へ行き、カウンター席で偶然となり合わせたのが吉田さんだったんです。もちろん、こちらから話しかけたのですが、妻も彼の顔写真をよく覚えていたものだと、今さらながら感心します。連載の内容については少し悩みましたが、吉田さんの助言もあり、フリーランスのコピーライターの子育て日記、のようなものにしようと思います。書いてみないことには、どんなものになるか自分でもわかりませんが。 Friday,May 26,2000 生後六カ月半過ぎの娘はなが、冬季下痢症にかかった。二、三日前から下痢を連発しはじめたのだが、病院へ連れていくと、医者から「おそらくロタウイルスでしょう」といわれる。耳慣れない名前だったので聞き直すと、「ロシアのロに、たんぼのた」との返事。ロ田ウイルスという文字を浮かべてしまった。たんぼのた、と聞いて、カタカナをイメージする人はあまりいないと思う。タンザニアのタとか、タニシゲのタではだめだろうか。冬季下痢症は別名ロタウイルス性下痢症ともいい、もともとは寒い時期にかかる乳幼児の下痢症だったそうだが、最近は暖かいシーズンでもみられるとの話。さらにその医師は「けいこうかんせんです」と発言。けいこう!? 傾向!? 蛍光!? 一瞬、理解できなかったが、漢字表記すると「経口感染」。広辞苑によると「飲食物などを介し、口から病原体が体内に侵入すること」。育児をはじめると、さまざまな医療用語に出会う。 Saturday,May 27 下痢の娘を連れて、僕の実家がある大阪・高槻市へ。長距離の移動はできれば六カ月を過ぎてからにしてください、と医師や看護婦にいわれていたので、これが誕生後、初の帰省。親戚に娘を紹介するためだ。のぞみの車中で、はなが2度、腹を下すが、熱海あたりから熟睡してくれ、予想より楽だった。料金は高いのに、のぞみには、百貨店にあるような授乳室やおむつ替え設備がない。残念というより、腹が立つ。子供ができてみると、いろんなことが気になる。 Sunday,May 28,2000 娘を寝かせるため、妻が仰向けに抱っこしたまま大きく揺らしていると、親戚たちから「そんな乱暴なことしてええの?」と軽い非難を浴びる。たしかに見ようによっては、揺らすというより、振り回しているといえるかもしれない。が、娘はその方法で寝はじめることが多い。子育てに対する考え方は、一人一人違うものだ。 Monday,May 29 帰京。新幹線のぞみの車中、缶入り緑茶を折りたたみテーブルに置いた瞬間、娘が蹴っ飛ばしてしまい、おくるみ(冷房対策のため、毛布のかわりに持ってきた)や床がびしゃびしゃに。教訓「小さな子連れは、缶入りより、ふたができるペットボトル」。東京駅に着いたあと、丸の内のCABANE de ZUCCa(カバンドズッカ)をのぞく。ズッカのショップとカフェ(ドラゴンフライ カフェ)が並んであるのだが、赤ん坊連れだと気をつかいそうなカフェだったので、入店はパスする。メニューをちらっと見たが、ランチが千円以下、ドリンクはテイクアウトしたほうが安い。店内で飲むのと、持ち帰るのとで価格差をつけるのはいいやり方だ。ドラゴンフライ カフェの前で、若い男性ビジネスマンのこんな会話が耳に入る。「丸の内のOLが、ズッカ着るかなー」 Tuesday,May 30 娘を保育室へ連れていく。下痢で休ませたり、大阪へ戻ったりで一週間ぶりになったため、保母さんに預けて帰ろうとすると、悲しそうな顔で泣き出す。切ない。保育室というのは、認可外の託児施設。家からいちばん近い区立保育園が、一歳以上の子供しか受け入れていないので民間施設の保育室にお願いしているのだ。 Wednesday,May 31 赤坂の広告代理店での打ち合わせの帰途、表参道のウェンディーズで妻と待ち合わせて、コピーライターPさんの事務所へ。昼間は子供を預けているけど洗濯物が増えたり、育児がらみでやることがいろいろあって、出産前と同じようには仕事がはかどらない、と妻が語ると、思ったことの半分できればいいと考えたほうがいいよ、と二人の子を持つPさんは言ってくれた。こういうふうにアドバイスされると気持ちが楽になる。 Thursday,June 1 昼間、知り合いの結婚式・披露宴で着る服のお直しのため、新宿のバーニーズへ。帰宅後、某テレビ局のフリーペーパーのためのコピーを書き、デザイナーへメール。18時に保育室へ行き、娘をピックアップ。晩ご飯を食べながら、テレビで広島-巨人戦を観戦。マルティネスの打席が映ると、娘が画面を凝視しているような気がする。マルちゃんのファンなのかも。 Friday,June 2 渋谷東急文化会館五階の喫茶マウンテンで、プロデューサーのKさんと会う。打ち合わせ終了後、三省堂書店に寄り、仕事の資料にするオーストラリア関係の本を二冊購入。夜、ぼちぼちでお好み焼き、焼きそば、すじ塩をテイクアウトして食べ、ビールを少し飲む。テレビで巨人戦をちらちら観る。ゴジラ松井の二発はすごかったし、江藤のホームランは滞空時間が長くて美しい。娘が風呂上がり、すぐに眠ってしまったので、再度テレビをつけ、TBSの「池袋ウエストゲートパーク」を観る。このドラマは、劇団・大人計画の俳優でもある官藤官九郎が脚本を書いているのだが、なかなかおもしろい。大人計画の役者も何人か出ている。池袋を縄張りとするチーマーのボスを窪塚洋介が演じているのだが、これがなかなかイケる。少しオーバーアクション気味に見えないこともないが、演技を楽しんでいるのが伝わってくる。『12モンキーズ』のブラッド・ピットと同じくらい、楽しそうに見える。タイガースは藪・先発でまたも敗れる。藪でダメなら仕方ないか。セ・リーグは阪神だけ借金生活。 |